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時の過ぎ行くまま  作者: 犬神まみや
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水浅葱裏の幕開け003

水浅葱裏の幕開け003

 大和屋までは徒歩で一時(約一時間)はかかる。

様子を見ながらとはいえ、気付かれぬ様に追うとなれば一時半(約一時間半)はかかると推測しながら、まず私と土方氏は、芹沢一行の通りそうな大きめの通りを避け、遠回りの裏道を行くことにした。


私と土方氏は千本通りを北上する。四条通りを横切り三条通を横切りしていくと二条城の西側の朱雀門側へ出る。稲荷神社の前を通りすぎ、中立売通へ折れて、一度堀川通りへぶつかる。私と土方氏は物影に隠れながら芹沢一派が通らないのを確認すると堀川通りを突っ切り一条戻り橋を渡った。


夏特有の蒸し暑さが二人の息を自然と荒くさせ、汗を流させる。

しかし、私の汗は一条通りを進むごとに嫌な予感に襲われ、やがてその嫌な感じは徐々に冷や汗へと変わって流れ出してきた。

大和屋の方面に近づくにつれ、夜半にも関わらず、夕暮れ時の如く空が赤みを帯びていく。

一歩近付くごとに騒々しさが増してきた。


みれば町の人々が慌てて表へ出てきて一方向を指さして一様に

「えらいこっちゃ!」

と叫んでいる。


騒ぎは大和屋をぐるりと囲んで大きく広がっているが誰も大和屋には近付けないでいた。四軒ほど手前まできて人の群れに紛れながら目にしたその光景はとんでもないものだった。

大和屋が襲撃にあっていたのである。

大勢の職人らしき人影が大和屋をぶち壊しにかかっている。その上明らかに芹沢一派の連れ出した件の身内の隊士達が、その職人と一緒になり破壊工作に及んでいたのだ。


揚げ句、大和屋の蔵の位置は炎に包まれている。付け火をされたらしい。空が赤かったのはこれが原因だ。私は開いた口が塞がらなかった。それこそ茫然自失の体で目を見開いてその様子を見ていたら土方氏にぐいと物も言わずに物陰へ連れ込まれた。

連れ込まれた路地裏には成瀬杏衛門氏が忍んでいた。折り目正しく彼は頭を下げる。


「成瀬君、報告してくれ。なにがどうしてこうなった」

成瀬氏は深刻そうな表情で答えた。

「一刻ほど前から職人が集まりだしまして。大和屋の主を引きずり出してきまして、暫し激しく言い合いをしたのち、激昂した職人達が大和屋の破壊を始めた次第です。そこへぞろと新見達が隊士をつれてきてあの有り様に」


「芹沢の野郎は何処だ?」

土方氏は少し路地裏から身を乗りだし人塵にまぎれぐるりを見回す。

やがてあの美しい目をカッと見開くと一点をみつめた。私も彼の傍らにそっと寄り添うとその視線の先を追って唖然とする。大和屋の向かいの屋根の上に人影がある。炎に照らされすぐ解ったのは覆面の武士であることだった。

その人影には見覚えがある。彼はのんびりと屋根に座して火が闇と空気を巻き込み、燃え盛るのを見つめている。その左の手には扇が炎の色に染まって動いているのがみえた。

鉄扇だ。

鉄扇は彼の人のご機嫌の良い時にヒザをとんとん叩く癖をなぞっていた。


「ふっ……ざけやがって……」

土方氏の鼻に皺が寄る。

「野郎、本庄の焚き火だけじゃあ足りねえってのか!」

土方氏の握り拳がギシギシッと音を立てた。


その時、気配を感じて振り向くと背後に山崎氏がいつの間にか走り寄ってきていた。

「二人とも、前を見たまま聞いてくれ」

早口で彼は言葉を続ける。

「トシさん、沖田の、あんたらは壬生へ戻れ」

急な進言に私は困惑した。

「ですが」

言いかけたがそれを山崎氏が遮る。

「事の顛末は俺と成瀬と谷口が手分けして見届けて報告する。こんだけの騒ぎだ。今、この騒ぎ聞き付けて、め組と役人がガン首揃えてこっちへ向かってやがンだよ」


「ナンだと」

土方氏の顔が歪む。

「そうでなくともあんたちは、目立つ。だから連中にも役人どもにも見咎められねえように人混みから脱けるなら今なんだ。いいか、あんたたちゃ押しも押されぬ会津藩お抱えなんだからな。立場はわかってるだろう?」

山崎氏は凄味のある声で言った。土方氏はそれに対して、苦い声で一言わかった、と答え、成瀬氏の潜む先の路地裏へ入り込む。私もそれに続こうと気配を消そうとしたその時だった。


山崎氏の

「マズイ!早くいけ、沖田の!」

と、唸る様な声にハッとして、路地裏へ駆け込もうとしたその一瞬の間に、覆面の男の……鋭い眼光がこちらをみているのに気付いてしまった。

……その目はまちがいなく芹沢氏の目であった。

もう目があってしまったのなら怯んではならぬと私は屋根の上の怪物じみた人物を睨みかえす。

さぞかし凶悪な眼差しであろうと想像していた私の思いに反し、……その目は笑っていた。

あの、隊服や隊旗ができて、ふざけ、喜び回っていた我々を見つめていたのと同じ、酷く優しく満足げなまなざしで。黄金に、朱に、橙色に熱と輝く炎の光の粉や風を纏いながら、赤く染まったその大柄な人影は、まるでこの世の物とは思われなかった。


その瞬間、ボッ!と爆発音を立てるのと同時に火の手が一気に高く沸き上がった。群れる影達の恐怖の悲鳴が一斉に上がる。

それに芹沢氏が気をとられた瞬間を山崎氏は見のがさなかった。

「行け!」

と私の肩を押す。

路地へ入ると谷口氏と成瀬氏もいた。

少し先で待ち構えていた土方氏は、さっと私の手首を掴み、

「すぐそこまでめ組と役人が迫ってると谷口君から報告があった。一町越えるとこまで走れるな?急ぐぞ!」

と唇をキッと結ぶ。


私は一度背後を振り向いたが、すぐに、

「解りました」

と答えた。土方氏は安堵したのか、フッと吐息を洩らし、そこでようやっと私の手首を離す。


「後は頼んだ」

土方氏の言葉に成瀬氏が「

おまかせを」

と頷いた。

それを確認し、土方氏と私は騒ぎを背中に暗い路地裏へ向かってひた走り出す。


め組と役人が到着したのだろうか。

騒ぎは私達がそこから離れるごとに益々大きくなっていく。

騒ぎが遠退き暗闇へ飲まれると、このままどうにもならないところへ向かって行くようで、私は酷く胸騒ぎに襲われ続けていた。


+++


 結局あの後、無惨にも大和屋は燃やしつくされてしまったと探索方の面々から報告を受けた。

め組の到着は騒ぎの状態からしてみればそこそこ早い方だったし、あの程度の出火、め組が本気でかかれば、恐らく全焼は食い止められたはずだ。けれど、新撰組の隊士が上司である芹沢一派の命令通りに動いた為に、め組の消火活動は大幅に遅れてしまった。

刀をちらつかせて、め組と役人を脅して衝突してしたというのだから始末に負えない。


事の張本人である芹沢氏は、役人に対しても堂々たる態度で会津藩預りの新撰組局長であると名乗ったそうなのだが、これまたどちらが偉い人間なのか、傍目からみたら解らない有り様であったそうな。まぁそれだけの気迫や風格が芹沢氏に備わっているといえなくもない。


近藤先生が大阪より帰還して、第一報がそれである。

その報告を受けて先生の顔色があっという間に紙みたいな色になったのも無理はない。


まぁ心中察するにあまりあるものだった。


+++


 二度目の芹沢氏関連の事件は八月十八日に起きた。


否、その間にも芹沢氏発端の事件は短期間のうちに幾つも起きてはいるのだが、大小合わせて追っていくと、キリがない。それほど彼の回りは騒動でもちきりだったのだ。


大和屋と同じく難癖をつけられて営業停止を申し渡された店もある。実質、芹沢氏にはそんな事をする権限も権力もないのにだ。正直のところ私は、一体何故芹沢氏は自ら立ち上げたこんな新撰組に悪影響となる、訳の解らない行動ばかりするのかが解せなかった。


後ろ楯は確かに会津藩だ。だが、芹沢氏程の明晰な頭脳の持ち主なら、会津藩を持ち出し方々でふれこんでまわれば、後々面倒になる事くらい想像が着きそうなものなのに。

酒は人を狂わすと言うが酒のせいなのか。それとも酒に逃げねばならぬ“何か”が芹沢氏にあったのか。私にはどのみちはかりかねることだ。






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