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時の過ぎ行くまま  作者: 犬神まみや
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水浅葱裏の幕開け002

水浅葱裏の幕開け002


 そんな喜びもつかの間。

組の命名と隊服配布のその少し後だ。新たなる事件が立て続けに起きた。

 一つ目は芹沢氏の強引な金策が、悪化した事。

例の大阪の力士達に協力を要請して、永倉氏が陣頭をとり、八月七日に八坂神社北を借り受け奉納相撲を、そのすぐ後の十二日、壬生寺の境内を借り受け七日間興行相撲を行ったのだ。

これはほどなく成功に終わったのだが、彼らが京に安心してこられる様にと芹沢一派は何を思ったか尊皇攘夷派に組する京相撲の小結、揚ヶ霞関を斬っておいたと明言したのだ。


奉納相撲の前に起きた事だったので永倉氏も

「しっかり警備だけしててくれりゃあいいものをよォ」

と泣きっ面を浮かべて見せた。永倉氏は芹沢氏の亡くなった弟にそっくりで、それが理由で呼び立てられる事が多かったらしいので、芹沢氏としても永倉氏の為になればという気持ちも何分の一かはあったのかもしれない。もっとも永倉氏は

「かわいがってもらってりゃあ悪ィ気はしねえが、そういうのは迷惑だよなあ」

とぼやいていたが。


我々も京の町の警備にあたり、揚ヶ霞関を斬った話を聞いた手前もあり、近藤先生が京の相撲部屋にも声をかけたことで、今後は京坂の相撲部屋合同で興行をあちこちで行おうとなり、いろいろな意味でも相撲興行は成功に終わった。だがこの興行ははっきりいって芹沢一派にとってなにやら面白くないものだったらしい。


 その直後の十三日。

京の葭屋よしや町一条下にある生糸問屋の大和屋に武士や職人が大勢押しかけ、蔵を破壊した挙句火を放ったのだ。この凶行の陣頭指揮を執ったのは他でもない新撰組局長芹沢鴨氏であった……。


+++


 事の発端は当時諸外国との貿易がはじまっていたため、大和屋が生糸の買占めを行って暴利を貪った事にある。この悪辣な行為はすぐにほうぼうに知れ渡ることになった。これに目をつけていたのが我々の取締り対象の一派であった尊皇攘夷派天誅組と、他ならぬ芹沢氏である。天誅組は大和屋と同じように買占めを行っていた油問屋の主人の首を三条河原に晒した挙句


「次はお前達の番だ」

と大和屋を脅して金を手にしたのだ。

芹沢氏は警備と尋問の対象として大和屋を訪れた。この時大和屋には商人の格好で芹沢氏を張っていた山崎氏がうまいこと潜り込んでいた。以下は山崎氏からの報告で知ったことである。


芹沢氏は、大和屋の番頭に

「幕府に仇為す天誅組に渡したのは軍資金ではないか?」と問うた。無論彼らは天誅組に脅し取られているのだから

「違います」

の一点張りだったそうだ。

「だったら誠意をみせるべきだ」

と芹沢氏。我々は幕府容認の警備隊だ。天誅組に出せて我々に出せないとなればそれは倒幕に加担したとみていいのか?と問う。


――金を出せ


暗にそう言っていたワケだ。


「生憎主人はおりませんのでわてでは決められしまへん・・・」

実際の所、主人は適当に追い払えくらいにいって引っ込んでいたのだろうし番頭がそういったのももっともの事である。

だが芹沢氏はそこでスと立ち上がってにこりと笑うと

「後悔召さるなよ?」

と、店の外まで聞こえるほどの大声で吼えるとスタスタ店を後にした。山崎氏はその後を追った。芹沢氏は職人風の男と少し先の路地裏で落ち合うと、なにか二言三言話して歩き出す。山崎氏はそれが大和屋の店先で中の様子を窺っていた男だとすぐにわかった。少しして彼らがの向かったのは大和屋の職人達の職場である。


中の声は解らない。だがなにやらどよめいている。


だが山崎氏はその職人のいる扉に近づけなかったという。芹沢氏の気配が外まで網をめぐらせていたというのだ。ただ山崎氏はそこで引っ込むようなタマではない。辛抱強く物陰で気配を殺して事が動くのを待った。その甲斐あって芹沢氏が出て、帰路につくと、それからすぐに職人達も仕事をどやどやと放棄してちりぢりに帰っていったのだという。山崎氏はすぐ近場の茶屋に待機させていた成瀬を呼びにいき、この異変を調べろと伝え自分はすぐに芹沢氏の後を追って壬生にひた走ってきたのであった。


「トシさん、いるか?」

山崎氏の声が響く。

前川邸に私と土方氏は共にいた。庭に面した障子を土方氏がズッと開ける。

「どうした、ジョウさん」

「芹沢がなにやらやらかすかもしれん。いま成瀬たちに探らせているが何が起きてもおかしくねえぞ」

そういって先刻の話をした。

「まぁヤロウが何かやるなら今しかネエだろうな。近藤さんは試衛館の面子と隊士数名を従えて大阪まで小野川部屋の警護で出張中だ。俺とこいつしかここにゃあいねえ。しかも局長として待機命令だしゃ俺とこいつはここを動けねえ。あの一味にとっちゃまたとない、良い機会だろうよ。全くなめられたもんだ」

そういうと肩をすくめた。

「するとしたら何をするつもりなんだろ」

私は着物のすそをいじりながら呟く。

「さぁな。まぁろくでもねえこたあ確かさ」

私は少しだけ思案して、ぽろりといった。

「ねえ、土方さん俺が芹沢さんとこいってさ、探ってこようか?」

土方氏はそれを聴いてギョッとしたように眼をむいた。

「おい、冗談はやめろ。おめえは絶対ひっかきまわすだろ」

「えええええ! ひでえええええ!!」

俺は顔を歪めた。

「じゃあ訊くがな、おめえ、俺が芹沢だとおもってまぁまず声かけてみろぃ」

「……どうもぉ…芹沢せんせ、こんちおひがらもよく……」

「嗚呼…もう駄目だ…」

そういって土方氏は右手で顔を覆ってかぶりをふった。

「おめえ下手な芸者じゃあねえんだぞ…そんな声のかけかたァあるかい。それじゃあ即刻怪しまれらあ」

山崎氏はそれをみて腹を抱えて笑い転げている。

「わかった、おめえらが仲がいいのはよぉくわかったからよ、その辺で勘弁しちくんな。腹がよじれっちまうよ。沖田の、さぐりいれんのは専門家の俺にまかしちくんな」

半ば本気だった私は当然ふくれっつらで返事をした。


夜になってやはり動きがあった。芹沢氏が私たちのところへやってきて

「局長として所要で出かける。本陣待機を願う」

とだけ言い残し、さっさとでていったのである。


「ち、どうあっても俺達を足止めする気だな。あのヤロウ」

「どうするのです?」

「おめえはどうしたいよ」

土方氏は答えを待っている、私が

「俺は行きたいですよ?」

と言うのをだ。


案の定私の答えは期待通りだったらしい。

土方氏は卑怯なまでのあの綺麗な微笑みを浮かべて私の肩をポンと叩く。

「よぉし、じゃあ話ァ決まりだ。連中を追うぞ、そうじ! だがその代わり絶対に気付かれねえ様にな」

もちろんですと答えて私と土方氏は直ぐに黒い着物に着替えた。

これならば闇に紛れ込める。


着替えも終わりの頃、昼間の山崎氏よろしく、

「副長ォ、沖田サァン」

「まずいですよー、あらァまずいですってー」

と庭先で誰かの慌てる声がする。


「その声は」

障子をそっと開けると大きな影が二つあった。島田氏と角ヶ谷氏だった。


「どうしたい、血相かえて」

土方氏が二人をつれて渡り廊下の隅へ移動する。私も後を追った。

「なにがあったえ」

「芹沢のやつ、なにおっぱじめる気なんです?!」

島田氏の息は切れている。無理もない。


彼は近藤先生の一行に同道して大阪出張していたのだが、先方では滞りのなく事が進んだので、それをこちらに伝える為に伝令役として帰還したその途端、千本通りから抜けてきた所で、壬生寺境内から出ていく数名の影がみえたので、おや?と思ってつけていった。

と、その影の群れがなんであるか気付いた。新入の新撰組隊士と、芹沢氏である。見紛う筈はない。一団は四条通りから堀川通りをずんずん進んで行く。島田氏はそれをみてギョッとせずにはいられなかったらしい。そこへ堀川の通りを逆行して前川邸に向かっていた角ヶ谷氏に会って、事情を聞き及び慌ててやってきたところで、今度は両屋敷の中を忍びみて肝をぬかした。八木邸と前川邸のなかに残っていた新規隊士二十五名。彼らがねこそぎ連れていかれていくところであったのだ。

それも、まずは二人ずつくらい外へ呼び出して、壬生寺の境内に五~六名集まったところで、何やら伝令を申し渡し、芹沢一派のひとりを筆頭に、その五名ほどの隊の頭になって進軍して行った。


彼らが見たのは初めの芹沢組と最後の新見組だった様である。

分散させていけば、土方氏にも大して怪しまれず連れ出せるだろうと考えた様である。


だが土方氏は

「そんなもん気付かねえ訳ねえだろうが」

と憎々しげに吐き捨てた。

「あんだけわさわさしてりゃあ おかしいと思わんやつがどうかしてるわい。芹沢ンとこの連中も芹沢以外は間抜けどもだな。さて、連中も雁首揃えてでかけたんだ、俺達も出るぞ、そうじ。 島田くん、出張御苦労だったな。角ヶ谷と君はここで副長代理として待機を頼む」


私と土方氏は八木さんと前川さんにずっとここにいたと口裏を合わせてくれろと頼み表へ出た。


「提灯はもたねぇぞ。足元気ィつけろ」

はい、と答えてすぐ、私と土方氏は暗い夜道を足音をたてぬ様走り出した。


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