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デイジー視点~わたくしのお仕事~

第一章 第三話(8)の頃。

デイジーから見たアリアナと下町。

活動報告のデイジー視点とほぼ変更なしです。

 わたくしはデイジーと申します。ラエルティオス領で働き始めて十年経ちますが、そのうち半分の期間、お嬢様のお世話をさせていただいております。光栄の極みです。


 当初、わたくしは若様を担当する予定で採用されました。しかしながら、あまり気持ちが表情に出ない性質が嫌われてしまったのでしょう……、わたくしが近づくと泣かれてしまうために担当を外されたのです。子ども好きのわたくしとしてはとても悲しいことでございますが、こればっかりはしょうがありません。

 残念ではありますが、そこで首にはしないのが旦那様の素晴らしいところでございます。わたくしは奥方様につかせていただき、淑女たるものがどういうものなのかを学ばせていただきました。これでも貴族の末席を汚すものでございますが、貧乏男爵の末子のため、碌な淑女教育を受けさせてもらえなかったのです。

 そんな折、転機が訪れました。奥方様がご懐妊されたのです。なんと喜ばしいことでしょう。もしかしたら、わたくしにもお世話させていただけるかもしれません。淡い希望を抱き、その誕生を待ち望みました。


 生まれたのは、お嬢様でした。

 わたくしを見ても泣かない、とても利発なお子様です。なんて可愛らしいのでしょう。お側で過ごすうちにどんどん敬愛の念が募っていきました。

 またこれはお洒落に気を遣うお嬢様には秘密ですが、伸び始めた柔らかい髪を二つに束ねると動くたびにぴょこぴょこ跳ねて、とても愛らしかったのですよ。今はそんな髪型していただけませんけれど……とても愛らしいのには変わりありません。


 そうそう、三歳の頃に街で孤児をお見かけしたそうです。お嬢様はその孤児を大層お気になされて……可哀想なのはわかりますが、その為に動こうとなさるなんて。なんてお優しいのでしょう、まるで聖女のようです。

 その後、お嬢様にお願いされて下町で炊き出しを始めました。

 最初は離れを譲り受けて、孤児を保護すると仰っていたのです。けれどお嬢様のお気持ちはわかっても、行動に移すことはとても容認できませんでした。申し訳ないとは思いつつも、お嬢様にはできないことの方が多いように感じたのです。理想論だけで動くことはできません。

 若様にご助言を受けてできるところから始めてくださったので、それは喜んでお手伝いさせていただきましたけれどね。


 もちろん、苦労もたくさんありました。

 例えば、お金。エルガーディのギルドに依頼を出すにもお金がかかります。雨を凌ぐために簡易な布を張るだけであってもお金がかかります。もちろん炊き出しの材料を用意するのにも、道具を用意するのにもお金がかかります。一年目は、お嬢様の被服費やお菓子代などを削って捻出いたしました。

 例えば、人間関係。これでも貴族の端くれですので、今まで平民と深く関わることはしてきませんでした。しかしエルガーディとは否が応でも関わらざるを得ません。依頼人と請負人という関係はありますが、わたくしも分からないことがたくさんあるのです。意識して出来る限り対等な立場であろうとし、貴族表現は避けました。もちろん見下すような表現なんて以ての外です。彼らがいなくては、わたくしは下町で何もできないのですから。

 例えば、土地勘。今までは奥様やお嬢様についての馬車移動が多く、最初の頃はとてもではありませんが自分の足では歩けませんでした。非番の領兵の方にお願いしてギルドまで案内してもらった後は、実費で依頼費を出して街案内の依頼をしたりもしました。


 ですが、楽しいこともたくさんあったのです。

 予算を相談するにあたり、お嬢様とお話しする機会が増えました。お洒落に興味津々の頭の良い貴族令嬢、という印象を抱いていましたが、どうやらそれだけではなかったようです。お洒落は好きだけど、そこまでお金を掛けなくてもいい、と言い出したのです。普通の貴族令嬢では考えられません。感動いたしました。

 それから、平民の方は粗野で乱暴な方が多いと思っていたのですが、わたくしの思い違いでした。これには衝撃を受けましたね。とても優しく、心根の良い方がたくさんいらっしゃったのです。もちろんお酒が入ったり、まあそれでなくとも中には粗野な方もいらっしゃいましたが、ごく一部のお話しです。それから教養がないというのも正しくはありません。正しくは、貴族と同じ教養を得る環境がないだけだったのです。今までわたくしは、何を見ていたのでしょうね。

 そして、街歩きなんかでは美味しい屋台や喫茶店、興味深い露店が出る通りなんかを知ることができました。ときどきお土産を買って帰って、使用人同士で分け合うのがささやかな楽しみとなりました。心なしか他の使用人との距離も近くなり、人間関係がうまくないわたくしには良いきっかけになったと思います。


 そして欠かしてはいけないのが、旦那様の仰っていた聖女伝説。

 実は特に意識していたわけではなかったのですが、わたくしは口癖になっていたようです。エルガーディの皆様にお嬢様のお話しをするとき、必ず一回は聖女のようだと言っている、と言われました。

 全くの無意識でしたわ……お恥ずかしい。


 炊き出しですが、最初の頃は近所の領民を中心に並んでいるようでした。特に回数制限は設けませんでしたから、二度ほど並ばれる方が多くいらっしゃいました。

 また一緒にお配りしていた温かい布袋も大変好評でした。実は内側に魔術陣を書いて縫い合わせてあるのですが、わたくし発案の魔術具なのです。お嬢様にも喜んでいただけましたし、皆様にも使っていただけて、光栄でございます。


 しかし雪が解け、花が芽吹き、一年で一番暑くなる季節になると、別の街からも貧民が集まってきました。予想はしていましたが、貧民の増加に伴う治安悪化が問題でした。

 二年目は領庫から予算をいただく予定でしたが、その予算は新設した警邏隊へとつぎ込まれてしまいました……。

 今年もお嬢様のご衣装は、あまり……いえ、芽吹きの儀の衣装の仕立てがありますので、残ったお嬢様の予算はその為にすべてを使うことになってしまうでしょう……これでは一着も新しくはできませんわ。幸いお嬢様は、お直しでも可愛くなれば問題ないじゃない、と前向きです。

 使用人一同頑張ってお直しさせていただきます。


 なんとか二度目の風の季を凌ぎ、水の季に入ったところで無料配布をやめました。

 といっても、気持ちだけ、と言って良いぐらいの金額ですけれど。

 それを用意するのも厳しければ、物々交換やお手伝いでも引き換え可能といたしました。お嬢様はいろいろなことを想定されているようです。風の季の間から並ばれている方にはきちんとお伝えし、なるべく混乱の無いように進めました。その甲斐あって大きな騒ぎもなく、有料にできました。

 これでお嬢様の予算にも、少し余裕が生まれると良いのですが……あまり期待はしないでおきましょう。


 またお嬢様が気にされていた孤児たちですが、今のところ全部で三人を把握しています。

 他の領民はなるべく関わらないようにしているのか、彼らが来ると少し遠ざけるように間が空くのです。……なんとも悲しいことです。

 きっとお金を稼ぐ手段なんてないでしょうから、わたくしはてっきり労働力と引き換えになるかと思っておりました。しかし、兄妹は毎回コッパを握って並ぶのです。どうやって稼いだのかも気になる事ですが、よくよく考えてみればあのように小さい妹を連れていては、一人でお手伝いをするわけにもいかないのかもしれません。

 見た目の年齢からすると、兄がお嬢様と同じか一つ上ぐらい、妹がお嬢様より二つ三つ下ぐらいでしょうか。

 一人でいる孤児は少女でしたが、彼女もお嬢様より幼いかもしれません。彼女は時々、お手伝いをしていくことがございます。


 このように下町で感じたことや起こった問題は、実は旦那様にも逐一詳細に報告をあげています。その都度旦那様は考え込まれていますので、近いうちに領政改革が行われるかもしれませんね。

 わたくしは、平民にも友達が増えました。良い影響が出れば良いのですけれど。


 お嬢様が芽吹きの儀を終えられて、見学にいらっしゃる日になりました。お嬢様は緊張されているようでしたが、とても神々しく、とてもご立派でいらっしゃいました。

 まさしく聖女のようでございます。領民たちも口々に噂していました。

 それから、いつもお世話になっているエルガーディのエリアスを紹介させていただきました。

 エリアスは最初の頃、街案内の依頼を受けてくださったエルガーディです。その頃からいろいろとお手伝いくださっています。報酬外ですので、とお断りしても、気にするな、と請け負ってくださるのです。このように人情味に溢れた方は、貴族ではあまりお見かけしなかったように思います。


 少しして、お嬢様は孤児を離れで引き取る決心をされました。三歳の頃から変わらぬ決意、とても常人とは思えません。もちろん褒めておりますよ。

 わたくしは、孤児へと声を掛けるお仕事をお引き受けいたしました。最初はお嬢様自らお声がけするつもりだったようですが、とんでもございません。世の中には危険がいっぱいです。


 いつも通り炊き出しをする中で、今日は先に女児がやって参りました。食事を受け渡したあと、広場の端に呼び出します。もちろん人目はあるところです。

 しゃがんで目線を合わせます。


「あなた……、親御さんはいらっしゃらないと伺いました」


 こくり、と頷きました。喋れないのでしょうか……?


「お嬢様が、孤児を保護したいと考えております。住む場所や食事、お洋服を用意しております」

「……ホゴ…………?」


 どうやら話せないわけではないようです。しかし、困りました。もっと簡単な言葉でお伝えしなくてはならないようです。


「……聖女様が、あなたにお家とご飯、服をくださるそうです」


 驚くように目が見開かれました。どうやら通じたようですね。


「……うそ」


 しかし直後、顔を歪めて言い放ちました。わたくしが反応できない間に、彼女はさっさと去っていってしまいました。

 これは、失敗してしまったのでしょうか……。

 いえ、諦めてはいけません。何度かお話しをすれば、きっと信じてくださいます。


 そう強く思っていましたが、兄妹に同じ話をしても、きつく睨まれて一言も話してもくれませんでした。


 何がいけなかったのでしょうか。


「デイジー様、どうしたの?」


 わたくしは貴族です。表情には決して出していないと思っていたのですが……エリアスには見抜かれてしまったようです。

 ですが、これは幸運かもしれません。わたくしは閃きました。エリアスからなら、平民目線のお話しが聞けることでしょう。

 わたくしは恥を忍んで、エリアスに相談いたしました。

 すると、目から鱗のような助言をいただけたのです。きっと孤児たちは、この炊き出しを誰が始めたのか知らない、と。

 言われてみればそうです。彼らはいつも遠巻きにされていました。そんな彼らに、誰が教えてくれるというのでしょう。

 次に来たときは、もっと順序立ててお話しすることにいたします。

 ……来てくれるといいのですが。


 しかし、わたくしの心配は杞憂だったようです。すぐにその機会はやってきました。


「この間は、いきなりごめんなさい」


 一応、足を止めて聞いてくれるようです。


「あなたが今持っているご飯は、聖女様がくれたものなの。あなたが前に食べたご飯も、ずっとそうよ」

「……?」


 わたくしが話していることが、何のお話しなのかわからないのでしょう。だから何?とでも言いたげです。

 わたくしは笑顔が苦手ですが、頑張って笑顔を作ります。同僚のリリーの真似です。


「聖女様は、あなたと同じぐらいの子どもよ」

「!?」

「そして、あなたにお家がないことや、お腹いっぱい食べられないことを、悲しいと思っているの」

「……くれるの?」

「そう。聖女様は、あなたにあげることができるわ。あなたは、どうしたいかしら?」

「……欲しい」

「わかったわ。聖女様と一緒に用意をするから、またご飯を配りに来た時にはもらいに来てちょうだいね。聖女様のおうちに一緒に行く日を決めましょう」

「わかった」


 長文を理解してもらえたか不安でしたが、ゆっくりお話ししたのが良かったのでしょう、きちんと通じたようでした。

 そして同様の流れで兄妹にも話したところ、同じように受け入れてもらうことができました。ちらちらと妹を気にしていたことから考えても、このままでは妹が冬を乗り越えるのは厳しいと感じていたのかもしれません。

 完璧に信じて貰えたかどうかはわかりませんが、これで一歩前進いたしました。あとはお嬢様と日程を詰め、孤児たちに連絡し、待ち合わせし直すだけです。


 この時、お嬢様の昔からの願いが確実に達成に近づいていることに、わたくしは確かに喜びを感じていました。

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