九話目
「……遅ぇ」
『溺れる河豚亭』の食堂で、朝食を済ませたラニは、身支度を整えて、掘り出し物市をぶらついてから、昼前には国立図書館の門前にたどり着いた。
そして、半刻ほど経つ。
期待はしてなかったけど、やっぱりコリーは道にでも迷ってるんだろう。
迷子なら、まだいい。
厄介なトラブルに巻き込まれて、変なことになってなければいいが、なってそうな確率のほうが高くて溜息しか出ねえ。
「お。よぅ、コリー。時間には遅れたが、ちゃんとたどり着けたんだから、まあ、よしとするか」
「おはようございます。ラニさん」
おはようも何も、とっくに正午を過ぎてるわけだが。
「コリー。お前、なんか変だぞ?」
「そんなこと、ないですよ」
俯きがちにそう言うコリーは、どこかボーっとしていて、真紅の瞳はどこか遠い場所を映しているように虚ろだ。
まあ。人の心なんて曖昧で不定だ。
俺だって、昨日は色々あって元気溌溂とはいかない。
落ち込むようなことがあったとして、本人がなんでもないと言うなら、深入りする気はない。
所詮は他人事だ。いちいち構っていられる程、ここの生活はぬるくない、と思う。
「まあ、いい。メロンの話だと、イチカとかいう『天井の魔女』は屋根裏部屋にいるらしい。行くぞ」
こくり、と頷いて、コリーはトボトボと後ろを歩き始めた。
やっぱ、なんか変だ。
門をくぐって、館内に入ると、規則正しく並んだ本棚には、大小様々な本がびっしりと陳列していた。
天井を見上げると、一か所だけ不自然に屋根板が外れて梯子が架けられてる場所がある。
たぶん、あそこだ。
ラニたちが梯子を登って屋根裏に出ると、外観からはあり得ない程の奥行きと高さのある空間が広がっていた。
広すぎる。
もしかすると、図書館本館より広いんじゃないか?
これが『天井の魔女』の仕業か。
だだっ広い空間の真ん中に、ソファーを置いて、ブカブカの白衣を着た金髪の女が、寝転がりながら本を広げている。
「たぶん。あれだよな?」
「そう、ですね。あの方は、魔女です」
ラニが呟くと、コリーがそれを肯定した。
ここでこうしてても埒があかないので、とりあえず俺はソファーに向けて歩き始めた。