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時の過ぎ行くまま  作者: 犬神まみや
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始まりの赤

始まりの赤

 事の発端は、不幸中の幸いか、この頃既に結婚していた十一歳年上の長姉『おみつ』の、

婿『井上林太郎』の、父『井上宗蔵』の弟にあたる人…『井上源三郎(いのうえげんさぶろう)』と言う、すなわち一口に言えば私のおじさんに当たるのだが……これまたどういう経緯でか沖田家の面倒を見ると決まったらしく


沖田家の汲々たる有様を聞き及び、我が家へ訪ねてきた事から始まる。

……彼……『源三郎』氏はこの当時24才になったばかりだった。

井上の三兄弟の末弟と言う話で、一番上の宗蔵とは随分歳は離れていた。

(これまた年齢の離れた兄弟なぞ当時では珍しいことではなかったが)


源三郎おじさんの第一印象は、実直で生真面目、と言う感じだったが口を開くと意外にも言いたい事をサッパリ言ってのける性質……所謂毒舌家であった。


そこがタマに傷ではあったが性根は非常に優しく情に厚い人で、私にも「面倒ごとが増えた、増えた」とボヤキながらも本当の甥っ子の様に可愛がってもらった。


なんだかんだで当時一番親身になってくれたのは間違いなく彼であったと言えるだろう。


実際、イザとなるとその毒舌を駆使し、的確で納得の行く形で私の母に対して意見をしていた様であったし、頭の回転の良さで方々へ働きかけてくれた様に記憶している。


……そして運命の日がやってくる。


ある晴れた日の午前中、私は大人達の輪の中へ呼び込まれた。

……そこで私が聞かされたのはまぁこういった内容であった。


実はもう一人の末姉『きん』も時期に嫁ぐ先が決まっていたので、その当時住んでいた長屋を引き払おうと言う話になったのであった。


後は母を井上家へ嫁いだ長姉『お光』の所で引き取れば(とは言っても母が下働きの様な仕事をさせられるコトは明確だったが)例え肩身が狭かろうと姉も母を傍に置いておけるので心配も減る…


……が……問題は、


長姉光にもうすぐ子供が産まれると言うコトと、その負担金の大きさもさることながら、大概何処の家庭も潤っているような状況では無かったので、私まで引き取って面倒をみる余裕はないわけだ。

(まぁ…それは後々母だったか姉だったかに聞かされたのだが)


で、結論はこうであった。


この井上氏の兄弟全員が通う道場とやらで、住み込みの奉公人を探している。

で、宗次郎は是非ソコへ行ってみてはどうか……と言うのである。


そうすれば、仕事の片手間に剣術を習わせて貰えるし、よっぽどさえしなければ飯を喰うにも困らないと言う筋書きらしかった。


当時、そういう子供は周りに沢山いたので正直の所、「ああ、来るべき時が来たな」と言う感じであった。

でも、涙というモノは理屈抜きで出るようになっている。


「宗次郎、おミキ殿……御母上も姉さんのお光も散々苦しんだ上での決断なんだからよぅ! お前も男子たる者しっかりせんといかん! ……わかるな?」


普段は毒舌を飼い慣らしている源三郎おじさんの優しいがしっかりした強い口調が胸の柔らかいトコロに刺さった。

母や姉が、自分を捨てるワケじゃナイ。それは解っている。


だけど他に方法は無かったモノか?


……知っている、なかったんだ。


そんな数々の思惑が体中を駆け巡って、ただひたすら腹の奥の方からこみ上げてくる切ない疼くような痛みに堪え方を知らない、ただの子供だった私は、しゃくりあげながら皆の静止の声を振り切って、家を飛び出た。

フラフラ歩いて辿り着いたのは近所にある河原だった。

昼の光りを浴びて水面は、信じられないような輝きを放っていた。

川風が涙で濡れた頬を撫でて、過ぎ去っていく。


風が流れていった方向に目を遣ったが、風の姿なぞみえはしない。

空を見上げたら、薄い雲が幾つか飛んでおり、青い空に一花添えていた。


そうして、私はもう一度水面の煌めきに目をやった。

その時一枚の木の葉が波間を滑っていく姿が目に入る。やがて木の葉は大きな黒い岩間にその身を委ねた。


――……そうだよなぁ。これ以上悪いコトなんてそうそうあるもんじゃなし。ココはあの木の葉みたいに流れに身を任せて、岩にその身を委ねるように自分の落ち着き先を決めるのも良いかもしれない。

もしかして、流れが変わって、岩から離れて違う場所へ流れるかもしれないし。


そのまま水底へその身を沈めるコトになるかもしれないがまずは何にせよ、流れを見るコトだ。


いつか自分の力で何か出来るようになるかも知れない。

そうなるまでの辛抱だ…。


そうして私は、泣くのをやめた。


じゃあ、行ってみましょう。


その道場とやらへ。


もう一度川に目を遣ると、どこから流れてきたのか。

女物の赤い帯留めが向こう岸の川の岩間の黒に引っかかっている。

妙に毒々しく…けれどどこか美しく映えていた。


季節はずれの彼岸花のように。


私はそれがどうなるのか見届けないまま、川に背を向け乾いた道を歩き始めた。


家へ戻って皆に「そこへ行くよ」とだけ告げた時、母は色々な感情がごちゃまぜになった顔を私に向けて苦しそうに一言だけいった。


「頑張るのですよ、宗次郎。」


……ええ、頑張りますよ。母さん。



井上いのうえ 源三郎げんさぶろう


沖田の血の繋がらないおじさん。

っていいかたが一番わかりやすいと思うのだが。


武蔵日野宿八王子出身で八王子千人同心、井上藤左衛門の三男。

この千人同心という地位は幕府有事の際は先陣を切って闘えという思想をもつ肩書きである。

其の為、井上は非常に佐幕思想が強い家系に生まれたわけだ。


文政12年3月1日(1829年4月4日)生まれ。長兄・平助次兄・松五郎と共に、近藤周助氏の門弟となった。


因みに藤左衛門の長男・平助の息子、林太郎(井上にとっては甥)が総司のお姉ちゃんミツさんの旦那にあたる。

土方歳三の姉のおのぶの旦那である、豪農佐藤彦五郎氏が所有する道場へ通っていた。


近藤も、土方も、同郷という事もあってか彼には絶大な信頼を寄せていたようだ。

土方に至っては色々問題を起こした際相当彼を頼っていた記述が残る。

そう考えるともめ事にを片付ける能力にも長けていて、面倒見も相当良かったのだろう。

上洛後は、新撰組6番隊隊長となり、慶応4年1月4日(1868年2月22日)鳥羽伏見の戦いにおいて討ち死にした。意外と活躍がないようにみえるが、公私混同はせず、真面目で時に厳しく・時にやさしい、人望の厚い人だったらしい。


右も左もワカラナイ若い隊士達は相当彼に頼っていたようだ。

「源さん」と愛称で呼ばれていたと言うあたりからもこの人の慕われ方がよくわかる。

この人がいなかったら新撰組はもっとヒドイ内部分裂かましてたんではナイだろうか

……と犬神的には想うのである。

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