7:"リュウグウ殿"①
時は、少し前。
アヤトがキハルに城を追い出され、学園へ授業を受けに来た時へと遡る。
キハルの命とあらば逆らえないので渋々学園へ来たものの、常に"矛"として主を護っていたいアヤトは、やり場のない怒りを授業にぶつけるしかなかった。座学と実技の2つに分かれている身体学のうち、タイミング良く実技が行われていたので、珍しく強硬的に授業へと参加したのだった。
通常、身体学の実技では二人一組になって近接格闘術を使った模擬戦を行うことになっている。初めはアヤトも一人一人を相手にしていた。しかし、稀に見るアヤトのやる気っぷりに便乗した教師の「これも経験だ」との言葉により、いつの間にやらアヤト1名 対 他の生徒35名の模擬戦に発展した。それでもアヤトの優勢は変わらず、他の生徒らは苦しげな声を上げて次々と投げ飛ばされたり蹴り上げられたりしていくのだった。
「…よーしっ! そこまでだ!」
教師が声をかける頃には、アヤトを含め2、3人ほどしか残っていない状況になっていた。さすがにアヤトも疲れたらしく、小さく呻きながらその場に腰を下ろす。すると、同じく最後まで残っていたうちの一人の男がヨタヨタとアヤトのそばに近寄って腰を下ろした。
「はぁ…はぁ………、お前…また強くなってねぇか…?」
「アァ? てめぇらが腑抜けてるだけだろーが」
「くっそー、授業あんま来ねぇくせにー…」
そう悪態をつきつつも男が微かに笑っているのは、アヤトがこういう人物であるとよく把握しているからである。この性格のために敵を作りやすいアヤトの、数少ない、片手で数えられる程度の人数しかいない理解者の一人だった。
「…そういや、相棒はどうなんよ」
「は? 相棒だァ?」
「そ。新しく"盾"が来てんだろ?」
「そんなもん見てねぇ知らねぇ認めねぇ!!」
「うわっ、怖ぁー…」
声を荒らげて捲し立てるアヤトに対し、男はわざとらしく怯える真似をして茶化す。それに「チッ!!」と激しく舌打ちをして立ち上がると、アヤトは早足で訓練所の出口へと歩き出した。
彼が怒るのは今に始まったことではないので、男は構わずお気楽な声でアヤトを呼び止めた。「アアッ!?」と怒りつつも律儀に振り返ると、男は変わらずお気楽そうに笑って手を振っている。
「お前んとこの相棒候補、魔術科で"リュウグウ殿"に気に入られてるらしーぜー」
「………そうかよ」
アヤトは少しの間の後、先程より幾分か小さな声で返事をすると、再び出口に向かって歩き出した。
ーーー
噂をすればなんとやら。剣術科と魔術科の棟の狭間で、アヤトはサイタテに出くわした。ただでさえ先程、不本意に怒りのボルテージを上げさせられたばかりだというのに。己を不機嫌にさせた元凶と出くわす自分の運の無さに、深い溜息をつく他なかった。
「あっ、アヤさーん! 数日ぶりだね! 元気?」
「てめぇは…本当に…」
アヤトは最早呆れ果てており、いつもの勢いはない。しかしサイタテは構わず話しかけていた。
「俺もさっき授業が終わってさ。なんだっけ…そう、防衛魔術学!」
「てめぇが魔術科なことに驚きだわ、魔術師ってタチじゃねぇだろ」
「失礼だなー。さっきの授業も"なかなか筋がいいですね"って先生に褒められたんだよ!」
「お世辞だろ」
いつもならサイタテの言葉一つ一つに全力で突っかかっているアヤトも、流石に先程の授業で体力を消耗したらしく、彼女の言葉にいちいち怒る元気はなかった。
すると、話の流れでサイタテが「そういえば、キズナが来てなかったなぁ」と呟いた。「…アイツはその授業取ってねぇんだろ」と不機嫌ながらも答えれば、その様子にサイタテは首を傾げる。
「前も思ったけど、キズナと何かあったの?」
「あ? てめぇに答える義理はねーよ」
ということは何かあったのかとは思ったものの、彼の性格からして本当に答えそうになかったので、サイタテは「ふーん」とだけ返事をした。
疲れているとはいえ、これ以上サイタテの相手をしていたらキレそうなアヤトは城へ戻ることにした。話も途切れたことだし丁度いい、と前方のサイタテを横切ろうとすると、ふいにサイタテの向こう側から誰かが彼女を呼んだ。
「サイタテさん、忘れ物ですよ」
呼ばれた本人がその方に振り返ると、いつの間にか背の低い女子が立っている。深い青髪を編み上げ、目元を隠した10代くらいの少女。防衛魔術学を担当している"リュウグウ"だった。
アヤトは異性に対しても同性に対しても常にこんな感じです。カルシウム不足かな。
次回、謎の少女教師・リュウグウ殿のお話です。