女王の身代わり・前編
「…あ?」
おそらくは“風”の全員の気持ちを代弁して,胡散臭げにノエルが言う。
数日が過ぎたある日。クーラは正式に,上層部からの依頼を“風”に持ち込んでいた。
「…ここまでで何か,ご不明な点でも?」
淡々と言うクーラ。例によって,その表情を窺い知る事はできない。
「ってか,呆れてんだよ俺は!何だよそのいい加減な作戦はっ!?」
「…私は一介の大尉ですからな。上層部の決定に従うのみです」
散々クリミアの前で悪態をついた事などおくびにも出さずにクーラは言う。
「つったってお前,現状で姫さんしか居ねぇじゃねえか!」
いよいよ始動した連合の一大反攻作戦ではあったが,現実的には余力も後も無いギリギリの賭けだ。資金的にも人材的にも猫の手も借りたい連合の上層部は,イメージ戦略として四王家の総決起を打ち出したのだ。
「サナリアもルトリアも王族は全滅!アリシアは未だに漆黒将軍が押さえてて手が出せねぇ!そんなんでどうやって総決起すんだよ!?」
「上層部の計画では…」
内心ウンザリしながら,クーラは細部の説明にかかる。
「サナリアを除く三王家までは,体裁を整えます」
「何?…なるほど,読めたぜ…」
そう言ってノエルは舌打ちする。
「ご賢察痛み入ります」
「な,何じゃ何じゃ,こっちにも話が見えるように説明せんか」
ハーディが不満そうに言う。
「やっぱりルトリアも腐ってやがる,って話だよ。要は,連合のパトロン様が札束で姫さんを…」
「ノエル殿」
クーラがそれを制する。また舌打ちして黙るノエル。
「連合に資金供与をしているルトリアの豪商ヒューム=ケバイン氏は,ルトリア王家の遠縁なのです」
ノーブルがそれを引き継ぐ。
「おそらくルトリアについては彼自身が名乗りを上げて,事が成った暁には王座へ座ろうという算段ですね」
「ふむぅ…そういう事じゃったか」
「世界が終わるかも知れないってのに,お気楽なもんねー」
溜息をつくフレイア。
「逆に,こういう状況だからこそどさくさに紛れられるという考え方もありますがね」
苦笑するノーブル。
「ヘッ,ルトリア国民が総じてバカでもなきゃそんな事にゃならねぇよ」
鼻で笑うノエル。
「まぁいい,そっちはせいぜい夢を見せとくとしてだ…アリシアはどうすんだよ?そんな御大層なお題目を掲げちまうからには,避けて通れねぇぜ?」
「その点については…影武者を立てます」
「影武者,だぁ?」
突拍子もない言葉に目を丸くするノエル。
「…アリシアには当初から,帝国の抑圧下にしてはやや不自然な点が見られていました」
「…あり得ねぇほど秩序が保たれていて,難民の流入も殆どねぇってアレか?」
「ええ。アリシアの軍機なのでよく分かりませんが,難攻不落と称された防衛システムがそれに関わっているようでもあります」
クーラは頷く。
「で?それが影武者にどう関わってくるんだ?」
「…」
そこで,遂に我慢の限界を超えたクーラは深々と溜息をつく。
「要は連合が,アリシアの資源を当て込みたいという話ですよ。影武者を立てて本物の女王は脱出済みだと言えば,かなりの流入が見込めると…」
「かぁーっ,何処まで適当なんだよその作戦!」
天を仰ぐノエル。
「しかし…!微妙なバランスの上に成り立っていると考えられる今のアリシアを下手に刺激すれば,ユーリエ様の身にどんな危険が及ぶか…封印とてどうなるか分かりませんよ?」
ノーブルが語気を強める。
「ええ。大佐もその辺りはかなり心配なさっていたのですが…世界が滅ぶかどうかの瀬戸際にアリシアだけ蚊帳の外もないだろうと…」
クーラは溜息をつく。エリティアの封印が解けてしまっている事は軍機であり言えるわけもないが,そもそもアリシアの封印は風前の灯火なのだから言ったところで結論が変わるとも思えない。そっとしておけばこのままという保証もどこにも無いのだ。時間の問題だと言われればそれ以上何の反論もできない。
「言葉だけなら理もあるが…とことん腐ってやがるな…」
吐き捨てるように言うノエル。
「…まぁともかくそれで,四王家のうち三つまでは何とか格好がつきます。それで,失踪中のサナリア第一王子,エルノアール殿下が帰還でもなされば…」
「ふむ,名君の器と評されておったと聞くが…」
髭をいじりながらハーディが言う。
「ハハン,国を捨てて出てった腰抜けの,どの辺が名君の器だっつうの。どこぞでとっくに野垂れ死んでるって!」
「相変わらず容赦無いわねーノエル。軽く引いちゃうレベルよ?」
やれやれ,と肩をすくめるフレイア。
「いっそそっちも影武者でいいんじゃねぇのか?上手くいったらそのまま王様だぜぇ?」
精一杯の皮肉を込めてノエルはおどけて見せる。
「…アリシアはそういうわけにもいきませんがね。三日もあれば間違いなくばれます」
溜息をつくノーブル。
「まぁ事情が事情ですからやむを得ませんが…発案者には万一の場合の責任はきっちり取って頂きましょう」
楽に死ねると思わない方がいいですね,と付け加えてノーブルは微笑し,辺りの空気が凍り付く。
「…まぁともかくそういうわけでして…“風”にも作戦への参加を要請しに来たのですが…」
「要請?この流れで?断っても良いのか?」
クーラの物言いに目を丸くするノエル。まだ様子見で口に出すべきではないが,そもそもその為にクーラは危ない橋まで渡ってエリィを立ち直らせようとしたのではないのか。
「言いたい事は解ります」
苦笑したクーラは,しかし表情を引き締め,ですが…と言葉を繋ぐ。
「状況が,こちらの予想を遥かに超えて悪くなったのです。先程のノーブル殿の言葉ではありませんが,展開次第ではそれこそ楽に死ねそうもない役割が“風”に当たるのですよ…」
「そいつは,穏やかではないのぅ」
「で…具体的には?」
「…」
クーラはちらりとエリィを見て溜息をつく。
「…何よ」
ムッとするエリィ。
クーラはもうひとつ溜息をついて,諦めたように口を開く。
「アリシア女王の影武者に,エリィ殿を当てようという作戦なのですよ」
「…は?」
間の抜けた声を上げるエリィ。
「お…お嬢ちゃんを,だって?」
ぽかんとするノエル。
「ええ。何でも,背格好が似ているとか似ていないとか…エリティア軍の女性兵士をという案もあるにはあるのですが,国際問題を考慮すると…」
「いやいやいや…それ以前に土台からしてあり得ねぇだろが…」
「…私も一応,分不相応なりに反対はしてみたのですが…」
「何ですって!?」
溜息交じりに発せられたクーラの言葉に,カッとなったエリィが噛みつく。
「エリィ殿…?」
ちょっと驚いた様子のクーラは,慎重に言葉を繋ぐ。
「乗り気…なのですか?」
「え!?あ…っ,ち,違…」
今度はハッとするエリィ。
(条件反射か…)
クーラは心の中で苦笑して言葉を継ぐ。
「御心配なく,エリィ殿。私が反対したのはもっと現実的な問題で。決して貴女の魅力が不足しているという意味では…」
「う,五月蠅いっ!わざわざご丁寧に蒸し返さないで!」
顔を赤くしながら叫ぶエリィ。
「失礼しました」
「てかよう…魅力以前に,女王様とお嬢ちゃんじゃまるでタイプが違うだろ?女王様が前線に出ちまうってのもおかしな話だし,お嬢ちゃんに引っ込んでろって言ったら前線回らんだろ?」
ノエルが言う。
「ええ…私もそう具申しました。が…そこは,実はかなり早い段階でアリシアを脱出していた女王が,奪還のために慣れぬ武道に手を染め決死の修練を積んだ事にしろと…」
「おいおい…」
「まぁ…」
クーラは溜息をついて続ける。
「現実的に見て,脱出したという触れ込みの女王が名乗りを上げれば,帝国はその命を狙ってくるはずです。後方ならばなおの事,これを匿う余裕も連合にはありませんので…」
「前線に居て,護衛の必要が無いほど腕が立ち,しかも先頭に立って士気を鼓舞する事のできる者を立てるのが最良。そう判断したわけですか」
言葉を引き継いだノーブルに,クーラは頷いて見せる。
「理屈はまぁ解らんでもないがよ…出発点からしてもう…」
ぼりぼりと頭をかくノエル。
「…ですがやはりエリィ殿には…あくまで今の,と言うべきでしょうが,負担が大きいと言わざるを得ないでしょう」
「な,何ですって!?」
再び言葉を荒げるエリィだがクーラは今度は少しも引かずに言葉を続ける。
「大佐の後ろに元帥が控えているエリティアとは違います。アリシア女王の看板を背負って前線に立つという事は,つねに刺客の脅威に晒されるという事です」
実際のところはエリティアも後がないどころの騒ぎではないのだが…とクーラは心の中で溜息をつきながら言葉を繋ぐ。
「それだけではありません。連合の中にも敵はいるのです」
「…えっ?」
憮然として聞いていたエリィが,予想外の言葉に驚きの声を上げる。
「アリシア軍の将兵が,敬愛と忠義の眼差しでつねに姫の様子見ている…という事ですよ,姫」
ノーブルが解説する。
「え?え?」
(何…?)
全く理解できないという表情のエリィを他所に,しかしクーラも内心では驚く。
「まぁ…敬愛と忠義になるのは,姫と女王の見分けがつかない場合の話で。明らかに偽物と分かった場合には,アリシアの名誉と尊厳を傷つけるな,という厳しい眼差しになるのですがね」
しれっと補足するノーブル。
「お,脅かさないでよノーブル…いくら何でも私がユーリエ様と見分けがつかないなんて事無いじゃない」
ふぅ,と息を吐くエリィ。
「ともかく…おそらく気の休まる暇は無くなるでしょう」
多少のひっかかりも無いではないが,気を取り直して頷くクーラ。
「もう少し回復してからならばともかくですが。現状の貴女では,せいぜい長くて日中程度に留めておかねば状態が再び悪化してしまいます」
(ふぅん…さすがに良く把握してるじゃねぇか)
素知らぬ顔でノエルは思う。現在クーラがエリィを見張り,それで彼女が緊張状態に置かれている時間は半日程度。鍛錬の負担を減じて時間が延びたとして,だいたいそのくらいが無理なくやれる時間と見積もっているのだろう。それはノエルの見立てともだいたい一致する。
「!」
しかしその言葉は,またひどくエリィの感情を逆撫でしたらしい。
「正直なところ,これ以上の負担を貴女に強いるのも心苦しいと…」
「甘く見ないでっ!」
クーラの言葉を遮り,語気鋭く言い放つエリィ。
「その程度の負担が何よ!見くびらないで頂戴!」
「ちょ,ちょっとエリィ…」
心配そうにフレイアが言う。彼女もやはり,まだまだエリィが万全には程遠いと理解していた。
「フレイアは黙ってて!ここまでバカにされて引けるわけ無いでしょ!」
しかしエリィは退かない。
「むしろ心配されとる気がするんじゃが…」
「それが余計だって言ってるのよ,ハーディ!」
(やれやれ…)
クーラは心の中で溜息をつく。
「…では,“風”はこの要請を正式に受ける,と?外野が差し出がましいようですが,事は貴女一人の問題では無いかと…」
「五月蠅いっ!」
(あー,こりゃ正面から何言っても無駄だな…)
そう思ったノエルは,殊更に軽い調子で言った。
「ま…俺はお嬢ちゃんが良いなら良いけどな?どこまで嘘を突き通せるか,かなり楽しみではある」