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決闘の果てに

「では,準備ができたらいつでもどうぞ」

 訓練室の中央で対峙するクーラとエリィ。”風”の面々は隅の方で成り行きを見守っている。

「とことん舐めているのね…」

 エリィの背中から吹き上がる炎が,より一層激しさを増したようにクーラは感じる。

「あなたごときにこちらから仕掛けたとあっては皆伝の名折れ。遠慮は要らないからそちらからいらっしゃい」

 凄みのある声で言うエリィ。だがこれは策略だ。

 舞神流は多彩な蹴りと自由度の高い連携が最大の売りだ。皆伝ともなればそれは変幻自在とも言える域で,これに好き勝手させて防ぎきるのは至難の業と言っていい。だからこそ,エリィを挑発することによって主導権を握る。

「よろしいのですか?いかに皆伝とはいえ,油断は足をすくいますよ?」

 余裕のあるふりをしながら念入りに挑発を重ねるクーラ。

「…あなたに言い訳をさせないために,有利な条件でらせてあげると言っているの。御託はいいからさっさときなさい」

「やれやれ…」

 大げさに溜息をついて見せるクーラ。第一段階は成功だ。

「では,いきますよ?」

 そしてここからが第二段階だ。先に攻撃したとて,普通に考えればまともに闘って勝てる相手ではない。

 しかしクーラにはまともに闘って勝つつもりなど初めから無い。そのための第二段階なのだ。

「…!?」

 予想外のクーラの行動に驚くエリィ。ごく普通に考えれば,いくつかの攻撃の型のどれかを使って,反撃の暇を与えずに一気呵成に攻め立ててくるのが常道だ。だがクーラは攻撃を繰り出そうともせず,すい,と近距離まで近寄ってきたのだ。

(馬鹿にして…っ)

 かっとなるエリィ。その行動はつまりクーラが,与えたはずの先制攻撃の機会を放棄した事を意味する。

(後悔しなさいっ!)

 迎撃の膝蹴りを出す。だがそれがすでに彼の策略にはまっている事を,彼女はまだ気づいていなかった。

「おお…」

 外野で成り行きを見守るハーディが,感嘆の声を上げる。エリィが息もつかせぬ連続攻撃を仕掛け,クーラが防戦一方となったのだ。いくつかは命中している。

「まぁ順当と言えば順当よね」

 苦笑するフレイア。

「そうじゃの。一時はどうなるかとも思ったが,本気の嬢ちゃんに勝つなんぞ,流星でもなければ無理じゃ」

「そういえば,流星君もいきなり決闘みたいになったよね」

「懐かしいのぅ。あの時は確か,入団テストをさせる流れじゃったな?盗賊の…」

 いつものお約束である,緊張感とは無縁のやりとりにノエルも巻き込もうとしたハーディは,しかしそのノエルがいつになく真剣な表情で見守っている事に気づいた。

「どうしたのじゃ?お主らしからぬマジメぶりじゃぞ?」

「様子がおかしいぞ…」

 そちらを注視しつつノエルは言う。

「あれだけ嬢ちゃんが攻めているんだ。とっくに終わってもいい筈だ。なのに,終わる気配がまるで無ぇ」

「なんじゃと?」

 慌ててそちらを見直すハーディ。

「む,むぅ…た,確かに,嬢ちゃんの攻撃が当たっておるのに,平然と続けているのも妙じゃ…」

「!そういう事か…」

 ハッとしてノエルがつぶやく。

「あれは嬢ちゃんが攻めてるんじゃない。攻めさせられてるんだ」

「えぇ!?」

 目を丸くするフレイア。

「見ろ…あれだけ当たっているのに有効打は一つも無ぇ。てことはつまり,良い所で打たせてもらえてねぇんだ。間合いか角度か,あるいは打点か…ともかくそれをずらされて,ただ当たってるだけになってるんだよ」

「馬鹿な…嬢ちゃんを相手に,そんな芸当が…」

「どうやら俺たちは奴を甘く見ていたようだな…詰め将棋かよ」

 自嘲の笑みを浮かべてノエルは言う。

「な,なにぃ!?どういう事じゃ!?」

「見ろ…奴の動きを。嬢ちゃんの次の動作を読み切って先に動いてる」

「と言うよりは,誘導しているのでしょう…」

 そこでノーブルが口を挟む。

「おそらく,受けや捌きや位置取りで,姫が有効打を出そうとすればこの技を出すしかない,という状態に持ち込んでいるのだと思います。無論完全に一つに絞り込むことはできないでしょうが,可能性が狭まれば対処がしやすいのも道理…」

「次に来る技を絞り込んで,しかもさらに次への布石を仕込んで受けるってか…ヘッ,その分を差っ引いても化け物にゃ変わりねぇどころか…別の意味でさらに化け物じゃねぇか…」

 ごくり,と唾を飲み込むノエル。

「異端…と言った方が良いのかも知れません。世界最高峰の歴史と伝統を持つ正統派の中の正統派である舞神流を,単なる手段,道具としてしか考えないような者が居るとは…」

「ノーブル…あなた今わくわくしてるでしょ」

 口元に浮かぶ微かな笑みを見とがめ,フレイアが言う。

「え…いや決してそのような…」

「経歴とか思考回路とか,いろいろ調べたいと思ってるでしょ」

「今はそんな事言っとる場合じゃないぞぃ!…嬢ちゃん!落ち着くんじゃ!」

 ハーディが叫ぶ。

「ちょっと黙ってて!」

「よろしいのですか?助言に耳を傾けなくて?」

「五月蠅いっ!」

 ニヤニヤと笑うクーラに,より一層熱くなって一気呵成に攻め立てるエリィ。

「無駄…いやむしろ逆効果だぜハーディ。そこまでが奴の作戦だ」

 ノエルが言う。

「なんじゃと?」

「のっけから嬢ちゃんを挑発して自分の有利な状況に持ち込もうとしてたんだ。ここでもそうだろう。嬢ちゃんが皆伝の意地にかけて策略ごと叩き潰そうと思えば思うほど,奴の思うつぼってこった」

「ぐ,むぅ…」

 唸るハーディ。エリィにはもともと周りが見えなくなってしまうところがあって,彼らもそのフォローに苦心してきたという過去がある。クーラはそこを狙いすましてきたという事だ。

「て,事は…彼の狙いはエリィのスタミナ切れ?」

 ハッとしてフレイアが言う。今のエリィはろくに食べる物も食べていない状態だ。たとえ気力が保てたとしても,身体にはいずれ物理的な限界が訪れる。

「かも知れねぇが…ヘッ,あの妙な仮面もどきのせいで,全く何考えてるか分からねぇ」

 しかし当のクーラは,相変わらず例の,全く予想外の感情に苦しんでいた。

 どうやらひとつは自己嫌悪らしい。舞神流の同門として,それに誇りを持ち名誉を守り通そうとするエリィと,そんなものに価値を見出さずむしろ利用して策を弄している自分。仕事上の事と割り切っていたつもりだったが,一般から外れた事をやっているという自覚は思った以上に負荷をかけているらしい。

 ひとつは,エリィへの賞賛と共感であるらしい。自己嫌悪の対となる感情なのだから当然だが,真っ直ぐに生きているエリィを素直に認めている自分が居る。実際に闘っているからこそより実感としてそれが伝わるのだろう。彼女の技はどれもよく修練され洗練されたものだ。

 しかしさすがに,時間が経つにつれてその精度は落ちてきている。得意こそあれ苦手など全て克服している筈の技に,ところどころ,それまで気づかなかった粗さが現れてきていた。

 そんなエリィを気の毒に思う自分が居る。先の自己嫌悪にもつながる感情だが,今自分がやっている事は,言わば泥沼の持久戦に引きずり込んだ挙句彼女を身ぐるみ剥いで丸裸にしているようなものだ。しかも自分は,彼女の全てを晒した上でそれを眺めまわし,もっとも効果のある部分を見定めてそれを攻めようとしている。これもなかなかに負荷が大きい。

 そしてどうやらその先にある結論めいたひとつ。それが,”紅き流星”への反感と嫌悪であるらしかった。自分がこんな真似をせざるを得ないのも,エリィがこれだけつらい目に遭うのも,もとはと言えば彼が失踪したためだろう。その詳細と真意が分からないまま全てをそこに帰結するのは安直な逃げの思考だ,もちろん頭ではそう分かっていても,やはりその事実は厳然として動かしがたいものであった。

(恨むなら”流星”を恨むのだな…)

 ごく自然にそこへ落ち着いてしまう自分にもうんざりしながら,クーラはしかし割り切って,最後の締めに向けた道筋を描く。

 エリィが他に言い訳ができなくなるよう,彼女の最も得意な技を破って終わりにする。こちらからの攻撃は,その一発だけだ。

「…狙っているな」

 ノエルがつぶやく。すでに開始からそれなりの時間が過ぎていた。

「ですね…何かを待っています」

 ノーブルもつぶやく。

「ちょ,ちょっと二人とも!解説してる場合じゃないわよ!エリィが負けたらどうなるか分かってるの!?」

「ハッ…」

「…やべ,忘れてた」

 その時。それは訪れた。

(…来る!)

 多少無理な態勢だが撃てなくもない。最も得意な技で締めくくる,シンプルな奥義。今の心理状態と疲労の状況ならここでそれに頼る。クーラはさらにそれを確実なものにするため,わざと隙を作ってそれを誘う。

 放たれたエリィの左膝蹴りを,前かがみになって受ける。それで動きが止まり,無防備となった側頭部へ必殺の右上段蹴りを叩き込むのが一連の流れだ。その技を良く知る同門ならば本来そんな受け方はしないが,それを不審に思わせないために見せた隙だ。

 エリィはやはり右上段を撃ってきた。彼女はおそらくそれが決まるか,今までと同様に打点をずらして受けられると思っている。それが精いっぱいだと思っているだろう。

 だがそれは誤りだ。クーラが今までわざと受けていたのにはその前振りという意味合いもあるし,疲労した状態の,やや無理な態勢から放たれた,しかも予想通りのそれは,もはや彼にとってかわせないものではない。

 クーラはさらに身を沈めて,エリィの側面へと滑り込むようにしながら紙一重でその右上段の下へ潜り込む。そして,渾身の蹴り上げでやや身体が浮き気味になり,大した力のかかっていない軸足を軽く払ってやる。

「!?」 

 支えを失って背中から落ちるエリィ。クーラは低い体勢のままそれを待ち構え,抱き止めた。

「…」

 一瞬,何が起こったか分からずきょとんとするエリィ。

「私の勝ち,という事でよろしいですかな?エリィ殿?」

 にっこりと笑って見せながら,クーラは勝利宣言をする。

「!!」

 すぐさま飛び退り,クーラを睨みつけるエリィ。だが抱き止めたりせずに技を出していれば終わっていた事など彼女にも良く分かっている。

「さて…」

 クーラは立ち上がり,緊張を解く。

「どうします?エリィ殿?幸いな事に,ここで舞神闘が行われた事を知る者は僅かです。誰もが口を閉ざせば,無かった事にするのも…」

「馬鹿にしないで!」

 拳を握りしめながらエリィはそれを遮る。

「そうですか」

 どちらでも構わない,それは大したことではないというような口調でクーラは言う。いや,エリィにそう聞こえただけで,クーラの実情とはこれ以上エリィを苦しめたくない,さっさと次へ進みたいという意識が現れたに過ぎない。

「では早速従ってもらいましょう。細かい所はこれからおいおい決めていくとして…」

 淡々とクーラは言葉を繋ぐ。

「まずは,私がもういいと言うまで…必ず一日に三回,私か”風”の誰かの見ている前で,少なくとも一人分の食事を完食すること」

「…は?」

「…へ?」

「…ほ?」

 これにはエリィだけでなく,固唾を飲んで成り行きを見守っていたフレイア,ハーディも間の抜けた声を上げる。

「聞いていましたね?私が立ち会えない場合は,しっかりエリィ殿を見張っていてください」

 そちらを振り返り,クーラは主に,目を丸くしているハーディに向かってそう要請する。

「お…おう…」

 展開に頭がついていけないまま,気の抜けた返事をするハーディ。

「次に…明日から最大で一日一回,私が求めた場合は演舞を披露すること」

「…」

 ぽかんとした表情を浮かべるエリィ。

「今日私が勝てたのは,貴女の技が粗かったからです。そんないい加減な演舞だったら何度でもやり直しを命じるので,そのつもりでいてください」

「…!」

 先ほどの屈辱を思い出し,エリィの表情が再び険しくなる。

「差し当たって,以上です。よろしいですね?」

「な…」

 しかしクーラの言葉に,再びぽかんとする。

「…?何か,分からない点でも?」

 クーラはそこで,ころころと変わるエリィの様子に好感を持っている自分に気づいた。そして,その変化を促し煽る自らの発言に,私情が挟まっているのではないかと不安になり,殊更に事務的な調子で言う。

「…それだけ?」

「おや?もっと別の何かを…期待,していたのですか?」

 苦笑するクーラ。それは自分にも向けられたものだが,エリィには当然そんな事は分からない。

「!だ,だ,誰がッ!」

 かっとなり,顔を真っ赤にするエリィ。

「それは貴女がもっと元気になってから相談に応じましょう」

「ちょ!待ちなさい,勝手に話を…!」

「正直今の貴女では,伝え聞いていた全盛期の魅力の九割減のようにも思いますのでね」

 フフッ,と思わず笑ってしまうクーラ。今の貴女は随分と調子を取り戻しているようでもありますが,と心の中で付け加える。

「何ですってぇ!?」

 くってかかろうとするエリィだが,クーラは機先を制してすいっと後ろへ下がる。

「ははは,まずはいつもそのくらいの元気で居られるようにして頂きましょう。抗議も再戦も,受け付けるのはそれからです。…従ってもらいますよ?エリィ殿?」

「うぐっ…」

 ぐっと言葉につまるエリィ。

「…さて。では”風”の皆さん。これからしばらくの間よろしく願います。正式に作戦参加の要請が出るかどうかはまだ先ですので,それまでは様子を見ましょう。私は任務がありますので,今日はこの辺りで」

 そこで居住まいを正し,踵を揃えて敬礼をして。クーラは訓練室を後にした。

 おそらくエリィはこの後荒れるのだろう。その光景を思い浮かべ,クーラは苦笑した。

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