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時の過ぎ行くまま  作者: 犬神まみや
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水浅葱裏の幕開け001

水浅葱裏(ミズアサギウラ)の幕開け001

 「おい、皆集まれ」


八月の頭、芹沢氏の呼びかけで、八木、前川の両邸宅から浪士組の面々が呼び出された。


この頃、ほうぼうから集まった浪士でかなりの人数になっており、八木家の道場と庭にはひしめきあった仲間の姿が何事かと囁きあっている。粗方集まったのを見定め、新見氏が大声でいった。


「今から浪士組の陣羽織を渡す。ありがたく拝領しろよ」


その隣で近藤先生と土方氏、山南氏は酷く複雑の色を顔に浮かべそれをみていた。


+++


 それというのも山崎氏の口からも伝えられた、金策問題が根底にあっての事だった。百歩譲って芹沢氏の行動も理解できなくはないのだが、遣り方に大分難があったからである。

先だっての相撲取りとの乱闘事件のある少し前…浪士組結成初期段階である四月…今後浪士組が活動していくに当たって色々な物事を整える必要があると解り、その一環として隊服を作ろうか、と話が持ち上がったのだ。

無論出動の際は隊の旗も必要だろうから、旗と着物の色、柄、どの文字を背負うかを近藤先生と芹沢氏が八木家の帳簿づけを手伝っている時になんとなく話になったそうなのだ。二人は帳簿づけの巻紙にいたずらがきなんぞをしながらぼそぼそとよもやまばなしをしていたらしいが、この時の話をよもやまだとおもっていたのは近藤先生だけだった様である。


それから数日も立たないうちに外から帰ってきたなり芹沢氏が何事もないようにさらりと

「おい、近藤、こないだ話してた隊服を頼んできたぞ」

といったものだ。


私もその場に居合わせたのだが何がおきたか飲み込めず

「隊服!?」

と素っ頓狂な声をあげてしまった。

「そうだ、実働のときにな、揃いの物が有ったが良かろう?当面はボロ隠しにもなろう。恥をかかんようにと思うて決めてきたわい」


そうなのですか?と言葉にせず近藤先生の顔をうかがうと

「芹沢氏、皆が着るものゆえ、せめて意見をさせて欲しかったなぁ」

と動揺を隠せていない。だが芹沢氏はけろりと悪びれずに

「でも何度も話しあっていたじゃないか。それになにより金策してきたのは俺だからなあ」

と答えて笑いながら八木家の奥へひっこもうとする。が、奥の部屋へ入る所でふとこちらを振り向いて

「安心しろ、近藤。隊旗は“誠”にしておいた。忠誠の一字の案は良い、実に良い」

と言いのこし、ハハハと笑うとぴしゃっとふすまを閉めてしまったのである。


実際、逆さにされても埃もでない有り様で金策をしてきたのは彼だ。近藤先生はぐうの音も出なかった。と、そこへ様子を伺っていた土方氏がやってきて、私たちを無言のまま手招きする。顔はあの無表情だ。解り易いほど怒っている。


近藤先生の顔色が青くなった。

お説教が目に見えてるからだ。


…場所を移して、前川邸の一室を借り受け、土方氏の近藤先生への詰問が始まる。私は足を投げ出した格好で柱にもたれかかり頭の後ろで腕組みの格好でそれをみていた。


「なぁ、こらぁどういうこったいね? 隊服?隊旗?なんでだろうなあ、オラァ初耳だなあ。一体全体なにがどういうこったぇ?説明してもらおうじゃネエか、え?近藤さんよ」

「うむ……芹沢がだな……揃いのモノをもう頼んできたらしいのだ」

土方氏の前で近藤先生が小さくなっている。近藤先生は江戸の頃から伝え漏れをたまにやらかしていたので、この手のやりとりは以前からちょいちょいあった。近藤先生としてみれば予想内とはいえ緊急事態であったろうが、見ている方とすればこれはこれで面白い。


「オラァそんなこときいてんじゃねえんだよ、一体できてくるもんがどんなもんなのか聞いてんだ。大体いつ?ええ? いつ決まったんだえ?」

「いや……八木さんや前川さんところの帳簿づけ手伝ってる時に…帳面のはしっことかにいたずらがきしてたんだけどな、それを芹沢が本気にしたって言うかな…」

「他人様の家の帳簿にいたずらがきィ!?」

「うわあ、違う!!そのな、一応あれだよ、図で説明したんだよ。紙ももったいねえしな。みんなやってることだし! なぁ?! そうじ!?」

「え、なんで俺に話をフるの先生。俺、トシさんの帳面にだったらやるけど、こちらのお宅のはやってないよ!」

「そうじ? いまなんてヌかした?」

「他人様の帳簿はイジらないっていったの。それより先生芹沢さんにどんな説明したの?」

近藤先生は助け舟を私が出さないと知ると生唾を飲み込んで搾り出すように続ける。

「制服の雰囲気とかな、品物は呉服屋と交渉でって言う話しでな……ええとだな……俺も何がどうできてくるか実際わかんねえんだよトシ。あ、でもあれだ! ほれ、容保公の召抱えになったのに浪士組って名前じゃァいつまでも格好がつかねえから変名しよってなってな!そこは俺達が決めていいといわれたよ。安心しろ」

近藤先生は矢継ぎ早にまくし立ててから土方氏の顔色をちらとうかがう。

だが土方氏は、何をどう安心しろってんだという無言の圧力をかけている。近藤先生とは真逆の態度だ。

近藤先生なりに芹沢とは交渉はしたつもりなのだろうが、確かに不十分といえば不十分だから致し方ない。分が悪いのがわかっているから頭をかき顔をさわりのしどろもどろである。

これだけみていりゃあ江戸の頃とかわらねえのになあと私は鼻を鳴らした。


しかしそんな近藤先生の態度に業を煮やして土方氏が低い声で唸った。

「わかった! 出来てからのお楽しみってことだな? あーそうかい。じゃあもうそれはそれでいい。それよりも問題は一体どこからそんな金引っ張ってこられたんだ、あのヤロウは」

ここで近藤先生の青い顔が更に青くなった。

「普通の着物で金二分、三分(※)。それも隊服で揃い染め。増え始めてる浪士の数に応じて隊服は最低でも五十着は必要なんだぜ。 金額だって跳ね上がって、そらぁ大変な計算になる。俺達みてえな食い詰め浪人に一体どこの物好きが金を貸すかね?」

「そうだが……そうなんだがな」

「まぁいい」

土方氏はフッと強く息を吐いて立ち上がった。

「考えて見ちゃ芹沢の野郎が泥ひっ被ってくれたってこった。でも俺等ァ、野郎が“金策した先”ってぇのに今後は順々に侘びィいれにいかにゃあならんかも知れんぜ」

「ウンそれァ解ってる」

「そんならいい」


そこで土方氏は立ち上がり部屋を後にしようとする。すると近藤先生が困ったような声で彼を引き止めた。

「おい、トシよォ、隊の名前一緒に考えてくれねえのかヨォ」

「そいつぁ後だ。先にやらにゃあならねえ事ができちまったでな。それはカッちゃん、サンナンさんあたりと考えといてくんな。正直オラァ組の名前なんざどうだっていいんだ」

そう言い残し土方氏は滑るようにしてさっさと部屋を後にした。


土方氏はそこからすぐに山崎氏以下探索方の面々を呼び出し、密偵として放った。その後、芹沢氏の言う所の金策元を割り出してそれが恐喝であった事実をつきとめ、その金額の余りの多さに驚愕したらしい。


最初の被害者は、大阪の豪商平野屋五兵衛だった。

百両むしりとられている。しかし芹沢氏の蛮行はそれだけに留まらない。

一度や二度、一ヶ所や二ヶ所では鎮まらなかったのである。

あちこちで強請りをやらかしているのが次々発覚していった。探索方からそんな報告を受けると、土方氏は決まってそれを近藤先生に報告し続けた。報告を受けるとすぐに近藤先生は内々にその店を訪れ手厚く侘びを入れるためにもにでかけていった。そのお陰で幾つかの御店とは懇意になり逆に資金提供を快く申し出てくれた所もいくつかあった。


しかし、原田、藤堂両氏はそれをみて

「これじゃあ完全に芹沢の尻拭いだよ。本庄の時からこっち、どうも天狗に呪われてらあな」

とぼやく。彼等のその愚痴も無理からぬことであった。


+++

 その四月の隊服騒ぎが、品物の到着という形で八月にようやく結果を出す。


新見氏が広げて見せた隊服の色をみて、隊士達からはどよめきがおきた。粋だからでも、格好の良さ云々からでもない。誰もがその色だとは予想だにしていなかったのだ。


羽織の全体の色は浅葱色あさぎいろである。


袖口の所だけを三角の山を連ねた模様にして白く抜いたものだった。浅葱色は切腹裃かみしもに使用する、死に装束の色だ。地域によってはこの色を少し薄めた色の着物を囚人が着せられていたし、田舎の金のない武士の羽織裏がこの色であったので一様に良い印象はもてなかったのだろう。

そもそもこの色を選ぶ者はそうそうおらぬので、大量に染めるにしてもそこまで金がかからないのだ。(まぁ私はこの色は綺麗だなくらいで悪い印象はなかったが)


そしてなにより派手である。


だが、そんな周りの空気をおし払う様に

「我等は武士だ」

と声をはりあげて芹沢氏は言った。

「上様の為、我等を取り立ててくれた松平公の為、いつでも死ぬ覚悟でこの色を身に着けるのだ!」

そこで、近藤先生と山南氏が背後の行李から何かをとりだし、かかげた。


それは“誠”の一文字を白地に赤で染めあげた隊旗であった。それはとても美しい。全員がほう、と感嘆の声を漏らす。


そこで近藤先生は芹沢氏に負けじと大きな声を張り上げる。

「皆、本日より我が浪士組は"新撰組しんせんぐみ"と名乗ろうと思う」

「それはどういう意味ですか?」

中の誰かが質問した。

有無と先生は頷くと答える。

「古来より"武家伝奏ぶけでんそう"という朝廷と幕府間を取り持つとされる公家にはこういった重要な役職がある。この名を我々の立場では恐れ多くて冠する事はできぬが、我々は新たに武家伝奏の役割に撰ばれた者として組を為すという意味で、新撰組としたのだ。そう言う心意気をもって名をつけたのだ。如何かな、諸君?」

其処にいるもの達はなるほどと頷き、手を叩いて先生の命名に大層感心していた。先生も学の有るところを見せられて満足そうである。


ここで新たに発表になったことが幾つかあった。

新撰組という組織を動かす局長が近藤先生と芹沢氏の両名であること。

副長が土方氏、山南氏、新見氏の三人であること。


一つの組に頭が二人、司令塔が三人などきいたこともない。


その投げられた疑問を芹沢氏は

「何もかも新しいのだからこういうことがあってもおかしくはあるまい」

と一笑に付した。


その後、我々若い隊士達は、色のどうこうはさておき、隊服と旗の出来たのが嬉しくて、早速袖を通し、隊旗をまるで神輿でも担ぐ様に振り回して八木邸と前川邸を行ったり来たりしてはしゃぎまわった。土方氏は終始苦い顔であったが、近藤先生と芹沢氏が目を細めてその様子を見ているのがひどく私の目の裏に焼き付いた。




(※…現在価格に換算すると大体2万円~5万円前後)

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