不運な理由
迷宮都市ダステムと言っても、魔導迷宮ダステム・アンリーチは、街の中心から半日ほど離れた距離にある。これは、迷宮から魔物が溢れるスタンピードから街を守るためだ。そして、街を守る結界は、魔導迷宮ダステム・アンリーチ周辺にある宿屋、武器屋などは含まれない。
つまり迷宮都市ダステムは、最大の収入源であり労働者である迷宮に挑む冒険者を、ある意味隔離しているのだ。黙っていても懐に金は入るため、乱暴で汚い冒険者たちと接したくない。そんな本音から、魔導迷宮ダステム・アンリーチ周辺には、冒険者たちが喜びそうな施設を用意しているのだ。
迷宮都市ダステムの住民は、魔導迷宮ダステム・アンリーチ周辺のことを結界外と呼ぶ。その結界外のしがない警備隊隊長であるキーブは、結界内の騎士団からの命令で、政変前に他領から潜り込んだ間者を探していたのだ。
本来、冒険者ギルドとは、フレイデン王国の組織ではない。大陸全土を股に掛ける巨大な組織であり、政治力や経済力は下手な小国よりもある。ただ軍事力という点においては、冒険者をどのように捉えるかで意味が変わってくるのだが。
政変という緊迫した情勢の中、小さな領地であるエインシェ領は、手段を選んでなどいられないのも理解できるが、冒険者ギルドに圧力を掛けて、いや…職員を脅してでも、間者を洗い出せという命令は無茶苦茶だ。命令に背けば結界内の騎士団から…いやエインシェ領の騎士団から命を狙われ、命令に従えば機能を回復させた冒険者ギルドから報復を受けることは間違いない。
冒険者ギルドに入ると、ギルドマスターや顔見知りの受付嬢のエルザに剣を突きつけ…登録されている冒険者の中から、他領の貴族をピックアップさせた。勿論、冒険者ギルドも独自の衛兵を用意しているが、それも警備隊の数で抑えた。
冒険者ギルドのギルドマスターである…同年代のレイクは、居酒屋で良く会う酒飲み仲間であるが、友好など一切示さない冷たい表情で淡々と言い放った。
「冒険者ギルドに対して行われた脅迫行為は、本部に報告させてもらう。しかし、現時点での冒険者ギルドの対応としては、一定の武力を持つ集団に襲われた場合、ギルド職員の命を優先するため、お前らの要求に従う。だから警備隊は、他の冒険者たちを刺激しないように、調査が終わるまで、別室で待機していてくれないか? いずれ迷宮から帰ってくる冒険者たち全員を敵に回すのは得策ではないだろう?」
別室で待機する俺達の部屋に、受付嬢のエルザが慌てて入って来た。他の警備隊員に聞かれないように部屋の隅に移動する。
「今から、対象者を転職部屋に案内します。そのとき…詳細を調査しますので、こちらの調査が終わるまで待機していてください」
「今…捕縛しては駄目なのか?」
「それが…対象者は、ファーレランド公爵の長女マカ・アルジャーナ様と、元・王国近衛騎士フレア・ロンド様です。どうにかして、お二人を分け、先にアルジャーナ様の身柄を抑えなければ、ロンド様が…この街に屍の山を築くでしょう…」
何ということだ。ギルドを脅迫した俺は、ギルドから報復されるだろう。いざとなったら逃げる算段だったのだが、その前に…元・王国近衛騎士を相手にするのか…。
エルザも不本意ながら、冒険者ギルドを守るため、街の住民を守るために、アルジャーナを医務室に隔離することに成功した。そして、ロンドに問いただすのだった。
「……私達が、ここにいる理由は…」とロンド様が、答えようとしたとき、エルザはそれを遮り「お待ちください。脅迫された冒険者ギルドの関与はここまでです。ここから先は、警備隊隊長であるキーブさんが、お話を進めてください」と、あくまでも俺達が主導でやっていることをアピールしやがった。
「それは…一体!? いや、マカお嬢様の安全が第一です。マカお嬢様に指一本でも触れたら、貴方達の命は無いとお考えください」
流石は…元・王国近衛騎士。恐ろしい程の殺意が、威圧となり…俺達を襲った。まるで竜に睨まれているがごとく、俺達は壁際に追いやられ、医務室までの道を譲るしか無かった。