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記憶の旅  作者: 宇賀谷 みやび
大島・七ツ釜 ~福岡・佐賀~
2/5

1日目

 梅雨も明け、本格的に連日気温が30度を超えるようになった7月後半、事前に取得した休暇を利用して九州・福岡へと向かった。

 福岡には先月に1回、今月前半に1回とかなりの頻度で来訪しているが、これは転職活動のためだ。今回は3泊4日の旅程で、3日目に面接だ。面接では当然スーツが必要なため、荷物は純粋な旅行よりも増えてしまう。リュック一つといういつものスタイルはあきらめ、キャリーバッグを使うことにした。少し憂鬱だが、仕方がない。


 到着は12時。博多バスターミナルには、ランチにうってつけのお店がいくつもある。今回は書店が入っているフロアのカフェを利用した。半熟卵がのったカルボナーラをたいらげ、書店をぶらついた後はホテルへ直行。既定のチェックイン時間よりも2時間早い到着となったが、これは荷物を預けるためだ。このホテルではチェックイン前の荷物預かりを無料で行っているらしく、これを使わない手はないだろう。

 荷物を預けた後に受け取った札をショルダーバッグに入れ、宗像市を目指す。

 宗像市というと、世界遺産にも認定された神宿る島が有名であり、今日の目的もこれだ。ただ、本土側にある宗像大社辺津宮ではなく、大島にある沖津宮遥拝所その他観光名所を回ることにした。理由は単純明快で、今日は雲一つない晴天、となれば大島から最高の景色が拝めるだろう、と思ってのことだ。

 JR東郷駅からバスを乗り継いで神湊に、そこからさらにフェリーに乗り大島へ至る。到着時には16時をまわっていた。調べる過程で思ったが、バスの本数が少ないし、大島からの帰りのフェリーは18時が最終便。つまり大島観光は2時間程度となる。

 大島ではバス、レンタサイクル、レンタカー、徒歩などそれぞれ一長一短の移動手段があるが、私はレンタサイクルを選択した。800円という安価に加え、目指す観光名所がすべて自転車でいける場所だったからだ。大島に到着したとき、フェリー乗り場は帰路につくのだろう旅行者であふれていた。人ごみをかき分け、レンタサイクルの窓口へ直行する。

「レンタサイクルをお願いしたいのですが」

「今から借りてもちょっとしか観光できないですけど、問題ないですか」

「大丈夫です」

 おおむね予想通りの枕詞だ。流石にこの時間から借りようとする人は少ないのだろう。

 手続きを済ませ、用意された自転車のサドルを調整しようとしたとき、ちょっとしたトラブルがあった。高すぎるサドルの調整がうまくできなかったのだ。こういう時は自分だけでなんとかしようとすると泥沼になるのだ、と考え、早々に係員の方に助けを求めた。見てもらったところ、サドルと自転車本体をつなぐ部分が錆びており、係員はサドルを回しながらねじ込むようにうまく調整していく。

「ごめんなさいね。ちょっと古い自転車なんです。サドルを調整するときは、この部分を緩めてからやってくださいね」

 やはり潮風はこういった器具に影響を与えやすいのだろうか。そう思いつつ、係員にお礼を言って自転車を漕ぎ出した。

 まずは沖津宮遥拝所を目指す。大まかな位置を確認し、あとは案内看板があることを期待しつつ自転車を漕いでいく。なお、この自転車は電動アシスト付きで、大島の結構急な坂道でも楽々登れる優れものだ。今日一番ではないが、別種の感動を味わった。

 沖津宮遥拝所とはその名の通り、沖ノ島にある沖津宮を遥か彼方から拝む場所だ。沖津宮は伝統的に神職、男性のみ上陸可能で、年に1回ある大祭でしか一般人は上陸することを許されない。沖ノ島自体が御神体なのだという。御神体というと、八咫鏡や勾玉などの呪術的アイテムに加え、それなりに大きな岩や木ぐらいは容易に想像できるが、これはスケールが違う。そういえば、山を御神体として崇めることもあるな、と考えるうち、海にぽつりと浮かぶ島に神秘性を見出すのは自然なことだと理解できた。天気が良ければ遥拝所から沖ノ島を拝めるらしいが、今回は見つけることができなかった。天気はまさに晴天だったのだが。双眼鏡を持ってきたほうがいいかもしれないと思った。

 遥拝所から次に向かうは風車展望台だ。私の本命はこっち。下調べしたとき、ここの景色はぜひ見てみたいと思ったからだ。坂の上り下りを繰り返し、急カーブの道や牧場の小道を進んだ先に目的地はあった。近くに整備された駐車場に自転車を止めると、改めて標高の高さとそれに伴う風の強さを感じた。この展望台付近には、風車以外にも、日本海海戦戦死者の慰霊碑や砲台跡があり、在りし日の日露戦争の一端を垣間見ることができる。東郷平八郎率いる連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を打ち破ったことは有名だが、沖ノ島そばの海域で、日本海海戦の口火が切られたことはあまり知られていない、と思う。私が知らないだけかもしれないが。ロシア、日本海といえばもう少し東日本寄りの場所で起こったのだろうと勝手に思い込んでいたのだが、実際のところ、バルチック艦隊はバルト海沿岸の都市から出港し、スエズ運河や喜望峰を通って対馬近海に至り、日本海軍と交戦したのである。もしかして、ここに来る前の東郷駅って、そういうことだったのかと今更気づかされた。毎度毎度、一人旅では気づかされてばかりである。

 歴史に想いを馳せつつ、風車展望台へ向かう。展望台に続く道は、ここが日本であることを忘れさせる景色となっていた。周りには草原が広がり、道の両側には、丸木を等間隔で地面に打ち付け、その間を2本の丸木でつなげた柵。有り体に言えば牧場でみるような柵だ。まさに牧草地帯の様相を呈しており、おまけに風車まである。背後には青々とした海が見え、配色も素晴らしかった。展望台からの景色は一面の海であり、目を凝らしてみると沖ノ島がかすかに見えた。遥拝所よりもこちらからのほうが見やすいのかもしれない。

 その後は、筑前大島灯台や三浦洞窟に行った後、フェリー乗り場へと戻った。夢の小夜島には時間的余裕がなくいきそびれてしまったので、今度大島に行くことがあれば行ってみたい。フェリー乗り場2回のカフェでソフトクリームを食べて涼んだ。ソフトが少し斜めになっていたことが気にならないほど、濃厚で美味なバニラ味だった。


 その日の夜はホテル近くのコンビニで弁当を買い、サイクリングで疲れた身体をいたわるため、ホテルでゆったりと過ごした。


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