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先行調査

「うー…ん」

 気持ち良さそうにエリィが伸びをする。

 うららかな日差しの昼下がり。クーラと“風”はガイカースに程近い街道を歩いていた。

 マイシャの奪還に成功した連合は,今はその修理と軍備の再編を行っている。

「でもさぁ,つくづくいい加減よねこの作戦」

 やれやれと肩をすくめてフレイアが言う。

 今回彼らはガイカースへ先行し,平たく言えば内応の約束をとりつける役割を担っていた。

「まぁそう言うなって。奧に籠りっきりじゃ息も詰まるだろ?」

 鼻歌を歌っていたノエルが言う。

「まぁのぅ。何のかんの言っても,儂らにはこっちの方が性にあっとる」

 髭をいじりながらハーディ。

「そーいうこと」

「そこに異論は無いけどさぁ。ノーブルのアレが無かったら計画そのものが破綻してたんじゃない?」

 フレイアが言う。

 アレとはノーブルが披露した独自呪文,【そっくり仮装大賞】で作った女王と龍戦士の虚像の事である。かなりの労力がかかるその虚像の維持をギルバートに頼み,当の本人たちは本陣を抜け出してここに居る。

「まぁ本来は,身代わりそのものもこれ程本格的にする予定はありませんでしたからな…」

 クーラが苦笑する。

「あくまで対外的な宣伝ができれば良いという程度で。実際問題としては戦力として計算したいのが本音です」

「今回の任務がまさにそれ,というわけじゃな?黒メガネの」

「…そういう事です」

 下手に反応せずやり過ごすのが得策と報告書にもあった,ハーディの奇妙な呼称。どうやらしばらくはそれで定着してしまいそうなそれには触れずクーラは言う。

「使い倒されておるような気もせんではないがのぅ…」

「まぁそう言うなよお父さん。伝説の龍戦士様が,お嬢様のために用意してくれた息抜きなんだからよ」

ニヤニヤしながらノエルが言う。

「えっ?」

 予想外に自分が話題になり,目を丸くするエリィ。

「この間お母さんが陳情してたからな」

「盗み聞き?腐っても盗賊ねぇ」

 目を丸くしたフレイアがすぐにニヤニヤして混ぜ返す。

「ツッコミ所満載だけどよ…初歩の推理だよ。あんなん聞くまでもねぇ」

 肩をすくめるノエル。

「そうなんか?黒メガネの?」

「まぁ…その目的も否定はしませんが…」

 完全否定するわけにも行かず仏頂面でクーラは答える。

「うー…」

 案の定。それまで伸びやかで晴れやかだったエリィに複雑な心情が現れる。

「タネ明かしはほどほどにして頂けると有難いですな,ノエル殿」

 溜息をつくクーラ。

「悪ィ悪ィ。親御さんがちぃと堅物でな」

「何じゃとぅ?」

 鼻息荒くノエルに詰め寄るハーディ。それをフレイアが抑える。

「良く言い聞かせておくからよ。今回はご愛嬌って事で頼むわ」

 軽い笑みを浮かべるノエル。

「見えてきましたよ」

 その時ノーブルが言葉を発し,一同の視線が木々の陰からのぞいたガイカースの城壁へと向けられる。

「では今後の作戦内容を説明します」

 無理なく話題を逸らせて良かったと,クーラは内心でホッとした。

 一同はガイカースへ入ると,まず宿を探した。

「お…あれじゃな」

 ハーディが指さした先には,“地”の札が懸けられている。

 ここガイカースをはじめ旧ルトリア領の都市群では,第三勢力の介入によって,本来は敵味方に分かれているはずの帝国と共同戦線を張るという事態になっていた。

 今回の任務のひとつは旧ルトリア側の軍事責任者と接触してその状況を把握,第三勢力に付け入らせる事なく帝国を追い出す事にあり,その責任者というのが“風”と並ぶ“四部衆”の“地”であった。

「じゃあ早速手続きしちゃうね」

 フレイアがそう言ってさっさと中へ入る。

「しかし…さすがは“四部衆”と言ったところですな。普通の冒険者ならば自分から依頼を探しに行くところ,逆に依頼を待つとは…」

「そんじょそこらの有象無象とは違うわい!」

 感心したようなクーラへ鼻息荒く言うハーディ。それをフレイアに代わって制しながら,エリィが苦笑まじりに説明する。

「もともと,組合ギルド側からの要請なの。急ぎの厄介な依頼をさっさと片付けるには,腕利きの駒がどこに居るかの把握が大事,って事」

「なるほど。所属が明確でない以上はそれで緩やかに動向を掴んでおくのが効率が良いですな」

 話しながらぞろぞろと中へ入る。

 ギルド兼宿屋のご多分に漏れず,一階は酒場を兼ねたホールになっていた。

 先行したフレイアは すでに交渉を,しかも値切りのそれを行っているようだ。途切れ途切れに耳に飛び込んでくる 単語からクーラはそう判断するが,敢えてそれ以上そこに触れるのをやめる。

 “風”ほどの大物がそんなで良いのかと思わなくもないが,流儀だからこそのそれなのかも知れない。加えて,こちらからは言えないにしても経費で泊まる以上,向こうが率先して節約に努めてくれるのはありがたいと言えばありがたいのだ。

「まぁ契約中みたいだから難易度は多少上がるかも知れないけどね」

 言いながらエリィは目立たない一角の卓を目指す。

「契約中…?」

 幾分不意を衝かれた格好になるクーラ。

「…“地”が,ですか?」

 なぜそこまで判るのか。不審に思って聞き返す。

「さっきの札なんだけどね。二種類あって,字が彫ってあるものは空き,逆に周りが彫ってあれば契約中って事なの」

「ほう…うまく出来ているのですな」

 言いながらしかし,クーラは最悪の局面を想定しはじめる。

 帝国と共同戦線を張っている現状での契約とは,つまり帝国とのそれである可能性が高い。となればその内容のいかんによっては,帝国兵に引き渡される可能性もある。

「帝国とやりあう心配なら要らねぇよ」

 しかしノエルがお見通しとばかりに言う。

「…ノエル殿?」

 聞きながら椅子へ腰を下ろすクーラ。他の面々もそれぞれ椅子に座る。

「俺らにゃ俺らの通すべき筋ってのがある。いくら契約ったって,依頼の話をしに来た客を売るのは自分の首を絞めるだけだ」

 言いながら自分の首を絞める真似をするノエル。

「だから基本,その辺りは折り込み済みで契約をしてるんだよ。逆にそうできない契約なら,接触は控える」

「なるほど…」

 こちらとしては前者であって欲しい,とクーラは思う。今回の任務は接触しなければ先へ進まないのだ。最悪の最悪,旧ルトリア側の者たちと敵味方に分かれて戦う可能性もないとは言い切れない。

冒険者わしらを甘く見るでないぞ」

 鼻息荒くハーディが言う。

「…心得ました」

 絶妙なタイミングに苦笑するクーラ。是非自分のこの心配には杞憂で終わってもらいたい。

「手続き完了~」

 その笑いで冒険者を馬鹿にされたとでも思ったのか,くってかかろうとしたハーディではあったが。ちょうどそこへフレイアが戻って来た。

「“地”への連絡も頼んでおいたわ。今は前線に詰めているようね」

「…かかりそうですか?」

「状況次第かな。つい先頃攻勢を退けたみたいだから,基本しばらくは落ち着くだろうみたいな雰囲気にはなってるけど」

「なるほど…」

 同時多発的に戦端が開かれたからこそマイシャの奪還もあの程度で成ったのかも知れないな,とクーラは思う。だがそれは逆に言えば,エリティアの封印を解いた帝国がそれだけ兵員的な余裕を持ったという事でもある。

「…では“地”の返答待ちですな。当分は滞在という方向になりますか」

 待つ身の辛さか,これは長く感じられるな。クーラはやれやれと肩をすくめる。

 あまり帝国に時を与えたくはない。できれば早々にガイカース奪還の軍を動かしたかったのが本音だ。

 しかし軽々に動けば,ガーネ=コマを支えられなくなって第三勢力にそこを奪われ,つけいる隙を彼らに与えてしまうかも知れない。おそらくマイシャのほうでもじりじりするだろうが,拙速だけは避けなければならないだろう。

「だな。しばらくはのんびりするか」

 欠伸をしながらノエルが相槌を打つ。

「…ではエリィ殿,行きますか。なるべく早くノルマを上げてあとはゆっくりの方がよろしいでしょう?」

 あのお披露目と前後して,エリィの日課には組手が加わっていた。いちおう体調管理の名目も残ってはいるが,どちらかと言えば今はストレス発散の意味合いが大きい。

 お互い気分転換でもしながら過ごすのが上策には違いない。

「え?あ,はい…」

 曖昧な返事をするエリィ。

 あの一連の挑発が策略と知ってから,エリィは怒るに怒れない,感情的にどう折り合いをつければ良いのか分からない微妙な心境になってしまっていた。

 そしてその心境を分析しようにも,今の彼女にはあまりにも情報が不足していた。

「あ,じゃあ荷物は部屋に放り込んでおくね」

「助かります」

 フレイアとクーラのやり取りを聞きながら,釈然としない思いを抱えるエリィ。

「おーお,役づくりご苦労だねぇ」

(…)

 ノエルのいつも通りのはずの軽口も,エリィには妙にひっかかる。

「…ノエル殿」

 溜息をつくクーラ。

「…っと済まねぇ,今は休暇中だったな」

(…)

 またひっかかるエリィ。

「エリィ殿…?」

 だが彼女の思考はそこでクーラの言葉によって中断された。

「お疲れならば無理なさらずとも…」

「あ,だ,大丈夫!ちょっと考え事してただけで…」

 慌ててそう言いながら,クーラのいたわりにますます心を乱されてしまう。

「ハハン,晩飯の心配だな?」

 しかしそこで,ニヤリと笑いながらノエルが勝手な事を言う。

「ちょ!ノエル,人を何だと思って…」

 反射的に言い返すが,エリィはそこで何となく気恥ずかしさのようなものを感じて違和感を覚える。

「隠すな隠すな。元気が一番,そっちのがよっぽどお嬢ちゃんらしくて良いぜ?」

「うー…」

 むくれるエリィ。

「ははは,確かに旅の楽しみはご当地の料理ですからな。しっかり腹を減らして,美味しくいただくとしましょう」

 そう言ってクーラは立ち上がり,すたすたと歩きだす。

「もう!大尉まで!」

 抗議しながらその後を追いかけるエリィ。さらにその後をアラウドが追う。

「ははは,ごゆっくり~」

 ひらひらと手を振りながらそれを見送るノエルは,しかしその姿が完全に見えなくなるとがらりと調子を変えた。

「さてこっちも,やることやっとこうか」

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