納戸会議
納戸会議
……事件の後の話をしよう。
会津藩松平肥後守預かりの身となり、“壬生浪士組”の名を冠して数日。身内の死や出張など慌しく過ごして行く間に、近藤先生と土方氏たちで色々話し合ったようだった。千人同心で、上洛した上様についてきていた井上松五郎氏(井上源三郎の兄)も、大分相談に乗ってくれていたようである。
私と近藤先生の間もごくごくいつもどおりの風を装っていた。…実際のところは私の方が本の少しだけ…いつもどおりとはいかず…若干距離をとっていたのは否めない。近藤先生も気付いてはいるだろうがそこには敢えて触れずのままであった。
そんな折、近藤先生……と言うよりも正確には永倉氏の所へ、ある人物が一人尋ねてきた。
名前を“島田魁”と言う。
彼のひととなりであるが、なによりも印象残るのはその体格だった。上背もあり、腕も足も丸太の様に逞しい。なんというか山を連想させる。しかし、そんな恵まれた体躯で豪放磊落な雰囲気とは違って実に細やかな所にまで気を配れるる、几帳面で律儀な男であった。
江戸にいた頃、私とは面識がなかったのだが、なんでも彼は永倉氏と江戸で知り合っており試衛館に一度だけ訪ねて来た事があったのだと言う。(どうも自分にその時の記憶がない辺り、出稽古にでも行っていた時の来客だった様だ。)浪士組の噂を聞きつけて自分にもできることがないかと考えるやいなや、脱藩し、身支度をまとめてわざわざ江戸から出てきたと彼は語った。
近藤先生はそのことに痛く感動して、すぐ壬生浪士組に入隊の形をとり、前川邸に我々と共にご厄介になる事になった。元々江戸内にいた事、永倉氏とも仲のよかったこともあり、江戸の今の様子などを話すうち割と早く島田氏は我々に馴染んでいった。
その数日後の事。
私は前川邸の裏手にある門に程近い場所で稽古もせずぼんやりしていた。
すると見た事のない男達が前川邸の裏門に集まっている。いずれも若く、身なりがきちんとしていた。
暫く様子を伺っていると最後に山崎氏がやって来て、彼らの先頭に立つと、前川邸の門を叩く。門が開き中から出て来たのは島田氏で、黙ったまま彼らを中に招き入れた。
「沖田君、ちょうええか?」
呼んだのは斎藤氏である。
彼はどうも私の前を通り過ぎ、二~三歩先を行ってからふりむきざま呼びかけるのが常になっている。癖なのか。私はそのしぐさが江戸の頃から相変わらずなのに安心してくすりと笑った。
「なんです?」
「うん。 トシさんが」
私が笑う理由を訝しがるかの様に斎藤氏が見つめる。
その様子が可笑しくて又笑いながら
「ああ、ハイハイ」
と頷くと、これもまたいつも通り、彼の後をついていった。呼ばれた襖の前で何故か島田氏が正座をしているのが見える。
「あれれ、なんです?」
私が言うのを聞いて島田氏がにぃッと笑って小さく頭を下げた。そして島田氏の変わりに斎藤氏が答える。
「うん、島田君は、今日は見張り役」
「そりゃあ……お疲れ様でございます」
私が頭を下げると、島田氏は恐縮した様に頭を掻いて笑った。
「じゃ、島田君、ひとつヨロシク頼むよ」
斎藤氏の言葉に島田氏は生真面目にハイッと頭を下げてまた緊張した面持ちで壁を見つめている。改めて真面目な男なんだなぁと言う印象だった。
部屋に入ると煙草をふかしながら土方氏がいる。その対面に一人、対面の人の背後に三人が座していた。私の姿にその場にいた全員が視線を投げてくる。
土方氏の対面にいる先頭の男は、“山崎蒸”氏である。二月二十三日清河の演説後に斎藤氏が紹介してきたあの不思議な人物だ。しかも今日の出で立ちは武士そのものといった体である。どうやら「化ける」のもお得意らしい。彼も土方氏よろしく煙草をふかす。天井がゆらゆらと薄く白に煙っていた。
「来たか、そうじ。まぁ座れ」
土方氏が煙を吐き出しながら手招きする。
「失礼します」
一礼して、襖を背にして座ると、その左隣に斎藤氏が座った。
「よぉ……、沖田の……」
山崎氏が唇と首を一瞬前に突き出すようにして薄く微笑む。山崎氏に名前を呼ばれてなんだか益々不思議な気持ちになった。
「今晩和。お疲れ様でございます、山崎さん」
私は山崎氏の方を向き直り、笑った。
と、その時、山崎氏の背後に座する三人と目が合う。私が先刻みかけた若い衆だ。三人は微妙な顔つきでこちらへ会釈をした。私は少し微笑んで会釈を返すと、土方氏に視線を戻す
「近藤先生と原田氏はお呼びにならなくても宜しいのですか?」
「近藤さんは先刻、松平公に呼ばれて馳せ参じてったよ。原田は永倉と藤堂に同道した。“せの字”の動向を見張らせている。で、今日は先だってお前に彼等を紹介しておきたいと想うてな」
"せの字"とは芹沢氏の事である。土方氏の黒い瞳が山崎氏達の方へ流れた。
「左様で。でも俺じゃ役不足かも知れませんぜ」
私がニッと笑うと
「そんならハナッから呼ばねぇよ」
と土方氏は目をそらしながら真顔で言った。
サテ、私はここで改めて山崎氏を紹介された。
名を“山崎 蒸”本人は本名だと言ったが、本当の所かどうかは正直解りかねる。なにせ七変化もする不思議な御仁である。
彼は大阪の出、と言う触れ込みだった。
……が、
「俺は実ァ、江戸出身だ」
と彼は言う。確かに最初、新徳寺前で彼に出くわした折、上州訛りが殆どなかったので不思議に想ってそれを原田氏に伝えていた。原田氏も同じくそう想っていたそうで、二人で訝しんでいたが、話を聴いてようやく納得がいった。ナンでも山崎氏は元々は鍼灸師の息子で、型に納まるのを嫌う札付きの不良だったそうな。
「実はなそうじ」
土方氏がこちらを向く。
「江戸に居た10代の頃、俺ァ、蒸さんと会った事があるのよ。先日…新徳寺前でお前達に始めて蒸さんをあわせたが、俺は京に入る前、イチと大津の宿で渡りをつけててな……、その時来てくれたのが蒸さんで、えれぇ驚れぇたんだぜ」
「……本当ですか……?!」
驚いて山崎氏を見る。
「ああ、本当だァ」
山崎氏は笑って言った。
「ガキの頃、ちょいと喧嘩の話で意気投合した事があんのさ」
ああ、要するにやりあったか共通の仇があったのだな、と思いついたが、私は笑うのを我慢した。
「じゃあ、土方さん、あン時の“何者だ?”は演技だったてぇワケですかぃ?……いや、全く人が悪ぃなぁ」
それを聞いて土方氏は本の少しだけ得意の笑みを浮かべる。その後、山崎氏は、何故上方へ流れてきたのかを話してくれた。……なんでも父親が上方へ鍼灸の勉学をする話になり家族総出で江戸を離れ、大阪に宿を構えたのだと言う。
それをきっかけに彼自身の舞台もそこへ移った。持ち前の腕っぷしと気風のよさから、今でもヤクザ者の大半には顔が利くそうだ。そんな事もあって、我々と知り合う前等は、太鼓もちやら香具師なんぞをしながら、色々な大店や遊郭等へ出入りしているので数々の情報を掌握しており、棒術や、短刀を使用した両刀術も使うので、室内での戦術にも非常に長けていた。更に、父親が鍼灸師であった為、色々な人体の急所にも詳しい。……全く驚くべき流転人生である
その上先にも言った通り、時と場所に応じて見た目を整えてくる。初めてあったときは町人、今日は武士。それも寸分違わず完璧な身のこなしも身に付けているのは天賦の才か。兎も角そんなわけで、私は山崎氏に興味津々だった。
さて、山崎氏の隣に座する男の一人目。
……痩身で、きれいに月代を剃ったその青年は、瞬きもそこそこ、身じろぎもせず私から全く目を逸らさないでいた。
「ほな、ご挨拶させて頂きます。拙者、谷口四郎兵衛と申します。以後お見知りおきの程を」
心地よい京ことばだった。彫が深く、大層男前である。彼は京都在中の元桑名藩士で、多少名の知れた大店の跡取り息子であったのを、家庭の事情から谷口家へ養子縁組をなされて藩士となり、その後脱藩したそうだ。(彼が探索でよく使った変名“小堀誠一郎”や“小堀清十郎”は昔の名前だったようだ)
が、京都生まれの京都育ちなので地理には我々等よりずっと明るい。その上、谷口には、無理なく‘ス’、と人に馴染むと言うか、いつの間にかソコに潜り込み輪に溶け込むと言う特技があった。
事実今回初の顔合わせにも関わらず私にも、当たり障りなく接し、いつしか以前からその場にいた仲間ではないかと想う程、空気に馴染む癖があった。
が、だからと言って誰彼構わず仲良くなると言うのではない様だ。人を受け入れる様な態度を見せておきつつ、その実、印象的な黒い目で、人をじっと観察している癖があるのが私には良く解った。
もう一人の青年は背筋をのばして座っていた。山崎氏に
「よぅ、おめぇも挨拶しねぇか」
と、促されると、その青年は二~三度小さく頷き、
「手前、成瀬 杏右衛門と申します」
と名乗った。
彼もまた小堀と同じく、京都在住の桑名藩士であると言う。我々を雇うこととなった、会津藩主・松平容保様の弟にあたる、桑名藩主にして京都所司代の松平定敬様の下で働いていた。……面長である。なかなか背が高く、色白で肉付きが良い。その性質を一変通りに言うならば快活で、人懐っこい感じに見えたが、その笑顔の隙間から時折見せる目はどこか全てを疑わしげにみつめている様に感じた。恐らく周囲の行動や言動の細部をみはからっているのだろう。
「こいつは時事の情報を詳細に把握すんのが特技なんだ」
と山崎氏はそう語った。詳細まではわからないがこの男にも商家に親戚があり、我々がこの後で良く根城のヒトツとして使った町に問屋があった。生い立ちも似通っているためか同僚である谷口氏とはすぐにうちとけたらしい。山崎氏もその問屋を通して彼と出会ったのだと話した。
最後にもう一人。
四六時中ずっとニヤニヤと微笑を絶やさない体格の良い男がいた。目が大きく、眉が太く、肌の色の浅黒い人だ。
「あのぉ~、俺も~御挨拶してイイッスかねェ?」
と山崎氏に自ら問いかける。
「ああ、そうだ、コイツもな。」
山崎氏が男に目をやると男は頭を下げて言った。
「角ヶ谷糺 と申しますッ、以後お見知りおきをッ!!」
パッ、と上げた顔は満面の笑みである。私も思わずつられて微笑んだ。
「沖田の、コイツは多分あんたとそぅ歳は変わらねぇ筈だ。好きに使ってやってくんな。ただなぁ、元気は人一倍いいんだが、どうものらりくらりのお調子者でいけねぇ」
「えぇ~ッ!山崎さん、ひでぇ言い草だなぁ」
角ヶ矢は眉をゆがめながらも、またニッと満面の笑みである。
「俺別にのらくらしてるつもりはナイっすよォ」
そこで気が付いたのだが角ヶ矢氏にはあまり訛りがなかった。もしかすると江戸に近い出身なのかもしれない。
「おめぇは口数も多くていけねぇ。少し黙ってな!」
軽く山崎氏に叱咤されても、余り懲りた様子は見受けられない。ヘッと肩をすくめて返事をすると、私の方を見て片眼をつぶるとニヤッと笑った。面白い男である。同時になんだか仲良くなれそうな気がした。
「彼らは浪士組に入るのですか?」
と私が聞くと、土方氏が、
「入るには入るが現時点での答えは“まだ”だ」
と答える。
「完全に入るってよりゃあ、身動きのとり易い今の状態がいいだろうとおもうんだが、そうじよ、おまえどう思うね?」
「それは……単純に言うとどういうことです?」
組せず身動きが取り易く、の意味が深く探れないでいると斉藤氏が私の後ろから
「諜報活動人員ってトコやな」
と回答を出してきた。
ああ、この人達を自由に使え……と所司代様は仰ってるワケか。ひとりごちていると、うんうんと後ろで頷いていた斎藤氏が
「いずれも所司代様からの選りすぐりだからね…。使い勝手はええやろな。ウン…まぁーそのー…角ヶ矢に関しては……あれだな、まぁ仲良くしてやんなさいね」
「あぁっ斎藤さん、酷いッスよ。その言い方じゃぁ、なんだか丸で俺が、間抜けみたいじゃあないですか」
角ヶ矢氏が大げさに顔を歪めるのを見て、肩越しに振り向いた山崎氏が一言
「違うのか?」
と言い放つ。
その言葉に一同がドッと笑った。場の空気が一気にほぐれた瞬間だった。ともかくここでいずれの「新撰組探索方」となるおおまかな面子がそろった瞬間であった。




