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◆事件概要
中園美術大学三年生・瀧田要さんが宿泊していたホテルの客室(719号室)で刺殺される。
本日二月六日午前七時、遺体発見。第一発見者は被害者である瀧田さんの友人・西山修司さんおよび沢代海斗さん。その時、同719号室内に中井陽太が昏睡状態で倒れていた。意識はあり、本人は何者かに殴られた上、薬のようなものを飲まされたと主張。現在病院で治療中。
なお、池月・柏木が遺体の第一発見者に加わった理由は、「中井の行方を知らないか」と西山さんらに尋ねたことによる(※詳細は後述)。
◆遺体発見までの流れ
瀧田さんは二月五日午後九時ごろより719号室にひとりで閉じこもっていた。原因は中井・柏木とのちょっとしたもめ事(客室のあるホテル七階の廊下で、酒に酔っていた瀧田さんと柏木がぶつかった)。午後九時四十分ごろ、瀧田さんと同室に宿泊する予定だった西山さん・沢代さんがホテル一階の大浴場での入浴後に部屋を訪れるも、返事さえしてもらえなかったらしい。その後は誰も瀧田さんとコンタクトを取ろうとせず、朝を迎えてもなお部屋から出てこなかったため、ホテルの従業員に部屋の開錠を依頼したところ、室内で刺し殺されていた。
◆瀧田さんと一緒に広島観光に訪れていた人たち
中園美術大学『心霊スポット愛好会』メンバー
西山修司
沢代海斗
鳥飼美和
理沙子(苗字はわかり次第追記)
ゆかり(同上)
※男性が719号室、女性が718号室に宿泊予定だったが、瀧田さんが閉じこもってしまったため全員が718号室で一夜を過ごす。
◆タイムライン
○2/5
21:00 中井・柏木、瀧田ともめ事を起こす。その後、中井・柏木は池月らと合流、大学生たちは大浴場へ(※鳥飼美和は体調不良のため利用せず。719号室に閉じこもっていた瀧田も利用していないものと思われる)
21:40 西山・沢代、719号室を訪れるも瀧田からの応答なし。718号室へ。
21:50 理沙子・ゆかり、大浴場から718号室へ戻る。
22:00 中井・柏木、池月の客室(723号室)から自らの客室(716号室)へと戻る。その後、中井は鶴見に会いに部屋を出る(※ふたりは一階ロビーの隅に隠れて話をしていた)
22:40 西山、目薬を探しに大浴場へ(※この時、沢代・鳥飼はすでに就寝)
22:45 西山が戻り、消灯・全員就寝
23:00 中井・鶴見、七階の客室へと戻る(※エレベーターを出て左が女子の客室、右が男子の客室へと続く廊下。ふたりはエレベーター前で別れる)
23:02 中井、何者かに後ろから首筋を殴られ、719号室(?)に連れ込まれる。その時、客室内で瀧田が和室奥の窓際に立っている姿を目撃。直後、何らかの薬を飲まされ昏睡状態に陥る。
○2/6
06:55 柏木、中井を探して鶴見、池月それぞれの部屋を訪れる。同時刻、西山・沢代は719号室に閉じこもったままの瀧田を起こしに向かうが、扉を叩くも瀧田からの応答なし。そこへ池月らが中井の行方を尋ねるべく西山らに声をかける。
07:01 ホテル従業員による開錠直後、瀧田要の遺体および昏睡状態の中井陽太を発見(※この時、池月・柏木は719号室の前にとどまっていた)
◆現場の状況
・瀧田さんの遺体は、和室に敷かれた三人分の布団のうち、真ん中の布団に綺麗に寝かされたような格好で発見された
→瀧田さん本人が自主的に寝転がったor寝込みを襲われた?
・部屋は綺麗な状態だった
→犯人とのもみ合いの末に殺されたのではない? 顔見知りの犯行ならば、容疑者は西山さんら五人?
・刺し傷は最低二箇所
→犯人は刃物を抜いた際に返り血を浴びているはずだが、中井の衣服やからだは血で汚れていなかった=中井は犯人ではない?(※自らの客室に戻っておらず、着替えられなかったため)
・出入り口の扉だけでなく、窓も施錠されていた(※なお、遺体発見時にはカーテンが閉められていた)
☆死因、凶器、死亡推定時刻等は教えてもらい次第追記
「現段階では、こんな感じよね」
俺のシャーペンといらないプリントの裏面を使って、百瀬に送るための資料をテキパキと作り上げた鶴見さんは、満足そうに顔を上げた。
「なにか漏れている情報があれば教えて。付け足すから」
「いや、十分だよ」俺がうなずきながら答える。「気になることがあれば百瀬のほうから指摘してくるはずだ」
そうね、と鶴見さんが言うのを待ってから、俺は一旦現時点での資料の写真を撮り、百瀬に送った。
「んじゃ、おれはこれにホテルの見取り図と部屋割りを書き加えればいいんだな?」
「うん。お願いね、柏木くん」
「おう、任せとけっ! そろそろみんな朝飯から戻ってくる頃だと思うし、さりげなく話聞きながら作るよ。誰かが中井のことを見かけてるかもしんないからな、昨日の夜」
意外にも頼もしい一面を見せた柏木に、俺はうっかり驚いてしまった。そして同時に、とてつもなく大きな自己嫌悪感に襲われる。
――結局、俺だけなんだな。
誰かに寄りかかるばかりで、主体的に動けずいるのは。
百瀬も、鶴見さんも、柏木だって。みんな自分自身の役割をきっちりこなそうと頑張ってる。
それなのに、俺は。
いつだって俺だけは、周りに流されることしかできない。
「行くよ、池月くん」
顔を下げてしまっている間に、鶴見さんは部屋を出ようと立ち上がっていた。
「百瀬くんから折り返しの連絡がくるまであと二十分もない。今のうちに少しでも情報を集めておかないと」
「あ、あぁ……」
ほら、まただ。
また俺は、誰かに引っ張り上げられて――。
自嘲気味な笑みをこぼし、俺は鶴見さんとともに部屋を出た。その直後、「あ」と声を上げることになった。
「あっ!」
ちょうどそこへ、ゆかりさんがエレベーターのほうから歩いてきたのだ。彼女の胸には自販機で買ったと思われるコーヒーやお茶の缶がいくつか抱えられている。
「どうもです!」
ゆかりさんは案外ケロッとした顔をして言った。
「お互い、大変なことになってしまいましたねぇ。お友達の方のケガの具合が心配です」
「そちらこそ」鶴見さんが言った。「お悔やみ申し上げます」
鶴見さんが慇懃に頭を下げると、ゆかりさんはそっと顔をうつむけた。
「要せんぱい……どうして殺されちゃったんでしょうねぇ」
その目にうっすらと涙が浮かぶ。
「確かに、人を見下す癖があったり、気が短かったりで、敵を作りやすいタイプではありますけど、サークルの皆さんとは基本的に仲よしだとあたしは思っていましたし、要せんぱいって、本当はすごく優しい方なんです。だから……殺されるなんて……っ」
ぽろりとこぼれ落ちた涙を拭おうとしたゆかりさんの腕から、缶がひとつ、コロンと床に転がった。ちょうど俺の前に転がってきたので拾い上げると、素手で触るには熱いくらいのホットコーヒーだった。
「部屋に戻りましょう」
鶴見さんがゆかりさんの背にそっと手を触れ、ふたり並んでゆっくりと歩き出す。俺は何を言うこともできず、その後ろをただ黙ってついていくだけだった。