十三話目
「遅ぇ。またかよ」
イチカと話を終えて、図書館を後にしたラニは、コリーを軽く探してみたが、見つけられず、集合場所にした酒場『眠れる羊』に先に入っていた。
今後のことを話し合うつもりで、店の場所は告げておいたのだが。
「あいつ、忘れてんじゃねえだろうな」
それとも、また迷子にでもなったか。
その時、聞いた事のある声が聞こえてきた。
「ガーハハハハハッ!おい、スタッフぅ!このトンパン様に、一番高い酒を持ってこぉい!」
俺は男の背後に、そっと近づいた。
「いやぁ!ハハッ!あのガキ、ラニの親友だって言ったら簡単に騙されやがってよ!ボーッと生きてんじゃねーよってなあ!」
「よぉ、随分と景気が良さそうじゃねえか」
「はあ? げっ!お、お前はクハッ!」
俺は男が逃げられないように、首に腕を回してしっかりホールドした。
「会いたかったぜぇ、トンパァン」
ラニは瞳を青白く光らせて、凄惨な笑みを浮かべてみせた。
「ま、待ってくれ!これは、違うんだよ!」
「俺の親友が、どうしたって?あぁん?!」
待てよ。
ガキが、騙されて、俺の知り合い。
ラニの頭の中で、全部が一本に繋がった。
マジかよ。
首を絞めながら、俺はトンパンに凄んでみせた。
「おい。そのガキの話を詳しく聞かせろ」
――――――――――――
大通りからは外れた裏通り。
立ち並ぶ怪しげな店の一角に、俺はトンパンを縛り上げたままやって来た。
看板には『貧乳趣味』と書かれている。
説明、必要か?
俺は「開店準備中」の札に構わず、店の扉を蹴り破った。
「コリー!!どこ行きやがった!!」
「ちょ、ちょっ、ラニさん!あんま無茶しないでくださいよ!!やべえですって!」
慌てふためくトンパンを無視して、店の奥に引きずっていく。
ボックス席のひとつに、金髪ロングの男と、ピンク髪の女と、それから。
雪みたいに白い髪、宝石みたいに真紅の瞳。
綺麗に着飾って、化粧までしてるけど、間違いねえ。
「おい、コリー。帰るぞ」
「ラニさん……」
見ると、金髪の男はズボンを下ろしていて、コリーはその前で膝立ちになっている。
そしてここは、如何わしいお店の中で。
要するに。
「おい、テメェ。コリーに何した」
視界が、青白く揺らいだ。
ゆっくりと、剣を抜いて構える。
「ま、待ってください!ラニさん!ライラさんは、その」
ライラと呼ばれた金髪は、フゥーと息を吐いて、ズボンを履き直し、両手を頭の上にあげる。
「まだ、何もしちゃいないさ」
「本当か」
「嘘を吐ける場面かどうかくらい、心得ているつもりだ」
「本当よ。あなたの心配しているような事は、何もしてない」
隣にいたピンク髪の女が言った。
こいつらがグルの可能性もあるが、いちいち嘘をつく理由もない。
俺はいったん、その言葉を信用する事にした。
「おい、コリー。帰るぞ」
「ら、ラニさん。なんで、何しに来たんですか?」
「はあ?!『眠れる羊』に集合って、決めただろうがボケてんじゃねえよ!それがいつまで経っても来ねえから、こうして迎えに来てんだろうが」
「ラニさん、私は。コリーは、一人で生きていかなきゃいけなくて。ちゃんと働いて、生計を立てて、それで」
「コリー。そういう話は後だ。帰るぞ」
俺はコリーに手を差し出す。
だが、コリーはまだその場を動こうとしなかった。
ピンク髪の女が、コリーの両肩にそっと、優しく手を置いた。
「行ったほうがいいよ」
「おい、アンジェリカ」
「ライラ!この子には、まだ居場所がある!ここじゃあ、使えないよ。わかるでしょ?」
ライラと呼ばれた金髪男は、数瞬だけアンジェリカと睨み合ったが、あっさり折れた。
「まあ、な。そうだろうよ」
「ほら、コリー。早く行きな。もう戻ってきちゃ駄目だよ」
そう言って背中を押されて、コリーはようやくラニの元へ戻ってきた。
俺は羽織っていたローブをコリーにかけてやって、入り口のほうを向く。
「帰るぞ」
「ちょっと待て」
止めたのは、ライラだった。
手にはいつの間にか、小型の刃物を握っている。
「お前らのせいで面目丸潰れだ。俺たちの世界じゃあ、舐められたら終いなんだよ」
周りを黒服の男たちが囲む。
それぞれが、武器を所持していた。
「落とし前をつけてってもらうぞ」
「……まあ、そうだろうな」
ラニの育った街にも、この手のガラの悪い連中はいた。
こういう連中は、メンツが命より重要なんだ。
俺は瞑目し、ゆっくりと剣を納める。
「わかった。煮るなり焼くなり好きにしろ」
「ら、ラニさん!」
「コリー、お前は黙ってろ」
俺は、そのまま数歩ほど進んで、ずっとはらはらと見守っていた、トンパンの背中を押した。
「……えっ、ええっ?!俺!!?」
「当たり前だろ。コリーを騙して店に連れてきたのも、紛い物を掴ませて店に迷惑かけたのも、元はと言えば全部、テメーが悪いんだろが」
「よし、連れて行け」
「ちょ、ちょっ!そんな!!待っ!ああ!!」
トンパンは黒服の連中に両脇から掴まれて、奥の扉のほうへ引きずられていった。
まあ、命までは取られたりしないだろ。
なんのメリットもないし。
こってり搾られてくればいい。ざまあみろ。




