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時の過ぎ行くまま  作者: 犬神まみや
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鉄色の始動001

鉄色の始動001

 近藤先生は、ほどなくしてこの試衛館をたたみ上京を決意した。


どんなに小さかろうと、有名ではなかろうと、やはり道場を畳むのには相当の覚悟がいった事だろう。

さてそんな近藤先生の決意と同時に、初っ端から名乗りを上げた人と数を説明して置きたい。


近藤 勇

土方 歳三

永倉 新八

原田 左之助

山南 敬介

藤堂 平助

沖田 宗次郎


総勢七名であった。


この時、いつまでも幼名のままでは武士として立つにはどうも、と言う理由から私は近藤先生の提案で、名を“宗次郎”から“総司”と変名し、同時に試衛館塾頭を襲名した。


(ちなみにあだなで「そうじ、そうじ」と呼ばれていたので大して変えた感覚はなかったけれども)


当時道場は、少なくとも方々に結構な門下生を抱えていたのだからそれから考えてみれば上京の人数は明らかに少ない。

しかし、江戸から離れるには資金も必要だ。一旗揚げたくても、イザとなれば怯むのはごく当たり前の事である。試衛館以外居場所のない私や原田氏、野心を持つ土方氏、近藤先生の様に、それぞれにワケありなのとは話が違う。近藤先生など、道場ごと閉めて妻子も置いてまでの覚悟なのだから更に後がない。


例え私以上に腕の立つ者や、目端が利く者がいたとしても、京へ行かねばなんにもならないのだ。

無論、直前まで悩みに悩み抜いた者も数名いた様に記憶している。中には当然来てくれるだろうと想っていた人が、上京を蹴ったのにも驚かされた。


永倉氏の親友で、常に彼と行動を共にし、道場にもしょっちゅう顔を出していた、市川宇八郎氏もそんな一人だった。


「貴方程、腕の立つ方が行かないなんて」

私が驚いて言うと彼は寂しそうに首を横に振りながら答えた。

「新八にも言ったんだがね、俺は正直、戦に巻き込まれるのはゴメンなんだ。……江戸で出来る事も沢山あるしなぁ。置いていけない人もある。誰になんと言われようと江戸を離れられんのさ」

「心細いですよ。……何より貴方の親友の新八さんが一番心細いんじゃないんですか?」

「馬鹿言うなぃ」

彼は笑った。

「口に出してこそ言わねぇが、お前の腕は誰もが認めてるんだから、そのつもりで行きな。

それになぁ、新八は図太いから平気さ。奴ァ何をやったって生き残る類の人間だよ」

「そぅですかねぇ」

「まぁ、この江戸が戦火に巻き込まれたら、必ずこっちで闘うよ。約束すらぁ。おめえさん達が留守ン時ゃ、俺が江戸守ってるからよ。安心して行ってきねぇ!」

「フフ、解りました。江戸のこと、お願いしますね」

「まかせとけい!」

そう言う彼と……私はなんとも言えない気分のまま別れた。


逆に人に言われてようやく重い腰をあげた人もいる。

沖田林太郎氏……そう、井上のおじさんの甥っ子で、私の義理の兄にあたる人だ。


先にも少し話したが、彼は私の長姉ミツの夫になって、私の代わりに沖田の家督を継いだ人である。しかし、どうもケンカじみた事が好きではナイ性格が祟ってか剣術の方もそれなりに抑えてしまう。井上のおじさんの喧嘩強さや外交上手からすると、到底血縁とは思われない事がしばしばあった。そんなわけで、林太郎氏は上京の話しが出るとなると、居ても立ってもおられなくなり、理由が違いこそすれ、私や原田氏同様いつの間にかその場からスウッと幽霊みたいに気配を消して、姿をくらませてしまうのだ。


……その姿をみて原田氏がニヤニヤしながら言った事がある。

「どうやら林さん、京へは行きたくねぇようだな」

「まぁ~あの性格じゃあ……そうでしょうねぇ」

二人は顔を見合わせ苦笑した。


……が、それを許さなかった人がいる。


私の実姉、ミツだ。

彼女は普段夫を立ててはいるが、

実際にはかなり気丈な女性であった。


なんとか彼を京に行かせる為に

「沖田家の為にも、宗次郎の保護者役としても、貴方様がいかないでどうされますかっ!」

とかなんとか、言いくるめたようだった。


最終の連盟確認の時に彼が現れて、モジモジしながら


「そんなワケだから……」


と、頼り無げに言われた時は久々に姉の偉大さを知った反面、

この人本当に大丈夫なのか?と少々不安に駆られたものだ。


こうして、林太郎氏を最後に試衛館内から同道するものが八名と決定した。



ちなみに、お気づきの方もいるだろうが、上記の顔ぶれの中に浪士隊に加入する八人の中に名前がナイ人物がいる。


そう斎藤 一氏だ。


実は「浪士隊を勤王方へ方向転換させる」と言うトンデモナイ事態を清河が起こした時に備え、我々等よりも京都にあかるく多少の人脈がある斎藤氏が、土方氏の命を受けて、先に京都へ乗り込む事になったのだ。

近藤先生は、清河の事については言わずにおいて、斉藤氏と向こうで落ち合う旨だけを伝えたと土方氏から聞かされた。


「まぁ近藤さんも馬鹿じゃねえから薄々なにかあるんだろうとは気づいてるかもしれんがな。俺のする事にゃ口だしてこねえよ」

と土方氏は笑って話していた。


しかしその当の斎藤氏が、出立する最後の最後まで気にかけていたのが土方氏の事である。


それは、とある人物の存在が原因だった。

発端は、小石川の傳通院に二度足を運ぶハメになった事である。

その日は上京において道中の隊の決定、役目の振り分け、諸規定の申し渡しが行われる事になっていた。


その時に支度金も渡される筈だったのだが、しかし、いざ集まってみると当初幕府が想定していた五十名を遙かに上回っており、最終的には三百人余りの参加者が名乗りを上げてしまったのである。

この人数の多さには当の清河も少々肝を冷やしたようであった。


それもそうだろう。


江戸やその近隣に、これだけの喰い詰め浪人だ、一旗揚げようと来た連中だ、佐幕思想の人間だのがこんなにもいたのか、と思ったに違いない。いや、腹の中ではこれだけ食い扶持のない連中がいるのだから、幕府の転覆の煽動時には言いくるめられるかも知れないと思っていたかは解らない。

だが、もし計画がばれたときにその佐幕思想の連中が暴れださないとも限らないのも事実だ。

恐らく清河の息がかかったものも多くはいただろうが、佐幕派が暴徒と化した時その人数で制圧できるか考えたら不利だと計算したと考えるほうが妥当かもしれない。


が、それよりも更に肝を冷やしたのは、浪人取締役の“鵜殿甚佐衛門鳩翁(うどのじんざえもんきゅうおう)”様だろう。


最初、浪人取締役は松平上総介氏であった。彼は老中の板倉周防守に支度金を増やして欲しいと伝えた。

それを聴いた板倉様は勘定奉行の小栗上野介様に、

「金額をもう少し増やせないか?」

と尋ねた所

「最初に用意した二千五百両以外はもう一両たりとも出せない」

とキッパリ断られる。

結果を聞いた松平様は、激昂し


「それでは浪士隊取締役を辞退させて頂く!」

と言って去ってしまったのだ。


まぁ……要するに逃げたのである。


さぁ、そうなってみて慌てたのは幕府側だ。浪士隊取締役がいなくなったのでは話にならない。

そこで駆り出されたのが、目付け役の鵜殿老人だったのだ。言い換えればご老人、面倒を押し付けられてしまったワケだ。立場や職務内容を考えたら若い人の仕事の様な気もするが……なんともお気の毒としかいいようがなかった。


二月四日。薄曇りの日だった。

試衛館代表三名と言う事で、近藤先生と土方氏と私が向かう事になった。本来なら年功序列、学識的にも井上のおじさんか、山南先生、わたしの義兄である沖田林太郎氏が行くべき所だが、生憎三人は既に方々への金策と挨拶回りに出かけるのが決まっていたので仮にも師範代の肩書きを持つ、たまたま手が空いていた私が行く事になった。


その結果がコレである。


散々待たされた挙句、鵜殿老人が

「浪士取締役の松平殿は先程故あって辞任された!現在資金不足により当初決定されていた五十両ではなく、一人につき五両と致す!本日はこれにて解散!!」

と叫んで姿を消す。


当然、そこに集まっていた浪士達はどよめいた。

私も思わず「うえぇッ!?」と奇妙な声を上げた位だ。

それと調度同時に、土方氏がチッ、と舌打をする。

近藤先生は額にしわを寄せて「有り得ん」と小さく首を横に振った。

この無茶な金額を提示する事で、良くて半分以下の人数になるだろうと言う、幕府側の狙いがあるんだろうよ、と土方氏が小さく低く、深い声で唸る様に言った。


そうこうしているウチに、浪士隊を先導する役目の松岡充氏、山岡鉄舟氏が現れ、「明日もう一度役割分担をするので、集合する様に。

後、支度金を貰う浪士達に所在や人数を的確にする為、当人か、責任を持てる人間が署名しに来る事を、改めて義務付けたい」と付け加える。実際、浪士の中にはその金だけを目当てにしている者もいたし、

もっとろくでもないのには偽名を使って、金を持ち逃げしようと考える輩も少なくなかった。


これ以上無駄金を払えないと言う幕府側の考えは手に取るように明らかだった。

周囲は更にどよめいたが、私達三人は無言だった。と、そこで土方氏の視線が人群れに行っているのに気が付いた。

彼の視線の先私も視線でを追ってみる。


……そこには私達と同じ様に押し黙って……

……否、同じではない。


必死に説明をする役人達を嘲笑う様に、口元に笑みを浮かべながらじっと伺っている男たちがいた。





単純計算としてなのだが、現在の貨幣価値に換算して「1両」を「10万円」として考えるのが妥当とされておるらしい。

大体その部分の価値は時代によって変動するのだが、2010~2019年間での平均を計算してみると大体「11.1万円」の様だ。(あくまで自己の計算によるものなので異論はあると思うがそこは御容赦願いたい)


ので現在の生活の状態に当てはめてみると「1両」が現在の日本の臨時とか非正職員とかパートタイマーさんがもらえる金額と程近いと考えていいのかもしれん。


そう考えてみると、5両(=50~55万)でも破格ではある。

そりゃあ食い詰めてるマンで左幕派なら行っちゃう。行くって決めちゃう。

まぁ最初に言ってた50両(=500~550万円)ってのを聞いたら「絶対嘘ジャン!(悲鳴)」ってなるのも無理はない。めっちゃ肩透かしだもんなw

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