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Liar 2  作者: 貴堂水樹
最終章 真相

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19/22

2/6 09:52 a.m.

 ――嘘だ。


 スマホを握りしめたまま、俺はただ呆然と、百瀬の告げた真実の前に佇む。


「嘘だ」


 まさか、そんなはずはない。

 あの人は……だって、美和さんは。


『池月』

「嘘だッ!!」


 俺は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。


「だって……だって、あの人は……!」


 瀧田さんの遺体を発見した時、恐怖で動けなかった俺に一番に駆け寄ってくれたのが彼女だった。

 俺の背に触れたその手は、あたたかくて、優しくて。数時間前に仲間を手にかけた人のものとは、とても考えられなかった。

 それに、意識を取り戻した中井に対してだって、気遣って水を用意してくれもした。そんな優しい人が、中井を襲うはずなんて……。


 吐息を震わせながら、頭の中で必死に否定していると、やがて百瀬が小さくため息をつく音が聞こえてきた。


『――"When you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth."』


 唐突に、流暢な英語を口にした百瀬。俺たちは揃って顔色を変える。


『〝不可能を消去して最後に残ったものが、いかに奇妙なことであっても、それが真実となる〟――かの名探偵、シャーロック・ホームズの有名なセリフだ』


 博識な百瀬は、全世界的に名の知れた推理小説の一節を引用した。抵抗を試みる俺を諭すつもりらしい。


『池月……おまえがなにを考えてるか知らねえが、鳥飼って女以外に犯人はあり得ねえっていう揺るぎない証拠は、オレが今ここで話をしなくても、警察がきっちり捜査を進めさえすればこの先間違いなく挙がるはずだ。どういう形であれ、いずれ必ず真相はおまえの耳にも入る。少しでも長く現実から目を背けていたいのなら、今すぐこの電話を切れ。事件が解決しようが、闇に葬られようが、オレにはなんの関係もない』


 厳しく、あるいは突き放すような言い方で、百瀬は俺に選択を迫った。


 元来百瀬龍輝というのはそういう男で、美姫の事件を追っていた時も、俺を利用する目的でない場合の捜査への同行については常に俺の意思を確認してきた。それはあいつがひとりで動くことを前提としているからで、基本的に団体行動を好まないし、誰かのために一肌脱いでやろうという気概を見せることは極めて稀だ。


 そんな百瀬が、今回、俺たちのために体調不良を押してまで知恵を貸してくれている。そしておそらく、あいつの導き出した結論に狂いはない。

 ならば、俺がどれだけ必死になって足掻いたって無駄だ。

 この事件に関わるすべての真実を、百瀬が握っているのなら。


「聞かせてくれ」


 そう答える以外、実質的に選択肢はなかった。百瀬はひとつ息をついてから、『時系列どおりにいくぞ』と前置きして、手中に収めた真実をゆっくりと語り始めた。


『繰り返しになるが、この事件のポイントは、犯人と被害者がふたりきりになるシチュエーションがごく自然な流れで作られた点にある。つい昨日のことだからおまえらも覚えちゃいるだろうが、被害者の瀧田がひとりで部屋に閉じこもるようなことになったのは、柏木と中井がたまたま廊下を歩いていたことに起因する。たとえ犯人でも、おまえらふたりの意思までコントロールすることは無理だ。だとしたら、話は必然的にひとつの結論に収束する』


 見えないはずの俺たちの反応を伺うように少し言葉を切ってから、百瀬は核心を告げた。


『事件の起きた719号室に閉じこもるような真似をしたのは、被害者自身の意思だったってことだ』


 えぇっ!? と柏木が驚いて声を上げる。


「なんだよそれ! それじゃあおれは、あの人に利用されたってことじゃん!?」

『そういうことだ。被害者にとってその時必要だったのは、部屋にひとりで閉じこもるための口実……そこへたまたまおまえらが目の前を通りかかったんで、咄嗟に利用することを思いついたんだよ。おまえらのような第三者がその場にいなかった場合は、仲間の誰かに喧嘩でもふっかけるつもりだったんだろうな』


 やっぱりそういうことなのか。理沙子さんの抱いた〝わざとらしかった〟という違和感は当たっていて、瀧田さんはやはり最初から酔ったフリをしていたのだ。


『もちろん、他人を巻き込もうがそうでなかろうが、うまくひとりきりになれない可能性は十分ある。だが、この計画には瀧田を殺した犯人が絡んでる。瀧田がひとりで部屋に閉じこもろうとするなら無理が生じることもあるだろうが、そこへ犯人による助力が加われば、互いにフォローし合うことで事を成し遂げられる確率はぐんと上がるだろ?』

「ちょっと待てよ百瀬」


 中井がたまらずといった表情で疑義を挟んだ。


「おまえ、自分がなにを言ってるのかわかってるか? 被害者と犯人が手を組んでいたなんて……だったら瀧田さんは、最初から殺されるつもりで自ら部屋に閉じこもったってことなのかよ?」

『そいつはちょいと論理が飛躍しすぎだな、中井』


 百瀬はあくまで冷静に返す。


『瀧田が部屋に閉じこもった時点では、瀧田と鳥飼の関係は〝被害者と加害者〟じゃなかったはずだ。なにせ事件が起きる前の話だからな』

「じゃあどうして瀧田さんは自主的に部屋へ閉じこもるような真似をしたんだよ?」

『怒るなって。もっと頭を柔らかく使えよ。団体旅行中に男と女が協力して部屋でふたりきりになれるシチュエーションをわざわざこしらえるなんて、どう考えたって一発ヤるために決まってんだろ』


 自信に満ち満ちた声で告げられたその一言に、俺たちの誰もが、ぽかんとだらしなく口を開いてその場に座り固まった。

 誰もが言葉を失う中、静寂を破ったのは中井だった。


「……冗談だろ」

『おいおい、おまえが言うか? おまえだって昨日、消灯後に部屋抜け出して鶴見とイチャイチャしてたんだろ?』

「なっ」


 痛いところを突かれたらしい中井は、瞬時に頬を赤らめる。


「し、してないッ!」

『気にするな、健全な男女の恋愛についてとやかく言うつもりはねえ。思う存分イチャイチャしてくれて構わねえよ』

「だから……っ!」

「百瀬くん」


 あからさまに動揺する中井を遮って、鶴見さんが恐ろしいほど冷たい目をして声を上げた。


「真面目にやって」

『おー、こわ。背筋が見事に凍ったぜ。鶴見、おまえあれか、雪女かなんかの末裔か?』

「いい加減にして。今はくだらない話をしている時じゃないでしょう」

『いいじゃねえか、これくらいの冗談。楽しくやろうぜ』

「どこまでが冗談なの? 瀧田さんと鳥飼さんがふたりきりになった理由も?」


 鶴見さんが半ば無理やり話を軌道修正する。ようやく百瀬も観念したようで、真面目な口調で話を再開した。


『正確な理由まではさすがにオレにだってわかんねえよ。ただ、仮にセックスが目的だとするなら、少々手が込みすぎてて不自然だとは思う。単純に寝たいだけなら夜中にふたりで抜け出して近くのラブホなりなんなりに行けば済む話だからな』

「じゃあ百瀬くんは、本当はどうしてだと思っているの? 瀧田さんが部屋に閉じこもった理由」

『さっきも言ったが、明確な理由は犯人が語らない限り知りようがない。だからこれはあくまで仮説だが、ありそうな線としては、たとえば……』


 わずかにトーンを落とした声で、百瀬は言った。


『ふたりで協力して、別の誰かを殺す計画を立てていた、とかな』

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