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第十話 月に叢雲、花に風

 一着スズカ。二着クビ差でセラフィエル。そして三着はノーザンクロス。

 しかし、ノーザンクロスはゴール直後に転倒。鼻腔から滝のように血を流し、走路を赤く染めた。

 ノーザンクロスはもはや歩くこともできず、事故に備えて準備していた救急馬車で搬送される。


「セドリック殿の見立てでは、肺出血だそうだ。

 おそらく、あの馬はもう助からん」


 手当をすれば一命は取り留めるかもしれないが、いままで通りには走れなくなるだろう。

 そして、走れない馬に居場所が与えられないのはこの世界でも同じなのだ。

 リゲル・アドモスの手の内を知っていたとは思えないが、レオンハルトはその言動から彼の非情さを感じていたのかもしれない。

 たしかに、あの男はレオンハルトとは相容れない。

 一方、彼の姉、ディアネイラは希望的観測では決して語らない。


「しかし、実力の劣るアベル種でサラブレッドに食い下がったのだ。

 リゲル・アドモスの実力を評価し、騎手に指名してくる馬主もいるかもしれない」

「そんな馬鹿なことがあるか!

 イレーネは我々に賛同してくれる人格者を馬主として選んだはずだ!」

「相変わらず単純だな。

 私も含めてあの十二家は慈善事業に手を貸したわけではないぞ?

 利益のある話に投資したに過ぎん」


 たしかにあの男の騎乗技術が高く評価される可能性はありうる。

 たとえハナ差であろうと、ダービー馬とダービー二着馬では、その評価には天と地ほどの差がある。

 大会で優勝すれば、持ち馬の価値は跳ね上がる。

 同じ品種だからといって同じ値段がつくわけではない。それが競走馬の世界だ。


「一度決めたルールを大会の開催中に覆せば運営者の信用に関わる。

 あの手を禁止にできるとすれば、来年からだ。

 そもそも、やつを王都に引き入れたのは、ディングランツ公爵自身だろう」


 温厚なレオンハルトが柱に拳を叩きつける。


「くそ、トーナメントに出てくれば叩き潰してやるものを!!」

「奴だって考えあってのことだ。

 お前の土俵に出てきてくれるわけがないだろ。

 あれを不公平だというのならスズカだってそうだ。

 いずれ、騎手の体重が軽すぎるという物言いが付くかもしれない」

「なら強制するのではなく、結果に責任を取らせればいい」


 ハルトが対策を提案した。

 

「馬主たちを信用するのならば、判断を委ねるのが賢明です。

 リゲル・アドモスの能力については各陣営も測りかねているはず。

 せっかくのサラブレッドを潰しかねない能力ならば、怖くて使えない。そして、現時点で連盟の馬主たちはサンディ・サイレンス卿を敵に回したくはないと思います」

「どうするのだ?」

「辺境伯様にネマワシをしてもらいます。

 今日のレースの結果を耳にして、サンディ・サイレンス卿が強い懸念を示していた。

 彼を乗せるのは良いが、次も同じ結果になったら二度と取引はしないと……

 あの男を持ち馬に乗せるリスクと勝利で得るリターンを各自で判断してもらえばいい。

 レースには勝てるかもしれませんが、それ以外の家全員の顰蹙を買うはずですから」


 陰険なやり口ではあるが、競走馬を守るためだ。

 ディアネイラも賛同の意を示す。


「なるほど、良い案だ。

 よく憶えておけ、愚弟。

 これを策というのだ。効果のない脅しに意味はないぞ」


 連盟が都合よくあの男を競馬界から排除してくれるのであればいい。

 だが、ハルトにはまだ懸念がある。


「それで、ディアネイラ様。私からも質問があるのですが」

「なんだ?」

「奴がサラブレッドであの技を使ったとしたら、勝てますか?」


 ハルトの問いにディアネイラはしばし沈黙する。


「我々の技術は、馬の能力を一瞬だけ高める類の術だ。

 勝負どころで使っても、一馬身か二馬身かの差を縮める程度だろう」


 タイムにして一秒未満。ほんの一瞬だ。

 それでも使うのと使わないのでは大違いである。


「どんな生き物でも潜在能力をすべて引き出すことはできない。

 しかし、やつに暗示をかけられている間、馬は自分の能力の限界を越えて走り続ける。

 それこそ肺が破裂するまでな……

 競走馬の騎手としてはあの能力は理想的だ。

 同じ馬に乗った場合はまず勝てん」

「姉上は、あんな男をお認めになるのですか!?」

「私なら、たとえレースに負けても絶対にあの術はつかわんさ。

 たった1レプスを走らせるために馬を潰すなど馬鹿げている。

 戦場で一頭の馬を失うということは、騎士一人の命を危険にさらすということだからな」


 ディアネイラは負けず嫌いではあるが、徹底した合理主義者でもある。

 無益な戦いは絶対に仕掛けない。


「まぁ、お前のやるべきことは、スズカをレースに勝たせることだ。

 そうすれば、あの男の評価はこれ以上は上がらない」


---


 スズカが幸先よく決勝進出を決めた日、ハルトとレオンハルトは男二人でささやかな祝勝会を開いていた。

 この国では飲酒に年齢制限はないのだが、王都の安酒はあまりハルトの口には合わない。

 とはいえ、レオンハルトが一緒だと場末の酒場でもガラの悪そうな男たちに因縁をつけられる心配をしなくてよい。


「王城と連盟に譲った8頭は値段がどんどんつり上がっているらしい。

 今すぐにオークションをすれば、この王都に屋敷が買えるほどの値段になるかもしれんそうだ」


 軍務卿あたりはゲオルグを種牡馬にして軍馬を改良していくつもりだろう。

 数年後、この国の騎兵はサラブレッドの血を引くアングロアラブのような馬になるはずだ。

 一方、繁殖牝馬は上手く種さえつけば純血種を毎年生んでくれる。

 

「それをずいぶん気前よくくれてやったもんだな」

「くれてやったのは私じゃない。サンディ・サイレンス卿だ。

 そこのところは間違えないでくれないか?」


 そんな値打ちものがセキュリティのゆるい牧場に放たれていると知れたら、一攫千金を狙う連中が領地に押し掛けてきて、治安の悪化を招きかねない。

 あのホッブスという男ですら、一応まっとうな商人であるだけまだマシな部類なのだ。


「それに値打ちが上がったのは、私の策が当ったからじゃない。

 多くの人が努力したからだよ。卿もその一人だろ?」


 どんな名馬でも野原を走ってるだけでは値段はつかない。

 馬が人の期待に答え、その活躍に人々の関心が集まるからこそ、値段が釣り上がるのだ。

 しかし、レオンハルトは言った。


「評価してくれるのは嬉しいが、いつかこの僕が買える値段じゃないと困るんだ!」


 悲痛な叫びである。

 血統書付きの馬鹿とはこの男のことだ。

 どうやら彼の人生は主君よりサラブレッドを中心に回りだしたらしい。


「前にも言ったが馬を買うのは、馬券を買うよりもはるかにリスクが高い賭けだ。

 今は無難にティータ様の指南役を続けておいたほうがいいんじゃないのか?

 買いたきゃ、お輿入れの後でもいいだろ」

「そりゃ何年先だよ」

「さぁな。4、5年ってとこじゃないか。

 その頃になったらサラブレッドの数も増えているよ。

 数が揃えばいい馬もたくさんいる。

 その中から卿が気に入ったのを選べばいいじゃないか」

「そのころにもっと値段が上がっていたらどうするんだ?」

「そうなったら競走馬を個人で所有する時代じゃなくなるさ」


 勝てる馬と勝てない馬では同じサラブレッドでも値段が天と地ほども違う。

 そして勝てる競走馬も、個人で所有するのはリスクが大きすぎる。

 スターホースは人々の期待と生活を背負って走るのが宿命だからだ。

 手にすれば何らかの義務が生ずるものを一般には負債という。


「そもそも、馬は自分の持ち主が誰かなんて考えていない。

 日頃自分の世話をする人間の顔ぐらいは憶えているのかもしれないけどね。

 お金の心配をする前に、卿は馬を買って何をやりたいのかはっきりさせておくべきだ。

 もし、姉上のように手に入れたサラブレッドに乗ってレースに優勝したいというのなら諦めろ。

 レースで出るのはクリスティンみたいな体格の小さなやつの仕事になる」


 競馬は馬術競技と違って、馬が競い合う。

 主役は馬で、騎手はあくまで馬のパートナーだ。

 図体のでかい乗り手はお荷物にしかならない。


「いずれ結果を出した騎手は指名されて何頭もの名馬に乗るようになるんだろうね。

 体格の大きさだけは努力ではどうにもならないから。

 けど、馬に詳しい人材もきっと引っ張りだこになる。

 卿にはいい馬を見極め、鍛え上げる才能はあると思うよ」


 レオンハルトはおそらく、納得のいく料理を作るために畑から作るタイプの行動派だ。

 そうやって出来上がるものは得てしてプロの味ではなく、素人の自己満足。単なるこだわり料理でしかない。

 そのうち繁殖もやりたいと言い出すかもしれない。ハルトは友人に釘を指しておく必要性を感じた。


「騎手、馬主、生産者、調教師、厩務員、獣医。

 それぞれの役割が専門化していく。

 金も知識も技術も持ってるやつが出せばいい。

 真のナンバーワンを育てるということはそういうことだからね。

 無駄な努力をするぐらいなら、今から自分のやりたいことのノウハウや技術を蓄積しておくべきだ」

「なるほど」

「ただし、レースで結果を出すっていうのは本当に難しいからな」


 着順、タイム、勝利数、獲得賞金。

 レースの結果は残酷なまでに数字に現れてしまう。

 結果が出なければ無能呼ばわりされるのは馬だけではない。

 世界中のホースマンが研究を重ねても、名馬は奇跡とも言える幸運の産物であり、競馬はいくら金と情熱をつぎ込んでも水物だ。

 出会いはおそらく運命でしかない。

 万一そんな幸運に巡り会えたら、どこぞの大魔神が百万ドルの笑顔を浮かべ、演歌界の大御所が感極まって歌を一曲創ってしまうくらい感動するのだろう。

 ゆえに競馬は、あくまで金持ちの道楽でなくてはならない。

 貧乏人が入れ込んでもよいことはなにもない。

 

「まぁ、この件は、イレーネとよく話し合ったほうが良い」


 そもそも公爵家の指南役なんて、腕一本でのし上がろうという次男坊や三男坊にとっては、望外の地位のはずだ。

 まだ煮え切らない態度のレオンハルトを連れて、王都屋敷に赴くことにした。


「以前来たときより王都に活気がある気がするな」

「実際景気はいいさ。

 あんなでかいハコモノを造ってるんだ」


 この世界のゼネコンは、土砂や石材を遠くから運んでくる必要がない。

 地下を掘ったり、地面を均して出た残土から、必要な成分を抽出して魔術で石材を錬成するのだ。まるでマインクラフトのように……

 あの荘厳な王城や、上級貴族たちの屋敷もそうやって造られていったのである。


「魔術士も労働者も手が足りず、地方から続々と人が集まっている。

 彼らが飲み食いするための食料もな」

「……となると、一度集めてしまった人たちには、仕事が必要だ。

 国は永久に何かを作り続けなければならない」

「私は財政は大丈夫なのかと心配になる」

「その心配はないよ。権威の裏付けさえあれば、お金なんて紙切れでいいんだ」


 おそらく、リュヴァイツ辺境伯ベルナールはその仕組を理解しているから予算をつけたのだろう。

 そして、このまま人手が増えれば、食料が高騰する。

 食料が高騰すれば、広大な穀倉地帯を領地に抱えるリュヴァイツ辺境伯の政治的発言力が強まる。

 ハルトも終始、あのタヌキ親父の手のひらの上で踊っているに過ぎない。


「それは極論だろ。

 そんなことができたら錬金術じゃないか」

「極論ではなく真理さ。卿はお金の本質を理解していない。

 お金は物質ではないから、錬金術という発想自体がそもそも間違っている」

「…………ではなんなんだ?」

「一言で言えば、お金とは『支配者の約束』だ。だからいくらでも作り出すことができる」


 レオンハルトが知らないのも無理はない。

 そのような議論は哲学者の仕事であり、彼らの研究の殆どが一般人には縁の遠いものだからだ。

 地球世界だって金本位制から脱却したのはつい最近なのだ。


「貨幣とは支配者が国の繁栄を約束して、民の労働力と交換するために発行した借用証だ。

 仕事のない奴は黙って俺についてこい。そのうち何とかなるだろうってね。

 逆境の中でも、そんな大法螺を吹けた奴が王様になったんだよ。

 国家の繁栄を信じる民衆は、王の徳を慕い、道徳や法律を守って真面目に働き、お金という借用証を手に入れる。

 結果、民に十分な衣食住と娯楽が供給され、人はそれを豊かな国と呼ぶようになる。

 首尾よく国を豊かにできたら、支配者は借用証を回収する。それが税金だ。

 しかし、国家を運営する限り社会問題は永久になくならないから、王はそれを解決するために新たな借用証を発行し続けなければならない。

 生き物の心臓が体中に血を送りづつけるようにね」


 それができなくなったとき国家は滅ぶ。

 衣食住に必要なモノや技術を国内で賄っているこの国は、金貨など保有していなくても全く問題ないのである。

 

「金貨や銀貨が作られたのは、支配者の借用証が偽造・濫造されるようになったからだ。

 貨幣を貴金属で作る羽目になったから、金銀の価値が高騰した。

 しかし、現代であれば、複製が極めて困難な紙のお金を作ることは可能だろう。

 持ち運びが楽になる」

「……理屈はなんとなくわかるが。

 紙切れというのは、流石に抵抗があるぞ?」

「商人たちが使う紙切れは、そこに書かれた数字の金貨や銀貨と同じ値段だ。

 品物や労働力と交換の手段であること。価値の尺度であること。そして、価値の蓄積ができること。

 基本的にお金というものは、この3つの機能を満たしていればいいんだよ。

 スズカの単勝馬券もそうだろ? 信用や期待があるから紙切れが価値を持つ。

 馬に発行できて王に発行できんわけがない」

「なるほど……

 ま、難しい話はよくわからんが。

 君とスズカのおかげで、公爵家の財政もなんとかなりそうだ。

 もしや君はそこまで考えて、ティータ様にスズカをあげたのか?」

「んなわけないだろ。すべて成り行きだ。

 公爵家の台所事情なんぞ、私の知ったことじゃない」


 愛馬を褒められたぐらいでここまで肩入れすることになるとはハルトも思っていなかった。かぐやからは「尼子経久か」とツッコまれる始末である。

 ただ、ハルトは譲ったからには、それを借金のカタに誰かにとられることだけは阻止したかったのだ。

 人間が家畜にしてやれることなんてほとんどないが、せめて貴族のお姫様と穏やかな余生を過ごしてほしいというのがささやかな願いだったのである。


「いずれ数が増えたら、他国の諸侯もサラブレッドを金貨で買い求めるようになるんだろうなぁ」

「無茶な夢ばっかり見るんじゃない。

 ホースマンなんて馬を苛めるのが仕事なんだからな」


 上級貴族の居住区に入るころには夜の帳が下りてきた。

 各屋敷の窓に照明が灯りだす。

 しかし、ディングランツ家の屋敷には明かりが灯っていない。

 何事かと思い、中に入ると、調度品が全て取り外された殺風景なエントランスに出迎えられる。


「これはどうしたことだ」


 二人が薄暗い屋敷の中を探索すると、差押を意味するシールがはられたソファーの上にイレーネが寝そべっていた。


「イレーネ! イレーネ! 起きてください!」

「そんなゆすらないでください。起きてますから」

「何事です? これは……」

「………お館様がとうとう家屋敷を処分すると決断なされたのです」


 ……意味がわからない。

 なぜ今なんだ?

 たとえいくらか借金があったとしても、これから多くの客人を招くのにこの屋敷は絶対に必要のはずだ。

 問い詰めると、イレーネは力なく首を横に振った。


「今度の冒険にまとまった金が必要だと……」

「まとまった金なんて、あと一年あれば手に入るだろう?

 何故それが待てないんだ?」

「今すぐに必要なようです。

 お諌めしたのですが、止められませんでした。

 この屋敷も、家財もすべてお館様の所有物です。

 無論、スズカも……」


 二人は愕然とした。

 タチが悪い。

 無能な働き者に実権を与えればこうまでなるのか。

 百年後は、寓話になっているかもしれない。


「こんなやり方ってありなんですか? 貸金業者だって信用商売でしょう!?」

「普通はしません。

 ですが、当家にはスズカがいます。

 あれが手に入れば、多少評判が悪くなってもお釣りがくるということなのでしょう」


 セラフィエルを下し、最速で決勝進出を決めた最強馬。

 おそらくは王都大賞典の一番人気になるだろう。

 それを形振り構わず差し押さえに来たか。


「連盟の認可がないとサラブレッドは買えない。そういうルールを作ったはずだ」

「それは違いまんな」


 風通しの良くなった屋敷におどけた男の声が響く。


「連盟の規約にあるのは、馬主資格のない者は連盟が主催する賞金レースに馬を出場させることはできない、や」


 現れたのはまるまると肥え太った商人。ジョン・ホッブズだった。

 それに対し、もはやイレーネには嫌悪を顕にするだけの気力もないらしい。


「国外に持ち出せば、もっと高い値段を付けてくれる客は仰山おまっせ?

 自慢になるだけやのうて、金にもなる馬や。

 多少汚いことをしても手に入れたいと思うのは人情でっしゃろ?」

「だったら、あと数年待つことだ。

 そしたら第二世代も育つだろう。

 連盟と交渉して譲ってもらえばいい。何故、今なんだ?」

「ますます聞き捨てなへんな。

 今手に入れておけば、金の卵をたくさん生んでくれるちゅうことやろ?

 それを指くわえて見過ごす阿呆は商人とは呼べまへんで」


 なんとも商魂たくましいことだ。

 金貨を五枚手に入れても、最大で十枚手に入れられたなら、五枚の損と考える。

 それが商人とでも言うつもりか。

 レオンハルトはホッブズに掴みかかる。


「だからスズカを渡せというのか?

 お前のようなド素人に……」

「馬の世話はその道の専門家に任せるにきまってまっしゃろ。

 わての手は取引相手と握手するためのもんや。

 家畜の糞尿の扱うために使うためにはいきまへんな」

「やめろ! レオンハルト」


 ハルトはレオンハルトの手を振りほどいた。

 そして頭をフル回転させ脅し文句をひねり出す。


「よく考えることだな。ホッブスさん。

 いまこの国の貴族たちは、サラブレッドの生産・育成ノウハウを独占し、自分たちの利権にしようとしている。

 あんたが懇意にしてるディアネイラ様もな……」

「知っとりま」

「だったら、彼らの商売に手を付けるのはマズイんじゃないのか?

 諸侯格ともなれば、当主が何も言わなくても独断と忖度で荒っぽいことをしてくれる臣下もいるだろう。

 そして、買い手も阿呆じゃない。

 この国の支配者たちを敵に回して売り込みに行っても、足元を見られて買い叩かれるのがオチだぞ?」


 だがホッブズはあざ笑う。

 一端の商人であれば、その程度の事は考えている、と。


「わては借金のカタにあの馬を取り上げるようなことはしまへんえ?

 わてが欲しいんはスズカやない。その仔や。

 こんだけ投資させてもらっとんのや、種付けの優先権ぐらい頂いてもええやろ?」

「なるほどな……」


 落とし所ではあるだろう。


「そのためには、大賞典にはなんとしても勝ってもらいたいんだすわ。

 二着では値打ちが下がりまっからなぁ……」


 ホッブズが提示するスズカを絶対に勝たせる方策とは、ハルトたちにとってはとても受け入れがたい提案だった。


---


「しかし、面倒なことになったのう」


 リュヴァイツ辺境伯ベルナールは、王都内に屋敷を二つ持っている。

 上屋敷と下屋敷だ。

 領主個人の贅沢でそうしているのではない。

 ハルトが今いる場所は、王城に近い場所にある上屋敷。主に当主が政務を行う場所で、大使館のようなものだと思えばいいだろう。城館というほどではなく、せいぜい豪邸の規模である。もう一つは、王都郊外にある下屋敷である。大勢の貴族を招いて茶会などが催される場所で、規模が大きい。その役割は日本でいうところの文化・産業の展示施設に近い。

 家臣たちの住居は、館の裏手に作られた長屋である。それでも、共同浴場や遊技場など、狭い空間で共同生活をする者たちに配慮がうかがえる。

 書斎の椅子にどっかりと腰を下ろすリュヴァイツ辺境伯ベルナールは、見かけや言動に似合わず、非常に緻密で繊細な人物だ。

 王城の意向を絶妙に忖度し、各方面のメンツを潰さぬように根回しを怠らず、配下への気配りも忘れない。

 まさに危機管理のプロであり、卓越したステーツマンである。


「粗茶でございます」


 紅い雫から芳醇な香りが立ち込める。

 おそらく保存技術が低いからだろうが、この世界では美味しい紅茶にはなかなか出会えない。

 かといって貴婦人の作法を心得た公爵令嬢に質の悪い紅茶を振る舞う気にもなれなかったセドリックは、日本から取り寄せた英国王室御用達の某有名ブランドを淹れることにしたらしい。


「お口に合いませんか?」

「いえ、とても美味しいです」


 セドリックは辺境伯のデスクにも同じ紅茶を運ぶ。

 同じ貴族でも熱い紅茶を豪快に喉に注ぐ仕草は、ドワーフにしか見えない。


「事情はお聞きいたしました。

 こんなことになってしまって本当に残念ですな」


 残念で済まされて良い話ではない。

 ハルトが破格の値段でスズカを譲渡したのは、公爵家にいくつもの条件を飲ませたからだ。

 それを守らないのであれば、王城に訴えてでも取り戻すつもりでいる。

 しかし、それは最後の手段だろう。

 オーナーが代わってしまったら、スズカは王都大賞典にでられなくなる。


「王族の屋敷を差し押さえなんて、王城は何も言ってこないのですか?」

「前例のないことだからのぅ……

 有能な役人ほど頭が固い。

 陛下ご自身が決断を下されない限り、王城は介入してはくださらんさ」


 たしかに、やむを得ないのかも知れない。

 有能な人間に、狂人の行動は到底理解できない。

 ハルトですら理解不能だったのだ。

 幸いスズカの身柄はセドリックが抑えて、隣の馬小屋につないである。


「サラブレッドはもう隣国では噂になっておるらしい。

 軍事的な脅威と見なす者もおる」


 サラブレッドは、神経質で粗食には耐えない。

 体重百キロを超える巨漢が乗って全力疾走すれば怪我をするという話を聞いたこともある。多く名馬が惜しまれながら安楽死処分となったことを思えば、とても軍馬になどできるものではない。


「サラブレッドは、軍馬には向かないと再三申し上げたはずですが」

「そう思っておるのは貴様だけだ。

 いや、儂とて、貴様の意見もなるほどもっともだとは思う。

 ……が、実際に世話をしておらん連中はそうは考えてはおらん。

 あれほど速ければ、騎士ならば戦場で試してみたいと思うのは当然ではないか。

 クラニツァール家の厩舎に馬泥棒が入ったという話は聞いておるか?」


 クラニツァール家といえば、連盟に加盟する貴族。

 たしか牡のサラブレッド一頭、勝ち取ったはずだ。

 しかし、ハルトが知るのはそこまでである。

 捜査中の情報なんて極秘事項であり、ハルトが知るはずもない。


「下手人はかなりの手練だ。

 家臣たちが抵抗してなんとか阻止できたが、従士の一人が手傷を負った。

 船に乗せて海の向こうへ連れ去ろうとしておったらしい。

 黒幕はおそらくシメオニア帝国だが、王城は外交問題にはせず、示談ということになるだろう」

 

 他人事ではない。

 スズカを預けている厩舎だって警戒しなければならない。


「辺境伯様。

 例えばですが、私がどなたかにお金をお借りして、父からスズカの所有権を買いとることはできないのでしょうか?

 もちろん、今の私には信用はありませんから、お金を貸してくださる方を探すのは大変だと思いますが……」


 意を決したように口を開いたティータに、ベルナールが告げる。


「連盟の規定において、シーズン中におけるサラブレッドの譲渡や売買は禁止されております。

 たとえそれは親族であったとしてもです。

 馬主が変わってもレースに出られるのは、財産として相続した場合だけですぞ」

「なんでそんなルールを作ったんです?」


 クリスティンが抗議に近い疑問の声を挙げた。


「たとえ馬が結果を出さなかったとしても、馬主になったからには最低1シーズンは面倒を見るべきであるというのが建前。

 しかし、本音は、サラブレッドの国外流出を防ぐためだ。

 目の前に金貨を積み上げられたら、いくら馬好きでも心変わりしないとも限らん……と、そやつが言うのでな」


 ベルナールがハルトを指差す。


「反対意見も出なかったじゃないですか……」


 動物にとって、無責任なオーナーに買い取られることほど不幸はない。

 だからイレーネに財務状況を調査してもらって、その心配がなさそうな人たちを選んだはず。

 しかし、まさか自分たちの陣営が一番危ないとはハルトも思っていなかった。


「まぁ、どのみち無理な話だ。

 そもそも、そのホッブズとやらの言い値でスズカを買いとるとなれば、金貨がいくらあっても足りん。

 その手の商人に弱みを見せるのは得策ではないぞ?」


 たしかにあの男は足元を見ながらの交渉は得意そうだ。


「レオンハルト・ヴァルトブルク。そして、ナイトハルト・クロウフォーガン。

 ディングランツ公爵家の代理人と名乗る者から、両名に訴状が来ておる。

 調教師と厩務員が、オーナーである公爵ご自身の引き渡し要請に応じぬとな」

「スズカのオーナーはティータ様です。公爵様ではない!」

「事実上は周知であるが、書類上はそうはなってはおらん。

 連盟が認めている馬主も、ディングランツ公爵家だ。

 ルール違反をしているのは貴様らということになる」

「そんな……

 二人は私を助けようとしてくれているだけです」

「………そうでしょうな。

 姫様にもその二人にも非はございません。

 世の中というものがそれだけ汚いのです」


 ベルナールがハルトたちの方を向き直って告げる。


「ホッブズにはサラブレッドを国外に持ち出す気はないらしい。

 王都大賞典には出場させるし、国外には持ち出さぬという誓約書まで書いてきおった。

 我々も、かろうじて許容できる内容ではある」

「私は承服できません。

 スズカの馬主はティータ様であり、その調教を行ってきたのはレオンハルトであることは皆様もご存知のはず。

 イレーネもスズカの活躍に公爵家の命運を託していました」

「此度のことは貴様らの失策だ。

 イレーネとも密に連絡を取り合い、儂に助けを求めてくればこんなことにはならんかっただろうに!」


 それを言われると返す言葉がない。

 レオンハルトはスズカの調教に、ハルトはイベントのプロモーションにばかり傾倒せざるをえなかった。

 全体のマネジメントをするのはイレーネの役目ではあろうが、あの公爵を御しながらそれをやれというのは無茶というものだろう。

 思い返してみれば、ディングランツ陣営は人手不足と書いて「しょうすうせいえい」と読むブラック企業のようなものなのである。

 海千山千のホッブズにしてみれば、さぞ穴だらけで美味しそうなチーズにみえたことだろう。


「やつの出した条件は、王都大章典の決勝で、スズカの鞍上にある男を乗せること……

 まぁ、こうやってスズカを連れて出頭してきておる以上、連盟としては貴様らを罰する理由はない。

 ディングランツ家内の命令伝達の行き違いということにしたほうが良いと思うが?」

「冗談じゃない!!

 クリスティンを下ろして、あんな男を乗せるなど……」


 レオンハルトがあんな男と唾棄する騎手は一人しかいない。

 リゲル・アドモス。

 騎獣を自在に操る魔術の使い手だ。確実に勝ちたいなら最高の組み合わせだろう。

 しかし、競馬の主役は馬であり、騎手はあくまでその能力を引き出すだけであるべきだ。限界以上に走らせるなど邪道にも程がある。


「では、どうする?

 我々にできることは、公爵家の馬主資格を剥奪し、スズカを取り上げてしまうことだけだがな。

 連盟の規定では、馬主資格を持つ者が犯罪、もしくは犯罪に準ずる行為に加担した場合、連盟理事の過半数の賛同によって馬主資格を剥奪することができる」


 一つの手段ではある。

 王都大賞典を諦めることになるが、スズカはハルトたちのもとに戻ってくるのだ。


「しかし、それは避けたい。

 記念すべき第一回の王都大賞典で一番人気の出走が危ぶまれるなど。今後の運営にも支障をきたしかねん。

 王家の面子にも泥を塗ることになるのだ」

「それは運営側の都合でしょう?」

「儂は連盟の長としてではなく、この国の元老の一人として国益の話をしておるのだ。

 貴様とイレーネは、十年二十年先を見据えてこの計画を立ち上げたのだろう?

 物事には勢いがある。

 この手の興行はな……最初の一手で観客の期待に答えられなければ、見放されるのだ!

 スズカという一頭の馬ではなく、この計画そのものがな。

 それがスズカにとっても最悪の事態だと思わんか?」


---


 明日、スズカはディングランツ公爵に引き渡される。

 王城と連盟から監視役が派遣されることになったので、勝手に他国に持ち出されることはないだろう。

 いかに悪徳商人とはいえ、女王陛下の逆鱗に触れる愚は犯すまい。

 大賞典を最後にスズカは引退。おそらく勝利を収めて種牡馬生活だ。

 しかし、その空気を察してか、スズカは何時になくハルトに甘えてくる。


「ここを去られるのですか?」

「………そういう約束でしたからね」


 リュヴァイツ辺境伯家の屋敷の厩舎に、ティータが供を連れずにやってきた。

 彼女と二人きりで話をしたことはハルトにはない。

 厩舎の前には番兵がいるが、気を利かせて見なかったことにしてくれたらしい。


「約束だというのなら、スズカは連れ帰らなくて良いですか?」

「イレーネが困るでしょう。レオンハルトも……

 公爵家は今後もスズカに稼いでもらわなければならないんでしょうから」


 彼らを仲間だとは思っている。

 ただ、ここでハルトのやるべきことがなくなった。

 クリスティンが乗らないのなら、ハルトが世話をする必要はない。

 今のディングランツ家にハルトの意見が通ることもまずないだろう。

 ならば、今のスズカの勝利を素直に喜べる有能な厩務員を抜擢したほうが良い。


「卿に言われたとおりに世話をいたします」

「それは信用しています」

「怒っているのですか?」

 

 ホッブズの出した条件を飲むと最終的に決めたのはティータだった。

 レオンハルトもイレーネも彼女に意見具申をすることはあっても、その意に反することはできない。

 彼女にとってはそこまで苦渋の決断というわけではないだろう。

 スズカの鞍上をリゲル・アドモスに一度任せるだけなのだ。


「別にスズカが壊れると決まったわけではないでしょう?

 きっとスズカなら……」


 サラブレッドの心肺機能はこの世界の在来馬よりもはるかに高い。

 限界まで走れるように品種改良されてきた種だ。

 そして、あの男だって悪名を高めることが目的ではない。

 おそらく、無事ではいられるだろう。


「ええ、スズカなら、きっとそれに耐えられる。

 期待に応えようと一生懸命走ってくれる。

 夢を見せてくれる。だから問題だ」


 ハルトを苛立たせるのは、不安ではない。

 嫌悪感だ。

 それはおそらく日本の競馬史に目を通した彼ならではのものであり、この世界の人々と共有できるものでは到底なかった。


「それでお金が儲かってしまったら、私たちはたぶん調子に乗ってもっと馬を鞭打つ。

 たとえスズカは大丈夫でも、他所も真似を始めたら、少なくない馬たちが壊れていく。

 きっと私達は彼らを力尽きるまで走らせて詩や歌を作るんですよ。

 感動をありがとう、とか……」


 そういう悲劇はまだこの世界には生まれていない。

 想像だにできないだろう。

 たとえ、スズカが壊れたとてそれは所詮家畜の命。

 政治貴族を動かすには及ばない。

 結果として悲劇を知ったのであれば、それを美談として受け入れ、感動することもできたかもしれない。

 しかし、予想できて阻止できたはずの未来であれば、反吐の出る話だ。


「だから反対でいらっしゃるのですか?」

「ええ、反対です。

 せっかく一から作る機会を得たのですから、そういう悲劇がなるべく起こらないような仕組みを作りたかった。

 しかし、止める手段はもう私にはない」


 一度成功してしまえば、後戻りはできない。

 かといってスズカの敗北を望むわけにもいかない。

 すべてのホースマンは共犯者となり、ホースマンでない者は冷酷な傍観者となる。

 馬で稼ぐということはそういうことなのだ。


--


 勝利が約束されていたはずなのに、まさかの後弾だ。

 かといってハルトは酒に逃げられる年齢でもない。

 憂さ晴らしとばかりにでかけた夜のロードワークでは、陸上部にも引けをとらないハイペースで走っていた。

 心肺機能を限界まで疲弊させたところで馬の気持ちなどわからないというのに……

 誰もいないはずの街灯の下で、かぐやに声をかけられる。


「よろしいのですか?」

「ああ。ティータ様の言う通り、あの男に鞍上を任せるだけだ。

 一度だけな……」


 いつも突然現れる彼女のおかげで、少々のことでは驚かなくなった。


「あとは辺境伯様に任せるさ」

「それで手を引かれるのですか?」

「今のディングランツ家に長居しても、家の利益にならんだろう。

 不利な条件を飲まされるのがオチだ」


 背後のかぐやから呆れ半分のため息が聞こえる。

 

「………なんだ? 不満なのか?」

「ええ、不満です。我が主君がコケにされたのですから……」


 ハルトは自他とも認める傀儡だ。

 判断は当主の仕事、ハルトの仕事は我慢すること。

 そう認識している。


「コケにされたことが不満なら、自分で手を下せばいいだろ?

 お前にはその権限が与えられているはずだ」

「ハルト様がお望みであれば手荒な真似もいたしますが、それでは破落戸同然ですので……」


 かぐやも理解している。

 リゲル・アドモスを排除したところで、結局の所、放蕩公爵の浪費をやめさせなければ問題の根本的な解決には至らない。


「策があるのなら自分でなんとかするか、指示をくれ。

 俺にはもう打つ手がない」

「必要なのは策ではございません。

 連中に目にもの見せてやろうという気概です」


 精神論で無駄な仕事をさせるなとハルトは心中でささやく。


「ハルト様は悔しくないのですか?」

「悔しいさ。

 短い縁ではあったけど、できるならスズカは自分の手で王都で一番の馬にして送り出したかった」

「自分より努力した者に負けるのはまだ仕方がない……

 しかし、降って湧いた力に己惚れる凡夫に横取りされるのは屈辱でございましょう?」

「降って湧いた力なんてどうやって分かる?

 努力して習得した能力かもしれないじゃないか……

 この世界には奇跡を起こせる武芸があるんだろ?」


 ハルトは、天賦の才や努力の結果に嫉妬するほど幼稚ではない。


「クリスティン様の馬術やセドリックの剣術もそうですが、武芸というものは修練の先にたどりつくもの。

 故にその基本的な動作は、必ず武の理にかなっているのです」


 確かに、あの技術は、修練者のそれではない。

 奴はただ馬にまたがっているだけだった。

 あの程度で馬が自在に動くのであれば馬術など必要ない。


「あれは神代の異能を使っております」

「神代の異能?」


 オウム返しに尋ねるハルトにかぐやは応えた。


「古代文明の残滓です。

 この世界では先天的、あるいは後天的にその時代の技術や知識を継承する者が現れるのですよ」


 ドレイクを操れたのも神代の異能とやらを使ったからか。

 ドレイクを操ってディングランツ公爵に近づき、ノーザンクロスを操って騎手として名を上げ、今度はスズカを操って英雄になろうとしている。

 

「なかなか強かな野郎みたいだな」

「ともかく、神代の異能などが使われていると知られれば、さすがに反則との裁可が下るでしょう。

 本物であれば、国が介入するほどのものですので……」

「だったらそれを王城に通報すればいいじゃないか」

「それは悪手でございましょう。

 証拠はございませんし、そもそも本物であれば国家権力が管理するもの。その効果や性能を知る者はほぼおりません。各国秘蔵の機密文書を覗き見てたりしていなければ……」

「なるほど。ジークフリート・クロウフォーガンが常勝不敗の軍師様だった理由がそれか……」


 何のことはない。彼もまた転移魔術という神代の異能を使って、カンニングしてやがったのである。

 国防という大義名分があり、情報漏洩させる奴が無能といえばそれまでだが、敵側の防諜担当官の苦悩は想像に難くない。

 瞬間移動能力者のスパイなどどうやって防げというのか。

 自分はチート能力で貴族に成り上がっておいて、同じことをした若造を王城に密告するのは二枚舌も甚だしい。

 

「そりゃたしかに、クロウフォーガン家から通報するのは拙いな」

「はい。間諜を通じて裏社会にリークさせてはおりますが、効果が出るにはしばし時がかかるでしょう。

 さらに現行犯でなければ、捕まえられません」

「やつがそれを使ってくるとしたら、王都大賞典の決勝レースというわけか……」


 国が確保に乗り出すほどヤバイ代物であれば、おいそれと使えるものではない。


「けど、決勝で不正を暴いてどうしようっていうんだ?

 奴が逮捕されても公爵家の借金が消えるわけじゃない。

 ホッブズはやつを推薦しただけで、共犯者ではないからな」

「そうですわね。

 ただ不正を暴き、失格にさせるだけなら、スズカの値打ちが下がってイレーネたちが困ることになるでしょう。

 それでは問題の解決にはなりませんわ」


 かぐやがハルトに垂れかかる。

 このあざといほどにメスの顔をする時の彼女はものすごく悪いことを企んでいる時だと、ハルトもすでに経験から学んでいる。


「私に一計がございます。

 採用するかどうかはハルト様次第ですが……」


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