十九話目
D 1区画「海蝕洞窟」
迷宮が、いったいどういう構造をしているのかさっぱりわからないが、この洞窟は海に面している。
そう、海だ。
所々で洞窟の開けた場所から、遠くの水平線まで伸びる海が見える。
おかげでここが、地下空間であることを忘れそうになる。
「やや!ラニ殿!前方にサハギンの集団が見えるでござる!どうするでござるか?とりあえず突撃でござるか?!」
「いや、なんでだよ。お前、忍者なんだろ、忍べよ」
「す、すみません、ラニくん。サイゾウくん、馬鹿だから……」
「や!カレン殿、相変わらずストレートな物言いでござるなあ!」
サイゾウとカレン。
一応、俺たちと同じ騎士見習いと魔女見習いのパーティらしい。
コリーと二人でダンジョン攻略に向かおうとしたところ、入り口付近で声をかけられたのだ。
どうやら初心者パーティは、同じような初心者パーティと組むのが迷宮攻略のセオリーらしい。
確かに、戦力において数は絶対的な力だ。
二人より四人のほうが、安全に戦えるし、いざとなったら囮にしてコリーと二人で逃げ出せばいいし。
「カレン。相棒が馬鹿だと、お互い苦労するな」
「ちょ、ラニさん!ちょっと待ってください!今ナチュラルにコリーをディスりました?!」
「コリーちゃんは、でもいいじゃないですか。女の子は、馬鹿でも可愛いから」
「コリーは、出来れば馬鹿の部分を否定して欲しかったなぁー!」
「それで、どうするでござるか?やはり突撃」
「しねえから。ちょっと待て」
前方にいるサハギンの集団は三体だ。
呑気に釣りをして、談笑しているように見える。
サハギンの言語はわからないから、実際はどうなのか知らないが。
ていうか、釣った魚をどうするんだ。
食うのか?それって同族では?
こちらは四人。
数のうえでは勝っているが、直接相対するのは前衛の俺とサイゾウ。
となると、俺かサイゾウ、どちらかは二体を相手にしなくてはならない。
相手は油断しきっているし、先制攻撃で一体に致命傷を与えるのが理想的か。
「よし。コリーの火球魔法で先制してから、突撃しよう」
「や!やはり突撃でござるな!よし、突撃態勢!いつでも行けるでござるぞ、コリー殿!」
サイゾウは腰に差していた長さの違う、二本の小剣を構えた。
コリーは上目遣いで、俺に物言いたげにしている。
「あ、あの、ラニさん。私は、コリーは魔術を上手く扱えないので、その、失敗するかもしれませんが……」
きっとそう言うと思い、俺は準備していた言葉をコリーに投げかける。
「いいさ。別に失敗したって。戦闘開始の合図だと思って、気楽にやればいい」
「ですが」
「コリー」
俺は剣を抜き、小型の円形盾を構えながら言う。
「いきなり上手くやる必要なんかないんだ。俺も、お前も。ここからスタートなんだ。生きてりゃこれから何度も何度も失敗する。それでいい。俺たちのペースで、一歩一歩進んでいければいい」
人生は下り坂だ。
だけど、ただ下るわけじゃない。
何かを得たり、失ったりしながら、それでも進むんだ。
俺は、コリーに笑ってみせる。
「期待してるぜ」
そう言われて、コリーは両手杖を握りしめて構えた。
紅い瞳を閉じて、集中し始める。
長く、雪のように白い髪が魔力の波に僅かに揺れた。
『魔の灯 空を吸って 静寂にて沈黙 花を咲かせて海を揺らめく』
おわり