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女王の身代わり・中編

「ちょ…え?ノエル!?」

 ノエルの予想外の発言に驚くエリィ。

(何…?)

 だがそれはクーラも同様だった。嘘を突き通すとはつまり,エリィを女王と誤認させる前提という事だ。

「何言ってるのよ!私がユーリエ様に間違われるわけ無いじゃない!」

「そうか?ノーブルがえらく自信たっぷりだったからよ…魔法か何か,とにかくその手の裏技で何とかすんのかなーと思ったんだが」

 きょとんとした顔でノエルは言葉を返す。

「え…?」

 ハッとしてノーブルを見るエリィ。ノーブルはそれににやりと笑って見せる。

(そういう事か…)

 察するクーラ。要するに,この魔法使いには何か,エリィを女王に見せかける策があるらしい。

 だがそれは通用するのだろうか。確かに通用してくれれば,この作戦の弱点はかなり克服されることになるだろう。だが相手は魔法王国の将兵たちだ。いくらこのノーブルが腕の立つ魔法使いでも,難しいのではないだろうか…。

「まぁそれにだ。仮に嘘がばれたとして,最悪,アリシアが刺客を差し向けてきたとしても…」

 ノエルは悪戯っぽく笑いながら言葉を繋ぐ。

「お嬢ちゃんならそれを返り討ちにすりゃ良いだけの話だからな」

「ちょっとーノエル…」

 フレイアが口を挟む。

「さんざあり得ないとか言っててそれ?」

「逆に考えるんだよ。この作戦はのっけからしていい加減なんだ。そんな作戦を真面目に考えようとするから無理が出る。となりゃぁ,開き直って遊び心満載でやるほうがむしろ良い」

 ノエルはニヤニヤ笑いながら続ける。

「面白いと思わねぇか,フレイア?あのお堅いアリシア将兵が,お嬢ちゃんと女王様の天と地ほどのギャップをどう擦り合わせるのか。こんな情勢でもなけりゃ絶対あり得ねぇ,またとない見ものだぜ?」

「う…ん…それは…確かに…そう…ねぇ…」

 考え込むフレイアの顔がみるみるにやけていく。

「なぁ?お父さんも見たくねぇか?娘がよ,あの鎧を着て先頭に立って,お姫様として扱われる姿をよ?」

「むぅっ!?そ…それは…見たい…のぅ…」

 思案するハーディの顔も徐々に緩んでくる。

(”風”の名に偽りなしか…)

 半ば呆れながらクーラは思う。

 四大元素になぞらえて評される”四部衆”は,その性格にもそれぞれの特徴が現れており,この”風”は奔放と評されている。

 しかし。現在”風”には二人の参謀役がおり,その一人がこのノエルだ。彼は臨機応変,変幻自在とその手腕を評されているから,この無責任な流れの中にも何か意図があるのかも知れない。

「ちょ…二人とも…」

 幾分頬を染めて,きまり悪そうにエリィは言う。

「よっし…アラウド,お前は?」

「…一任する」

 それだけを言うアラウド。

「じゃぁ後は,ノーブル次第って事だな」

 そのままの流れで,ノエルはごく自然にノーブルへと話をふる。

(なるほど…)

 納得するクーラ。つまり,最終的にエリィを落ち着かせる役をもう一人の参謀,冷静沈着と評されたノーブルに任せて,自分は無責任な言動で毒気を抜く役割を担ったという事か。

「私は…」

 エリィの反応に苦笑しながら口を開くノーブル。

「…姫にはやはりまだ,やや時期尚早かと思うのですがね…」

 しかし仮面の魔法使いはごく自然にその口元から笑みを消して,そう言葉を継ぐ。

「ノーブル…!」

 すかさずエリィが抗議の声を上げる。このメガネの肩を持つのか,口には出さないがそんな感情がありありと見て取れる。

「と言っても…おそらく大尉殿とは観点が違うと思いますがね」

 しかし調子を変えて,しれっと付け加えるノーブル。

「えっ…?」

「…違う?どういう事じゃ?魔法男?」

 ハーディが訊ねる。

「先ほど盗賊殿は,アリシアから刺客が差し向けられても返り討ちにすれば良い,と言いました」

「…ああ,言ったな」

 頷くノエル。

「私の命に代えてもそんな真似はさせません,彼らには積極防衛を行ってでも姫に指一本精霊一体魔法一つ触れさせはしません,という決意の部分はともかく…」

「さらっと怖い事言うのぅ…」

 ハーディの言葉を無視してノーブルは続ける。

「問題は姫に,そのような状態を受け入れる覚悟があるかという事ですよ」

「え…」

「姫,ここは落ち着いて考えなければなりませんよ?アリシアの将兵をはじめ国民が,どれだけユーリエ様を慕っているか。どれだけアリシアという国に誇りを持っているか。単純に刺客を打ち倒せば良いという問題ではなく,その背後にある彼らの思いをどう受け止めるかが最も大切なのです」

「う…ん…」

 気まずそうに俯くエリィ。

「私が一番懸念するのは…姫がアリシアの女王を一生演じて行かねばならなくなる事です」

 しかし突如はるかに斜め上の事を言い出すノーブル。

「ちょ!?」

 目を丸くするフレイア。

(何…?)

 表には出さないよう注意しながら,しかし内心ではまた大いに驚くクーラ。

「おっと…」

 コホン,と小さく咳ばらいをして表情を引き締め,ノーブルは続ける。

「失礼いたしました。先ほどの皆さんではありませんが,それもまた一興と思わず妄想してしまったのはともかく…」

「…」

 一興どころか頭痛をおぼえて頭を押さえるクーラには構わず,言葉を繋ぐノーブル。

「最悪の状況としては考えておかねばなりませんよ,姫?姫が女王を名乗る事で,確かに実情を知る帝国は姫に刺客を差し向けると思いますが…可能性としては,逆にユーリエ様を偽物と判断して殺害してしまう事もあり得るのです」

「む,それは…無いとは言えんのぅ…」

 ハーディが髭に手をやってうめく。

「そうなった場合に,その一因も姫が作った…それに姫が加担したという事実は残ります。そこで事実を明かしてしまうのか…それとも,彼らの思いを受け止めて,一生女王として生きてでもそれに報いようとするのか」

「え…?その…」

「ちょっと待ってよノーブル」

 そこでフレイアが割り込む。

「あなたさっき,三日でばれるとか何とか言ってなかった?現実問題,その選択肢は無いでしょ?」

「そこは私が何とかいたします」

 即座に言い切るノーブル。

「…へ?」

 その余りにも迷いのなさすぎる答えに,一瞬思考が停止するフレイア。

「他ならぬ姫の為です。そこは不肖このノーブル,全てを賭けてでも何とかいたしましょう」

「何とかって…何とかなんのかよ!?」

 さすがにノエルも目を丸くする。

「あまり大きな声では言えませんが…」

 そこでノーブルは周囲の様子をさぐる素振りを見せながら声を落とす。

「アリシアには,以前内緒で仕掛けておいたあれこれが…まぁ別にこれを見越していたわけでは無いのですが,ともかくそんな仕掛けのいろいろがありまして。うまくそれらを使い回せばいけるのではないかと思うのです」

 淡々と言うノーブル。

「まぁそれだけで凌ぎきれるとは毛頭思っておりませんが。要はそれで凌いでいる間に別の仕掛けを作ってしまえば良いわけですよ」

「な…何を仕掛けてんのよアンタは…」

 呆れるフレイア。

「嬢ちゃんより先にお主が刺客に狙われるのと違うのか?魔法男…」

(…つくづく,偽りなしという事か…)

 また小さく溜息をつくクーラ。沈着冷静と評されたノーブルではあるが,もう一つの形容は深謀遠慮。良く言えば堅実で慎重だが,悪く言えば何を考えているか読めないし何をするかまったく予想がつかないという事でもある。

(それにしても…)

 さらりとこんな事を言ってのけ,ごく自然にそれが前提となって会話が続くあたり,単なる大言壮語の類とも言い切れないのかも知れない。実際の所はともかく,少なくとも仲間内ではそれだけの力があると認められているのは間違いない。

 確かに報告からもそれは窺える。ノーブルは”仮面の賢者”の二つ名を持ち,マイシャ撤退戦ではたった一人で帝国の追撃部隊を散々に翻弄したという実績も持つ。魔法に長けたアリシアの将兵たちからすら一目も二目も置かれている人物だ。エリィから離れる事はまずないだろうという見立てはあるが,能力的には是非とも味方につけておきたい人材であると結論されている。

 奔放であるがゆえに扱いづらいが,展開がはまった時の爆発力は”四部衆”内でも他の追随を許さない。それが”風”だとそこには結論付けられていた。

「それは積極防衛で…いえ問題の本質はそこではなく…」

 コホン,とまた咳払いするノーブル。

「要は,全てを捨ててすら構わないと言うほどの感情を向けられて,それにどう応えるかという事ですよ,姫」

「う…うん…」

 ようやく落ち着きを取り戻したらしい。エリィは気まずそうに言う。

(…これが”風”か…)

 一周して元へ戻ってきたかのような展開。他人の事が言えた義理ではないが,こんな奔放な集団を旗頭として軍事行動の中枢に据えてしまって良いのだろうか。治まらない頭痛に苦しみながらクーラは思う。

「では…”風”としてはこの作戦には乗れない,という事でよろしいのですね?」

 そしてそんな思いがうっかり口をつく。

「それは状況次第ですね」

 しかしノーブルが即座にそれを否定する。

「と…仰いますと?」

 ほっとするべきなのか,それとも憂慮すべきなのか。複雑な心境でクーラは尋ねる。

「私がああ言ったのは,姫にはそこまで覚悟を決めて頂きたいとの思いからです。ですが…現実問題としては,まずもって解決すべき問題点がありましょう。逆に,その解決の程度によっては…起死回生の妙手となる可能性もあります」

「ほう…?」

「そもそも…姫がユーリエ様の身代わりとして機能し得るのか。ここを確認してからでなければ先には進みますまい。先ほどもありましたとおり,魔法王国の総帥で武道の心得などまるでないユーリエ様と,舞神流皆伝ながら魔法の心得がまるでない姫とでは,その方向性がまるで違います」

「まぁ結局そこが一番説得力ねぇよな」

 ノエルが相槌を打つ。

「その落差を埋めるためには…まず,アリシアの将兵をして,姫がユーリエ様だと思わせるほどの材料を用意する必要があります」

「…正論ですな。ではその材料とは?」

「大尉,数日猶予を頂いてももよろしいですかな?そしてその間に,マヒロからギルバート殿へご足労願うのです」

 ノーブルはそう言ってにやりと笑った。

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