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舞姫の社会復帰

 エリィがクーラとの舞神闘に敗れてから,一週間が過ぎていた。

 長きにわたる不摂生ですっかり弱っていたエリィの消化器官,特に胃は,突然の復帰命令に猛烈な抵抗を示した。だがはじめの数日間の激烈な抗争の末に遂に根負けし,今は渋々ながらそれに従っている。

 それは筋肉についても同様で,当初はクーラの前に居る時こそ気持ちがそれを押さえ込むもののそれ以外は見るに堪えない状態だった。

「今日は長引いているんかな」

 昼食を終え,くわえた楊子をピコピコさせているノエルが思い出したようにつぶやく。

「そうみたいね。大尉さん,容赦無いから」

 その様子を何度かのぞいた事のあるフレイアが苦笑する。

 容赦が無いとはつまり,やり直しをさせられているという事だ。ほんの僅かな乱れさえもクーラは許さないらしい,とフレイアは言う。

「らしい?」

「私は専門家じゃないから分からないんだけど。大尉さん,まともに見てたの?ってタイミングでダメ出しするのよ」

「へぇ?」

「一度は,後ろ向いていたのにダメ出ししてね…」

フレイアの話によれば,ここ数日のクーラはやる気のなさを前面に押し出しているらしい。通りかかったエリティア兵には挨拶を返し,空を流れる雲をぼんやりと眺めるような素振りを見せたり。フレイアにも他愛のない話を仕掛けてその都度エリィを怒らせているという。

「ほぉ…」

「嫌がらせかっ!?嬢ちゃんを貶めて笑っとるんじゃな!?おのれあの黒メガネ,儂がガツンと…」

 激昂するハーディ。

「やめとけって。お嬢ちゃんすら封じ込めるような奴にアンタが勝てるワケねぇだろ」

 やれやれ,と溜息をつきながらノエルは言う。

「何じゃ,やけに奴の肩を持つではないか盗賊の。何か裏でもあるんか!?」

「そんなんじゃねえよ。…お嬢ちゃんは,そのダメ出しにゃ文句は言わなかったんだろ?フレイア」

「うん」

「そりゃつまり,やり直しさせられるに足る何かがあったって,本人も分かってるってこった」

 立てた人差し指を振りながらノエルは言う。

「何じゃとぅ…」

「お嬢ちゃんの技を見極めて,狙いすましてあんな勝ちかたしちまう奴だぜ?見なくても分かる何かがあるんじゃねぇか?」

「じゃとしても!さすがに無礼じゃろうが!」

 ハーディは収まらない。

「アンタが怒っても意味無いっての。お嬢ちゃんならともかく」

「どういう事?」

 ハーディをなだめながらフレイアが言う。

「奴の作戦だからかも知れん,って事さ。たとえばそれでお嬢ちゃんの演舞が粗くなりゃあ,やり直しさせる材料ができる」

「むぅ…?」

精神こころが未熟,なーんて挑発を重ねてやりゃあ,二度三度としくじる可能性も出てくんだろ?」

「結局は無礼じゃと言う事じゃろうが!」

「落ち着けよ。奴の目的は何だ?お嬢ちゃんの演舞を見たいって訳じゃないのは分かるだろ?」

「あ…エリィを運動させるために?」

 フレイアが言う。

「おそらくな。いくら万全じゃないって言っても,さすがにそれに集中すりゃ演舞のひとつくらいまともにやりきれるだろ?状態だって良くなってきてる」

「むっ…」

「それじゃ終わっちまうからな。あの手この手で煽って,量を確保しようとしているのかも知れん」

 新しい要求を上乗せして来るよりは良心的じゃないか?とノエルは結ぶ。

「しかし!ならもっと他に言い方やり方があるじゃろうが!」

 ハーディはそれでも収まらない。

「それ言ったら,奴に笑われるぜ?」

 肩をすくめるノエル。

「ならどうしてそれをしなかった,ってな。そもそもお嬢ちゃんのあの体たらくがあったから奴の挑発が始まったのかも知れんぞ?」

「むぐっ…」

「そうですね」

 そこでノーブルが口を挟む。

「あの時,姫を見て明らかに彼の雰囲気が変わりました。方針を切り替えた可能性はじゅうぶんにあります」

「しかし!それでも嬢ちゃんが…」

「まぁお父さんはそれでいいよ」

 ノエルは苦笑する。

「だが俺は…お嬢ちゃんの症状が改善する方法は二つしかないと思っていた」

「へぇ…どんな?」

 フレイアが訊く。

「ひとつは,シャルルが戻って来る。まぁこれが理想だな」

「そりゃそうね」

「で…もうひとつは,今回奴の使った方法。つまりはシャルルをダシにお嬢ちゃんを怒らせる」

「何じゃとぅ…?」

「何せお嬢ちゃんの中で一番強い思いだからな。他のどんな感情に訴えても,どんな理屈を積み重ねても,効果が無いとなりゃぁ…そこをつつくしかねぇ。…案の定,効果抜群さ。見ての通りな」

 ノエルは苦笑する。

「ノエル,そこまで分かってるなら何で今まで黙ってたのよ」

 頬を膨らますフレイア。そうじゃそうじゃと相槌を打つハーディ。

「不可能だからさ」

 ノエルはまた苦笑する。

「俺達はシャルルを知ってる。けなせるか?アイツを?」

 しかもボロクソにだ,と付け加えるノエル。

「むぅ…」

「アイツが何をどうどこまでやろうとしてるのかは分からねぇが,お嬢ちゃんのあれを見りゃ並々ならぬ何かにゃ間違いねぇ。そんなアイツの決意をけなすなんざ…」

「そ,そうね…」

「って言ったらアウトなんだよ」

 フレイアの口もとを指さしてノエルは続ける。

「そう言えちまうほどお嬢ちゃんの事もシャルルの事も良く知ってる俺らが,いくらアイツを悪く言ったところで。お嬢ちゃんは怒らねぇだろ?」

「あ…そうか」

「この手が使えるのは…俺らの事なんざ噂話くらいでしか知らねぇ,全くの外野だけなのさ」

「むぅ…」

「だが…腐ったとはいえ“純白の舞姫”,展開次第じゃ命が危ねぇ」

 肩をすくめるノエル。

「確かにね。エリィの攻撃を受け切れる実力がないと自殺行為だわ…」

「実際,この間のお嬢ちゃんは間違いなくあの時の,鬼神だったと俺は思ってる」

「ですね。久しぶりに鳥肌が立ちました」

 ノーブルが仮面の奥で目を細める。

「あの鬼神を,嫌われ役をやってまで呼び出して,それを制御しろって…誰に頼める?って話だよ。正直,そんな物好き居るわきゃねぇだろと思ってたのさ。あの時までは,な」

「ぐむぅ…」

「ところが奴は,何の躊躇いもなくそこへ踏み込んで,やってのけた。多分だが…ありゃ即興だよ。戦術眼もそうだが,度胸もかなりのものだ。ヘッ,姫さんもなかなかの切り札を持ってるじゃねぇか…」

「多少,腑に落ちない点はありますがね」

「…ああ。そうだな」

 ノーブルの言葉に頷いたノエルは,ん?と視線を移す。

「お…どうやら終わったか」

 食堂のざわめきの中央には,圧倒的な物量をトレイに載せ怒りの表情でそれを押してくるエリィの姿。

「いただきます!」

 どっかと椅子に座るや否や,彼女は物凄い勢いでそれを口に詰め込んでいく。

「おーお,こりゃちょっとしたつむじ風だな」

 溜息をつきながらノエルは言う。

「エリィ,あんまり無茶するとまた胃袋が反乱を起こすわよ?」

「大丈夫っ!あのニヤケメガネ,絶対許さないからっ!」

 口一杯の食物を無理やり喉に落とし込み,それだけを叫んで,エリィは再び口一杯にそれを詰め込む。

「やれやれ…アンニュイなお嬢ちゃんもそれなりに需要あったんだが,また元の格闘馬鹿一代に戻っな…っと」

 ノエルは飛来した手羽を掴んで止める。

「ふるはひっ!」

「ハイハイ,食べ物は粗末にしないようにね,お嬢さん?」

 そこで付き添っていたアラウドが自分の分を手に追いついてくる。

「結局今日は何回ダメ出しされたんだ?」

「中盤で四回,終盤で三回,最後の最後に一回だな」

 椅子に腰を下ろし,アラウドはそう言ってスープに口をつける。

「おー,そいつはまた…」

「ぐぬぬぬ…」

 それが耳に入ってエリィは悔しがる。

「ハイそこー,ヤケ食いは体に毒ですよ…っと」

 今度は串焼きを掴まえるノエル。

(まぁ…ここまで回復すりゃまずまず作戦成功ってとこか…)

 この後どうするか。いくつか考えられる事はあるが,まずはお手並み拝見か。そんな事を考えながら捕獲した串焼きを口に入れるノエル。

「食べたっ!」

 ほどなくしてそう宣言するや,入り口へ向かって駆け出すエリィ。昨日からクーラを見返すために追加で秘密トレーニングを始めたのだ。

「無理すんなよー?」

 その背中に向かって言葉をかけると,エリィは軽く右手を上げて入り口の向こうへ姿を消した。

 アラウドが立ち上がり,それを追う。

「お前もじゃぞ,アラウド」

 ハーディが言う。彼が運んできた食物は半分以上が手付かずだ。

 それにエリィと同じ返答をして,アラウドも姿を消す。

「大丈夫かね…」

 シャルルが姿を消してからこっち,アラウドはずっとエリィに付き添っている。シャルルとの間に何らかの約束があったらしいが,すっかり寡黙が板についた彼はそれについて口を閉ざし,詳細は謎のままだ。

「まぁ心配要らんじゃろ。子供じゃないんじゃから」

「…ま,それもそうだな。お嬢ちゃんじゃあるまいし」

「何じゃとぅ!?聞き捨てならんぞ盗賊のっ!」

「自分で言い出したんじゃねぇか…」

 親バカだな,とノエルは苦笑した。

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