三話目
「なっ、なんだこれ」
ラニはアルバートから受け取った手鏡で、自分の瞳を確認した。
青白く、光っていた。
もちろん、生まれつきのものではない。
ラニの瞳は茶色がかった黒だった。
それが空色の青に。しかもうっすら光ってる。
瞳の色。
俺はコリーを見た。
コリーは気まずそうに視線を逸らした。
それで確信した。
「おい、コリー。お前、なんか薬飲ませたって言ってたな?」
「え、えっ?あれー?そうでしたっけー??」
「しらばっくれんな。お前、なんの薬を飲ませやがった」
俺はコリーを押し倒して、無理やりポシェットをまさぐり、薬の入った巾着袋を取り出した。
「ちょ、待っ、やん!変態!犯されるぅー!」
「うるせえ!俺はロリコンじゃねえ!誰がテメーなんか」
「はあ??ちょ、コリーは二十歳なんですよ!バリバリの大人の女で!子どもだってぽんぽん産めちゃうんですから!」
「そのなりで年上かよ!おむつ脱いでから出直してこい!」
「ぱぁぁあああ!!穿いてませんよそんなもんー!!」
奪い取った巾着袋には、薬の成分だか名称だかをわざわざ刺繍してあるが、専門でもない俺にはさっぱりだ。
「おい。これはなんの薬だ。さっさと言え」
「そ、それはお師匠が持たせてくれた餞別のお薬で。私が毎日飲んでいるものです!滋養強壮!飲むとちょっと幸せな気分になれて。魔女以外は飲んじゃダメだけど、魔女になる為の大事なお薬なんですよ!」
俺はコリーの頬を、両手で挟んでムニッとした。
「へえ? 飲ませたんだな? 魔女以外飲んじゃダメって言われた薬を、俺に飲ませたんだな?!」
「ひいぃぃ!!ご、ごめんにゃさい〜!」
はあー、と深い溜息を吐いて俺は立ち上がり、空を見上げた。
暗かった空は、明け方の薄ピンク色に染まりつつある。
今のところ、瞳の色以外に身体に異変はない。
どころか、妙に身体が軽い。
崖から落ちた時に、全身を打った筈だが。
滋養強壮。
多少なり薬は良い効果を発揮している、ということか。
副作用とか無いといいが。無理か。
「……日が明ける。ここでじっとしててもしょうがねえ。俺はメイズに向かう。コリー、身体の異常を確認するまで、お前も付き合え。アルバート、メイズまでの道はわかるか?」
「ああ。川に沿って下って行くといい。ここはメイズ近くの『迷いの森』だ。だが、川沿いなら迷うこともあるまい」
「行くといいって、おっさんは?」
そういえば、アルバートはずっと左手は腹に当てて身体を動かさないようにしていた。
「もしかして、怪我してんのか?」
「ああ。内臓に損傷を。それからこっちの足は折れている」
そう言って、左足をさすった。
「なんだよ。さっさと言えよ、そういうのは」
「言ってどうなる?」
「おい、コリー。魔女なんだろ。なんか回復魔法とかねえのか」
「わ、私は炎系魔術しか。医術なんてそんな高等なことはとても……おまじない程度しか」
「おまじないでもなんでもいい。今できることをやってくれ」
そう言うと、コリーはアルバートの側に膝をつき、両手をアルバートの左足に置き、瞑目する。
「痛いの痛いの、飛んでけー」
「おい。真面目にやれ」
「や、やってますよ?!言ったでしょ!!おまじない程度って!!」
おまじない程度っていうか、マジでおまじないじゃねーか。
「もういい。俺のことは置いて、さっさと行くんだな」
俺はまた、深い溜息をついてそれから、アルバートを背負った。
「何を、している」
「うるせえ。黙ってろ」
「こんなことをしても、なんにもならんぞ」
「……故郷に子供を残してるって、言ったな。名前は?」
「……息子のシュワルツと、娘のアコニーだ」
「会いたくねえのか?」
「会いたいさ。会えるものなら」
「だったらそれでいいだろ。黙って背負われてろ」
俺は歩き始めた。
ちらっと背後を見ると、コリーも立ち上がりついて来ていた。