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時の過ぎ行くまま  作者: 犬神まみや
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紺青の決別 002

紺青の決別 002

芹沢成幹氏は、その要件だけ伝えると、

「君達には期待をしているよ。特に先ほどのお二方。威勢よく意志を示してくれたのを信用しておるよ。……では拙者、公用があるのでこれにて失礼」

とだけ言い残すと、風のように去っていった。


……暫しの間、誰もその場から動こうとはしなかった。


とうとうこの時が来たのか、それにしてもまさかの謀反とは、と各々の思惑の中で考えを巡らせていたのだろう。その沈黙を破って土方氏が言った。


「芹沢に世話になった部分は大いにある。だが、こうなっては我々の今後の活動の妨げにしかならん……決断の時が来たのだ、諸君」


全員が更に石のように押し黙ってはいたが、静かに頷いた。土方氏はその様子をみて、少し伏し目がちになりながら、提案した。


「少し飲んで行くか」

「そうだな」

近藤先生が頷き、皆もそうするか?と訊ねてくる。

「あぁ……そうしようか」

井上のおじさんが掠れた声で答えた。


成幹氏に重圧をかけられたのが少しこたえたのかも知れない。それだけでなく、どんなに芹沢氏を疎ましくは思ってみようと、“抹殺”の二文字は重い。


事実、方法に問題はあれども芹沢氏が金策したことで京での生活の目処がつき、逆を言えば近藤先生が悪者に成らずに済んでいたのだ。

全員胸中は一緒であったろう。

しかし。

ここで飲むのか。私はウンザリした。

この鬱々とした、空気の中で。

とても気晴らしにはなりそうもない。

私は思いきったようにケロリといった。

「俺はご遠慮しますよ」

その申し出に、皆が少しビックリしたような顔でこちらを向いた。

「やだな、そんな驚かないで下さいよ。俺が飲まないのは何時もの事じゃあないですか」

私は笑顔で朗らかに答えた。皆、私が下戸であることなんて解っている。だが問題は、そこではない。飲むと言うことで、結束を確認したいところもあるのだ。


「おめえなぁ……」

井上おじさんが不満を洩らしかけた時、私はすかさず言った。

「だってね、おじさん、良ぉく考えて下さいよ、永倉さん以外の試衛館組が雁首そろえてここにいちゃあ、殊更に芹沢さん達に怪しまれますぜ。ウッカリもうバレてるかしれねえや」

肩をすくめてとぼけたように言う私の後追いをするように藤堂氏が思いきった調子で気になっている疑問を口にした。

「あっ……あのっ……。それと……蒸し返すようですが、永倉さんはなぜこの場にいないのですか?」

彼はそう一気に言い切ると、不安げに眉根を寄せる。その問いに近藤先生が答えた。

「永倉君はかねてより芹沢一派と、縁があるからな。そこも踏まえ、今回、芹沢側の偵察も含め、芹沢達と行動を共にしてもらっている。……こりゃあ永倉君にしか出来んことだからなぁ」

……永倉氏に対する釘差しの意味もあるのだろうと私は踏んだ。

「なるほど、それなら永倉さんが芹沢さんにくっついててくれて、万が一出掛けて屯所にいないにしても、試衛館の誰かいなきゃ益々おかしいっておもわれらぁ。……やっぱり俺ァ、壬生に戻りますよ」


私がそう言うのを聞いて藤堂氏がパッと立ち上がった。

「そっ……それなら俺も帰ります。沖田君一人よりも……俺がいた方がそのっ……」

「そうだな。それがいいやもしれん」

土方氏が沈んだ声で答えた。

「二人とも、壬生に戻ってくれ。……屯所の事は頼んだ」


私は、はいと答えて会釈すると藤堂氏を促すようにして、出口へ向かった。

富士乃には、店の正面以外に出入り口が幾つか設けられており、高瀬川よりの北側に小さな戸があるので、そこから出ることにした。


そうでなくとも不貞浪士が彷徨いている。

油断はできなかった。


戸を潜り抜けた所で、背後から

「そう兄ちゃん」

と声をかけてくるものがある。

お尚だった。藤堂氏は一瞬面食らったらようだったが、すぐ真顔に戻って私と彼女を見比べた。お尚も、ハッとした顔をしたが別段悪いことをしているわけではない。

「提灯はどないしはるん?」

と、蝋燭に灯りを点してもってきていた。

何時でも提灯に入れられる様にしてきてくれたらしい。

「すまないね、有り難う。提灯をもらうよ」

彼女は頷いて提灯に火を移す。一瞬火が強く燃え上がり彼女の顔をハッキリ照らした。


そこで気付く。

辺りは既に薄暗い。

壬生へ着くころには真っ暗になるかもしれない。


灯りをわざわざ持つことで、過激浪士を一人でもおびき寄せる手になるかもしれないとひとりごちる。


「ほんなら気ィつけてお帰りやす」

「うん、またね」


すると、お尚が

「あ」

と小さく声を出した。


「どうしたの?」

聞き逃せずに私は訊ねる。

するとお尚はうぅん、と小さく悩んだような声を出してあのね、と小声になった。

「あくまで噂話なんやけどね。……こないだすれ違ぉた、あの、お梅て女ン人……覚えとる?」

「うん、あの人がどうしたの?」

「なんやな、あん人どうも……菱屋て太物屋知っとる?」

菱屋は確か芹沢氏が羽織袴を作ったところだ。

「うん、聞いたことはあるよ。あの店が、なに?」

「あの人な、なんかあそこでもお妾さんやっとったて……で、最近菱屋さんが用意しとった家にも帰ってへんのやて……そう兄ちゃん知っとった?」

「なんだって……」


記憶を掘り返すと、菱屋の支払いで近藤先生が泡を喰っていた事が確かにあった。

そう言えばその後くらいからだ。お梅は八木邸へ居ついてしまった。芹沢氏とは果たしていつから関係があったものか。芹沢氏が先か、大和屋が先か、菱屋が先か解らないが、強かに生きている女のやることはなかなかに剛胆だとおもった。

何にしても、芹沢一派を粛清するための都合の良い材料が試衛館側にひたひた揃っていく。

もうこれは誰にも止められない悪しき結果へと向かっていると改めて痛感した。


「そう、……そうなんだね」

「うん、せやから兄ちゃんも気ィつけなあかんよ?」

へっ?と、私がすっとんきょうな声を出すと、

「兄ちゃん、女に疎そうやしなぁ。あんな凄腕の女にかかったら、兄ちゃんひとたまりもなく酷い目に遭わされるかもしれへんやん!」

と不安げに口を尖らせた。

それを見て藤堂氏が口に手を当てて体を横にそらして吹き出す。堪えられなかったらしい。

「ひでえな、ふたりとも!俺だってその……それなりに色々あるんだぜ?!……参ったなァ」

と私は頭を掻きながら苦笑して言った。

「くれぐれもそんなことにはならないから安心おしよ……藤堂さんもいつまでも笑ってないでくださいよ!もう!!」

「そんならええけど。マァ、気ィつけてなァ」

片手をあげ、お尚に別れを告げると、藤堂氏と道を歩きだした。


+++


帰り道は四条の大通には出ずに、仏光寺通りを真っ直ぐに壬生方面へと向かった。

この通りの名の元になった仏光寺の前に差し掛かった所で、藤堂氏がぽろりとこぼした。


「最初あの芸子さんと、沖田さんは、恋仲、なのかと思いました」

その言い方をすると言うことは、違うと解ったと言うことらしい。

「お尚ちゃんと私が、ですか?」

それに、藤堂氏は頷いた。

「最初は、あれ?とおもったのですが、すぐに違うと解りましたよ。ええ。妹の様に可愛がっておいでなんですねぇ」

「ふふ、そうなんでさぁ。私は揃いも揃って姉ばかりなのでね。妹がいたらあんな感じなのかなぁ、とあの子に会うたんびに思ってますよ」

それを聞くと、彼はくすりと笑って首をかしげた。私もそれにつられて笑顔になる。


……よかった。

彼の中から本の一瞬でも重たい気持ちを取り払えたようだ。


「藤堂さん、さっきは…俺と一緒に屯所へ帰るといってくれて有難うございます」

「えっエエっなんでです」

藤堂氏は素っ頓狂な声を上げた。

「いえ…あの空気感、いられそうになかったから」

ああ、と藤堂氏が喉の奥で答えた。

「永倉さんの…ことも…正直気がかりなんですよね、俺。なんか、うん、このままじゃ永倉さんもうっかりしたらって」

しょげた顔で話す藤堂氏が急に真顔になる。

「芹沢さんのことは、もうどうにもならんのですかねぇ」


その時私の脳裏にフと殿内氏や、大阪での相撲取りとの喧嘩の事が思い返された。

背中にぶるりと悪寒が走る。

「考えて見りゃ芹沢さんは元々勤王の志士なんですよね。……そこを踏まえて改めてコトを見直しゃあ、成る程色んな疑問がほどけてくる。……どのみち、今度は今までとは比べ物にならんくらい酷い事に成る気がしますよ」

と私が言うのを聞いて、彼は

「ええ…」

と頷いた。



そうこうしていたら、

壬生より少し手前、右手を二条城、

左手を本國寺、西本願寺にみる醒井通りに出た。


そこで突然藤堂氏が思い付いたように

「ねえ沖田さん、飯は食いました?」

と訊ねてくる。


「富士乃へ行く前に、前川さんのところで少しね。藤堂さんは?」

「私は寧ろ食わなくても平気なんで。ええ。うん、そうですよ、ねえ沖田さん?そしたらこれから六角獄舎の方へいっちゃあみませんかぃ?」

壬生の屯所から程近い場所にある六角獄舎には尊皇攘夷派の協力者や志士が既に数名投獄されている。それなので、彼等を獄中から救いだそうとする連中がちょくちょくその周辺に潜んでいることがあった。


「なるほど、ただ屯所へ戻るより、市中見回りをして参りましたって報告なら芹沢さん達にも通りがいいや。行きましょう」

私と藤堂氏は、 醒井通りの少し先の猪熊通りを右へ折れ、六角通りへと向かった。


+++


六角通りの行き詰まった所に、獄舎はある。その手前に武信稲荷と言う神社があるのだが、その周辺は何故だが昼間でも薄暗い場所で、事今のように、辺りが暗くなると少し異世界にでも迷いこんだかの様な気を放っていた。

私と藤堂氏は提灯を掲げ、周囲に目を光らせる。

敵がいつどこからともなく飛び出てきてもおかしくないのだから、二人とも何処と無く緊張した状態で、周囲の気配を感じ取ろうとしていた。


……しかし静かだ。


私と藤堂氏の息遣いと、時折弱々しく吹く風が木々の葉を揺らす音しか聞こえてこない。


「なにも……ないようですねぇ」

「うん…」


けれど何かがおかしい。



普段から静まり返っていると言うか、どこか沈み込んでいる様な気配のする場所ではあるが、水に濡れた泥のような重さがずっしりのしかかる感じがある。


……いる。


誰か潜んでいる。

息を殺してその場に。


その時だった。


提灯の明りのあるはずのない植え込みの向こう側から、チラと光がみえた。

蛍かとおもったが蛍なら薄黄緑の明滅する光だ。

色は橙色だった。蛍などではない。


あれは刃に提灯の炎が反射したのだろうと判断した。


「藤堂さん……今からひとつお願いされちゃあくれませんか」

私はできる限り声を潜めて言った。

「今から屯所へ突っ走って、腕の利く隊士の何人か連れてここへ戻ってきちゃくれませんか」

「えっ」

藤堂氏が目を見開く。

「しっ、大きな声をださないで。……気付いてるでしょ?居ますよ。連中。……全く、富籤だったら大当たりってとこだ」

そこで藤堂氏も気付いたらしい。ごくりと彼の喉の鳴る音が聞こえた。

「どうも多勢に無勢の様ですね。二人じゃとても無理そうじゃあありませんか」

「だったらなおさらおいてけませんよっ」

小声ではあるが吐き出すように彼は言った。

「藤堂さんっ」

私の言い切る様な声に、彼はぐっと喉を詰まらせる。

「解るでしょう。まかり間違ったとして、二人でやられたら意味ないんですっ。だから早く行ってッ。大体あんたの方が、俺より足が速いんですっ!頼みましたよっ」

藤堂氏はうぅと呻いて頷くと、背筋を伸ばして

「じゃあ、またあとで」

と無理な笑顔を作りその場を歩いて後にした。


恐らく少し先から屯所へ向かって、彼は全力で走るだろう。途中に伏兵が潜んでいないことを願うばかりだ。

「……いや、多分…ええきっとなんとかなりますよ」

私はひとりごちて、刀の柄に左手を添えた。


私は神社を出ようか迷った。


もうこうなるとどこで斬り合いになってもおかしくはないが流石に神社の境内での刃傷沙汰は気が引ける。私は暫く提灯の灯りを眺めていたが、炎がじじっと音を立てて煙が立ったのと同時に鳥居へ向かって歩き出した。鳥居まで後数歩と言う所まで来た時だ。

「キエエーッ」

と奇妙な声をたてて男が一人、右奥の背後の茂みから飛び出してきた。

私は地面を蹴って、勢い良く鳥居を抜けると、振り向き様、強い口調で問う。


「一人じゃありませんね?!出てきたらどうです!?」

その声に男が三人出てきた。合わせて四人。

「やぁ、やれやれ…ちょっと安心していられない人数だなあこれは」

私は苦笑した。


――無理だ。


どうもこいつら斬り馴れているようだ。


まず刀をきちんと研いである。刃こぼれがあるにはあるが手入れが行き届いている。なまくらじゃないことはみれば解った。しかも晴眼に構える姿が堂に入っている。切っ先にブレがない。四人で囲まれて斬りかかられたら、ちょっと太刀打ちできるとは思えなかった。


試衛館の天然理心流に、“囲い”という戦法がある。

要するに、一人を取り囲んで何が何でも相手を打ちのめす戦法だ。


――ウチにもあるんだから他の流派でも似たようなのがあるに決まってるさ


打たれる側の相手がどんな目に遭うのか知っている私は苦笑した後、提灯の灯りを吹き消し少し遠くへ放り出すと、素早く抜刀した。気配を研ぎ澄ましてみると、出てきた四人以外にも数名の伏兵がいることに気付く。まぁ一人相手なら四人で余裕と言ったところだろう。と、同時に私の背後に回っていた一人が声も立てず斬りかかって来た。私は右に半身避け、そのままナナメに左へ体を回転させると、右側の相手に向かって行く。相手もとっさに構えて、鍔迫り合いの格好になった。



しかしこれはマズイ。これだと背後ががら空きになる。案の定、鍔迫り合いをする相手向い側……私の背後になった男が突っ込んできた。私は刀にぐっと力をこめてから、手前の男をその勢いに任せて突き飛ばし、そのまま腰をかがめて右手側へ避けた。

背後から迫った男と、私と鍔迫り合いをしていた男が鉢合わせの格好になり、そのまま植え込みへもつれ込んだ。なるほど。幾ら斬りなれてるとはいえ、どうやら暗がりの実戦には馴れちゃいないとみえる。


しかし、どうも気になる。

一人に対しての効率が良いとはいえ、今新規の隊士に教えている真っ最中のこの戦法で幾らなんでも攻めてくるか?偶然にしちゃ出来すぎちゃいまいか?


と、その考えもつきつめられぬまま、今度は体勢を立て直した残りの二人が一斉に私の方へ向かってきた。


――やれやれ、考え事もできゃしねえや。


立ち上がろうと腰に力を入れたところではあったが

左ひざを地面につけると、そのままぐるりと回転し、イキオイに任せて剣を振るった。その切っ先が襲ってくる男の小手を捉えたらしく、男は「ギャッ」と叫ぶと刀を落とした。とっさに私は立ち上がると、もう一人の男が走って逃げようとするのを前に回って制止した。

「まさかここまでやっておいて、逃げちゃうってのァどうなんでしょうね」

私はそういって構えると、唸るように言う。

「構えなさい。逃がしませんよ」

男は、やけくそになったのだろう。

メチャクチャな体勢で

「ウォオオ」

と雄たけびながら私へ向かってきた。


私はフッと一度息を吐く。

私から向かって右の、男からは左側にあたる側には大きなスキが出来ている。私は体を右へ流して、男の肝臓のあたりに向かって刀をやや下段から上へ向かい流した。やや浅めに切っ先が男の腹を掠める。殺さず捕まえて首謀者を吐かせた方が良さそうだと感じてのことだった。


と、そこへ数名の足音と、

「沖田のぉおーッどこだぁーっ」

「沖田君っ!!!」

と聞きなれた声が暗闇に反響した。


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