予定外の政略結婚
さて。
私は、主人公である。
頭おかしいとか言わないで欲しい。前世なんて欲しくなかったが、思い出しちゃったのである。
学院に転入したら頭に降ってきた知識の山。
卒倒した。
起床して今。
推定乙女ゲームと言われるジャンルで、主人公が隣国との交流のために留学として途中編入している王女様である。
私だ。
前世庶民が混ざったせいか、ないわー、って呟きそう。
元々、王女様らしくないって言われてたのだ。礼儀作法より武闘派、刺繍より野戦料理作っているってなんだろう。
こんななので、隣国に送り出されたと思われる。
暗殺者来ても撃退、毒を盛られたらサバイバルして生活しそうで。
姫様はいらっとしたらかといって喧嘩ふっかけてはいけませんよ、と乳母にも武術の先生にも言われた。
はぁい。と足の爪をヤスリで研ぎながら答えた。
めんどくさいなぁと思っていたのがバレバレだ。
小言は両親だけでたくさんだ。兄弟も婚期を逃すなと言われる始末。
別にうるさい夫などいらないと考えるあたり、この世界の女性としてもどうなのかと問いたい。
上も下も男ばかりで育つとこんな脳筋になるのだろうか。
まあ、ともかく、ふてくされて来た隣国の学院。身分を偽っていたのはお遊びのようなものだ。取り巻きなど鬱陶しくてほしくない本音が見える。
主人公は常に人がいるのがイヤだったのでぼっちでも全然平気らしい。
前世の思い出も会わせた新生私は、ちょっとだけ寂しい。
なので、お友達などを作ったりしてはいたのだが、主人公様でしたので。
「婚約者のある男性に近づくのはいかがなものでしょうか」
と言われてしまった。
この物語の攻略対象はほぼフリーである。唯一、王太子のみ婚約者がいた。
ただ、現状は第二王子のままであり、婚姻と同時に臣下になることが決まっている。
物語とは違う王太子とは王城で顔を合わせたことがあるが、得体の知れない何かだった。あれは隠しキャラだったのではなかろうか。
第二王子の年齢もおかしいし。物語では年上だったはずが、年下になっている。
現在、私が16、第二王子14、婚約者も14、ちなみに王太子は22。
成人とされるのが卒業とされる18くらい。
尚、物語では17才設定だった。
年上ならばなにか思うところはあったかも知れないが、14才と言えば、すぐ下の弟と同じ歳だ。それで弟を構っている感覚でいたのが、間違いだった。
こんなことを言わせて悪かった。
婚約者に頭を下げることにした。こう言うことで不敬だなんだという性格でなくてよかった。
婚約者の令嬢としては知らん女が側にいるのはイヤだよね。
わかる。
では、王子のほうにも釘を刺しておこう。
「ねえ、殿下。節度ある対応をしていただきたいの。苦言を呈されるほどに近寄られるのは困るのよ」
近頃めきょめきょと伸びているせいか上目遣いになってしまう。子供っぽい顔はそのままで男らしくなるのがちょっとアンバランスだ。
「私を口説くなら婚約を解消してからおいでください」
ほらほら。可愛い婚約者の元にお戻りなさいな。
こんなこと言う女なんてろくでもないよ?
「わかった」
妙に素直に話を聞いてくれたかたほっとした。
私は、彼が真に受けて、婚約を解消するなんてこれっぽっちも思ってなかった。
ほとぼりも冷めたと思った一ヶ月後にソレはやってきた。
なぜか、王城に呼び出された。しかも第一妃に名指しで。
この国における王妃は三人いる。
建前上、第一妃が代表となっているが実態は合議制である。それぞれ別の得意分野の家から教育された娘が選ばれる。
子供を産むことはついでで、実は王の代行とすら言えたりした。
この国は既に王族から貴族へ実権が奪われ済みだ。王たちが気がつかないように仕向けているだけで。
だから、第一妃に呼ばれたというとこは最高権力者たちに呼ばれたと同義だ。
「姫様なにやらかしたの?」
お付きの侍女が半眼のままじろりと見てくる。質実剛健を地でいく王城だ。古いままに残された部分と新しい部分が喧嘩しながらある状態に見える。
「呼び出されるくらいのことはなにも?」
ちょっとばかり羽目を外していたことは否めない。
異国に来たからとうきうきと女装し始める乳兄弟ほどではないと思うけど。なぜだか色々な情報を集めてきては報告してくるし。私に何をさせたいのだ。
信じてないような顔の女装侍女を連れて呼び出された部屋にたどり着く。
最初から案内なんてなかったのはそっちの侍女が知ってるでしょと書かれていたからだ。何ソレ恐い。
「よくおいでになりましたわね」
うふふふ。と笑われる美魔女三人。
なぜだろう。
よくも顔を出せたな、この野郎、と聞こえた。
逃げたい。
全力で逃げたい。
がしっと腰を押さえる侍女を吹っ飛ばしていきたい。
「お呼びにはせ参じました」
お嬢様的ではなく、騎士的にご挨拶する。男装してきたのだからそれなりに栄えるはずだ。
「どうぞ、お座りになって?」
王でもないのに妃殿下三人に囲まれることになりました。
第一妃は武人の家系のお姫様。ご本人も武闘派なのは秘密。隠し護衛がいることになっている。
第二妃は知略を重んじる家系のお姫様。宰相も黙らせる切れのよいツッコミをお持ちで。
第三妃は社交界の華。平民出身が貴族の家に入り妃に出したということ。暗黒街のご出身だそうだ。
以上、物語からの情報。
現実とはどの程度差異があるかはわからない。
「レリオのことなのだけど」
「……は?」
「私を口説くなら婚約解消しろと言ったそうね?」
言ったような気がする。
戸惑いながらも肯くと三人の妃殿下はそれぞれの仕草でため息をついた。
「真っ当に育てすぎたのかしら。解消したわ」
「え。え? そこはしないでしょう!」
「そうね。お互いのことはなかったことしましょうね、的お断りだったと思うの」
首を縦に振ってしまう。
そんなニュアンスがわからないほどお子様ではないし、それなりに立場をわきまえていると思っていた。
別に婚約者と良好な関係じゃなくても歩み寄れると思いたいし、そうでなくても彼には婚約を解消すると問題がある。
いや、この国にとって大変な、である。
王太子はこの妃殿下たちの子ではない。王が未だご執心の寵姫の息子だ。常ならば王太子などならないが、王が即位するにあたって王太子となるべき子がいなかったため、暫定的に置かれただけだ。
それから何年も子が生まれないなんて誰も考えていなかった。
妃も五年子が生まれなければ離縁可能である。神殿に金を積んで婚姻許可を無効にして貰う形だ。逆に言えば、子があれば離縁は限りなく難しい。
その五年に引っかかり、離縁の準備中の出来事だったのも問題で。
そんな最悪な状態で生まれたのがレリオ王子だ。
生まれた王子どうするのよ? 王太子のするの? どうなの?
そんな感じに荒れた14年前。それから10年後に婚約者を決めて臣下になることが決まってようやく落ち着いたところだ。
それで解消って。
継承戦争が起きそうなものだ。
え、私が悪いの? マジで?
青ざめた私にいたわりに満ちた、しかし、生ぬるい視線が向けられる。
「本当に間が悪くて、調べたら王太子がかなり前からちょっかいを出していたの。婚約者のご令嬢に」
「は?」
「実際会っていたのは確かで、見ていた者もいる。何もしていなくても噂は無責任で、大変な醜聞にしかならない」
このまま婚約して結婚しても王太子とのつながりを噂され、生まれた子供の親さえ疑われ、子供を王位に就けようと揉めるのが見えた。
これらは事実と一致している必要はない。
自分に利を得るために他者を追い落とすのは珍しい話ではない。
しかも噂を効果的に使うだけで、噂だけで責めを負わせるほどの権力は持ち合わせていない。
詰んだ。
それは婚約解消だ。
そして、結婚前に気がついてよかったと言えることだ。
でも結果、国内は荒れる。
「だから、レリオを外に出すことにしたの」
「貰っていただけるかしら? うちの息子を」
私が否と言えるかと言うと。
「実家に了承を得てください」
問題を丸投げしただけだった。脳筋の王女には荷が重い。
それでも一つだけ聞いておきたかった。
「……妃殿下たち全部知ってたんじゃないですか?」
□ □ □ □ □ □
「……ってことなんだけど」
微妙にやる気のない説明をレリオ王子から聞いた。うん、知ってた。ただ、それは表に出さない。
うんざりした顔で対応する。
「……貴方が底なしのバカだとわかりました」
「知ってたでしょう?」
「ええ、本当に。貴方、どこまで知ってましたの?」
彼の曖昧な表情。
私の曖昧な笑み。
妃殿下との話も実は察しているのではないだろうか。直接聞くのも問題があるので、曖昧な言葉で言うしかない。
「まあ、ともかく。一緒に国外逃亡しよう。そうしよう」
「血で血を洗う闘争するんじゃないんですか」
念押しとして問う。
どこかの時点で隣国の姫と知っているらしいからその点は問わない。本気で隠す気は無かったので、調べればばれる。
「しないよ。母さんも逃亡するから、護衛は心配いらないよ」
「……陛下は、お許しに?」
第一妃付きとは聞いていない。離縁しないで国外に出るってことは、ヤバイ手段のヤツだ。
おそらく、病死などするんだろう。すぐに。
そして、第一妃に寵姫が押し込まれる。他の家に養子に出してからならなんとかなる。王太子の後ろ盾にするためには必要な処理だ。
今までしなかったのは第一妃の実家の目があったり、養子先を決めかねていたことだろう。
「マジ切れした母さんが大変だった」
それだけは本当だと思う。
陛下が大変な目にあってしまえば良いと思う。
大体貴方が悪い。
あんな王太子がいること自体アレ過ぎる。
「……詳細は聞きたくありません。わかりました。我が国においでください」
「入り婿っていいよね。うん」
「働け」
思わず、素で言ってしまった。くすっと笑うレリオ王子は可愛かった。
「姫君の仰せのままに」
こうして、私には予定にない政略結婚で年下の夫が出来ることになった。
ひっそり公爵令嬢を拉致していた第一妃は楽しく下町ライフを満喫しているらしい。経歴ロンダリングと嬉しそうに言っていたことは聞かなかったことにした。
公爵令嬢よ、力強く生きていくと良いと思う。
尚、彼女にこれまでの件については頭を下げて出来うる限りの保証は約束した。
□ □ □ □ □ □
「まあ、収まるところに収まったんじゃないかなぁ。ねえ、父さん」
「……私としては息子が恐すぎるんだが」
「ハッピーエンドなんじゃない? 僕がいなくなれば完璧」
「あ?」
「弟も妹もいるし、別に問題ないでしょう?」
「あるだろう! きりきり働け」
「陛下もね」