表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女と騎士  作者: マリーゴールド
18/20

十七話目

 図書館を飛び出したラニは、そのまま銀行に向かった。

 イチカの書いたメモの物を揃えるのに、いくら位かかるか判らない。

 とりあえず、全額下ろして銀行を出た。

 急がないと。

 市場に向かう大通りに出るため、建物に挟まれた路地の角を曲がったところで、足をかけられた。

 突然のことに、ラニは受け身も取らず地面に転がる。

 身体を起こそうとすると、人影に囲まれて、四方から棒のような物で殴られたり、蹴られたりした。

 あっという間に、動けなくなった。


「うっ……なん……」


 人影のうちの一人が、仰向けになったラニの側にしゃがんで勝手にポーチを開く。

 先程、全額下ろして膨らんだ財布を取り出す。

 やめろ、返せよ。


「あったよ!サウス姉ちゃん!」

「おう、ノース。貸せ、きっちり四等分だ」

「おい、サウス。ちょろまかすなよ、お前は前科があるんだからな」

「なら、ウェスト姉貴が数えりゃいいだろ。ほら」

「ほらな、俺の言った通りだったろ? ああいう必死な顔して銀行から飛び出してくる奴は、“当たり”なんだよ」

「さすがだね、イースト姉さん!」


 盗人共は、四人とも同じ顔をした女だった。

 ニヤニヤと笑いながら、金を数えている。


「かえ……せよ……」

「あん? 兄ちゃん。これは勉強代として、うちらが受け取っておいてやるよ。ここはメイズだ。自分の身は、自分で守らないとなあ?」


 ノースと呼ばれた女が、俺を踏みながら言った。

 悔しさや情けなさと共に、切れた口の中に血の味が広がる。畜生。


「何を急いでたか知らねえけど、油断した奴から食われてくのさ」


 ノースは、やれやれと言ったふうに手のひらを振る。

 俺はノースを睨みつけた。


「やめ……ろ。返せ……」


 視界が、青く揺れる。

 さっきまで動かなかった全身が、痛みを忘れたように軽くなる。

 俺がノースの足を掴もうとすると、ノースは跳ぶように後ずさりをした。


「ね、姉さん!こいつヤバいよ。なんか目が光ってる!」

「おい、あんちゃん。抵抗する気ならやめた方がいいぜ」

「そうそう。イースト(ねえ)は、昔、王国で宮廷魔術師をしてた事もあるんだから」

「まあ、素行が悪くてクビになっちゃったんだけどね!」

「ノース、余計なことは言わなくていいんだよ」


 イーストが前に出る。

 俺は構わず、剣を抜いた。


「そうかい。どうしても黒コゲになりたいようね。この『雷鳴の魔女』イースト=ディレクション様が遊んでやるよ」


『光の粒 流れて巡れ 加速する円環 走るべき道へ落ちろ』


 バチバチとイーストの全身から発生した電撃は、地を走りラニを目掛けて加速する。


 しかし、それが例えば光の速さであったとしても、ラニの瞳は魔術を捉える。掴み取る。

 ラニは剣を地に刺した。

 それで電撃は、全て刀身に吸われてしまった。

 イーストと名乗った女の顔が、驚愕を示す。


「なっ?!なんだこいつ、魔術が」

「妙な魔力を感じたから来てみれば、やっぱりラニだった」


 突然、現れた。

 薄く、長い金髪を揺らして。

 白いジャケットから伸びる素足。

 向かい合うラニとイーストの間を遮るように、イチカが現れた。


「は? お前、どこから現れやがった?!」

「ラニ、それは使わない方がいいって、言ったよ」


 イチカはイーストを無視して、人差し指と中指の二本でトン、とラニの(ひたい)を突いた。

 全身が、脱力する。

 ラニは堪らずその場に倒れた。


「ね、ねえ。姉さん、こいつらなんかヤバいよ!逃げようよ!」

「うるせえ!ノース、黙ってろ!」


 狼狽えるノースに、イーストが吠えた。


「女。てめえも魔女だな!まあいい!俺の前に立ったのが運の尽きさ!仲良く黒コゲになりな!」


『光の粒 流れて巡れ 加速する円環 走るべき道へ落ちろ』


 イーストが先程と同じ電撃を放つ魔術の詠唱をする。

 それに対して、イチカは右手を前に出した。


『存在の臨界 光速の先 無限の果てに落ちる』


 手のひらの上に、小さな黒い球体が現れた。

 イーストの放つ電撃は、地を走り、しかし黒い球体に吸い寄せられ、呑み込まれた。


「また……俺の電撃が。畜生、なんなんだよ、テメェらは!!」


 イチカは、図書館の屋根裏で出会った時と同じく、つまらなそうな顔でいる。


「ボクね。自分の気に入ったものを、他人に弄られるの嫌いなんだ」

「はあ?!」

「運の尽き。その通りだよ。君たち、このイチカ=バーミリオンを苛立たせるなんて、人生で最高の、いや最低の? 違うかな。最期の不幸だよ」

「イチカ……『バーミリオン』だって? 嘘ならもう少しマシな嘘をつけ!『天上の魔女』が、こんな場所に居るわけねえだろ!」

「場所、ねえ。ボクに言わせれば、時間も距離も、この世を映す紙芝居の一頁に過ぎないんだけど」


『万象の果て 光の伸びる その先へ 結んで 開け』


 パン!とイチカが手を打つと、四姉妹を飲み込む巨大な黒球が現れた。

 次の瞬間には、黒球は見えなくなるほど小さくなり、後には何も残らなかった。

 道も、建物の壁も、街路樹も。

 もちろん、四姉妹も。

 黒球の触れた部分だけ、ごっそり削り取られていた。

 イチカがゆったりとした動作で、倒れていた俺を起こしてくれた。


「……殺したのか?」

「どうかな。世界の果てに飛ばしただけだから。彼女らが生きてるかどうかは興味ない」


 俺はイチカの手を振り払い、自力で身体を起こした。

 いつの間にか、青白く揺れる視界は元に戻っていた。


「魔術には興味ないんじゃなかったのか?」

「ないよ。でもね、ボクの興味に関わらず、ボクは魔女なんだ」


 世の中には二種類の人間がいる。

 魔女か、それ以外。

 イチカは魔女だ。

 ふいに、コリーの顔が浮かぶ。

 なら、コリーは。魔女なのか、それとも。


「さっきの魔法」

「うん?」

「とてつもなく重い物に、光より速いなにかが渦巻いてた。あれはなんだ?」


 そう言うと、イチカは驚いたように目を丸くした。


「へえ。ラニの目は、光情報に頼らずに魔力の奔流が視えているんだね」

「そうなのか? よくわからん」

「ふふっ。ボクの魔術はね、天の上、宇宙と呼ばれる空間の事象を再現したものなんだ。たぶん、説明してもラニには理解できないと思うよ」

「だろうな。俺も興味はねえよ」


 俺は、道に落ちていた自分の財布を拾い上げる。


「助かった。また借りができたな」

「借りなんてないよ。言ったでしょ。助けたいから助けただけ。君は勝手に助かった。魔女は自由で自在なの」


 イチカが俺の背中に手を添える。

 それだけで、身体中に出来ていた痣や傷が消えていった。


「さあ、薬を作って、さっさと君の大事なお姫様を助けに行こうか」

「コリーは、別にそんなんじゃねえよ」

「じゃあ、どんなのなんだい?」

「……うまく言えねえな。俺もまだ、よくわかってないんだ」

「なら、わかったら教えてね。魔術なんかよりずっと興味ある」

「……変な魔女だな、イチカは」

「やっと、ラニが名前で呼んでくれた」


 そう言って笑うイチカに、俺も釣られて笑わされた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ