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時の過ぎ行くまま  作者: 犬神まみや
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煙波縹渺 002

煙波縹渺 002

 そこで山南さんが入ってきた。

「良かった、目を覚ましたんだね。吐き気や目眩はありますか?」

私は首を降る。

「ありません。むしろ二の腕のほうが痛みます」

「そうか、咄嗟に腕で頭を庇っていたんだね。頭痛なんかがないならまだ良い……安心したよ」

「お恥ずかしいです」

と私が項垂れるのをみて山南氏は首を横に振る。


「沖田君、あの力士たちの突飛な行動、我々ですら驚いたくらいだ。それよりあれを良くもまぁかわしたものだと思うよ。当たり所が悪かったら今頃死んでいただろうしなぁ」

「何にせよこのままでは済みますまいね」

私が言うと山南氏は深刻そうな表情をして腕を組む。恐らく……既に何らかの動きがあったのだろう。


「いや実は」

と答えたのは島田氏だ。

「本の少し前に……ジョウさんから垂れ込みがあったんですよ」

近藤先生は井上のおじさんと一緒だから問題ないと踏んだのだろう。山崎氏は我々の事をずっと影から追ってきてくれていたのだ。


「本当ですか? ありがてぇ、そいつは大助かりだ」

「ええ、力士達は小野川秀五郎部屋の連中だそうですよ。なんでもここ最近、大阪でも勤皇方の過激派が横行していたので力士達も怪しい連中を取り締まるつもりだったとか」

「思い違いというやつだなぁ。まぁそんなところだろうとは思いましたがね……確かに見慣れない上にみたこともねえ風体の連中がいたら勘違いされても当然だ。もしやしてですが、彼らが捕まえようとしてた例の二人組の獲物を、とっちまったのが原因で怒ってるわけじゃあないですよね?」

「いやぁ、多分……まだ力士たちも我々が捕縛したくだりまではしらないんじゃあないかなあ」


私もうぅむと唸って腕を組む。


「で、連中はもう相撲部屋を出たんですか?ここからその部屋ァ近いんだろうか? いつ頃到着しそうなんです?」

「間もなくじゃないかな」

「そうですか……」

三人とも口をつぐんでしまったが、ややあって山南氏が口を開いた。

「まぁ芹沢のした事は多少やり過ぎと言えなくもないが、正当防衛に値する。もしも話し合いが付かない場合は抜刀騒ぎになっても致し方あるまいよ」


私と島田氏は頷きあった。


「そう言えば斎藤さんの具合はどうなりました?」

あぁ、と島田氏が苦笑する。

「飲んでるよ。芹沢さんと永倉さんも一緒。腹痛があれで治らなきゃお仕舞いだって言うんだからあれも呆れるを通りこして感心しますね……。永倉さんも斎藤さんも江戸で会った頃と全く変わらないんで驚くなぁ」

流石酒豪、と私も苦笑した。

山南氏は少々苦虫を噛み潰している。山南氏も酒は嫌いではない方だ。ただ度を越して飲む人間に嫌悪を感じる性質タチなのだ。以前酒で些か失敗したことがあるとぽろりと漏らしていたからそれが原因やもしれない。


+++


……案の定、騒ぎは夕刻頃に起きた。

相撲取り達が各々獲物を手にして我々のいる住吉楼へ押し掛けたのだ。明らかに話し合いをしに来た、と言う雰囲気じゃない。力士達の殺気が手に取る様に解った。私は二人が止めるのも聞かず起き出して、相撲取りたちに気付かれぬ様に、階段の陰からそっと様子を伺う。


……入り口で相撲取りの一団が声高に叫ぶ

「我等は治安を守ろうと怪しい輩を取り締まろうとしただけだ、コケにされたのでは敵わない」

そう訴えるのを店主が必死に対応していた。店主も突如の来客が持ち込んだ厄介事に巻き込まれて気の毒としか言い様がないのだからたまったものじゃなかろう。


……それと同時に私はある一つの悩みに苛まされていた。芹沢一派に殴られた不様をどう言われるかたまったものじゃないと内心生きた心地がしなかったのだ。試衛館の名前に自分が泥を塗るなんて、考えただけでも気分が重くなる。


……相撲取りたちの怒号を背中に聞きながら階段を上がりつつどうしたものかと考えあぐねていると、階段の近くの部屋からふっとなんともいえぬ気配を感じる。私が顔をあげるとそこには芹沢氏が襖をあけて柱にもたれかかりこちらをじっとみつめていた。


「芹沢先生……」

一瞬にして胃の底の方が冷たくなったが、それとは真逆に芹沢氏はにぃっと不敵な笑みをこぼし、

「来い、沖田ァ」

と……袂を翻し部屋へ戻ってしまう。

しかし……改めて痛切に感じたが、芹沢氏、凄まじい気迫の持ち主だ。階段から部屋までそこそこ離れているのに気配を感じるのだから、相当の物とは察しはついていたが、想像をはるかにこえていた。なまじっかじゃない。圧倒的で他者をまったく寄せ付けない。恐怖より彼の気迫に引っ張られて正直、高揚を感じずにはおられないほどに。


すると今度は開きっぱなしの襖から斎藤氏が顔をだし、微笑む。

「よっ、沖田君!うん、お互い大丈夫そうやな」

いつもの調子で笑いかけてきた。と、そこで話し声を聞きつけ、山南氏と島田氏が部屋から出て来る。


「あ、調度良かった。角力取り達に奇襲攻撃かけるから部屋へ来てくれと芹沢先生に言われたんで呼びに行く所だったんだ」

「奇襲攻撃?」

山南先生が怪訝そうな顔をする。

「一体何をさせるつもりだね?」

「来れば解りますよ」

カラッと言う斎藤氏に促されて我々は芹沢一派のいる部屋へ入った。


中に入ると芹沢氏と永倉氏以外は皆立ち上がっていた。

平山氏と野口氏は障子を少し開けて外の様子を伺っている。

「二~三十て所ですねぇどうしますか?芹沢先生ェ」と平山氏が言う。


平山氏の左横にいる野口氏は包帯をまかれた頭を抑えながら苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。

私が野口氏の様子を伺っているのに気付いた斎藤氏が私の耳元で小声で囁く。

「沖田君気付いたかえ?野口もあれ、角材でブン殴られてん。大分頭に来てるやろォ?沖田君ほど余裕がないらしいわ~」

そういって笑いを噛み殺している。

「もう、斎藤さん……俺だってこうみえて気が気じゃあないんですからね?」

そういう私の顔を覗き込んで斎藤氏はにいっと笑った。

と、そこで芹沢氏がゆらりと動く。酔っているのだろうがそんな素振りは一つも見せない。


「連中はそろったのか?」

「そのようでさぁ」

平山氏の答えにフンと鼻を鳴らすと脇差しを帯にさす。遊廓や、料亭のような場所では基本的に両刀とも預けるものと相場が決まっている。だがこの店では脇差のみは持ち込みが可能であった。芹沢氏は敢えてそれで斬り込むつもりらしい。


「いいんですかい?」

平山氏が一応の体で聞いた。

「どうせあの人数に体格だ。連中とはどうやっても接近戦になるさ。大体刀を振り回そうにも力士の肉の壁が邪魔して大立まわりはきかん。致命傷を負わせるつもりで行くんなら懐に飛び込んだ方がよかろう」


……さすが場数を踏んでいるだけの事はある。戦いなれというのはこう言う所で出るものらしい。芹沢氏はスッと滑る様に野口、平山両氏の間をぬけて、障子の前に立った。


「行くぞ」


またあの不敵な笑みである。

平山氏と野口氏がその声を合図にバンッと思い切り障子を開け放った。


「ついて来たい奴は付いてこい!」

そう言うが早いか芹沢氏は袴の裾を翻し窓を抜けて屋根へ躍り出ると、そのまま角力取り達の行る場所へ飛び降りて、その輪の中へ突っ込んでいった。

平山、野口の両氏も直ぐ様その後へ習う。

永倉氏は無言のまま我々を一瞥すると外へ躍り出る。

山南氏も島田氏も唐突の事に目を見開いていたが

「試衛館組が乗り遅れちゃマズイでしょ。先に行った永倉君一人じゃ荷が重かろうし。我々も参りましょうかぁ」

と斎藤氏に促された。


私はその言葉を聞きながら窓へ近寄り屋根へ出た。

「沖田君?! 行くのか?! 」

山南氏がマサカと言った表情で私に問う。


「行きますよ」

私は答えた。

「名誉挽回って所ですかね」

私は苦笑いを一つ浮かべた後、屋根から飛び降りる。

すぐ後から斎藤氏が追ってきて、山南、島田氏もたて続けに飛び降りてくる。


イキナリ頭上から人が振ってきた上に、自分達の背後に立った我々に、角力取り達は皆一様に面食らう。相手は引きずり出すつもりでいたのだろうから当然だろう。


「続けい! 沖田! 野口! やられたお礼はきっちりつけてやらんとなぁ!!」



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