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クレース視点~聖女の救済・前編~

第一章 第三話(9)の頃。

クレースの過去。

前編は、活動報告のクレース視点とほぼ同じです。

中編と後編を加筆し、全三話になりました。

「……なんだと?」

「せいじょさま、が……お家とご飯くれるって。だから明日、行ってくる」


 数年前からうちの軒先……と言っても違法建築のボロ屋なんだが……に住み着いているガキ共が、いきなりそんなことを言い出した。


「別にオレらに止める権利はねえけど、お前ら大丈夫なの?殺されない?」

「っ殺されねえよ!いつもご飯くばってくれてたの、せいじょさまだっていうんだ。だから大丈夫に決まってる!」


 いつも無表情で大して笑わねえ八と違って、ケフィーは怒りっぽい。こっちは心配してやってるって言うのに……。

 と、オレが言葉をつづける前に、隣にいたパトロが言いたかったことを言ってくれた。


「ばっかだねえ。その聖女様だって、貴族だろ?オレらのことなんて人間と思ってねえんだから、何かの実験か何かに使われるだけさ。よくて暗殺部隊要員じゃねえの」


 はん、と鼻で笑うように言うパトロを、ケフィーがキッとにらみつける。斜め後ろにいる細っこいガキは、ケフィーの服の裾を握って泣きそうに下を向いている。


「に、兄ちゃんは、私のためにせいじょさまのおうちに行ってくれるんだもん……。そんな、いじわる言わないで……」


 呆れたようにガキ共を見遣るが、どうやら八は危機感を抱いたようだ。修道院に門前払いされたことでも思い出したのかもしれない。


「なんにしたって、貴族が孤児を……しかも魔法を使える見込みのねえやつらを囲い込むなんて、碌な理由じゃねえよ」


 パトロの言う事を肯定するように、更にひと押しする。


「……せいじょさまはオレらと同じぐらいの年だって言ってた。きっと、そんなことできねえと思う」

「だからバカなんだよ。ガキが一人でそんなこと言い出すわけねえだろ!後ろに悪い奴がいるに決まってらあ」

「オレもそう思う。いくら聖女でも、ガキの言うことなんて貴族が聞くわけねえ。そもそもその聖女だって、誰かにそうしろって言われてやってるだけだと思うぜ」

「そんな……」


 パトロとオレの言うことを信じたくないのだろう、ケフィーがグッと唇をかみしめる。妹の方は既に泣き始めている。


「でも、これから寒くなるのに……ここにいても、テオドラはきっと…………」


 つい先日、ケフィーの妹とそう年の変わらない九が死んだばかりだ。

 言いたいことはわかるが、同じ道を通ってきた者として貴族に攫われていくのを黙って見ているのも忍びない。


「……試してやろうか?」


 八がばっと顔を上げた。どうやら信じたかったのは、こっちもだったらしい。


「どうやって……?」

「お前らを誘拐してやるよ」

「おい、クレース!そんなことわざわざやってやるこたあねえよ」


 確かにやって損することの方が多いかもしれない。貴族には目を付けられ、オレらの存在が露見する。

 でもオレらがそんじょそこらの奴らにやられる訳はないし、兵士が来たって皆殺しにできるだろう。その後で、さっさと他の街に移ればいい。

 この街は人が増えすぎた。


「……ゆうかい……?」


 パトロを目で制し、八の疑問に答える。


「そうだ。お前らが欲しかったら金寄越せって、聖女に言ってみようぜ。誰も来なけりゃそれまでだ。聖女じゃない奴が持ってくるなら、ただお前らの命が欲しいだけかもしれねえ。聖女が持ってくるなら、聖女の優しさが少なからずお前らに向けられてるってことかもな」


 本当のことなんざわかるわけがねえ。それでも試したうえでなら、オレも諦めがつく。

 決意したように、ケフィーが目つきの悪い目でにらみつけてきた。


「……いくらだ?」

「そうだな……一人100シリーで良いんじゃねえか」


 一日5コッパもあれば、オレらはやっていける。100コッパで1シリーで、それが更に100あるんだから…………とにかくたくさんだ。オレらなら、何もしないでも何年も生きていける金額。


「!そんな大金……孤児に払ってくれるわけねえよ!無理だよ!!」

「無理かどうか試してみようぜって言ってるんだよ。もし誰も金を払いに来なくても聖女の家に行きたいなら、行けばいい。お前らは被害者なんだ、責められはしねえよ」

「……わかった。やる」

「ハチ!でももし来なかったら……!」

「八、今日はうちの中で休んでけ」


 ケフィーの言葉は遮って、さっさと八を家の中に入れる。

 こいつらは、オレが裏の仕事をするなら強くなる方法を教えるって言ったときに断った。だから家の中に入れたことはない。


「で?お前らはどうすんの?」

「……っ」

「兄ちゃん……、ためしてみよう」


 今にも死にそうな泣き顔で、妹がケフィーに言う。


 ……妹の方は、もう死を覚悟してるのかもしれねえな。


 いずれにせよ死ぬかもしれないなら、ケフィーが生き延びれそうな方がいいってことだろう。

 ケフィーはそこまでは察していないだろうが、妹の言うことに頷く。


「……わかった」

「オイ、三!聞いてんだろ。中に案内してやれ」


 中から音もたてずに三が現れ、ガキどもを寝る部屋へと連れていく。

 ガキどもがいなくなったところで、アンティが出てきた。部外者をなんで入れてんだって顔に書いてある。


「……どういうつもり?」

「知らねえよ……。クレースが貴族にケンカ売りたいらしいぜ」


 アンティは優男風の顔立ちだが、中身はそんな甘くねえ。パトロの方が見た目と中身が一致している分、分かりやすくていい。

 二人から非難するような視線を向けられ、くい、と顎で中の机と指を示す。


「別にケンカ売りてえわけじゃねえよ。お前、聖女の噂知ってるか?」

「……最近、よく聞く。広場で飯を配り始めたのは、聖女様の慈悲のお陰だって、皆言ってる」

「そうか。オレはさっき、初めてガキどもから聞いたんだけどよ。聖女がガキどもを引き取りたいらしいぜ」

「……は?何、人体実験でもやるの?それとも、使い捨ての駒、かな?」


 ほら、やっぱりアンティは腹黒い。でも善意からだとは思えない、というのはわかる。


「オレもそう思ったんだけど、ガキどもが、聖女は自分と同じぐらいの年の子どもだって言うんだよ」

「……それは、知らない。……よく、聖女様の部下の女が一人、エルガーディと一緒にいるのは見る、けど」

「じゃあガキどもに声をかけたのはそいつかな?……まあいいや。とりあえず、この街もそろそろ潮時かなーってちょうど思ってたんだ、オレは」

「確かに人は増え過ぎたけどよお」

「……飯をもらいに、他の街から、集まってきてる。邪魔」


 やっぱり動きにくさを感じてたか。

 二人とも同意を示して頷く。新しく来た奴らは暗黙の了解なんて知らねえから、この辺もうろうろする。はっきり言ってアンティの言う通りだ。でも邪魔な奴らを片っ端からヤってたら、足がつく。

 街を移動するとして、心残りはやっぱりガキどもだ。


 パトロとアンティは、オレが孤児になった頃からの付き合いだ。その頃からの仲間は、他にも数人いる。当時、戦争は長引いていて、オレの親が死ぬ二、三年前から孤児は増えてきていた。

 パトロはオレの一年前、アンティは同じ時期に孤児になった。年齢も近く男同士ということで、すぐにつるみだした。もちろん一人じゃ生きていけなかったしな。で、魔法を使えるようになる直前に孤児になったオレらは、特に魔法への強い憧れがあった。なんとか使えないかと試してみたが、一滴の水も出ねえし小指の爪ほどの火も出ねえ。

 諦めかけていた時に、パトロが体内に"何か"を見つけた。そしてそれを動かすことで、遠くまでよく見えるようになったり、些細な物音まで拾えるようになったりすることに気が付いた。それを究めていった結果、他の人間とは比べ物にならないぐらいの身体能力を手に入れた。

 子どもで、魔法が使えなくても、力仕事なら貰えることがあった。それで日銭を稼いで糊口を凌いでいた。

 そんな時に手を差し伸べてくれるのは、貴族や偉い奴らなんかじゃねえ。同じ下町に住む人間だ。廃棄前に譲ってくれたり、何か儲け話があると乗せてくれたりもした。もちろん、いい奴ばかりじゃねえけど。


 オレは目の前で、家を、金を、泣く兄貴を、取り上げられたことを忘れない。


 泣き叫ぶオレに、お前には神様のご加護がないから救えない、と言い捨て、知らない街中に一人捨て置いて、去っていった人間がいることを、忘れない。


 神の加護なんてなくたって、生きていけることを、証明しなきゃなんねえ。

 オレ自身に。

 そして、他の加護無しの連中に。


 だから、ガキどもを見捨てることができねえ。見捨てる理由が、要る。


 八やケフィーは、甘ったれたのガキどもだと心底思う。聖女の飯のせいで、死にそうになるほど飢えることがなくなったのも理由だろう。でも、いつまでもそれで生き続けられるとは限らない。気まぐれな聖女の飯なんて、いつ終わるかわかんねえんだから。

 なのに誘ってやっても、できない、の一点張りだ。

 そんなんじゃあ、いつまで経っても軒下から抜け出せないってのに、わかってねえガキどもだと思ってたさ。そんで口封じならいつでもできるからガキどもの気が変わるまで放っておこうと思っていたら、まさかこんなことになるなんてな。

 とうとう聖女がしっぽを出しやがったんだ。


「だから最後に暴れてやろうかなって。100シリーを三人分もらえれば良し、もらえなくたって、兵士どもなんてオレらの相手じゃねえだろ」

「はあ……クレースがそう言うなら付き合ってやるよ。まあどうせ、見捨てられねえだけだろうけど」

「……わかった」


 にやり、と笑うパトロに苦笑を返し、やや不服そうなアンティに頷きを返す。

 まさかあんな展開になるとは、この時は誰一人として想像していなかった。

続きます

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