七話目
「……散々な目に合った」
『溺れる河豚亭』の二階の一室。
古臭いベッドの上で、ラニは倒れるように転がった。
日没までに戻るつもりが、とっくに深夜、日を跨ごうとしている。
「クソっ、夕飯にも間に合わなかった……はあ」
あの後。
コリーと別れたラニは、いくつかの宿を当たり、どれも相場は変わらないことを知り、付随するサービスの差で、この『溺れる河豚亭』を選んだ。
まず、指定の時間に食堂へ行けば朝食と夕食がサービスで出てくるのがいい。
ずっと屋敷暮らしだったラニは、全くと言っていい程、料理の経験がない。
次に、四日以上の音信不通で退室と見なし、私物を全て処分する、という確約。
それだけ、ダンジョンに潜って、そのまま帰ってこない冒険者が多いのだろう。
自分が死んだ後のことを考えずに済むのは、見様によってはメリットだ。
宿を決めたラニは、日が沈む前に迷宮ダンジョンを見学に行こうとした。
ダンジョンは、AからFの区画と1から6の階層に分かれていて、どの区画でも1層で死ぬような奴は、余程の間抜けでもない限りあり得ないと聞いていた。
俺はその間抜けの一人だったらしい。
B 1区「暗闇洞窟」
名前の通り、薄暗い洞窟様の迷宮だ。
何組かの攻略パーティとすれ違ったが、どいつもこいつも男女のペアか、グループを作っていた。
別に浮かれてデート気分で来てるわけじゃない。
そもそも魔女は、大抵が騎士と盟約を交わして行動を共にする。
ここは魔女と騎士の養成所みたいな場所なのだから、俺のようにソロでいる方が場違いだ。
正直、ソロでもなんとかなるかと考えていたが、無理だ。
迷宮生物は、ほとんどが三体以上の徒党を組んで行動していた。
俺の腕前では相対できて一体まで。
二体いればもう危険信号だ。
まあ、今回は見学だったし。
次回からは攻略パーティへの参加か、俺と組んでくれる魔女探しを検討すればいい。
問題は、その後だった。
トンパンという、小太りのおっさんと出会った。
自称迷宮中級者のトンパンは、俺以外で初めて出会ったソロプレイヤーで、この時点で怪しめばよかったんだが、薄暗い洞窟の中で俺だけソロで、ちょっと心細いみたいな気持ちもあったのだろう。
俺はトンパンと意気投合し、情報交換を終えて、最後に「ここは暗いから、こいつを持ってくといい」と言われ、松明を渡された。
思い返せば、間抜けすぎた。
ここまですれ違ったどのパーティだって、松明など明かりを使う者はいなかったのに。
松明を持って歩いて数秒後、俺は大量の魔物に追いかけられた。
B 1区の迷宮生物は全て、明かりに対して過剰な興奮状態に陥り襲いかかってくるようだ。
言うなれば、肉食獣の群れの中に、焼きたての骨つきチキンを持って歩いてるようなもんだった。
逃げた。
必死で逃げ回った。
「もうダメ」と「無理かも」を何度往復したか覚えてない。
巨大蝙蝠にヒト型ウルフ。
一番ヤバかったのは、体長三メートルくらいのカマキリだな。
他の迷宮生物を、両手の鎌で薙ぎ払いながら追いかけてきた。
原因が松明だと気づいて捨てなければ、間違いなく真っ二つにされて今頃はカマキリの腹の中だ。
トンパン、あの野郎。
いろんな奴がいる。
当然、悪意のある奴も。
次会ったらブチ殺す。
チャリ、とシャツの隙間から、首に掛けていた母親の形見のペンダントが覗いた。
ノリスがくれたペンダント。
俺はここ数日の体験を思い出す。
世界は、広い。
ノリス。
お前は死んじまったから知らないんだな。
いろんな奴がいて、いろんな場所がある。
死んだら何も、知らないままだ。
反省も、後悔もできねえ。
お前、なんで死んじまったんだよ。
俺は、まだ生きてる。
ラニは疲れ果てて、そのまま眠りに落ちた。