八話目
ラニと別れた後、コリーは行く当てもなく歩いていた。
嘘だった。
魔女修行のために、メイズを目指していたなんて。
コリーは物心つく頃から、お師匠の元で魔女になるべく育てられた。
魔女になるための薬を飲むのは辛かった。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、身体がバラバラになるような激しい痛みに襲われた。
だけど、お師匠は私たちに優しく接してくれたし、しっかり育ててくれた。
私以外にもたくさんの魔女候補生がいて、みんな孤児院からお師匠が引き取ってきた子たちだって、お師匠は言っていた。
ひとり、またひとりと、みんないなくなっていって、とうとう私の番が回ってきた。
ゴソゴソと、薬の入った巾着袋を取り出す。
毎日、一錠だけ飲むんだよって、お師匠が餞別にくれた薬。
昨日は、飲んだっけ?
今日は、まだだった気がする。
袋からひとつ取り出して、口に入れようとした時に、前を歩く背の高い男の人にぶつかった。
「はぅ……あ、ご、ごめんなさい!」
「いや、こっちこそ。ごめん。大丈夫かい?」
「あ、は、はい!」
銀髪の、とても綺麗な顔をした男の人だった。
「ねえ。ちょっと、なにしてるのよ。あら?」
後ろから歩いてきた黒髪の女性が、気にして声をかけてきてくれた。
全身を赤い服で身を包み、唇には真っ赤なルージュを引いていた。
ああ、この人。魔女だ。
落ちこぼれだけど、コリーでもそれくらいはわかる。
「大丈夫? あら。あなた、魔女ね」
「あ、はい。一応、見習いですけど」
「一応も何もないわ。世の中にはね、二種類の人間しかいないの。魔女か、それ以外よ。まあ、姉さんの受け売りだけどね」
そう言うと、その人はコリーの瞳をじっと見た。
まるで何もかも見透かすみたいに。怖い。
「あなたも、魔女ね」
そう言うと、その人は踵を返して行った。
「ほら、ノエル。行くわよ。買い物の続き」
「ええっ、ニカ。まだ買うのかよ」
「付き合うって言ったのは貴方でしょう。最後まで責任を持ちなさい」
ノエルさんとニカさんは、そのまま喧騒の中に紛れていった。
「あっ」
飲もうとした薬。
さっき落としてしまったみたいだ。
コリーは、その場に這いつくばって探す。
大事な薬だ。
もう残り少ない、貴重な薬。
「あった」
よかった。見つかった。
拾おうと手を伸ばすと、カツン、とヒールが薬を踏み潰してしまった。
今の、コリーが拾おうとして、わざと踏み潰した感じがした。
どうしてそんなことするんだろう。
顔を上げると、知った人が立っていた。
「なんだ。誰かと思えばコリーじゃん」
「ミアさん」
ミアさん。
お師匠の元で一緒に育った姉弟子だ。
「私のこと、その名で呼ぶのはやめてくれる? 今は『絶望の魔女』マリーゴールドって名乗ってるから」
「あ、はい。マリーゴールドさん」
「お前ごときが、私の名を呼ぶな」
マリーゴールドさんは、不機嫌そうに顔をしかめた。
「すみません。でも、それじゃあなんて呼べば」
「知らないよ。女王様とでも呼べばいいんじゃない?」
「はい。それで、女王様はどうしてここに」
「ハハッ!ホントに呼ぶなよ。相変わらず抜けてんなあ」
マリーゴールドさんはあの頃と変わらず、馬鹿にしたように笑った。
「フン。それで? どうしてここにいるかって? 勿論、魔女になる修行の為さ。その様子じゃあお前も、あの母親面した変態魔女に捨てられたのかな」
「捨て……いえ、あの、お師匠のことを悪く言うのは」
「師匠? 師匠だって? お前まだそんなこと言ってんのか? だからお前は抜けてるっていうんだよ」
マリーゴールドさんは、やれやれと憐れみを込めて、オレンジ色の瞳でコリーを見る。
「だ、だって。お師匠には育てられたご恩があります。それに、魔女になるために色々と教育だって」
「確かに育ててもらったね。私は途中で逃げたけど。そりゃあ育てるさ。大事な実験動物なんだからね」
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
実験動物。
ダメ。聞いちゃダメだ。
ずっと、知らないフリをしてきたのに。
「まさか気づいてなかったのか? あいつは魔女の素養のありそうな子供を攫って、あの施設で実験を繰り返してきたのさ。私たちの髪や瞳の色。生まれつきじゃないだろ。強すぎる薬の副作用だよ。あの施設のガキ共はみんなそう。桜色とか、青色、緑色。一般的じゃないよ」
「そんな、だって」
「お前も失敗作で、データは取り終えたから捨てられたんだろ。私は壊される前に逃げ出したけど」
「私は、捨てられたんじゃ、ない」
「案外、お前の間抜けなとこも薬のせいなのかもな。脳が壊されてんだ。だとしたら、気の毒な話だな」
違う、私は。コリーは。
「じゃあね。もう二度と会うこともないだろうけど」
マリーゴールドさんは、そう言ってさっさと行ってしまった。
コリーは、しばらくそこから、動けなかった。