1:既に出会って数日後の話①
7つある国のうちの1つ、"庭"。
現在この"庭"を統べるのは11代目のカトレア陛下である。
"庭"の継承者は代々、継承した日に庭中に花を咲かせ、それは次の代に継がれるまで咲き続ける。
カトレア陛下が継承した日には、彼女に相応しい華麗な紫色の花を庭中に咲かせたという───。
「"姫"の継承式まであと1年かぁ…」
城の見回りの最中だった衛兵がポツリと呟いたのを聞いて、もう1人の衛兵が思い出したように「ああ…」と頷いた。
「"盾"不在でよく持ったものだよ、後釜はまだなんだろう?」
「あんなことがあったんじゃ、誰もやりたがらないだろうな」
「でも噂じゃ、自ら"盾"を志願した奴がいるらしい」
「何!?とんだ命知らずがいたもんだな!」
「自殺志願者じゃないのかぁ?」
「「アッハッハッハッハッ!」」
「ほう…ここには随分とお喋り好きな衛兵がいるんだな」
「「!!!」」
高笑いする衛兵たちの背後から銀髪の男が現れた。
その手には、鞘から少し顔を出した剣が怪しく光っている。
薄く笑みを浮かべた男は、そのままゆったりとした動きで剣を抜き取り…
「その無駄口…俺がかっ捌いてやろうかァァッ!!!?」
「「うわぁぁぁーーーー!!!」」
情けない悲鳴を上げながら、2人の衛兵はその場から逃げ去っていった。
男は追いかけることなく剣を鞘に仕舞う。
どうやら本当にかっ捌くつもりはなく、ただ単に脅したかっただけらしい。
「ふん、情けねーやつらだぜ。あれでも"庭"の衛兵かっての」
「いやいや、アヤト君が怖すぎるんだよ…」
「えっ、キハルさん!?」
男が見た先には、男の頭1つ分背の低い赤髪の少年が苦笑いで立っていた。
「キハルさん」と呼ばれたこの少年こそが、"庭"の第一王位継承者・キハル王子である。
キハルはカトレア陛下の一人息子だが、人を惹きつける魅力を持ち、気品に溢れた母親とは違い、特に秀でた才能もカリスマ性もない。
先程の兵士たちをはじめ、他の衛兵や使いの者たち、"庭"の民たちは彼を「守られてばかりの出来損ないのお姫様」だと皮肉って呼んでいた。
「いつからそちらに…」
「アヤトくんが来る前からかな」
「お出になるのであれば、言ってくださればお供しましたよ!」
「それが嫌だから黙って出てきたんだよ」とは言えなかったキハルは、「あはは…ごめんね」と笑って頭をかいた。
ーーー
キハルの自室に戻る道すがら話題に上がったのは、先程衛兵たちが噂していた"盾"についての話。
「もう"盾"の話が広まってやがりますね…」
「あれは…噂にもなるよねぇ…」
そう言ってキハルは意識をどこか遠くに飛ばすように見上げた。
アヤトは苦虫を潰したような顔をして、「あの野郎…」と忌々しげに呟く。
代々"庭"の王位継承者には、専属のボディガードが2人つくことになっている。
2人はそれぞれ"盾""矛"と呼ばれ、王位継承者を守る役割を担う。
カトレア陛下にも"盾"と"矛"がおり、カトレア陛下の代が終わるまで彼女に仕えている。
第一王位継承者であるキハルにも本来"盾"と"矛"がいるはずなのだが、現在キハルを護っているのは数年前から"矛"のアヤトのみである。
もちろんそれを良しとしない重役たちもいるのだが、キハル本人が頑なに"盾"を断っている。
しかし、つい先日"盾"を志願するものが現れた。
「あの野郎、今度来やがったら…」
「ひーーーめーーーさーーーん!!」
「「!!」」
歩く2人の後ろから、バタバタ走る足音とやかましい声が聞こえてくる。
それに気付いて振り向いた頃には、騒音の主はもうすぐそこまで来ていた。
「本気」と書いて「マジ」と読むように、「庭」と書いて「ガーデン」と読みます。他の国もこんな感じです。これはキラキラネームに入るのでしょうかね。