表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

3:それぞれの価値観

"(ガーデン)"の中心にそびえ立つクロムスフェーン城。通称"スフェーン城"と呼ばれるこの城は、自然に囲まれた"庭"に相応しく、緑の壁に葉や蔦を模した装飾が多く施されている。


スフェーン城にある中庭の1つ、"青の中庭"には大きな噴水があり、キハルはしばしばこの噴水を眺めている。流れる水を見て心を落ち着かせるのは幼い頃からの習慣となっていた。


「はあぁぁぁーーー…」


本日何度目かの深い溜息をついた。 そのうち城中の酸素を吸い尽くして二酸化炭素に変えてしまうのではという勢いである。彼の溜息は、ここ数日の間に急激に増えた。幾ら噴水を眺めてみても落ち着かないのは、数日前から頻繁に姿を見せる"盾"志願の少女のせいなのだろう。

今だって、いつの間にやらすぐ近くにいるのだ。音も立てず近寄ってきたので、伊達に"盾"志願者ではないなと感心させられる。


「姫さん、溜息つくと…」

「幸せが逃げるって?」


お前のせいでな、と言わんばかりに青髪の少女を軽く睨みつけるが、少女は臆することなく近くのベンチに腰を下ろした。


「アヤさんは?」

「"アヤさん"…アヤト君のこと? 彼なら…」


キハルが見た先、中庭に生えている木の上には、鬼の形相でサイタテを睨みつけているアヤトがいた。どうやらサイタテが来る前からいたらしい。


勉強や公務の合間にとる休息の時間では、気疲れしているであろうキハルが少しでも癒されるように、アヤトはなるべく距離を置いて見守ることにしている。もちろん何かあってからでは遅いので、すぐかけ寄れる範囲内ではあるのだが。


幾ら煩わしいサイタテが来たとて、キハルの貴重な休息時間であることに変わりはない。 ここで騒ぐわけにはいかないのだ。アヤトはサイレントで「は! な! れ! ろ!」とサイタテに伝えた。


「あっはっはっ、アヤさん何してんのー?」

「…っ!!!」


馴れ馴れしく「アヤさん」と呼ばれていることにも、自分のメッセージが伝わっていないことにも腹が立つ。今にも体から炎が出そうなくらい怒り心頭なアヤトの姿に、キハルは木が焼かれてしまわないかと思わず木の心配をした。


「…あのさ、サ、サイタテ、さん。 俺は、何度君がここに来ても君を"盾"にする気は無いよ」

「どうして?」

「………危ないから」


至ってシンプルな、そして陳腐な理由に、サイタテは思わず笑ってしまった。


「はははっ、じゃあアヤさんだって危ないじゃん」

「笑うなよ! アヤト君も…そりゃ危険だし、できれば"矛"なんて辞めて欲しいけど…」


キハルはその先の言葉をぐっと飲み込んだ。

なぜ"盾"が不在なのか、彼女はまだ知らない。そして、それを知る日は来ないのかもしれない。このまま拒み続ければいずれは諦めるだろうと踏んでいるからだ。


「俺、そろそろ部屋に戻ろうかな」

「えー、もう?」

「そうですね!! それがいいです!! そうしましょう!!」


キハルの言葉を聞くや否や、アヤトは光の速さで木から降り立ち駆け寄ってきた。危うく彼に燃やされるところだった木は何とか原型を保っている、あの木の安全は守られたのだった。


明後日の方向にほっと胸を撫で下ろし、自室に戻ろうと踵を返すキハルに、サイタテはこんなことを言った。


「…姫さんがどうしてそんなに"盾"を嫌がるのか、俺はまだ知らない。 だけど姫さんだって、どうして俺が"盾"になりたがってるのかを知らないよね」


「まだまだこれからなんじゃない」と笑うサイタテの言葉に、キハルは1人納得した。確かに、なぜ彼女はここまで志願してくるのだろう。ただの興味本位なのか、強烈な愛国心の持ち主なのか。本人のあの物言いからすれば、少なくとも前者ではないのだろうが。


キハルが悶々と考えを巡らせている一方で、アヤトは顔を顰めてサイタテに詰め寄った。


「てめぇがどう思おうが勝手だがな、キハルさんを侮辱すんのはやめろ」

「姫さんを侮辱? してないよ!」

「その"姫さん"呼びが何より侮辱してんだろーが!」

「え、そうなの?」


アヤトの指摘が予想外、とでも言ったようにサイタテはキョトンと目を丸くする。どうやら彼女は、皆が呼んでいる「姫」が蔑称であることを知らなかったらしい。


「てっきり俺は、姫さんがお姫様みたいに綺麗で、皆にとって大事な人だからって意味で呼んでるのかと思ってた」

「…!」

「…なるほど」


そんな楽観的な解釈の仕方もあったのかと、今度はキハルやアヤトが目を丸くさせられた。


「姫様」と畏まって呼ばずに「姫さん」と呼ぶのは、彼女なりの距離の縮め方だそうで。ここ数日の彼女の言動を思い出し、彼女の真っ直ぐで優しい為人を見たような気がした。


「あははっ、君は面白い人だね」


溜息ばかりついていたキハルの口から明るい笑い声が聞こえてきた。長年キハルに仕えているアヤトは、それが久しぶりの光景であることを知っている。ようやくキハルの笑顔を再び見ることができた嬉しさと、これまで彼が満足に笑える状況でなかったことを憂う気持ちが入り交じった複雑な面持ちで見届けていた。

サイタテは身長155cm、アヤトは身長175cmなので、あまり長いこと詰め寄られるとサイタテは首が痛くなります。


ちなみに姫さんは162cm、成長期はこれからです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ