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時の過ぎ行くまま  作者: 犬神まみや
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翡翠先駆001

翡翠先駆001

 それは文久二年……


この年は世間的な事変や自身の変化を含め色々あった年である。

二月に十四代目の将軍徳川家茂公が、皇女の和宮姫と婚儀を交わされた。黒船来航で結ばれた日米修好通商条約で幕府が失った威信を取り戻そうと当時盛り上がり始めていた尊王攘夷の意見をとりいれて、朝廷との融合を果たすという名目の公武合体対策の一環であったので世間の意見は実に様々だった。


四月には京都伏見の寺田屋に、尊王攘夷を掲げる藩士たちが集結して佐幕派の関白と所司代を襲撃しようとした所で、公武合体派の薩摩藩島津公が過激派たちを取り押さえた事件が発生した。


落ち着かない情勢の中、七月、私は日野からの出稽古の帰りに麻疹にかかって体調を崩した。

(実はこれ土方氏にうつされたものである……)


その上、私の伏せている最中に母が亡くなってしまったので、正直踏んだり蹴ったりといった気分になったのは言うまでもない。


病気と言えば過去に流行った虎列剌コレラがまた猛威を振ってあちこちで多くの死人を出したりもした。


八月になると場所を変え、また血なまぐさい事件が起きる。

横浜の東海道沿いの生麦村で、四月に過激派を鎮圧した薩摩の島津公の大名行列の前に現れた四人の英国(イギリス)人達が馬を下りなかったとして、島津公の命令なしに藩士たちがこぞって手打ちにしてしまったのである。

内一人は絶命。三人は大怪我を負い、命からがら逃げだした。

英国人たちは観光目的であったのと日本のそういったしきたりを知らなかった為に起きてしまった悲惨な事件だった。


この事件は後々の外交問題に大きな波紋をなげかける、一つのきっかけになってしまったといっていい。


怯えた民衆は、流行病だの、過激派の影だのの不安を打ち消そうと「ええじゃないか」とお札をまき散らして踊りながら酒をかっくらって昼夜問わず往来をいきかう行列も大分あったものだ。


そんなこんなでいよいよ世の中が物騒になってきた年も終盤に差し迫ってきた頃の事である。


試衛館にも変化の兆しが訪れる事になった。


……詳しい事はココでは割愛するが、上様の御上洛が決まった事がその理由のヒトツにある。


それに伴って『浪士隊』と言うモノを結成し、上様の上洛に備えるコトに相成ったワケだ。 

そうなると当然参加者の浪人を募る事になる。

芋道場だの鴉屋敷だのと噂され試衛館にも、木枯らしに共に渦巻く木の葉やええじゃないかでまき散らされた神社仏閣の千社札と一緒にその情報がもたらされたワケだ。


ちなみにこの話を持ってきたのは北辰一刀流に在をおく、藤堂氏であった。山南氏も同時にこの情報をもたらして来たように記憶している。

情報を受けて永倉氏は生来の顔幅をきかせ奔走した。

各方々で情報を入手しこの話がほぼ確実だろうと言う裏を取り、道場への手みやげにしたものである。


「……一旗揚げてやろうじゃないか」

ハラのどこか奥底で企む輩の多いご時世のコトである。

多分に何処の道場も同じ様な塩梅だったろう。


食い詰め浪人を沢山抱え、

「しめた、これは好機だ」と感じた道場主は近藤先生1人ではなかったハズだ。

当然道場はその話題で持ちきりになり、皆、興奮を隠しきれなかった様である。


まずは「行くのか・否か」を決めあぐね、思想的夢想に声を高め、色めき立ち、半分狂乱じみた興奮状態で論議を交わすのだ。


近藤先生は多摩の調布の出だ。元々佐幕思想の強い土地柄に生まれついている故、この話には当然熱がこもる。が、佐幕派にも色々な意見の細かな食い違いがあるし北辰一刀流なぞはどちらかと言えば勤王思想が強いワケだから佐幕よりとはいえども、公武合体論派だとかなんだとかと、何処かに勤王として受けた教えに込められた思想が浮き出てくる。


色とりどりの意見が飛び交う中、私はと言うと、正直の所、今ひとつこの話に対してピンと来ないでいた。

論議が始まり、熱を帯びると

「サァお前の考えはどんなもんだ、若い者の意見を一つ聞かせてみろ」

……と質問を投げかけられる。


もうそれがそもそも面倒だったので、台所へ避難して、同じく論議を苦手がる原田氏と、ふかした芋だのを喰いながら、そんなお堅い話とは全く関係のない、くだらない四方山話をするコトがままあった。


その日もいつも通り台所へ行くと、案の定そこには原田氏がいた。暇を持て余していたのか小銭稼ぎの内職なのかは解らないが、手先の器用な彼は、遊びに使う道具の細工やら飾り職人も真っ青の飾り物を小刀や針を振り回しコチョコチョと作り上げていく。


彼は三味線もたしなんだ。

なんでも、江戸に流れて来るまでにそれこそ色々の芸を身につけた時の「おつり」なんだと彼は言っていた。三味線を弾きながら、彼は時折歌いもした。声も実に良かった。

その芸妓を、私は床に座り込み柱に躰を預け、ぼんやり眺めたり、時折は身を揺らし、踊ってみたり、一緒に歌ってみたりするのが大層好きであった。


が、……折角のそんな穏やかな気配をうち砕くように、道場の方から、マタしてもこの避難所までやかましい声が響きはじめる。


その周囲の論争の方へ原田氏が目線を流し、フッと大きな溜息を漏らしあきれ顔をしたので、私は想わず尋ねた。

「原田さん……相変わらず苦手なんですねえ?」

「えッ……何がサ?」

彼は小刀を持つ手を止めて逞しい体躯をビクッと一瞬震わせて私をみた。

「この手の詮議です。ほら、以前も苦手だっていってたでしょ」

ああ、と彼は肩をすくめると、黒い瞳をきゅぅっと細めた笑顔でポロリとこぼした。

「ん~いやぁ~まぁ~きみだから話すけども~…正直のトコロ……俺は上様がどうだの攘夷だの・佐幕派だの・勤王だの、なんてのは……どのみちココで」

彼は言葉を切ると床を拳でトントンと小突くと言葉を続ける。

「騒ぎ立てたとて、どうにもならん事だと想ってんのサ」

「ま、そらそうですわな。多少考えが変わる人はいるやも知れませんが実際に何かが大きく変わるかと言ったら行動せにゃ無理ですしねえ」

「そう、挙句俺達に出来る事なんてのは数が限られるてる。俺達は所詮大きな流れの中で動かされる“将棋の駒”に過ぎんからなァ。故、小難しい話は御免蒙りたいのさ。だから俺にとっちゃ理由なんてのはもっと単純明快でいい」

「……確かに……」

私は思わず頷いた。


普段は明るく振る舞っているが、根っこの部分は自分をしっかりもった重厚な人なのだなあと改めて感じた瞬間であった。暫くの間沈黙を保ち原田氏は小物づくりの手をとめて空を見ていた。

明るい日差しの方向から雀の声が降ってくる。


少しして沈黙を破ったのは原田氏の方だった。

「ただ……まあ、上京に関してさ……叶うのであれば俺の槍なり刀なりが何処まで通用するモンなのかを試したいってのはあるねえ。腕試しで何処までメシが食えるのかを知りてぇな~とは思うよ」

私はまばたきもせず、彼の横顔をじっとみつめたまま「なるほど」と頷いた。


彼はボンヤリとした表情で宙に視線を這わせ、

「後はそうだなあ。妙なごたくはいいんだ。俺ね、俺の“腕”を信じてくれる身近なヤツと常に信頼関係を持ちたいんだよね」

そういうと、明るい笑顔をぱっと私に向けた。

その笑顔が非常にいい顔だったのと、私も同意見だったのもあって、私はまた無言のままこっくりと頷いた。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼は楽しそうに小刀を持ち直すと、小物づくりの作業に戻る。


……そんな避難所の穏やかな雰囲気とは裏腹に、道場の方では論争が更に激化して行く。

時折耳を傾けると案の定いたちごっこだった。全く原田氏の言う通り此処で激論してもなんにもならない。私は半ば呆れ道場の方へ顔をむけたまま小さく溜息をついた。


その時、背後にゆるりとした気配を感じたので慌てて振り向く。


目線の先に立っていたのは斎藤氏だ。


なんだか奇妙な微笑みを浮かべて立たずんでいる。

そして彼と私の目と目がぶつかった。

その刹那を逃さないですかさず彼が言う。


「んー…沖田君。話があるんだケド」

「はぁ」

と私は間の抜けた返事をした。彼は踵を返して廊下へ滑り込んでいく。私はその背中を追うことにした。


「原田さん、なんかおよびかかったんで行ってきますね」

台所を出る前にもぅ一度原田氏に目線を投げると、彼は手を休めてじっとコチラをみている。

私は色々の意味を含めて小さく首を傾けると、彼は小刀を持っている方の手を上げ、ぐっと強く握り拳を作りあの気持ちの良い人なつっこい笑顔を投げかけていた。


今度は私がきょとんとする番だった。

その上げられた拳の意味が解らないまま私は彼と同じように握り拳を作り、そのままのカッコウで斎藤氏の後ろ姿を追い掛けた。





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