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時の過ぎ行くまま  作者: 犬神まみや
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白群攻防 002

白群攻防(ビャクグンコウボウ) 002

 班が違う為、宿場が別の井上のおじさんは最初林太郎義兄さんと一端は帰ろうとしたが、例の山崎氏に興味があったのだろう。


新徳寺前で一度別れてすぐ、林太郎義兄さんだけを先に宿へ帰らせて、自分は後を追ってきた。

すると、帰還した我々を、先二人の班長である新見氏が何故か八木邸前で待ち構えている。

私たちに十分声が届く当たりで

「よぉ」

と手を挙げて声をかけてきた。


新見殿(にいみどの)?」

近藤先生が呟く。

「あんた達にウチの先生から話があるとよ。来てくれや」

彼は顎をしゃくった格好でそう言い放つと、踵をかえして八木邸へ向かった。


「…トシ」

「なんだね?」


「どう思う」

「…まずは行って見るさ。話はそれからだ。行こう、近藤さん。…来い、そうじ」

先を切って歩き出す土方氏と近藤先生の後を私は早足で追う。


「俺達もお供します」

試衛館の面々がそういった。


イチ

土方氏は歩みを止めないまま、斎藤氏を肩越しにそう呼んだ。

おう

斎藤氏が答える。


「八木さんにはもう話は通してある。“ジョウさん”と内玄関から入れて貰って部屋へ行っててくれ」


この時、“蒸さん”て誰だろうと私はフと疑問に感じた。が、すぐに山崎氏の事だと気付く。随分親しげな呼び方をすると感じたが、問いただしている暇はなかった。


心得こころえた」

斎藤氏と山崎氏は顔を見合わせて頷き合い、

「お先に…」

と会釈をしてその場を離れる。


私の手に汗がじわりと滲んで来た。

「お帰りやす」

出迎えてくれたのは八木八木源之烝氏であった。

「夜分に大変失礼仕る」

近藤先生の言葉と共に一同頭を下げる。

「いやいや…そんな頭なんぞお侍がそうそう下げたらあきまへん。ささ、上がっておくんなはれ。奥の部屋にいやはります」

「失礼」

近藤先生はもう一度そう言うと草鞋を脱いで玄関を上がった。皆も一礼するとそれに習う。源之烝氏が我々を伴い、一つ目の障子張りの襖を開けると、もうヒトツの襖が出てくる。そこから薄明かりと人の気配が漏れていた。


……“気配”、と言うよりは“威圧感”の方が正しいかもしれない。道中から因縁のある相手がいると言うだけで近藤先生も微妙な心境だったろう。


八木老人が襖の向こうへ声をかける。

「へぇ、失礼します。芹沢先生。近藤先生がお見えんならはりました」

「おぉ…近藤氏か、入れ入れ」

「失礼致す」

八木老人が一歩下がったところで、近藤先生が襖をスラリと開けた。


ふわりと酒の匂いがこちらへ流れてくる。

庭の縁側に面した障子を開けているので、部屋に充満する酒の匂いはさほどではないが、また杯を重ねていたらしい。


「よく来たな」

ニヤリと不敵な笑みをもらすと盃をカタリと音を立てる様にして膳の上に置いた。

「来ぬかと思うたわ」

「その様な事はありませぬ。……で、芹沢先生。拙者を呼び出されるとは如何なされた?」


我々は腰の物を座する脇に置く。芹沢氏を除いて、芹沢一派がそれをみて、本の少しだけ肩の力を抜いた。

「……ワシはまどろっこしいのは嫌いでな。……単刀直入に行こう。近藤氏、貴殿は今回の件、どの様に思われた?」


徳利を持ち少し振る。中身が入っていたのを確認するとさっきの盃を素早く取り、並々と注ぎ、飲み干した。

「……清河」

と一瞬間を空けて、

「先生の事で御座るかな?」

と、近藤先生は答える。


「その、清い河の先生よ。どう思う」

一同に重い沈黙が到来した。誰もが息を殺している。答えヒトツでこの場がとんでもない事態になるのではないかとそう感じた。近藤先生は嘘の下手な人だ。率直に答えるハズだ。多分にここにいる試衛館の皆と同じ意見だ。皆が固唾を飲んで先生の一言を待つ。


……ややあって、近藤先生は口火を切った。

「解せませぬな」

「何が」

芹沢氏が首をコキコキと鳴らしながら又問う。


「何故 突如意見を変えたのか、です。……それとも元よりそのつもりだったのか」

土方氏は近藤先生に江戸で調べた話をしたんだろうかという疑問で私の胸は不安でいっぱいになる。

私は土方氏を見た後、原田氏に視線だけを送った。原田氏は芹沢氏をジッと見つめていたが私の視線に気がつき、驚いたように目を見開くと、軽く口元を引き締め、

微かに頷き、

「大丈夫」

と目で語った。私と原田氏は視線を元の場所に戻した。


「どのみち」

近藤先生は言葉を続ける。

「清河殿が勤皇を掲げるのであれば我々は今後行動を共にすることはないでしょう。徹頭徹尾、初志貫徹…それが武士の生き様。我々は信念を持たぬ者についていこうとは思いません」


カツン!


芹沢氏が盃を膳に叩きつける様に硬い置く音が響き渡る。直後またあの唸る様な声で言った。

「全くだ……たわけたことだ……!」

私達は、近藤先生の事を言ったのだと思って、自然と刀に手が伸びる……が、芹沢氏は

「清河の餓鬼の話なぞ所詮は戯言。愚にも付かんわ」

と吐き捨てたのだ。……誰もが驚き目を見張る。


室内は未だ彼の声が木霊して、微かに震えている様だった。

「俺は清河のやる事が気に入らん」

芹沢氏はゆらりと立ち上がり、怒鳴った。

「あやつ、大きなことをのたまうのは結構だが、何もかも筋が通っとらんのだ。大体、幕府から金を出させて器用に欺いたつもりだろうがもうそこから気に入らん!」


そうして更に鋭い目をして言う。

「近藤氏、アンタは正しい。何がどうあれ筋が通っとるのが気に入った。俺は筋の通らぬ事は腹の立つ性質でな。どのみち我らが路頭に迷う事などハナからどうともおもっとらんだろう。喰い詰め浪人の切り捨てなど所詮奴の信奉する大義名分の餌食程度と考えとるんだろうよ。大義が聴いてあきれる。フン……清河、大体俺を出し抜こうなど百万年早いわ!目にモノをみせてくれようぞ」


土方氏をみると彼も驚きの表情を隠せない風だ。切れ長の大きな目を更に見開いている。…そこにいた皆がそうだった。


「……そこでだ、近藤氏。俺は京に少々アテがある。どうだ、折角上様を警護すると言って出てきたのだ。ヒトツ俺達とココへ残ってみる気はないか?」


私の体が一気にカッと熱くなった。

誰もが予期せぬ展開、まさにそれである。


その後の話の流れはこうだ。

まずは、清河には時期を見て別離する事を告げる。

芹沢氏のツテで今後の動向を決めるまで暫くの間は八木邸に厄介になる事、とりあえずその日に決まった事はそんな感じだった。


芹沢氏と近藤氏は盃を交わし、我々もそれに少し付き合った後、隊を放り出すとまずかろうと芹沢氏の一言で新見氏と井上のおじさんは、私の義兄の待つ更雀寺へ帰る事になった。


新見氏は

「芹沢さんと一緒に居たいなぁ」

と渋ったが芹沢氏は笑って取り合わなかった。

どうやら試衛館の面々が繰り出す精一杯の「よいしょ」も一役勝ったらしく、芹沢氏は上機嫌らしい。


近藤先生が私と土方氏の肩を叩いて新見氏を八木邸の玄関まで送りに出すのを見届けよう、と言った。


新見氏が提灯をぶらさげて、

「酒が入っても寒いな、クソッ」

と呟いて闇夜に消えて行った。それを見届けると私は言った。


「ひとまず安心しました。京へ残留が決まって良かったですね」

近藤先生は笑いながら首を縦に振る。

「ま……まだ油断はできんがなあ。だが全く、全くだよそうじ。一寸先で何が起こるか皆目見当もつかん。まさかあの芹沢があんな事を言い出すとは夢にも思わなんだ」


土方氏も薄く笑っている。

彼なぞは芹沢氏が元水戸の天狗党の一派だと知っているから尚の事そう思っていただろう。


「ただなぁ……」

近藤先生は突然眉根を漏らせ、溜息をつく。

「そう簡単に喜んでもいられんだろうな。芹沢の考えがまるでよめん。我々を自分の兵隊にしたいんじゃなかろうかなあ。……清河に対しての反撃にせよ、ここで徒党を組むにせよ、頭数が必要って奴だ。まぁ残留に関してアテが出来たのは有り難いが、今後芹沢との衝突も避けられんと言うのも事実だろうなあ」


私と土方氏はその言葉に押し黙った。

……ただ吐き出される息が白い。


フとその行方を目で追うと、目の前に小さな粉雪がふらり、と舞い降りた。土方氏もその景色をみつめていたが、近藤先生の方を向き直り、言った。

「カッちゃん。言葉が過ぎる様かも知れねぇが、障害物を恐れてたら前には進めねぇよ」

「……トシ」

「俺達の目的は将軍を警護する。そしてアンタは大名になる。俺は武士になる。……そうだろう?違うか?」

「その通りだ」

近藤先生は頷きながら僅かに胸を張る。

「なら恐れちゃならねぇ。ガキの頃からアンタ持ち前の喧嘩上手は俺が良く知ってる」

その時、藤堂氏が玄関から顔を覗かせ、

「せんせい、近藤先生ッ!芹沢さんが、先生はまだかって!」

と小声で叫んだ。私達は顔を見合わせ、苦笑した。


「堪えるさ、トシ。奴と飲むまずい酒ぐらいな」


近藤先生は一度肩をすくめ、

「先に行く」

と言って悠々と玄関へ向かって歩いていった。


私も先生の後を追おうとしたが、土方氏が立ち尽くしているのをみて、振り返った。

「……土方さん?なにしてるんです?」

「そうじ、おめぇにゃあの席辛かろうな」

私は首をヒトツ傾げると土方氏の方へ歩きだす。


彼のまん前で足を止め、彼を覗き込んだ。

彼は私が酷い偏食家で、挙句酒や宴会ごとが嫌いなのを知っている。だからそんな事を言うんだと思っていたので笑いながら言った。

「ご心配は有り難ぇけど、これ位へっちゃらですよ。だってみんないるし。土方さんだっているじゃあないですか」

「……おめぇにはこれからもっと…もっと……てぇへんな想い…、嫌な想いをさせるかも知れねぇ」

土方氏が、覗き込んだ私の顔を見下ろす。顔が近い。


私はその目が哀しい色を浮かべているのを見て取ってそこで初めて真顔になった。

土方氏はそんな私の表情の動きを見て、私の眼をみつめたまま問い掛ける。


「……覚悟してくれるか……」

重い言葉だった。


私はその空気に気圧された様に、屈んで片膝をついてみる。

大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。


闇夜でも解る私の呼吸。

彼の言った重大な一言。


やがてその白が、闇に溶けるのと、彼の言葉が体の奥底へ浸透するの同時に、私は答えた。


「貴方がそう仰るならそうしましょうよ。……私には貴方達の傍の他に帰る場所なぞないのですから」

「すまない」


土方氏は小声で言った。


「ありがとう」

「何を仰るんです。我々は同胞はらからではないですか」


私は微笑み、立ち上がると八木邸へ向かって歩き出そうとした。

その時ふいにまた土方氏が呼び止める。


「だがな、そうじ。これだけは約束する」

「何です?」


「今後芹沢一派だけじゃねぇ……俺達の行く手を何かが阻み、お前や近藤さんの生命を危うくする輩がいたら……」



土方氏は抜刀し、空を切る。

ヒョォッと冷たい風が鳴り、粉雪を舞い上げ本の一刹那闇を侵食させた。


「その時は容赦なく、……斬る。」


……その剣の冴え渡る様に土方氏の覚悟を見た私は、だ黙ってその姿をみつめていた……。

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