邪魔だからと勇者パーティを追放されたただのおっさんだけど、ずっと見守り続けてる。
「もう、邪魔だからついてこないでよ」
勇者の言葉に、打ちひしがれる。
先日勇者であるアリスが王城に呼ばれ、ついに出陣した。
国民に見送られる彼女がとてもまぶしかった。
みんなの期待に応えられるように、笑顔で手を振る彼女を誇らしくも思った。
そして、最初の村……魔族に襲われ壊滅的な被害を受けた村の宿で彼女に言われた。
聖女と、聖騎士、さらに賢者もなんともいえない微妙な表情で俺を見ている。
憐憫を十二分に含んだその眼差しは、なんでお前がここにいるんだと言ってるようで、突き刺さる。
「なんで、そんなことを言うんだアリス?」
「もう、いいから! ただの農家のおっさんが魔王討伐についてきてどうするのよ! 大人しく待っててよ」
「いや、でも……」
そこまで言いかけて、口をつぐむ。
アリスが顔を真っ赤にして、こっちを睨みつけている。
くっ、そこまでいうなら。
「本当にいいんだな?」
「いいって、言ってるでしょ!」
「本当だな?」
「うるさいなー。しつこいよ!」
ショックだ。
昔は、こんなことを言う子じゃなかったのに。
「分かった、勝手にしなさい!」
「勝手にするもん!」
俺は宿を飛び出すと、気配を完全に遮断して宿のわきの木陰に隠れた。
そして、翌朝出発したアリスたちを追いかける。
ばれないように。
***
「しかし、なんであんなおっさんがついてきたんだ?」
「勇者様の隠し切れない魅力に、引き寄せられてしまったのかもしれませんね」
宿の一室で、聖騎士と聖女が会話をしている。
「別段戦闘能力があるようにも思えなかったが、よくもついてこられたものだ」
賢者が腕を組んで、頷いている。
うるさい、黙れ。
お前らよりは、絶対に役に立つ。
「あんな人のことは、どうでもいいでしょ」
「そうだな。明日も早いし、もう寝よう」
アリスが不機嫌な様子で、3人に声を掛ける。
ちょっと待て、お前ら同じ部屋で寝るつもりか?
と思ったら、聖騎士と賢者が隣の部屋に戻っていった。
ほっとした。
そして、どうでもいいという言葉が、深く胸に突き刺さった。
***
翌朝出発した勇者一行は、ひたすらに西を目指す。
この国がある大陸の西の端にある港町から、船で中央大陸に向かうためだ。
そこには聖教会の本部があり、勇者の武器となる聖剣エクスカリバー、聖騎士の武器となる聖剣アロンダイト、聖女の持つべきである聖杖アスクレピオスの杖がある。
どうでもいいが、アスクレピオスの杖は蛇が巻き付いていて少し禍々しい気がする。
ケリュケイオンの杖の方が良い気がするが。
そして、賢者の装備はない。
笑える。
***
中央大陸についた一行は、真っ先に聖教会本部に向かった。
ヒュギエイアの聖杯から注がれた聖水による祝福を受けて、一行は教会を後にする。
「くそ、まさかこんな強力な護衛がついているとは」
「うるさい、黙れ」
俺の足元で黒ずくめの男が、喚いている。
悲しいかな、魔族ではない。
ただの人だ。
「国に帰って伝えろ。くだらんプライドで水を差すなと。そんなに栄誉が欲しければ、軍隊でも率いて魔王城に向かえばいい」
こいつは、中央大陸のど真ん中にあるセンター国の王が放った刺客だ。
どうも、聖教会本部がある国から、勇者が排出されなかったことが面白くなかったらしい。
勇者は常に一人しか選ばれないからな。
アリスを殺せば、次の勇者が現れると思ったんだろう。
ここまでに、のべ20人近い暗殺者を潰してきたが。
懲りない奴だ。
とりあえずアリスたちが教会から出ていったのを確認して、中に入る。
「先日はありがとうございました。お陰で、無事務めを果たすことができました」
「気にするな。こちらこそ礼を言わんとな。勇者のためにありったけの加護と祝福を与えてくれたことに感謝を」
「おやめください。私の命の恩人でもあり、世界を影ながら救われた御仁にそのように頭を下げられると困ってしまいます」
勇者たちに装備と祝福を与えた教皇は30代半ばの女性だった。
先日教皇になったばかりの、新米教皇だ。
前教皇は数年前に魔族の手に落ちており、ここでいずれ現れる勇者を亡き者にしようとしたらしい。
さらに同時に選ばれるであろう、次代もついでに始末するためにも前教皇に化けてずっと潜んでいたと。
そして神の神託によって新たに選ばれた、彼女を幽閉していたのだ。
勇者が選定された日に、教皇と選ばれたようだから就任からまだ8日間しか起っていない。
そのうちの5日間は牢に閉じ込められていた。
何故殺さなかったのかというと、勇者を殺した後でないと、すぐに次の教皇が選ばれる可能性があったからだとか。
また彼女自身も飲まず食わずで結界を張り続けたため、直接危害を加えることもできなかったらしい。
ただ、それでも体力も尽きかけており、限界間近だったところを助けた。
彼女がいないと、勇者が困るからな。
ちなみに前教皇に化けていたのは、デビルプリーストというよく分からん魔物だった。
悪魔の神官って、良いんだか悪いんだか。
悪いんだろうな……とりあえず人間の信者による護衛にも囲まれていたため、離れたところから矢を射かけまくった。
まさか全部当たるとは……ハリネズミみたいになって声もなく死んだ。
「その、私からも何かお礼がしたいのですが……武器や防具なんかは必要ありませんか? 勇者様方に贈ったものよりは劣りますが、聖なる加護を付与した装備はまだありますよ?」
「大丈夫です。ご心配なく」
「えっと……心配しますよね? 防具も一切身に着けておりませんし」
防具か……金属の装備だと、ガチャガチャ音がしてついていってるのがバレるし。
うん、このままでいい。
笑顔を向けて、無言で拒否する。
教皇が、頬を赤らめて俯いてしまった。
せっかくの行為を無下にして、怒らせてしまったかな?
「では、失礼します」
「あの……また、会えますか?」
「ふ、御縁があれば、きっと」
不安そうに見上げてきた教皇の頭を優しくなでて、その場を飛び出す。
勇者の匂いが凄い速さで、離れていっている。
まずいな、馬にでも乗ったか?
***
「むう」
「どうされましたか? 勇者様」
「なにか、おっさんがモテてる気がする」
「はっ?」
「なんでもない」
***
次の目的地は、中央大陸の北端にあるナカキタ王国だ。
そこには、聖女のための聖なるローブがあるとか。
ローブか……こうして聞くと、ただの古着にしか聞こえん。
それも、数百年前から受け継がれているとか……
俺は着たくないな。
さらに聖騎士の盾と、勇者のためのヘルムがあった。
ちなみにヘルムは、ぶん殴って破壊しておいた。
どこのおっさんが被ったかも分からない兜を、年ごろの娘に装備させようとは。
しかも殴って壊れるような、紙装甲。
そんなもん、帽子以下だ。
うっかり信用して、兜で攻撃を受けたら即死だな。
神は鬼か。
その光景をこの国の女王は、微妙な顔をして見ていたな。
代わりに、全力で作った髪飾りを渡すように言って手渡した。
連中驚いていたな。
司祭が、今までの我々が受け継ぎ守ってきたヘルムよりも、全てにおいて性能が上回っているとか漏らしていたけど。
それはそうだろう。
俺が勇者のために、全力の愛を注いで作ったんだからな。
「えっ? 髪飾り? ヘルム……」
「先日、髪飾りに姿を変えました。女性には……ましてや、このように可憐な少女に、あの武骨なヘルムは似つかわしくないと神も思ったのでしょう」
「あっ……はい。これ、何か懐かしいような……ありがとうございま……す?」
女王から髪飾りを受け取ったアリスは、首を傾げながら女王の御前を辞去した。
ちなみに、ここにも賢者の装備は無かった。
大丈夫か賢者。
最初の支給品と自前の装備だけで、よく頑張ってるな。
賢者だから、自分で先に集めてきたのかな?
玉座の後ろにあるカーテンの陰から、姿を出す。
「これで、よろしかったのですか?」
「ええ、ご協力感謝いたします」
俺は女王の前で片膝をついて、頭を下げる。
両親である前国王とその妃を目の前で殺され、若くして女王になった女性。
それも、彼女の元に婿として送られてきた隣国の王子が、実は魔族だったのだ。
いや、正確には魔族が移動中の王子を殺して、なり替わったのだが。
そのことは、彼女にトラウマを植え付けるには十分だった。
20代半ばに差し掛かって、まだ未婚だ。
どうも、男性がというか……また、婚姻相手に魔族が化けてきたらと思うと恐怖で結婚が考えられないらしい。
そして、その心の隙をつかれたのか、魔族に意識を奪われていた。
側近がその魔族で、デーモンロードと名乗っていたかな?
化けの皮を剝がすために、酸をかけたのだが。
思ったより強い酸だったようで、皮が溶けて巨大な悪魔の姿が現れたが……
そのまま悲鳴をあげながら、それすらも溶けていった。
酸に教皇様がやっていた祝福の祈りを、見よう見まねで掛けておいたのがよかったのかもしれん。
またも信用するものが、魔族だったことで彼女はひどく気落ちしていた。
一晩中話を聞いて、慰めて、また魔族や悪魔が化けていたり、憑いていた場合の見分け方も伝授した。
ようやく、何かに怯えることのない普通の生活が送れるかもしれないと涙していたな。
「では、失礼いたします」
「あの!」
「はい?」
「装備などは、いりませんか? 勇者様方の装備には劣りますがそれなりのものがありますよ」
「いえ、そのお心遣いだけで、結構です」
「ですが……」
その唇に触れるか触れないかギリギリの位置に人差し指を当てる。
それから、ニッコリと微笑んで無言で首を横に振る。
女王は頬を赤らめて、俯いてしまった。
それから、また意を決して顔をあげる。
「その……もし、勇者様が魔王を倒したら、また会いに来ていただけますか?」
「ええ、女王のお望みならば、必ず」
「いえ……女王ではなく、わたくしユニス個人の望みです」
女王ではなく、1人の人としてお願いか。
無理を強いないためかな?
優しい人だ。
「このような、奇麗な女性の方のお望みを断れる男など、いるはずがありません。もちろん、喜んで」
「あっ」
ユニスの手を取って、その甲に口づけをするフリをする。
直接唇を当てるのは流石に不敬だろうと思ったが、なぜか驚いたユニスが一瞬の間の後で手を引くのではなく上に少しあげたせいで触れてしまった。
見上げると、顔を赤くしている。
やはり、怒らせてしまったか?
「心から、お待ちしております」
「なるべく、早く再会できるよう、願っております」
少し横を向いて、照れくさそうに言う彼女の頭をつい撫でてしまった。
これは、完全に不敬だ。
捕まる前に、逃げよう。
「それでは」
「あっ……」
***
「むう」
「どうされましたか? 勇者様」
「なんか、おっさんが若い女性をたぶらかしてる気がする」
「えっ?」
「いや、なんでもない」
***
「くっ、馬鹿な! 攻撃が全然通らない。いつもより、身体が重い気がする」
聖騎士の持つ聖剣アロンダイトが、その硬い装甲に弾かれている。
勇者たちがいま戦っている相手は、魔王の四天王の一人と名乗っていたな。
なんて名前だっけ?
「魔法も効かないし、まずいですね。何より、魔法の威力が全然でない」
「祈りの効果も、半減しています」
しかしなあ……
聖騎士は何も考えずに、ひたすら剣で突っ込んでいき盾はあまり使っていない。
賢者は相変わらずの初期装備で頑張っているけど、確かに魔法の腕はそこそこある。
聖女は自身に結界を張って、そこから加護や祈りを飛ばすスタイルみたいだ。
みんなバラバラだな。
「まさか、この部屋自体に仕掛けが?」
賢者が何かを探すように、周囲を見渡している。
いや、仕掛けなんかないぞ?
まさか、ちょっとトイレに行ってきた間に戦闘になっているとは。
ボス部屋っぽいのがあったから、その前でちょっと休憩と言っていたのに。
……まあ、部屋の前で敵が休憩を取り出したら、俺だったら怒鳴り込みに行くな。
そのパターンかもしれない。
「ふふふ、流石は勇者だな。我が皮膚を傷付けるとは」
「本当なら、切り落としたつもりだったんだけどね」
そんななかで、勇者だけが果敢に斬りかかり、相手に傷を負わせている。
流石はアリスだな。
相手は、カメの甲羅を背負った人型の魔族。
腕や足、腹や首もゴツゴツとした鉱石のようなもので覆われており、見ただけで硬そうだ。
ちょっと、トイレに行って戻ってきたら、こんなことになっているとは。
いつものように、勇者に強化魔法を飛ばしてやる。
ばれないように、聖女の加護の光に混ぜ込んで。
それと魔方陣っぽい落書きを賢者が次に探しそうな場所に書いてと。
ついでに、光る粉でも振っとくか。
「あったぞ!」
案の定、賢者がそれを見つけて魔法で破壊する。
「これで!」
うん、これで、全員にいつものようにバフが掛けられるな。
「身体が軽い! 賢者でかしたぞ!」
聖騎士が勢いを取り戻し、四天王の身体に傷をつけていく。
そして、アリスが腕を切り飛ばす。
「ぐああああ! おのれ貴様ら!」
あっ、こいつ変身する気だな。
賢者が放った火炎魔法に合わせて、かなり細く圧縮したウォーターショットを、亀みたいな四天王の額に放つ。
よし、貫通したがすぐに火魔法で蒸発したから、痕跡は残らないだろう。
「なんか、一瞬おっさんの匂いがした」
えっ?
勇者がきょろきょろと周囲を見渡す。
そして、自分の場所を確認する。
しまった……近すぎたか。
アリスは俺に対しては、やけに敏感だから15m以内に近づかないようにしてたのだが。
いま俺が立っている場所は、勇者のつま先から14m99cmくらいの位置だ。
やばい……
音を立てないように後ろに下がる。
「あれ? 気のせいかな……でも、私がおっさんのことを間違えるはずは」
「勇者様? その発言が、色々と気になるのですが」
「気にするな」
***
10代中頃の少女が、俺の胸に飛び込んでくると頬を染めて、見上げてくる。
「またお会いできますか?」
「ふむ、それは難しいかもしれない」
少女の問いに、正直に答える。
おっと、泣きそうな顔になっている。
ただ、この大陸は中央大陸からさらに離れた場所にある。
家から遠すぎる。
おいそれと、来られる場所じゃないけどなー。
ただ、女性……とりわけ、子供の涙には弱いのだ俺は。
困ったように笑みを浮かべて首を振る。
「それでも、また会えるのを楽しみにしているよ。ふむ、また会いに来よう」
「はい!」
「さ、お父さんに元気な姿を見せて、喜ばせてあげなさい」
「分かりました。本当にありがとうございます」
それから何度も振り返って手を振る彼女に、頷いて町を後にする。
この町の大富豪の娘で、魔族に攫われて人質になっていたところを救った。
なんか四天王とか言ってたが、眠るように死ぬ毒を塗った剣で目立たない場所を切りつけて殺した。
あまり、グロいものを少女に見せるのも……
過去の反省を生かせるのだ、俺は。
さて、これであの富豪も、賢者の装備を渡してくれるだろう。
魔族に脅されて、勇者やその仲間の装備を集めていたらしい。
なぜか賢者グッズだけ、集めやすかったと言ってたな。
まあ、他は王族や、教会が持っていたからな。
そりゃ、難しかろう。
「絶対に会いにきてくださいね」
「ああ、勿論だとも!」
遠くから手を振って、少女が大声で叫んできたので、こちらも負けじと大声で返す。
それから、勇者たちが来る気配を感じたのでその場をそっと離れる。
***
「むう」
「また、何を唸ってるんですか? 勇者様」
「あの少女だけはダメだ」
「えっ?」
「同世代の女の子がお母さんは、嫌だ」
「大丈夫ですか?」
「……なんでもない」
***
そして、舞台は決戦の地……ただの平野に。
なぜ、ただの平野とも思わなくもないが。
魔王軍だって馬鹿じゃない。
どこに、自分のところの領地で戦争や戦闘をすることを、喜ぶ王がいるというのだろう。
そして、現状魔王に対抗できるのは勇者だけ。
魔王が全軍を率いて、人の国に侵攻してきた。
勇者を魔王が抑え、他の仲間を残った四天王と側近が、そして、人間の兵を魔王軍が相手する予定だったのだろう。
「なぜ、お前らだけなのだ? 宣戦布告までしてやったのに」
軍の中央部、人が20人は乗れそうな立派な輿の中央。
これまた豪華な玉座に腰掛けた、いかにもな服装の美女が勇者たちに声を掛けている。
そう、魔王だ。
その魔王が凄く驚いた様子で、首を傾げながら4人に声をかけているのだ。
まさか、この場に勇者を含めた4人しかいないと思わなかったのだろう。
「斥候の報告で、お前ら4人しかいないのは何かの罠かと思ったが……本当に4人しかおらぬ。なぜだ?」
本気で不思議がっているのが分かる。
「魔王を、魔王軍を倒すのは勇者の仕事だからだ」
自信満々にアリスが答えているが。
多勢に無勢じゃないかな?
流石に、4万対4じゃ、勝負にすらならないだろう。
各地の魔族の勢力も集結しているし、続々と数を増やし続けているからこのままじゃ。
「人間は馬鹿なのか? こちらが、決戦のつもりで進攻を始めたというのに……お主らを飲み込んで踏みにじれば、人の国などこのまま各個落としていけば終わるではないか」
そうだよなー。
本当に、馬鹿だと思う。
本気で、魔王は勇者がなんて思ってるあたりが。
「うるさい、私が全員を倒せば済む話だ!」
「無駄なあがきよのう。ただ、このままでは、この進軍に使った費用が無駄になるからな。お主らを擂り潰し、そのまま国の1つか2つでももらって帰るか」
魔王が輿の上からそういうと、魔族の軍勢から歓声があがる。
「轢き殺せ」
そして、手を前に振ると魔王軍が前進を始める。
「行くよ! ここで皆殺しにすれば、世界の平和が一気に目の前に」
「えっ?」
「行くのですか?」
「ここは、いったん引くべきでは?」
勇者の言葉に、3人が狼狽えている。
そりゃそうだろう。
絶望的すぎるもんな。
「あっ、勇者様」
「やばい、くそっ」
「俺……」
そして、勇者が突っ込んでいく。
一振り一殺、鎧袖一触に敵を屠っていくアリス。
凄いな、流石だなー。
そして、賢者が大規模魔法を放ったが、向こうも馬鹿じゃない。
集団で魔法師系の魔族が結界を張って、それを防ぐ。
さらに聖女の加護や祝福を、呪術師系の魔族が打ち消していく。
しかも接近戦の聖騎士なんか、一瞬でもみくちゃにされるのは分かるしな。
絶望でしかないだろう。
「しかし、本気で4人で挑んでくるとは」
勝負は一瞬だった。
魔族の集団に聖騎士、賢者、聖女が飲み込まれ……勇者も、蜘蛛系の魔族が放った粘糸や、他の魔族が投げた鉤付きのロープで全身を絡めとられ地面に引きずり倒される。
「憐れよ……」
そして、魔族が4人に群がる。
「野郎はとっとと殺しちまえ! 勇者と聖女は丁重にな……士気を高めるために、野営の時に好きに使っていいとのことだ」
「魔王様はそういったのは好まないと思っていたが」
「まあ、人間どもに絶望を与えるためとも、考えたのだろう」
魔族たちの言葉に、勇者と聖女が顔を青ざめる。
それ以上に顔が青いのが聖騎士と、賢者だ。
とっとと、殺せと言われたからな。
「いやだ、やだやだやだやだ! そんなのやだー! お父さん! おとうさああああん!」
アリスが、大粒の涙を流して叫ぶ。
「ほいさ!」
俺は、転移魔法で一瞬でアリスの傍に移動すると、回し蹴りで周囲の魔物を吹き飛ば……消し飛ばした。
消し飛んだ。
「お……お父さん?」
「はっはっは、アリスはまだまだ子供だな―! 結局、お父さんがいないとだめなんじゃないか」
「おとうさん! おとうさあああああ!」
俺が、魔法で粘糸を消し、ロープを全て引きちぎると、アリスが胸元に抱き着いてきた。
その頭を優しくなでてやる。
「おっさん? お父さん?」
「えっ? あのいかにもな農民っぽいいでたちの人が、勇者様の御尊父様?」
「いつの間に? どうやって……」
ついでに3人の拘束も解いてやると、3人が立ち上がることもなくこっちを見上げてポカンとしている。
戦場でボヤッとしてたら、死ぬぞ?
さてと……
「お前ら……覚悟はできてるな?」
周囲の魔族を睨みつける。
お父さん、激おこだ。
娘をこんな目に合わせた連中を許すはずがない。
娘を泣かせた時点で、お前らに楽しい明日はもう来ない。
「お父さん……怖い」
そうか、そうか……娘の心底怯えた様子に、さらに怒りが倍増した。
全身から魔力と威圧を、全力開放する。
その瞬間に、周囲が水を打ったような静けさに。
魔族の誰もが、身じろぎ一つしない。
動けば、最初に死ぬことが分かっているのかな?
娘の嗚咽だけが、キコエテクル。
ヨクモ、ウチノ娘ヲ。
「お前ら、絶対に許さん!」
貴様ラ全員、半殺シニシタ後デ、再度半殺シニシテ全殺ス!
殺ス!
何ガナンデモ殺ス!
殺ス殺ス殺ス殺スコロスコロスコロスコロス殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺……
「いや、そうじゃなくてお父さんが怖い」
……
……
……そうか……パパ、怖いか。
……娘の言葉に、少し落ち着いた。
「なら、しがみついて、目を閉じてなさい」
俺はアリスを背中に背負って、刀を呼び出す。
童子切安綱、鬼の頭領を切るのにもってこいだな。
「いざ、参る」
「うわあああ!」
「来るなー!」
「というか、蹴りで人が消し飛ばすようなやつが、武器とか反則だろう!」
阿鼻叫喚。
剣を振り回して走り抜けるだけで、進行上のすべての魔族が吹き飛んでいく。
「何をしておる、1人の人間相手に!」
「おらあああああ!」
「くっ」
魔王が叫んだ瞬間に、そっちに転移して背後から切りつける。
玉座ごと身体を真っ二つにする予定が、間一髪で躱されてしまった。
いや、躱し切れずにマントが切れて、背中がぱっくり空いている。
女性らしい、白く奇麗な柔肌が露わに。
魔王だから、褐色の筋肉系女子だと思っていたが。
「鎧もつけずに戦場に来るとは、ずいぶんと余裕だな。魔王様は」
「それを言ったら、お主でもないか!」
俺の言葉に対し、背中を隠しながらこっちを指さして怒鳴ってくる。
自分の格好を見る。
うん、普通のシャツと黒のパンツだった。
外套を取り出して、背中にしがみついているアリスごと身体をくるむ。
「忠告痛み入る。娘の背中に傷をつけるかもしれないところだった」
「な……なぜ、お前は何もないところから物が出せる! というか、なぜ人が転移魔法を使いこなしておるのだ」
できるんだから仕方ない。
その日、実質魔王軍は壊滅した。
半分の兵が殺され、幹部たちも討ち取られてしまった
勇者の父である、普通の見た目のおっさんに。
***
「あの、えっ? えっと、魔王は勇者様しか倒せない」
「ん? 勇者が俺を装備して魔王を倒したんだから、アリスが倒したってことだ」
「えっと、おっしゃってる意味が分からないのですが……それと、いつまで勇者様を背負っておられるのですか?」
「しっ、眠ってるんだ。邪魔をしちゃいけない」
こうしてみると、昔を思い出す。
この子を育てるために、ずっと魔物と戦っていたが。
背中に背負って。
パーティ契約を結んで。
パーティ契約……俺の固有スキルだな。
俺や仲間が倒した魔物の経験値の共有。
範囲魔法の誤射の完全防止。
居場所の特定。
そう、赤子の頃からずっとアリスは俺の背中で、育っていたんだ。
肩に湿り気を感じる。
よだれを垂らしながら寝るところも、昔と変わらないな。
まあ、もっと昔は背中でお漏らしされてたっけ。
「さあ、帰ろう」
「あっ、はい」
俺の呼びかけに、全員が微妙な表情を浮かべてその場を後にした。
こうして、世界に人間にとっての平和が訪れた。
***
「また会えるかな……」
魔王城の自室でベッドの上に横になっていた女性が、溜息を吐く。
頭の上には、暖かな手のぬくもりの余韻が残っている。
ほうっとため息を吐く。
胸が苦しい。
魔王である我を眠らせて、ここまで運ぶとは……
恐ろしい男であった。
男の声が頭の中によみがえる。
「植物が育ちにくい北の地に押し込められて、困窮しているのは分かる。だがな、力で奪ってもその先に待つのは破滅だけだぞ?」
まるで見てきたかのように言う。
「人が集まれば、そっちの10倍以上の軍になる。魔法が使える者全員が勇者に補助魔法をかければ……」
「……」
我は太刀打ちできぬであろうな。
「俺ができることなら、助けてやる……このまま、軍を引け。ただし、お前の統治の邪魔になりそうな連中だけはきっちり始末してやる」
「分かるのか?」
「これでも、人生経験豊富でな」
そういって、男は笑いながら私を眠らせて、周囲の魔族を間引いていった。
好戦的で、今回の開戦を強引に推し進めた連中。
我が女だから。
魔王になって日が浅いからと、侮っていた連中。
そして、祖父の代から仕える、古参の連中に丸め込まれ……今回の侵攻に至った。
その後、自室で目を覚ましたら、あの男が傍に立っていた。
「お前が魔王だから、世界が乱れたのだ」
「酷いことをいう……」
「事実だ。何者にも操られぬよう、強くなれ」
「我は強い……とは、言えんな。今となっては……強く、強くなりたい……」
何故だか、この男の前では自然と涙が溢れた。
感情を抑えることができない。
そんな私の頭の上に、そっと手が置かれた。
「俺も手伝ってやる。常に傍にいることはできないが、いつでも呼べば助けにくる」
「本当か?」
涙と鼻水で酷い顔になっているだろうことは予想できたが、それでもこの男の顔をしっかりと見たいと思ってしまった。
そんな私の涙を拭いて、鼻水まで拭いてくれた。
でかいな。
そして、強い。
「ああ、本当さ」
それから、寒さに強い植物の種や、色々な食品加工の方法を記した本をどこからか取り出して、しばしの別れとなった。
来年には一度、植物の成長状況を見に来てくれるらしい。
頭の上に手を置く。
またも、ほうっと溜息が漏れた。
顔が熱い。
***
「むう」
「どうした、アリス?」
「お父さんが、絶対ダメな人をダメにした気配がする」
「何を言ってるんだお前は……」
「お父さん追い出したら、お母さん候補がいっぱいで困惑」
「はあ?」
「で、誰にするの? 西の女? 中央の女? 北の女? それとも果ての女?」
「人聞きの悪いことを言うな! 俺はお前と親子2人でいつまで仲良くだな……」
「私が結婚する前に、お母さん見つけてよ」
「ええ……」
「だって、お父さん1人残して出るのは無理だって、よーく分かったから。お父さんが再婚してくれないと、私が結婚できない」
「しなくてよろしい!」
「する!」
「昔は、パパのお嫁さんになるって言ってたのに」
「それは、子供の頃の話。いまだにそう思ってたら、頭おかしい子だし倫理的にアウト」
「はあ……」
「で、どこの女がお母さん?」
「言い方!」