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時の過ぎ行くまま  作者: 犬神まみや
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紺青の決別 001

紺青こんじょう決別けつべつ 001

紺青(こんじょう) 京特有のうだるような暑さの中……

新撰組内部はなかなかの苛つきぶりであった。

だが暑さだけが我々が苛つかせていたと言う訳ではない。会津藩から新撰組を正式に名乗ることの許可が下り、更に改めて市中警護の任務を申し与えられたのである。

尚且、先だっての働きで上様より幾ばくかの報償金が出た。

皆の心中は、兎に角働きを認めて貰えるよう更なる努力を、であった。


皆、舞い上がるほどの嬉しさはあったろうが、その喜びは当然責任を伴う物であることを理解せざるを得ない事が当然のごとく頻発する。


例えば。


京都から退去命令を出され、完全に撤退したはずの長州藩士たちが、京のあちこちに潜入し、怪しい動向を見せていると情報が飛び交った事がひとつ。市中警護に尽力せねばならない我々は当然躍起になる。


その中でも取り分け、平野国臣ひらのくにおみと言う男を二度も取り逃がすという失態が重なった。


平野は公武合体論を唱えていた筈の男で、本質的にはそこまで過激行動を推奨する類いの人間ではなかったように記憶するが、何をどうしてか長州藩追放に意を唱えるべく、尊皇攘夷派の"天誅組てんちゅうぐみ"を京に率いれる画策をしていたのである。まぁ、長州藩が掟破りの行動に出る事態は上役の人達からしてみれば想定内ではあったようだから、そこが問題視されたのではない。

いたってその不穏分子を取り逃がす事が好ましくないのだ。


そうなると誰に責任があるかとなれば、

新撰組である。

新撰組を抱えているのは誰かとなれば

会津公である。

会津公の顔をつぶすわけには我々も決して望む所ではなかった。


ピリピリするのも無理はない。


……そしてもうひとつ。


芹沢一派の事。


実際のところ、この問題が新撰組の目下の悩みの種であった。


上京時の街道での火付け騒ぎ、

酔って仲間内を斬ろうとする事件、

各方々での金銭借用を大義名分とした脅迫、借金の踏み倒し、

大和屋焼き討ち、飲み屋で気に入らぬ事があると

暴れての破壊行為、女人への暴行沙汰などの悪質な行為……


そこへもってきての、平野が潜伏しているとされた古東領左衛門の邸へ土方氏が陣頭指揮を執り、急襲をかけたが、前回の山中成太郎の邸への失敗を前例踏襲ぜんれいとうしゅうしてしまう始末。挙げ句その出動の帰参中、原田氏と平間氏の持ち場の事で少々言い合いになったらしい。

「お前があの場所にちゃんといればこんな事にはならんかった」

と平間氏が見下した様につぶやいたというのだ。

原田氏も普段はニコニコしているが、こういう風に濡れ衣を着せられるのを最も嫌っているものだから、当然頭に血が上ったのだろう。そうなると、何をしでかすか解らない所がある人だから

「何だと貴様!そもそもあの時自分のところが手薄になるからと、俺を呼びつけたのは貴様だろうが!」

と平間氏の胸ぐらをおっつかんだそうな。

それをみて泡を食って止めに入ったのは永倉氏だった。

「捕縛できなかったのはどちらの責任とも言えないだろ!?我等は同志なのだから、今は無駄な内部抗争は控えるべきだろうが!」


そうたしなめられ、その場は収まったものの、幾つかのそうしたいがみ合いの火が、底の底で燻っていて、いつ火が大きくなってもおかしくない気配が漂って、新撰組内部へ広がりつつある予感がしていた。


さて、その古東邸襲撃捕縛後の25日の事である。

斎藤氏がふらりと私のところへやってきて、よかったら少し散歩にでも出掛けないかと言うので、日が大分西に傾いた所で前川邸を出た。


斎藤氏は

「たまには四条通りを歩いてみよかぁ」

と誘ってきたので、わざと遠回りの大通りを行くことになった。

四条通りは夕刻の気ぜわしさと仕事帰りの者達でそこそこ人手がある。

「内緒話するにはもってこいやなぁ」

斎藤氏がさらりといった。


却って人が多い所の方が他の生活音にまぎれ、裏路地などよりは周囲に声が響かないものだ。


私が怪訝な顔をして

「なにか……」

と訊ねると、


「いや実はな、突然やけど富士乃へ召集がかかってんねん」

と答える。


「随分急ですね。屯所では話せない事なんですね」

「そういうこっちゃ」

「誰が呼ばれてるんです」

「いけば解るさ…。所で、なぁ沖田君、こないだのな、古東、山中両邸への襲撃のことやけど、……君はあれどう思った?」

と、斎藤氏は声を潜める。

「どう、とは?」

「なにかおかしいと思った事があるかちゅうことや」

ああ……と私も思わずくぐもった声が出た。

「なんでしょう・・・変な言い方ですが、そのう・・・二度も逃げられたのがなんだか奇妙と言うか。そもそも山中邸の陣頭指揮は土方さんで、古東邸の時に陣頭にいたのが永倉さんに原田さんに平間さんでしょう?話に聞けば平野は政治に長けてはいても、逃亡に関しちゃ素人のはずだ。あそこの館の連中が、幾ら逃がしなれてるとはいえ…、姿も気配すらもなかったって妙なはなしです。原田さんの話じゃあ、邸内には既にいなかったようだった……って」

「せやな。あれだけの手錬で向こうたのに逃げられるてのは、ちょっとないなーて思うたやろ。それも一度ならず二度までもやで。俺も沖田君に同感や」

「そうですね……」

「どうしてやろな」

「どうしてって」

私は斎藤氏の顔をまともに見返した。

彼は正面を向いたまま、暗い顔をしている。

私はハッとした。

「そんな……まさか」

斎藤氏は正面を向いたまま、心苦しそうに顔色をゆがめた。

言葉に詰まっているらしい。

彼がそんな態度をするこんな時は、決まって大抵ろくなことがない。

「斎藤さんは」

ゴクリと私の喉が動く。

「既に新撰組内部に密偵がいると?」

彼は、うぅんと唸って首を捻った。

「わからへんな。密偵、だったらええけど」


密偵ではない?

私は面食らった。

それじゃあなに?

私の視線に答えるように彼は視線を合わせると、無理矢理に笑顔を作って答えた。

「沖田君、けど今其の問題を片付ければ、結果近藤先生と新撰組の今後にとってはええ事なんかも知れへんよ」

そこで私はフと不安になって顔をあげる。

「まさかと思いたいんですが……創設組の中の誰かが密告した、と言う事ですか」


「んー、まぁ……うん…俺が話してまうと、重複になるから後で近藤先生の口から直接きいたらええよ」


私は黙って頷いた。

それから富士乃につくまで、二人とも無言になってしまった。


富士乃につくと、谷口氏が店の玄関先で座り込んでいた。


「よう」

と谷口氏が片手を挙げる。

私と斎藤氏は

「やあ」

と返した。

「もうみんな来とるんか?」

「ほぼ揃っとるわ。左之助はんだけやないか?まだ着いてへんのは」

「原田さんが遅れるのはいつも通りだから」

三人は顔を見合わせて笑った。そこへ声を聞き付けたのか、お尚が顔を出す。谷口氏はふりかえって彼女を手招きをして、

「二人を中へ」

と伝えると、お尚はそれをみて、

「へえ」

と頷き

「こちらどす……」と先を歩き出した。


彼女に案内されて中へ入ると、上座に近藤先生がおり、土方氏、井上のおじさん、山南氏、藤堂氏、山崎氏が円を書くように並んでいた。


私と斎藤氏も一礼してすぐ座につく。


そこで私はすぐ気付いた。原田氏が来ていない、とはいったが永倉氏の姿もない。

奇妙と感じたが襖があいて、原田氏が

「遅れまして」

と一礼して入ってきたことで一瞬それを忘れた。足音もほとんど立てて来ないところがまた何時もとは違う緊張感を感じさせる。


「では話を始めようか」

原田氏が座についたところで、近藤先生が口火を切った。やはり永倉氏は来ないらしい。

「あの……永倉さんは……?」

私が忘れていた事を、藤堂氏が不安そうな顔でたずねる。

「藤堂君、それはまた後程……」

土方氏が言った。藤堂氏が益々不安気な顔をする。

「さて……どこからどう話そうか」

近藤先生はむぅ、と唸って俯いた。

「いいよ、俺が話そう」

土方氏が無表情で言った。その申し出に近藤先生が幾分かホッとしたような顔で頷いた。


「各々方。本日ここに君達を召集したのは、会津公並びに、“とある御方”の意向を伝えたかったからである。恐らく皆、既に気付いている事であると思うが、かねてより芹沢とその一派の暴挙、金策問題に関して、公儀並びに同士である会津藩内部より不満の声があがっている。ここにいる山崎君の名前を使用しての金策、二百両。その上、会津公より過去の借金を返済するための金子を別途で用立てて頂いたにも関わらず、借金は近藤さんが金策し返済してまわって居るところだ。それだけにとどまらず、新撰組の局長が二名存在することの意義を、疑問視する声が非常に高まっている。“船頭は二人も要らぬ”というのが公儀の意向だ」


――やはりか。


全員に緊張が走った。

「あくまで下された命や、情報を正確に伝達するのが俺の役目だ。その為、これは俺の意見ではなく、公儀よりの情報として受け止めて頂きたい」

「それではやはり」

藤堂氏の額から汗がつたうのがみえた。

「芹沢一派と決着を着ける時がきた、と言うことだ」

空気が揺れる。その場の全員、とうとうこの時がきたか、と思っただろう。

「出来れば話し合いを重ねて互いの妥協点を見つけるような形で、穏便に解決したかったところではあるがな……」

山南氏が言うのを、

「いや、山南さん、過去から今に至って流石にもう限界まできてるよ。できりゃあ俺が芹沢と対決したいくれえだよ!」

と、井上のおじさんが怒りを露にした。

「俺も異存はねえ。芹沢ンとこの連中にゃうんざりしてたんだ」

原田氏が低い声で言った。

それもそうだろう。

なんせおじさんは、上京時の道中、芹沢氏に一度本気で斬りかかられて、危険な目に遭っているし、原田氏など何かにつけ芹沢一派…特に平間氏に喧嘩を売られている。と、土方氏が山崎氏に目配せした。


山崎氏が頷き、場を立ち上がって襖を開けると廊下へ出ていく。程無くして山崎氏が誰かを案内してきた。その御仁は、なかなか大柄な人物で、何処と無く見たことが有るような雰囲気を持っていた。

彼は、

「失礼つかまつる」

と部屋の前で一礼すると中へ入ってきて近藤先生の脇に座した。

近藤先生は、彼が脇差を置いた所で

「こちらの御仁は芹沢殿と申される」

と言った。

「え」

と、からくりをしらない我々はその“芹沢氏”をみつめる。

「始めてお会いする方のほうが多かったな。拙者、京都詰公用方を務めている水戸の藩士で“芹沢成幹せりざわなりとも”と申す。以後お見知りおき願いたい」


近藤先生が芹沢氏の挨拶の後に注釈を続けた。

「以前皆にも話した事があったろうが、この御仁が芹沢氏の実兄に当たるお方だ」


そうか、この方が我等と会津公を引き合わせてくだすった恩人であったかと、私はなんとも言えぬ気持ちになった。多分他のみなもそうであったろう。成幹氏は、

「さて」

と言葉を切って一同を見回し、一切顔色を変えずに口火を切った。

「本日各々方に招集をかけたのは他でもない。お察しの事であろうが、拙者の弟、芹沢鴨のことでござる。実はここ数日に渡って、近藤氏と土方氏に依頼してな、我が弟の動向を探って貰っておったのだ。私はまどろっこしい言い方は嫌いなのでな。単刀直入にその理由を言わせていただくとするが、どうも弟は有栖川宮熾仁親王ありすがわのみや たるひとしんのうへ宛て、奉公の願いを申し出る書簡を送ったらしいのだ」


暑さを忘れて、全員が凍りついた瞬間であった。

そもそも有栖川宮熾仁親王は、徳川家茂公の元へ天降った、和宮様の元婚約者である。多くの人々にとって、公武合体の生贄としての印象が強い、和宮様の事も手伝ってか有栖川宮熾仁親王は強烈な尊皇攘夷の思想をもってして、幕府への対抗心をあらわにし、政治会合があるたびに、いざこざをおこしておられるお方だった。

―……そこへの奉公を願い出るという事。

それは完全に新撰組の守護すべき考えとは大きく反れている。それどころか浪士隊上京という大芝居を打って、我々を欺いた清河八郎とやっていることは結果として変わらない。

……まて、そういえば……

芹沢氏は確か清河の強い推挙で浪士隊へ参加したと言う話しが脳裏に甦る。

それではまさか。

「先日の古東邸、山中邸への急襲の失敗も拙者は鴨が絡んでおるのではないかと踏んでいる。でなければ、急襲をかけたのにも関わらず、逃亡になれていない者にやすやす二度も逃げられる理由がみあたらん」

表情は一切変わっていないが成幹氏は明らかに苦々しい口調であった。

それも至極当然だ。恐らく我々のために骨を折ってくだすったのは間違いない。芹沢氏の行為は、その尽力に対して、泥を塗ったことになるのだから。


それなら芹沢氏の過去から現在に続いてまでの暴挙は幕府抱えの浪士隊や新撰組の評判を貶めるための芝居なのか?それとも清河との密約が延々生きていたのか?まさか清河も我々をも二重三重に騙していたと言うのか?


―……芹沢さん・・・どうして。


私の心の臓が早鐘打ち、胃の奥辺りがずぅっ…と冷たくなる。

知らずのウチに袴の膝の辺りを握る拳に力が入った。

あの人を少しだけ信じかけていた。

いや、信じたかった。


その場にいた者達の動揺を知っていつつも、成幹氏はフッと鼻でため息を漏らすと言った。


「拙者は勿論、君達を会津公へ推薦した身であることをおもんぱかって頂ければ、言わんとしている事はもう解っておろう」


皆の顔色が一気に変わった。

それを見届け、 成幹氏は結論を叩き出した。


「これは謀反むほんである。お上にこの件が知られ、御沙汰があるその前にそなた達で決着を着けて貰いたい」


――芹沢鴨とその一派を抹殺せよ。――


そう言うことである。



…………私は、これ以上の動揺を皆に悟られぬ様に、平静を装った。



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