二話目
白魔女と黒騎士。
千年前、この世界を脅かす六大竜王の全てを滅ぼして平和を取り戻したという二人の冒険譚。
それ以降、女は極限の魔女を、男はより高位の魔女に仕える騎士を目指すことが、至上の命題とされている。
そんな話を真に受けて騎士を目指すほど、ラニは子供でもなければ大人にもなれなかった。
北方騎士団の名家、グレイシア家の家督エドガー=グレイシアが手を出した使用人の子が、ラニだった。
母親はラニを産んですぐに死んだらしい。
ラニはグレイシア家の別邸で、金のために雇われた借り物の父と母に育てられた。
暮らしに不満はなかった。
別邸という箱庭に閉じ込められはしたが、時折、教育係の目を盗んで街に出かけたりもした。
そんな時だ。
ノリスと出会った。
ノリスは同い年の男の子で、なぜだか気が合った。
一緒に遊び回り、たまに屋敷に忍び込んできたりもした。
ある日、ノリスがペンダントをくれた。
母親の形見だと。
君の?と聞くと、違うと答えた。
それだけで、そのペンダントがラニの母親の物だとわかったし、ノリスがどうしてそんな物を持っているのかも、なんとなく理解できた。
その後。ノリス=グレイシアが北方騎士団で名を挙げはじめた頃、久しぶりにノリスが屋敷に会いに来た。
「君と会えて良かったと思う」
ノリスはそう言って、仕方なさそうに俯いた。
どうしてそんなことを言うのかと尋ねたが、それには何も答えず、ノリスは去っていった。
ノリスは死んだ。
事故死だった。
いや、違う。
事故に偽装して誅殺されたのだ。
その事がわかったのは、ノリスの代わりにグレイシア家の跡取りとして屋敷に招かれ、騎士になるべく教育という名のしごきを受けてボロボロになり、腹いせに高級そうな本棚をぶち壊してやろうかと分解していた時に、ノリスの手紙を見つけたからだ。
宛名にはラニと書かれていた。
あいつは、自分が殺されることも、代わりに俺がこの部屋に呼ばれることも見抜いていたんだ。
そこに書かれていたのは、本当にくだらない、少なくとも俺にとっては、そんな理由で死ななきゃいけないのか到底理解できない内容だった。
簡単に言うと、上級騎士の不正を見抜き、騎士団長に相談したところ、何のことはない、騎士団長もグルだった。
ノリスも悪事の片棒を担がされそうになり、拒んだところ殺された。
馬鹿な奴だ。
正直者で、真っ直ぐで、妾の子として生まれた俺にまで気にかけて。
それが罪悪感からの行動だったとしても、ノリスは俺の存在を無視できなかったんだ。
そんなんだから、殺されるのが分かってても逃げなかった。
その夜、俺は騎士ってやつに本当に嫌気がさして家を出た。
――――――――――――
頬に当たる火の熱に目を覚ますと、ラニの視界に真っ白な頭が入った。
あの時の魔女っ子が俺に寄り添うように眠っている。
俺はそれを横に寄せて、身体を起こした。
「どういう状況だ?」
「……俺で話せる範囲なら話すが」
独り言のつもりだったが、返事が届いた。
見ると焚き火を挟んで反対側に、傭兵のおっさんが座っていた。
「あんた、あの時の」
「アルバートだ」
アルバートは眼帯をさすりながら俺を見る。
敵意は、なさそうだ。
あるならとっくに襲われてる。
「ラニだ。あんたが助けてくれたのか?」
アルバートは薪を細かく割って火にくべて頭をかいた。
「人の気配がしてな。俺は野営を用意しただけだ。感謝ならその嬢ちゃんにするんだな。口移しで薬を飲ませて、さっきまであんたを介抱していたよ」
「口移しで……」思わず手を口に当てて拭った。
「なかなか微笑ましいキスシーンだったよ」
「茶化すな」
「照れなくていい」
「やめろ!照れてねえよ!」
ラニが声をあげると、隣で白い頭がむくりと起きあがった。
「ほあ、、あ、おはよう、ございます?」
寝ぼけているのか、うっすら開いた真紅の瞳に涙を貯めて欠伸をしていた。
「おう。俺はラニ。こっちはアルバート。どっちも傭兵だ。お前は?」
「はい!あの、コリーニョ=ラビ=ウルクスという真名があるんですけど、長いし、真名は誰にも教えちゃダメだってお師匠に言われてますので、コリーと呼んでください!」
「いや、言ってんじゃねえか」
「し、しまった!今のはその、忘れてください!」
「無茶言うなよ」
そのやりとりに、フフッと笑ったアルバートを俺は睨みつける。
「何がおかしい」
「いや。すまない、怒らないでくれ。故郷に残した息子と娘を思い出してね」
ラニは再び、コリーのほうへ向き直る、
「コリー。お前、魔女だよな?」
「はい、まあ一応。コリーは、あっ、私は、あまり優秀ではなくて、見習い……なんですけど」
女に生まれたからには魔女を目指す。
しかし当然、全ての女が魔女になれるわけではない。
例えば『迷宮の魔女』みたいに二つ名を持つような強大で有名な魔女は、ほんの一握りだ。
その他は、見習いのまま一生を終える。
「話の途中ですまないが、ラニくん」
「なんだ、おっさん」
「これは興味本位で聞くので、怒らないでほしいんだが、その、キミは。なんだ、もしかして、人間じゃなかったりするのかな?」
「は?」
いきなり何を言い出すかと睨みつけたら、おっさんはとても言いづらそうにした。
「だって、キミ。目が光ってるんだが」