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時の過ぎ行くまま  作者: 犬神まみや
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錆色の濫觴 001


 前述の出来事がきっかけのようにして、不|逞浪士が京の町中で頻繁に横行し始めた。私たちは警備の包囲網を強め広げる為に新たに市中の巡回を増やす事になり、それを機に自分達の立場を理解するためにもと、幾つか決まり事を作ることになった。

とりわけ「死番」という、名前からして物騒な役回りが採用されることになる。これは「武士は常に死と隣り合わせである」と隊士達へ認識づけする為のもので、市中見廻りの際に不逞浪士を発見した場合、先陣を切って斬り込みに行くいわば一番の危険を買って出る者だ。

……だが、この死番のせいか却って隊士達の腰が引けてしまうことになった。血気盛んな隊士も少なくはなかったが、大半は「武士なんたるや」を突き詰めて全うしようなぞという志《こころざし》なんぞ無かったのだ。土方氏は集まった彼等をしょっちゅう「烏合の衆」と呼んでいた。因みにそれと全く同じ事を言っていたのは芹沢氏である。事実「一旗上げたい」とは思えどもそれが「気を緩めれば死ぬ」などという概念と結びつきはしない出自の者が入隊してきている。よしんば武士の肩書きがあったとしても下手を打てば次男よりも更に三男以下の、家督を継ぐ為に育てられていないという、武士の何たるかを知らぬ者も少なからずいた。特に縁故で入隊したものはそのかぎりだ。長らく泰平の世で斬り合いとて近所そこいらでも、ようよう見なかったのに昨今の騒ぎで急に物騒になったのだから致し方あるまい。

それ故に、逆を言えばこの物騒で畏怖さながらの約束事に逆らえるはずもなかったわけだが、この事で逆に及び腰になり、新撰組から逃げ出す算段をする者、なんなら脱走する者が急増したのだ。


逃げ出す者は残された者の行く末など知る由もない。


逃げおおせた彼等が原因で"禁令"という決まり事が出来てしまうなどとは夢にも思わなかったろう。(局中法度書という名前で世間には知られている様だが、"禁令"が本来のものである)

そもそもこれを作ろうと言い出したのは誰であろう芹沢氏である。局長、副局長、伍長で会合を行う事になった。八木邸の一室に集まって膝をまじえる。私は中に入らず外廊下で襖を開けたまま座して静かに中の様子を伺っていた。

今後の活動についての意見があれこれ交わされているその中で、やはり死番における隊士達の脱走について議題が上がった。その機を逃さず、芹沢氏は丸で煽るかのように不敵な笑みを浮かべ

「土方くん、隊士の脱退をそうそう許してしまっては宜しくないと思うのだ。管理不足がすぎるのでは無いかな?我々は武士ゆえ、生温いやり方では隊士に示しがつくまいよ」

と言ったのに対し

「では芹沢先生も納得の行く隊の規律を作れば宜しいのですな?解り申した、直ぐに練って参ります」と苦虫を噛み潰したような顔をしたかと同時に土方氏は「失礼つかまつる」

とだけ言い残しパッと部屋を出ていってしまった。先だっても話したと思うが、実家は商家で土方氏は生粋の武士ではない。それ故に根っこのところの劣等感が非常に強い。芹沢氏はそれを知っているのだ。そこをわざと揺さぶってきた。傍から見ている私でもあからさまな程の煽りと、普段は冷静を装っているのに突っつかれてカッとなる土方氏。

それだけで既に嫌な予感しかしなかった。

近藤先生はというと腕組みをしてギュッと口を閉ざしたまんま石仏にでもなったかの如く微動だにしない。色々考えすぎて動けなくなっているらしい。そんな土方氏の後を追ったのは意外にも山南氏だった。不安気な面持ちではあったが、どういうわけかこの2人、普段は丸で馬が合わないのにこういう時は何故かやたらと同行する。その様子を見た新見氏から

「嗚呼ァ、これはもうおひらきってことで良ござんすね?」

と会合を終わらせる声が上がったので私も席を立ち、2人の後をそっと追った。

部屋に戻った土方氏はやにわに筆を取ると殆ど悩みもせずに紙にどっと案を十点ほど書き上げた。それをしばらく睨みつけ、要らないであろうものに線を引いて消していく。残ったものを清書して、中に入って待っていた私と山南氏にパッと、それを渡してきた。山南氏がその内容をよくよくみてからギョッとして息を飲む。

「土方くん、これを本気でヤル気ですか?」

「やりますね」

しれっと答える。

「言っとくが、組織がこんだけでかくなりゃおかしなことも山ほど起きる。腹立たしいが芹沢の野郎の言うことにゃ一理ある。厳しくて大いに結構。山南さんにも覚悟決めて貰いてぇんだが、こいつさえ通りゃ芹沢を締め出す好機にもなるんだ。これを逃す手はねぇ。あの野郎はテメェでテメェの首を括りに行ったようなもんだとシッカリ後悔させてやる」

「し……しかしこれでは余りにも……」

「サンナンさんよ」

土方氏は山南氏の左肩に手を置き真剣に視線を合わせた。

「イイかい、戒律ってなァ生優しくちゃ意味はねんだ。実は本性が武士でない輩はこれからどんどんと逃げ出す。そういう奴はわんさか増える。逆にしっかり戒律決めてキチンと精査して強い連中残していかにゃならんのだ。頼む、協力してくれろ 」

山南氏はううっと小さく呻き下を向くと畳の上に両の手をついてぎゅっと握る。

「……頼む」

土方氏の言葉に、1度深い溜息をつくと

「……仕方あるまいね……芹沢もこれなら納得するだろうし……」

「嗚呼、その通りだ」

「ただし、1つ条件がある」

山南氏がぱっと顔を上げ再度彼の視線を捉えた。

「新規の隊員が入隊する際に隊規を必ず伝える様にしてくれ」「嗚呼、約束する」

後にこのことが二人の仲を決定的に引き裂く事になるなど私も山南氏も思いもしなかった。


その日の夜の内に新撰組成立時の幹部面子を集め、禁令がお目見えすることとなった。

後からやってきた近藤先生も加わって、最初は十程度のものだったが削りに削って四つになった。


以下、禁令

一、士道ニ背ク間敷(武士道に背く行為はしない)

一、局脱スルヲ不許(脱走は許さない)

一、勝手成金策不可(勝手に金の借り受けなどをしない)

一、勝手成訴訟取扱不可(勝手に訴訟を取り扱わない)

それらを守らなければ"切腹"


その内容に試衛館組は目を剥いて言葉を失い固唾を飲んだ。

「金策を勝手にするな以外は上出来よの。そこだけ何とかならんか土方の」

と笑う芹沢氏。

「成りませンな」

土方氏は笑わない。

「良いでは無いですか。もう会津より多少金の融通が効くようになったのです。金策に走り回らずともそこからやりくりすればよろしいのです。名誉なことだ」

「言いおるな」

芹沢氏はご機嫌だ。応じて水戸派も満足気であった。たった一人を除いて。それは、平山氏であった。口元には笑みをたたえているものの目が笑っていない。なにか思うところがあるのかどことなしにぼんやりしている気がする。


会合の解散の後、廊下に出た私を永倉氏、原田氏、藤堂氏の三名が呼び止めた矢継ぎ早に質問してきた。「おめえ、あの禁令決めた時そばに居たろ?サンナンさんは土方の野郎を止めなかったのか!?なんでだよ!」

「おめぇもトシさんによ、口添えしなかったのか? 珍しすぎんだろ……」

「これじゃ却って逃げ出す者が増えるのではないでしょうか」

私はそれに対し俯き答えた。

「……精査の為だそうです。 強い新撰組を作る為の」

その言葉に全員が絶句した。


"強い新選組をつくる"


その一言だけで十二分にみな理解出来てしまったのだ。自分達が何のために京へやって来たのか、どうして郷里を離れて京に居るのか再認識した。

俺たちは上様やこの町や人々を警護し、不定浪士と戦わねばならない。


生温いことは言っていられないんだ、と。

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