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時の過ぎ行くまま  作者: 犬神まみや
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煙波縹渺 003

煙波縹渺 003

芹沢氏はそう叫ぶと抜刀し目前の力士一人の胸を突き、体から抜くとその刀に付いた血をパッと払う。その一連の行動は、まばたき一度終わるか終わらないかのうちにおきた。ただ速いだけではない。一連の行動に澱みがなく流れるが如しの滑らかな剣さばきだ。


刺された力士は

「うっ」

と一度呻くとよろめき、地面に倒れ伏す。


それが合図だった。


うおおおおお


我々浪士組でも力士組どちらの陣からでたともつかない怒号が響く。

力士の獲物の八角棒は本赤樫。樫の木の中でも最高級の硬さをもつ。木刀と同じくぶん殴られて辺りどころが悪ければ死んでしまうシロモノだ。その上彼等の動きは想像より遥かに機敏である。八角棒以外にも彼等の体躯からくりだされる技は並みの人では大怪我じゃすまない。

張り手が、棒が、刀が、乱舞する。まさに混戦であった。

私は、相撲取り一人の腕を斬りつけ、腰を屈めながら突進してくる一人の胸へ刀を沈めると急ぎ抜き払い、その勢いのまま相手の右脇へ逃げ、よろけたところに足払いをかける。どう、と音を立てて力士は地面へ横倒しになった。


ちらと目を左右に流すと、右手側の山南氏は力士の八角棒と鍔迫り合いのかっこうに、島田氏は自分よりやや小さめの力士二人の首根っこに腕を回してふりまわしているのがみえた。永倉氏と野口氏の声は聞こえるが少し離れているらしく姿はみえない。体勢を建て直し前を向くと斎藤氏が一人を袈裟がけに斬ったのをみてとったところで私の周囲の様子が妙なことに気づいた。

私を取り巻いている四人ばかりの相撲取りが寄ってこない。どう襲おうか様子をうかがっている様に見受けられる。面妖な、といぶかしんでいると私の背後の力士がギャッと言って蹲った。振り向くと平山氏が血濡れた刀をおろしたかっこうでその力士の後ろに立っていて、私に向けて喝を入れた。


「ぼやぼやすんな! こいつに頭かちわられてえのか! とっとと片付けろ! 沖田の!」

そこへ平山氏の右脇から力士の一人の平手が飛んできた。平山氏は右側の目が見えない。眼帯をつけているので襲ってくる者は当然彼の右側の隙を狙う。私は、咄嗟に

「平山さん!」

と叫んだ。


が、平山氏はその攻撃をさっとかわし、相手の手を斬りつけ、怒鳴る。

「俺のことより貴様の身を案じろ!」

私ははい、と叫んで頷いた。平山氏のその言葉と攻撃でまた力士達に火がついた様だ。身をかがめ、体ごと攻めてきた力士をかわいして二の腕を斬りつけた。


力士の数は多い。

一人交わしても矢継ぎ早に襲ってくる。

そうこうしている内に平山氏がややななめとはいえ、左側からの張り手に突き飛ばされてよろけた所に、別の力士からの攻撃で胸を棍棒で強打されて、吹っ飛んでいった。左は見えるはずなのにどうして、と私は青くなり声をあげた。


「平山さ……!」

私が彼の名を呼び終わるか終わらぬかのうちに大分離れたところで戦闘していたはずの芹沢氏が鬼神の如き素早さで攻めこんで来た。そして平山氏を吹き飛ばした力士のその背中に突きでどっぷりと刀をお見舞いする。そこへ野口氏が走り込んできて平山氏の手をぱっと取ると、素早く身を起こさせた。二人は直ぐに体勢を整える。


「のろまどもォ!! はよう来い!」

叫ぶと芹沢氏は笑顔のまま身を屈め次の標的を見定める。野口氏も平山氏も芹沢氏が見定めた方へ共に目を向け構えをとった。私はこの時の彼等の行動をみて改めて芯から痛感した。


――これが場馴れている、ということなのだと。


……戦闘に馴れている。圧倒的だ。恐らく一対一でも乱戦にもである。数をこなしている人たちだからこそこれだけ緩急自在に動けるのだ。


「行かぬならこちらからいくぞ! 沖田、構えろ!」

芹沢氏の挑発の声に私は晴眼の構えをとった。


その時である。

「待っとくんなはれ!」

と言う張りのある声が辺りに響いた。


声の主は年配の体格の良い初老の男性である。私には彼が誰なのか、すぐに判別がついた。力士達の部屋の主、小野川秀五郎親方その人である。


「ホンマになんとまあ……なんでこないなことになってしもうたんやろ」

彼は沈痛な面持ちで深い溜め息をついた。

「お前ら、なんでこちらの方々ァ襲ったんや!? 理由を言うてみぃ!」

力士の一人は親方の剣幕におどおどしながら答えた。

「ふ……不貞浪士どもの取り締まりで……」

「阿保か! ホンマに! お前らどこに目ェくっつけとンのや!節穴にもほどがあるわ! こぉのお人等はな、逆に不貞浪士の連中取り締まりに来たァお人らや!」


そこにいた力士達全員がポカァンと惚けた顔をする。八角棒を持つ手が緩んだらしく、ガランガランと地面に落とす者も中にはいた。小野川秀五郎親方は形振り構わず我々に向かって土下座のかっこうになり

深々と頭を下げると地面に額を擦り付け、

「こやつらの浅はかさでお武家様方にはホンマに迷惑おかけしてしもうて……。こやつらの不始末は親代わりであるあっしの責任。覚悟はできておりますゆえ、お詫びはこの小野川秀五郎のそっ首で何卒ご勘弁……」

と苦し気に言う。


小野川親方の姿があの本庄での近藤先生の姿を思い出させて、私は自分が頭を下げられる側なのがとんでもなく居心地悪かった。

頭を下げられる側の頭領である芹沢氏はどうしているのかと様子をうかがうと、無表情のまま親方の背中を見つめている。そこからはなんの感情も読み取れない。さて、周囲の力士も親方の土下座で事の重大さがじわじわと伝わったようである。その場にいた相撲取り全員が一斉に土下座をした。


……なんとも異様な光景だ。


町の人達もそっと物陰から事の成り行きをみつめている。さわさわと声がしていた。

と、そこで芹沢氏が動いた。五歩ほど先の親方へ向かって歩を進める。


――斬るのか?!


もしそうなら止めよう。もう殿内氏の時の様な事は御免だ。すべては勘違いから起きた、手違いなのだ。

そこでもし私が斬られてももう文句はない。そう考えて私は刀を握り直す。

だが私の予想とはまるで違った言葉が芹沢氏の口からはこぼれおちた。


「頭を上げてくれ、親方さん」

親方は酷く驚いた様子でパッと顔を上げた。

「ワシ等はなにも無闇に殺生しに来たわけではない。わけも解らず怪我させられたこっちの身内二人の分には余るほど、お宅の所の門人を斬ってしもうた。それでもう充分よ。用事は済んだわ。それに聴けば不貞浪士を取り締まろうとして生まれた誤解からおきた事。お互い目指す所が同じであればこれ以上の殺生を出すのは得策には思えんわい」

そこにいた全員が芹沢氏の冷静な判断にながら内心驚き胸をなでおろした。


その時私のすぐ近くにいた平山氏が他には聴こえない声で私に向かって呟いた。


「オメェさんたちが、あの人のことどう思ってるか大体のとこは想像つくがよ……これで解っては貰えたろ?芹沢さんはな、深酒さえしなきゃあ、本来どこの誰にもひけとらねえ指導者たる力をもってンだってことを……」


そうなのだろうと思った。しかしそうなると私の胸に一つの疑問が浮かび上がる。こうして冷静な判断のつく人物ならあの四条大橋の一件……殿内氏の殺害計画の実行はなんだったのだろう。実行が近藤先生であったというだけで芹沢氏は知っていたはずなのである。あの時からずっとここに至るまで酒におぼれていたから判断力がまともでなかったのか?それとも近藤先生もいった様に殿内氏の力はそこまで甚大な影響力を及ぼすものだったのか?


私が放心したようにその事に思いをめぐらせていると、私の肩をぽんとたたくものがある。

永倉氏であった。

「嗚呼、よかった。終わったな。 それにしてもそうじ、おめえさんなかなかやるなあ」

私は

「え?」

と首をかしげた。


「ああいう斬りあいがはじめてにしちゃ上出来だよ。オマエさんと対峙してた連中、皆戦慄してたろうが」

そういって永倉氏が笑いながら私の斃した力士を親指で指し示す。力士は心の臓の辺りから出血して大の字の仰向けになっている。その見開いた目からは既に命の火は消えていた。


改めて思い返すと一突きである。しっかりした肉の下の心の臓を突き止めていたのだ。


そうして私はその時に気がついた。

あの戦闘の際、私を取り巻いた相撲取り達が、何故襲ってこなかったのか。


そう。


私は、彼等にとても危険な相手だ、と判断されていたのだ、と。



+++



 京屋に帰還してすぐ近藤先生に声をかけられた。

「そうじよ、大変だったな」


沈んだ声ではい、と応え、

「小野川部屋の親方さんが仲裁に来たのは先生が動いてくだすったのですか」

とたずねる。

そうだ、と近藤先生は頷いた。

「山崎君の報告を受けてな。あの場には俺もいったよ。ただ芹沢の様子を見るために俺は出て行かなかったがね。いざとなれば芹沢と斬りあいになる可能性も考えていた」


まぁそうだろう。

本庄での事件が遺恨になっているのだからこの場合出て行かないほうが懸命だ。

「ともかくこの一件は大阪奉行所に顛末書を提出した。我々にも小野川部屋にもおとがめはないそうだ。ただ意趣返しをされるとまずいのでここに警護をつけてくれるそうだ。宿泊先に迷惑もそうそうかけられんしな」

「そうですか、それならよかった」

無益な殺生も必要以上のお咎めも案じていた為ぽろりと言葉が漏れた。


「そうじは相変わらず慈悲深ぇなァ」

「……そうでしょうか」

思わずムッとして近藤先生を見る。

「お前は試衛館にいた頃からそうだよ。天道虫いっぴきだってふみつぶさねえで外に逃がしてたものなぁ。だから解るよ、お前の“よかった”は俺達のお咎めがないことの“よかった”だけじゃあない、小野川部屋の連中の身も案じてるもんだってな。俺たちゃこう見えても一応武士た。難癖つけてきた力士を斬っても文句は言われねェ連中に対してもそう思う事はなかなかできることじゃあねえよ」

「そんなもんでしょうか……」


相撲取りを突いたときの感触がまだ残っている気がする。私は複雑な心持で自分の手のひらをみつめた。

少しぼぅっとしてしまったところで

「だがな」

と強い声をかけられて我に返る。

近藤先生が私の目の前にずっと寄って座って沈んだ声で言った。


「この先お前のその優しさは裏目にでるやもしれん。お前の顔は人を斬る事にまだ躊躇がある顔だ。そんな事じゃこの先、生き残れんぞ」


私はハッとして顔をあげる。

近藤先生は私の目を覗き込んで続けた。


「そうじよぉ、俺はお前が心配なんだよう。弟みたいに面倒見てきたお前がむざむざやられるこたぁないと俺も先刻承知だが、こないだの一件みたいに冷徹にならにゃあならん事もこの先大いに出てくるだろうからな」


私は四条大橋の一件以来こっちずぅっとひっかっている確信を突かれて、胸のあたりがぎゅうと締め付けられる様なイヤァな気持ちになった。

返す言葉を見失ってくちごもっていると、そこへ

「近藤先生いるかえ」

と、襖の向こう側から山南氏、永倉氏の声が響いた。

「おう、ここだあ」

近藤先生の応じに襖が開いた。

「こちらでしたかい。いやね、今回の一件でちょいと話したい事があるんでげすが」

永倉氏が肩をすくめる。

「かまわんよ、なんだね」

「いえね近藤さん、今後の大阪の力士達との関係ですよ。この先大阪での出張の事などを考えるととてもではないがうまくやっていける空気ではないでしょう」

山南氏が重くいった。

「いくらこちらに非がないにせよ、仲間を斬られて大人しく引き下がる者ばかりとは限らないですからね

同じ立場になって考えたら我々とて報復をと考えるでしょうから、彼等の心中も察するに余りありますよ」

「確かになァ。今度のことで、大阪方面で紹介に預かった資金を提供してくれそうな御店にもいい影響があるとはとても思えんしなァ」

近藤先生はあのいかつい額ににぐっと深くしわを寄せる。


「そこでですね、あっしがちぃとばかし考えたンで話をきいてくれやすか?」

永倉氏はカラッと笑いながら言った。

「おお、是非聞こうじゃないか」

「そもそもね、今回のこたぁちょっとした双方の気持ちの行き違いだ。はやりすぎたんでさァ。でも最終的に目的意識が同じくしているのであれば、互いに協力しあうべきだっておもうんですよ。そんでね、浪士組の提供で小野川部屋に京まで興行してもらっちゃあどうかと思うんです」

「興行……ですか?」

私が口をはさむ。「そう。京まで出てきてもらってな、相撲とって貰うのさ」

「ふむ、それをやるとどうなる?」

近藤先生が顎をさわりながら聞いた。


永倉氏はへへっと笑いながら続ける。

「京の人々にも相撲取りにも友好的ですよって広めぇうつわけですよ。そうすりゃあ我々がアブネエ輩だっていう思い込みは多少払拭されるじゃあないですか。 大体ね、浪士組の京の町での評判知ってます? 身なりもよかあねえ壬生浪士、ミブロやのうてミボロや、って大分ボロクソいわれとるでしょ?」

それを聞いて山南氏が目を大きく見開いて

「しらなかった。そんなヒドイいわれ様なのか」

とかぶりをふった。

「いや、でも冗談ヌキでこのままではお世話になってる八木、前川両家の方々に迷惑がかかるばかりだものなァ」

近藤先生が溜息混じりにおでこをなでる。ナニか悩み事があると顔を触る癖があった。

「でもこの永倉くんの案は近隣の住民の悪い印象を払拭できて相撲取りとの関係を修正できる好機ですよ! 近藤さん!!」

山南氏が身を乗り出して永倉氏と目をあわせ頷く。

「一石二鳥でござんしょ? どうでしょうね先生ェ」

近藤先生も有無と頷いて

「帰ったら早速皆を集めて会議といこう」

とにこりと笑う。


+++


 この後先生たちは部屋を後にして出て行った。と、反対側の襖が開く。そこには山崎氏がいた。

「山崎さん。そこにずっとおられたのですか? 気配がなかったから気がつきませんでしたよ」

私はちょっと微笑んで首を傾け彼を見た。彼も応えるようににっと笑う。

「それが俺の十八番だからな。それより沖田の、俺ァ一足先にトシさんに今回の件を報告に行こうと思う。芹沢の問題も含めな」

「……え……今回の事以外にナニかあったのですか」

「嗚呼、おめえさんにもいっとかにゃならんと思ってな。ここに来た。恐らく壬生に帰ぇったらひと悶着あるかもしれねえぞ」

「どういう事です」

山崎氏が私の傍へ じり、とよって耳元でささやいた。

「近藤先生にも少し前に報告はしたんだがな、芹沢は大阪で会津藩預浪士組の名を乱用して大分強請りをやっているんだ。平野屋、加嶋屋、今回の京屋で三件目になる」

「な……」

「平野屋は資金繰りって名目で百両脅し取られてる。このままこれが続くようならおめえも覚悟しといてくれねえとな」

それはと聞きかけたが声が出なかった。

「会津藩が黙っちゃいねえって事だよ」

山崎氏の言葉に私の胃の奥がすっと冷たくなる。


芹沢氏はもう出かけていた。深酒をして仲間を従えまた出て行ったのだ。


私の頭の中に平山氏の言葉が響いた。


――芹沢さんはな、深酒さえしなきゃあ、本来どこの誰にもひけとらねえ指導者たる力をもってンだ……――


私の手のひらにじわりと人を突いた感触が蘇り、それと一緒に暗い予感が私にずしりと覆いかぶさって来た。



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