十四話目
すっかり暗くなった表通りを、コリーの手を引いて歩いていた。
また、夕飯には間に合わなかったな。
「……もう、いいです」
ずっと黙ってついてきていたコリーが、声を上げた。
「もう、いいんですよ。全部。終わらせたい。コリーは、コリーを終わらせたいです」
繋いでいた手を、振り払われた。
「同じ施設で育った姉弟子さんに会いました。コリーは魔女になるために育てられて、旅に出て。でも、違いました。実験動物で、失敗作だったんです。捨てられたんです」
コリーの赤い瞳が、涙で揺れている。
「魔女になることが、コリーの全部だったのに。コリーは魔女じゃなかったんです。もう、コリーには何もありません。せめて、一人で生きていけるようにって。働いて、頑張って、生計を立てて。でも、ダメでした。やっぱり私は、何をしてもダメなんですよ。何も出来なくて、迷惑かけることしかできなくて。私は、何のために生きてるんですか?」
俺は、言い終わるまで、立ち止まって、話を聞いてやることにした。
「ラニさんにも、出会った時からそうです。ご迷惑しか、かけてません。もういいですよ、放っておいてくださいよ。それなのに、どうして助けに来てくれるんですか!余計なお世話ですよ!いっそ、めちゃくちゃに壊してくれればよかったのに!」
コリーは、大粒の涙を流していた。
俺はゆっくりとコリーに近づいて、視線の高さを合わせるように膝を折ってやる。
「なあ。お前が姉弟子に何を言われたかなんて、知らないし知る気もないんだが。お前、本当にお師匠に捨てられたのか?」
「そうですよ!そうに決まってます!」
「でも、お前さ。薬の袋持ってただろ。成分表示を刺繍してある巾着袋。用済みで捨てようとしてる人間に、そんなものわざわざ持たせるなんて、おかしくないか?」
「そ、それは……」
「お前のお師匠は、旅立つ時に、お前になんて言ってたんだよ」
「それは……よき魔女に、なれますようにって」
「だろ? それで、餞別に薬も持たせてくれたわけだ。お師匠は、お前に立派な魔女になって欲しくて、巣立って欲しくて、旅に出したんじゃないのか?」
「そんな……そんなこと……」
「お前は」
俺はそこで区切って、立ち上がる。
「お前は俺やお師匠の言葉と、その姉弟子の言葉。どっちを信じるんだよ」
それで、決壊したみたいに、コリーは泣き出した。
嘘だった。
ラニは世界がそれほど美しく、優しくは出来てないことを知っている。
薬は、育てた子どもを捨てるのに、罪悪感が邪魔で待たせただけかもしれない。
俺の言葉には、確証なんてない。
だけど、真実がどうかなんて確認する術もない。
だったら、より都合のいい理屈を信じるほうがいいじゃねえか。
「ああ、そうだ。お前さ。迷惑しかかけてないって言ったけど」
「……はい」
「そんなことないぞ。川に落ちた俺を助けようとして、薬を飲ませてくれたんだろ。滋養強壮。確かに効果あったよ。そうじゃなきゃ、アルバートのおっさんを背負って、森の中を歩き回ったりできなかっただろうし。狼やオーガにも、やられてたかもな」
「そんな」
「ありがとな」
「えっ」
コリーは、どうやら涙は流し尽くしたようで、今度は目を丸くしている。
「だから、ありがとうって。まだ言ってなかったよな?」
「わ、私。私は」
「他人に感謝されたのは、生まれて初めてです」
そりゃあ、また。
なかなかハードな人生だな。
まあ、俺もヒトのこと言えるほど、育ちがいいわけじゃないんだが。
「あー。それでな、今後のことなんだが」
「はい」
「迷宮な。行ってみたんだけど、ソロじゃキツそうで。そもそも、魔女と騎士のペアで臨む難易度で設定されてるっぽいというか」
「は、はい」
「それで、俺と組んでくれる暇そうな魔女を、探してるんだけど」
「そ、それは!わ、わわっ、私」
「頼めるか?」
「はい!」
ああ。
やっと笑った。
久しぶりに、こいつの笑顔を見た気がする。
まあ、俺はロリコンじゃねえから、それで好きあったりとか、しねえけどな?
でも、なんつーか。
いつの間にか、俺の胸の真ん中には穴が空いていて、こいつが笑ってると、そこが埋まってく、みたいな。
幸せって、こういう感じなのかな、とか。
どうだろう、違うかもしれない。
生きてて幸せだったことなんて、一度もないから、わかるわけがない。
俺は胸元のペンダントを取り出して、握りしめた。
ノリス、お前は知ってたのか?
こういう、温かい気持ちを。