4:カーディナリス第一学園①
"庭"の第一王位継承者・キハルとその"矛"アヤトはこの日、カーディナリス第一学園へと出向いていた。
"庭"にはいくつか学校があり、どこの学校へ行くかは階級ごとに決まっている。中でも生徒のほとんどが貴族で占められているのが、カーディナリス第一学園。6年制のこの学園では2年次から魔術科と剣術科に分かれ、それぞれ力を伸ばしていくのだ。
15歳のキハルもまた、剣術科の3年生として学園に籍を置いているが、普段執務に追われているためなかなか出向くことができない。座学の授業については学園に行かずとも何とかなるのだが、剣術に関しては、より多くの人と模擬戦をした方がいざと言う時に役に立つ。今日は、兼ねてより受けたかった剣術の授業を受けに来ていたのだった。
17歳のアヤトも剣術科の5年生ではあるが、今回はキハルの護衛が主な目的である。そのため一歩前を歩いていたアヤトだったが、突然「あ、」という間の抜けた声とともに立ち止まった。キハルも慌てて立ち止まり前方を見ると、この学園の生徒ではないはずのサイタテが向こうから大きく手を振っているではないか。
「姫さーーーん!」
途端にアヤトは嫌そうな顔になる。隣にいたキハルは「どうしてここに」と言いたい気持ちが全面に顔に出ていた。そんな2人にはお構い無しでサイタテが駆け寄ってきた。
「知ってる人がいて良かった! 2人ともここの生徒なんだね」
「まあ、一応…毎日来る訳では無いけど」
「何でてめぇがいやがる」
露骨に怪訝な顔をするアヤトにサイタテが説明してくれた。曰く、この度カーディナリス第一学園の3年に編入することとなったらしい。先日編入試験を終えて学科も決まり、今日は編入手続きを兼ねて学園を見に来ていたのだが、どうやら広すぎる校舎に迷っていたようだ。
それを聞いたアヤトは、怪訝な顔をさらに歪めて「上の仕業か…」と忌々しげに呟いた。
ここは貴族が多く入学する学園なため、入学金や授業料、制服代なども貴族仕様である。サイタテ自身にそんな大金があるとは思えない。彼女に聞けば案の定「お偉いさんが払ってくれた」とのことだった。
キハルが拒んでいたことや志願者がいなかったこともあり、長らく不在だった"盾"。重役達からすれば、"盾"志願者のサイタテの存在は非常に有難いらしい。そんなサイタテをこの学園に通わせれば、戦闘力も上がりキハルとの接点も増えて良いことづくしなのである。2人の預かり知らないところで、着々とサイタテを"盾"に仕立て上げるプランが進められていたのだった。
さて、「校舎の中を案内してくれない?」とか何とか言っているサイタテをどう撒こうかと2人が考えていると、後方から「殿下」とキハルを呼ぶ声が聞こえてきた。振り返れば、本を数冊腕に抱えた深い青髪の女子生徒がいた。
「キズナ…"殿下"って呼ぶなよ、その話し方も」
「一応、ここは公の場ですので」
「キズナ」と呼ばれた女子生徒はサイタテに気付き、軽く会釈をする。サイタテもつられて会釈をした。そんな2人の様子を見ていたキハルは、突然「あ!」と閃いたような声を上げる。
「キズナ、この人道に迷ってるらしいんだよ。もし時間があったら案内してあげてほしいんだ。ね、アヤト君!」
「あ、ああ…そう、ですね」
それまで口を閉ざしていたアヤトは同意を求められて、少し歯切れの悪い返事をしつつ頷いた。それを一瞥したキズナだったが、すぐにサイタテの方を見て「わかりました、行きましょう」と薄く微笑んだ。
ーーー
校舎内を案内してもらう道すがら、サイタテはキズナのことも少し教えてもらった。
歳はサイタテと同じ15、魔術科に通っているらしい。実は自分も同じ魔術科に通うのだと話せば、「そうなんだ、これからよろしくね」と少しキズナの雰囲気が砕けたような気がした。広い校舎を歩くうちに、いつの間にか互いの呼び名が「キズナ」「サイ」に変わり、打ち解けるのにそう時間はかからなかった。
キズナは幼い頃からキハルやアヤトと親交があり、言わば幼馴染みである。特にキハルとは同い年だったので、王子とはいえお互い気兼ねなく接していたという。本当は「キハル」と呼び捨てなのだが、人がいるところでは一応「殿下」と畏まって呼ぶようにしている。キハルはそれを非常に嫌がるのだが。
そこまで聞いてサイタテが気になったのは、先程のアヤトの様子だった。いつもの血気盛んな彼にしては珍しく居心地悪そうにしていたように思う。気になったままにはしておけないサイタテは、遠慮することなく「アヤさんとは仲良くないの?」と尋ねた。キズナは少し考えて、「ううん、仲良…くなかった訳じゃないよ」と答えた。
「いつも口喧嘩してたから、とても仲が良いってわけでもなかったけど」
「遠慮しなくてもいいくらい仲良かったってことだね!」
「…さすが、キハルの"盾"になりたがってるだけのことはあるわね」
通りで重役等がサイタテを後押しするわけだとキズナが納得すれば、褒め言葉だと捉えたサイタテは誇らしげに胸を張った。
「でも2人にはすっごく嫌がられてんの」
「でしょうね…でも、なるべく早く"盾"になった方がいい」
「そうだよね! いつ危険な目にあうかわからないし!」
「…うん」
(それもあるけど、これ以上仲良くなってしまったら、キハルは尚更サイを"盾"だと認めなくなるだろうから)
そう続けようとしたキズナだったが、今のサイタテに言っても理解されないだろうと判断して口を噤むのだった。
ちなみに姫さんは魔術も剣術も苦手です。どちらかといえば…で剣術科に入りました。
学園がどれだけ広いかと言うと、学園内を全て回ろうと思ったら半日程かかるくらいです。さすがにそれでは移動が大変なので、魔術科の生徒が作った近道などがいくつかあります。