四話目
ラニはアルバートを降ろして抜剣し、眼前に迫る三匹の狼に構えてみせた。
円形盾は投げてしまって、もう無いことをさっき思い出した。
歩き始めてから、半刻。
馬車ならとっくにメイズに着いてる頃、獣の気配がした。
一対三だ。
コリーは戦力に数えられねえし、アルバートは怪我をして動けねえ。
戦いにおいて、数は絶対的な力だ。
相当な練度の差がなければ、勝ち目などない。
ラニは剣の扱いと喧嘩の強さに多少の覚えはあるが、それで勝てるほど甘くはない。
「剣術なんてものは達人のものだ。お前のような素人は突撃あるのみ。突き殺せ」
グレイシア家では、嫌と言うほど叩き込まれた剣。
今までは、それでもよかった。
だが、俺が死ねば他の二人も食い殺される。
考えろ。
俺に出来ること。
一匹はやれる。
だが、次の瞬間には両サイドから噛み殺されるだろう。
狼たちも、最初の一匹になりたくないのか攻めあぐねているようだ。
『魔の灯 空を吸って 静寂にて沈黙 花を咲かせて海を揺らめく』
背後からコリーの詠唱が聞こえた。
見ると、手の平に握り拳くらいの小さな火球があった。
「うわっあっち、ちっち!」
「お前が熱がってどうすんだよ!」
コリーは火球を何度かお手玉して狼たちの方に投げた。
投げたっていうか、落とした。
次の瞬間に、火球は上空へ打ち上がって、物凄い爆音と共に破裂した。
それだけだった。
「あっれえ?辺り一面を火の海にする魔法だったのにー!」
こいつ、火の海にするつもりだったのかよ。
アルバートはどうするつもりだ。
「疾っ!」
爆音でビビって萎縮している狼の一匹に、俺は剣を素早く突き立てた。
「背後だ!」
「わかってる!!」
アルバートの声に答えて、そのまま狼を踏み潰して剣を抜き、振り回す。
返す刃で襲いかかって来たもう一匹を殴り飛ばす。
斬るなんて上等なことは出来なかったが、いったん狼と距離が出来た。
今度は二匹同時に襲いかかって来た。
ここまでか。
あと一匹、先に来たほうをぶち殺して、それで俺は喰われて終わりだ。
剣の柄を握りしめて覚悟を決めた。
ヒュン、という音がした。
右の狼の頭から矢が生えた。
それで体勢を崩す狼を見て、俺は全力でもう片方の狼に剣を叩きつける。
剣は狼の頭部を破砕した。
「大丈夫か?」
よく通る声に顔を上げると、宝石のようなアクアマリンの瞳、尖った耳。白に近いブロンドの髪をかき上げるエルフの女性がいた。
どうやら助かったらしい。