黒い海の烏賊
遠くから見ると、海の色は黒かった。
近づいて見ると、海の色は透明だった。
そのことが、ずっと不思議だった。
海の底一面に黒いものが沈んでいるのかと思った。
堤防に上って海面をのぞき込むと、海底は黒くなかった。
黒い岩も所々あるにはあるが、白っぽい岩なんかも多かった。
大人の人に、どうして海は黒く見えるのだか、何度か尋ねてみたが、子供の僕にも分かる説明は、一度も聞けたことがなかった。いつの時からか自分で勉強するしかないと思い始めた。
学校から帰ると、すぐに宿題をするようになった。
宿題は嫌じゃなかった。特に理科の勉強は面白かった。
答えがはっきりと出る算数も好きになった。
宿題が終わると、毎日海を見るために、堤防の上に立った。
やっぱり遠くから見ると黒いのに、近づいて見ると水は透明だった。
とても不思議だった。
小学3年の秋、母が入院した。
学校から帰っても、家には誰もいない日が続いた。
いつも夜遅く帰ってくる父に、母がいつ家に戻ってくるのか尋ねてみた。
すぐに戻ってくるとしか、父は言わなかった。
母がいなくなって2カ月くらい経った頃、また父に尋ねた。
すぐに帰ってくるとは言わなかった。分からないと、父は言った。
父がちょっと悲しそうな顔をした。
前と言っていることが違うと言ってしまいそうになって、止めた。
何か事情があるのだろうと思った。
ある日、3メートルくらいの振り出し式の竿と、角のとがったみかん色の救命胴衣を、父から与えられた。あまり釣りには興味がなかったので、その父のプレゼントは大して嬉しくなかった。
一回目の時だけ、父は一緒に堤防に来てくれた。
糸の先には、紅白色のエンドウ豆みたいな形をした物が結ばれていた。小さな傘のような針金が先端に付いていた。これが釣り針の代わりなのだろうと思った。
海面に落とすと、それはゆっくり沈んでいった。
父は竿を上下させた。その時も、父の顔はやっぱり悲しそうだった。
沈んでは浮き、また沈んでは浮きを、この紅白色のエンドウ豆は、海の中で繰り返した。
このエンドウ豆は何なのかと聞くと、これはスッテだと父は言った。
何をするものなのかと問うと、イカを釣るものだと父は言った。
その日、イカが掛かることはなかった。
宿題が終わったら、この場所でこうやって竿を上下させていたらいいと、父が言った。
今日は釣れなかったけど、いつかイカが釣れるようになると言った。
すぐに母が帰ってくると言ったのに、帰ってこないじゃないかと言うと、父はとても優しそうな顔をして、僕の頭に手を置いた。
その顔は、優しそうだったけど、同時にとても悲しそうだった。
言ってしまったことを、僕は少し後悔した。
その日も海は、遠くから見ると黒く、近くでのぞき込むと透明だった。
堤防に座って、竿を上下させていた。沈んでは浮き、沈んでは浮きを繰り返している紅白色のスッテというものを、僕はずっと眺めていた。楽しい訳ではないけど、退屈もしなかった。
ずっと見ていたはずなのに、いつの間にか黒いものがスッテに近づいていたことに、僕は全く気付かなかった。その黒いものが、僕が竿を持ち上げた瞬間に、自分の体の色よりもさらに黒いものを吐き出した。そこの部分だけ透明の海が、黒く濁った。
スッテに掛かった黒いものを、針金から外すのは、少し怖かった。
針金から外れ、ぽちょりと堤防の上に落ちたそいつは、もう一回小さく墨を吐いた。
白い堤防の上に、黒くて丸くて小さい染みができた。
恐る恐る指で掴んで、そいつを海に放り込んだ。
ひれを動かしながらしばらく海面に浮いていたそれは、ゆっくり澄んだ水の中を海底に消えていった。たぶん、釣れたのはイカの一種なのだろうと、僕は思った。
すっかり暗くなってから家に帰ると、父が戻っていた。
すぐにお母さんに会いにいくぞと言った父は、なぜか泣いていた。
見てはいけないものを見てしまったと思った。
大人になっても男が泣くことがあるという事を知った。
僕にはすごく不思議だった。
僕が初めてイカを釣ったその日の夜、母はこの世の人でなくなった。
最後に母と交わした会話を、僕は思い出すことができなかった。
宿題を終えると、毎日竿を持って堤防の上に座った。
学校で出される宿題は、集中してやれば、いつも15分とかからず終わってしまった。
暗くなるまで竿を上下した。釣れたイカは、いつも生かしたまま海に返した。
もうイカを触ることは、怖くなくなっていた。日に日に釣れるイカが大きくなっていることが分かった。
その日も、竿を上下し始めてすぐに、一匹目のイカが掛かった。
その時はいつも、透明の海が、少しだけ黒く濁った。
黒い濁りの塊が、潮の流れる方向に、少しずつ形を変化させて、だんだん薄くなっていくのを見るのが好きだった。喜びや悲しみや、そして思い出も、いつかこんな風に解けて流れていくのだろうかと思った。イカが釣れることは、いつもそれほど嬉しいことではなかった。
その日3匹目に掛かったイカの吐いた墨が、解けながら流れていく方向から、大きな赤黒いものが近づいていた。潜水艦のようだった。スッテに掛かって暴れていたイカの手前で、少しだけ止まり、そして被り付いた。
(ぎゅ~~ん)と、竿が水面の方向に凄い力で引き込まれて、そしてすぐに軽くなった。竿の先を見ると、ぷっつりと糸が切れていた。
巨大な赤黒い塊は、イカを抱いたまま、ゆっくり海中へ潜っていった。
糸が風にたなびいていた。心臓がどきどきしていた。
家に帰ってからも、翌日学校に行ってからも、誰にもそのことは言わなかった。
誰も信じてくれないと思えるくらい、その赤黒い塊は大きかった。
その日が、僕にとって黒い海で釣りをした最後の日となった。
黒い海が眼前に広がっている。
昔と全く変わっていない。当たり前だ。私はいま、昔にいるのだから。
二十数年後、熊本沖で発生した大地震が原因で、この白く美しい漁港の景色が一変してしまう悲しい未来を私は知っている。
誰かにそんな話をしたところで、変人扱いされるだろうし、未来に起こる出来事について、ほんの僅かでも過去の人に伝えてしまうことは、重大なルール違反なのだ。
その場合、違反者は過去から即刻追い出され、そして未来にも帰れない。永遠に灰色の時空を彷徨うことになる・・・らしい。
コの字型をした真っ白な堤防を歩き続けると、先端に少年が座っていた。
みかん色のフローティングベストを付けたその少年を、私は知っている。
でも、私が誰なのかをその少年に語ることは許されない。
少年は遠くを見詰めて、手にした竿を上下させていた。
背中が小さい。あの頃の自分は、こんなにも子供だったのかと思う。
声をかけてみた。少年が振り返る。私の声は彼に聞こえるらしい。
彼が人見知りしない性格であることは知っているが、たっぷりと取り留めない会話で警戒心を解こうとした。
海の色は太陽光が水面に反射して人の目に映る色であることを、できるだけ、子供にも分かる様な言葉を使って説明した。海中の不純物が少なければ少ないほど、それは碧く黒く、人の目に映るのだと説明した。首を傾げていた彼に、高校生くらいになったらきっと分かるよと言ってあげた。
そろそろ帰った方がいいよと、言いだそうとしてから、随分の時間が必要だった。
どうしてかと問う少年に、今日は早く帰ってお母さんに会いにいかないと、一生後悔するからと説明した。分かりにくい説明だと自分でも思った。少年が理解できる訳がなかった。
それでもお母さんとたくさん喋って、そしてそのことをいつまでも覚えておくといいと、何度も彼に言った。
少し時間が経ってから、もう一度、早く家に帰った方がいいと、少年に言った。
遂に何かを感じたのか、それとも、ただ鬱陶しいと思ったのか、少年が振り出し式の竿を、やっとしまった。
もう二度と会話を交わすことのない、去り行く少年の後ろ姿を、私は無言で見つめていた。
数週間後、彼に訪れる不幸のことを考えると、きりりと胸が苦しくなった。
3.5号の餌木を私は投げていた。色はオリーブ。真子イカに近い色を、私は選択した。竿は8フィート6インチ。メインラインはPE0.8号。
二十年以上前に見たあいつは、おそらく重さにして3キロ以上はあるはずだった。
やつを捕えるには、この竿の長さとこの糸の号数が必要だった。
ずっとずっと、二十年以上も考えた結論だった。
二十年以上前に見たあいつと、二十年以上前の私が遭遇することになるのは、今日の数週間後ということになる。そんな時間的矛盾を、いま私は抵抗なく受け入れることができていた。
この黒い海の潮下から、あいつが回遊してくることを私は知っている。
海底に沈んでいる大岩だ。海藻に囲まれた大岩に沿って、あいつは潮下から現れるのだ。
キャストするのは20メートル沖の掛け上がりに点在している岩周り。
やや沖目に餌木を落として、完全には糸のテンションを抜かず、カーブフォール気味に餌木を沈めていく。5メートル以上沈めても、まだ背中のオリーブ色が視認できる。
本当に綺麗な海だと改めて思う。
1分近く餌木を沈めると、やっと海底に餌木が馴染んだ。
軽く糸ふけを取って餌木の姿勢を安定させる。
2段シャクリ。2メートルは餌木が浮き上がったはずだが、餌木は見えない。
もう一度シャクリ上げる。
このシャクリで、やっと岩周りで踊る餌木の姿が視認できた。
軽く糸にテンションを掛けて海中にステイさせる。付近からイカが寄ってくる気配はない。
もう1回だけ、2段シャクリを入れて、その後のカーブフォールでも反応がないことを確認してから餌木を回収した。
潮位が下がってきた。潮流が速い。沖の岩場のやや先に着水した餌木が、着底までに8メートルは潮下に流される。そこで、餌木のサイズを4号に替えた。少し餌木の姿勢が安定するようになった。
餌木が着底するまでの時間から考えると、その付近の水深は10メートル以上あるようだ。
そこから2段シャクリを2回入れると、微かに餌木がそのシルエットを見せ始める。
私は偏向グラス越しに海中を注視する。目立った変化は何も起こらない。
すでに日は西にある。夕日を浴び続けた左の頬がやや熱っぽい。
餌木の色は、最初に糸に結んだオリーブ色からオレンジに付け替えている。
日が傾いてからは、オリーブ色では少し視認性が悪くなったのだ。この色に餌木を付け替えてから暫くは、海底に置いている時でさえ、偏向グラス越しに餌木を確認できる程、水は清かった。光量が減って、着底する餌木の姿が確認できなくなったのは、ほんの10分ほど前からだ。
不気味なほど赤かった夕焼けが、西の空から消えていた。
海面に落ちた餌木が起こす波紋すら確認できない程に、辺りは闇に支配されていた。港の出口付近に設置されている灯台が点滅している。一定周期で放たれる真白な光が、この港全体の吐息の様に思えた。
頑なに一定の間隔で起こる灯台の点滅とは対照的に、私のシャクリは不規則になっていた。
単発でシャクリを入れてみたり、ショートジャークを繰り返したりと、全く一貫性がなくなった。水中の餌木の姿勢なども、全く考えすらしなくなっていた。
集中力が途切れているのではない。むしろ神経は冴え冴えとしていた。
体に染みついた釣りの動作が、意識せずとも勝手に出たり入ったりしているのだ。
神経は冴えているのに、点滅している灯台の光を見つめていると、意識は腹の底に穏やかに沈んでいく。
空間や時間や、喜びや悲しみや、あらゆる感覚と感情が、闇とともに体の奥底の方に潜り込んでいた。静寂が私の中に佇んでいた。
エギングロッドが空気を切る音すらも、現実の音とは思えなかった。
ガチンと、餌木のカンナが岩を噛むような衝撃が、私の持つ竿に伝わった。
(根掛り?)
まず私が思ったのは、そのことだ。長いフォールの後、最初に竿をしゃくった瞬間の出来事。
その時、私がぼんやりとしていたことは間違いない。
繰り返していたロッドワークも、ただの惰性が行っていた動作であって、釣りをしているという認識すら、私にはなかったかも知れない。
感覚と現実のピントが重なり合うのに、しばしの時間が必要だった。
(おかしい。いま餌木は、水深10メートル以深の中層付近を漂っていたはずだ。そこに岩なんかが存在しているはずがない)
本来あるはずのない中層での違和感。私は我に返った。僅かに、僅かにロッドティップが水面方向に入ったような感覚があった。それが二十年以上も待ち望んだ瞬間であることを悟ったのは、その数秒後である。
(ニィ~~~~~~~~)
突然リールが悲鳴を上げる。定速度低トルクで回り続けるパワフルな電動機で引っ張られるように、リールからラインが引き出されていく。竿を支える二の腕の筋肉が一気に強張る。パラボリックテーパーのエギングロッドが綺麗な半円を空中に描いた。
止まらない。止まらない。左手を竿尻に添えた。
片手だけで支えるには、あまりにも長すぎる抵抗だった。
二十数年間思い続けていたアイツとのファイトが始まった。
「これまでの半生で、後悔しているのはたった2つだけだ。死に目の母と話せなかったことと、あの時のアオリイカを逃がしたこと。たったそれだけだ」
半生で後悔がたった2つしかない。そう言い切れるほど、たった2つしか年の違わないマスジは、これまでの半生を全力で走り続けてきたのだろう。幼い時分に母を無くすという不幸を乗り越えて。なんだか私は、少しだけ悔しくなった。そして話題を変えようとして口にする。
「でっ、結局そのアオリイカは釣れたのかい?」
「さあ、どうかな・・・妄想や夢なんて、結果が出る前に覚めちまうもんだろう」
夢・・・夢かぁ~、なんて感じで、私も妄想を膨らませる。
妄想するには自由だが、人間過去には戻れない。しかし未来なら・・・
私は自分の考える未来の夢を、自然と話し始めることができた。
釣りのターゲットは、あの魚しか考えられなかった。