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迷優たちの競演

魔獣マンティコア…!」

 フレイアが叫ぶ。“風”をはじめルトリア城奪還戦に参加した者にとっては,忌まわしい記憶を呼び覚ます存在。それが数体,上空からまっすぐこちらへと向かって来る。

「狙いは本陣ここか!?」

 さすがにノエルの声にも緊張が混じる。

 アリシア軍は前がかりとなって,本陣との間には隙間が生まれている。高度な戦術的思考が魔獣にできるかは不明だが,少なくとも迷う事はなさそうだ。

 そしてハーピーなどとはわけが違う。いかに不意を衝かれたとはいえ,連合が壊滅に追い込まれたのは紛れもない事実だ。

「女王!あれを!」

クーラが短く叫ぶ。

「隙は私が作ります!」

「え…あ,はい!」

あれとは,兼ねて打ち合わせておいたお披露目用の技の事だ。

〈冷徹なる大気…〉

 ノーブルから示され暗記した古代語の台本を,声高らかに唱えはじめるエリィ。

〈アドム・カトバⅩLⅣ〉

 一方こちらはかなり控え目に,クーラはそうつぶやくと,剣を抜きながら馬の背から空へと駆け上がった。

「!?」

 目を疑うクリミア。見えない飛び石でもそこにあるかのように,ひょいひょいと飛び跳ねるように空中を駆けていくクーラ。女王の声に振り返った第三軍からも,おおっという驚きの声が上がる。

 先頭を降下してきていた魔獣が迎撃態勢に入り,獅子と山羊の二つの頭が同時に大きく息を吸い込む。

「いかん!」

 ノエルが叫ぶ。あの位置から炎を吐かれれば,クーラがそれをかわしてもその射線上に本陣がある。

「…なっ!?」

 しかし次の瞬間,ノエルは驚きの声を上げる。クーラが剣を構えて,それに突っ込んだのだ。

 おおっ,と再び驚きの声が上がる。二つの頭から放たれた炎をクーラは剣で受け止めた,いや,その剣がその炎を吸収してしまったのだ。

「はっ!」

 そのまま接近したクーラは,左右連続の蹴り上げでそれぞれの下あごを蹴る。魔獣は強引に口を閉めさせられた格好でのけぞった。

「今です!」

 そう叫んでクーラは見えない壁を蹴って横へ跳び,魔獣への射線を確保する。

<…敵を滅ぼせ!>

 台本を読み終えたエリィがその手に三叉槍を出現させ,あくまで魔法のふりをしながらそれを投げつける。それは真っ直ぐに飛び,二つの首の付け根のあたりに吸い込まれた。

 クーラはすかさずまた見えない壁を蹴って,絶命した魔獣にその反動で跳び蹴りを食らわせ,その身体が落下しても友軍に被害の出ないところまで蹴り飛ばす。

 だが友軍はすでに,それを見ている場合では無くなっていた。迎撃をそちらに任せた残りの二体が本陣へ,いや,正確には本陣の近くに位置していた攻城兵器に攻撃を加えていたのだ。

「ちいっ!」

 クーラは今度は空を蹴って,加速をつけて矢のように,頭からその片方へと突っ込む。

 その魔獣は二つの首から炎を吐いて連合兵の攻撃を阻止し,攻城兵器を攻撃するもう一体の援護をしていた。しかし尻尾である蛇はクーラの様子を注視し続けていた。仲間を排除した敵が急接近してくると見たその蛇は,これまた息を吸い込むとそれを目がけて炎を吐き出す。

 クーラは再び剣を構えてその炎を吸収しながら,くるりと身体を回転させて魔獣の背中へ蹴り込んだ。鈍い音を響かせてその背骨が破断し,魔獣は反動で,その部分を中心にへし折れる。しかしそれに挟まれるより早くクーラは横へ跳んで,最後の一体へと向かう。

 そこにはエリィが駆けつけていた。攻城兵器へ執拗に攻撃していた獅子の横面へ蹴り込んでそれを怒らせ,ひょいひょいと炎をかわして注意を引き付けている。魔獣はちょうど,クーラに対して尻を向ける状態となっていた。

「離れて!」

 叫びながら一気に距離を詰めるクーラ。エリィが炎をかわしながら大きく後方へ跳び退る。

 クーラは,今度は三角跳びの要領で蛇の吐く炎をかわし,その横面を蹴り飛ばすと,無防備となったその胴体へ剣を振り下ろした。

「!?」

 その成り行きを見守っていた者は一様に,目を大きく見開いた。クーラがそれを斬ったと思った瞬間,魔獣は爆発と表現するのが適当なほどの炎に包まれたのだ。

「…」

 一番の特等席でそれを見て,ぽかんとするエリィ。炎が消えた後には,原形が何であったかすら分からないほど黒焦げになった塊があるばかりだ。

「女王…兵たちに檄を」

 それに駆け寄りながらクーラは言う。ハッとしたエリィはごくりと唾を飲み込んで喉を潤し,声を張る。

「魔獣は沈黙しました!皆さん,もう少しです!」

 おおおお,と前線のアリシア兵から声が上がる。

「ふぅ…」

 アリシア将兵の意識が完全に前線へと向いたところで,クーラは息を吐くと剣を鞘に落とし込む。

「お怪我はありませんか?女王?」

「え?ええ…私は何とも。大尉の方こそ,あれだけの大立ち回りで…」

 未だに信じられないと言った様子のエリィ。

「まぁ…多少無茶はしましたが,損害はありません」

 そこへ,クリミアと”風”の面々が集まってきた。

「黒メガネの!何じゃいあのデタラメな強さは!?」

 真っ先に口を開くハーディ。

「まぁ…それらしく見せなければなりませんからな」

 あれこれと詮索されるのも面倒だ,そう思ったクーラは主導権を握るべく即座に,しかし周囲を気にするような素振りを見せながら口を開く。

「それらしく…?」

 胡散臭そうに聞き返すクリミア。彼女自身もクーラがこれほどのものを見せるとは思いもよらなかったのだ。確かに実直で謙虚なのがエリティア軍の気風ではあるが,この男がそんなものとは無縁の存在だという事も良く分かっている。

「聞くところによると,伝説の龍戦士というのは出鱈目が売りなのでしょう?力不足をひた隠してその役割を演じる者としては,せめて予想外の行動で目くらましをしておかねばなりませんからな」

「おいおい…目くらまし言われてはいそうですかと納得できるような次元じゃねぇだろ?あれは…」

「はは…そう言って頂ければまずまず目論み通りですな」

 苦笑するクーラは,すぐにがらりと口調を変えて話題を逸らす。

「とはいえ…肝心なところではものの役に立たなかったようですが…」

「むぅ」

 短く唸るハーディの視線の先には,無残に破壊された攻城兵器。

「いかんな…ここで時を稼がれるのは…」

 クリミアがうめく。ここでマイシャを落としきれなければ,帝国の補給線は繋がったままだ。いかにエリティアの戦略的価値が落ちてしまっていると言っても,マヒロから王都クオーカまで制圧されてしまえば連合の士気は底を打つ。そんな状態で最後の砦と化したトルサを守れるとは到底思えないし,いよいよ反攻の目は無くなってしまうだろう。。

「まぁ大尉の追及は後回しにするとして,さしあたりここは私が一肌脱ぎましょう」

 そこでノーブルが口を開く。

「ノ…クマルー卿?それは…?」

 思わず言いかけて咳ばらいをし,あらためて言い直すクリミア。

「姫と大尉が頑張ったのです。不肖この私も,ごくごくたまには良い所を見せねばなりますまい」

 ふふふ,と心底楽し気に笑って言うノーブル。

(…)

 クーラは内心で苦々しく思う。何の気兼ねも無く言っているところを見ると,どうやらクマルー卿が女王ユーリエに使う呼称とノーブルがエリィに使うそれとは同じなのだろう。いっぽうこちらは比較される対象など無いから,どう呼ぼうがまったく問題ない。

 何もかもがこの魔法使いにとって都合の良いように動いているような居心地の悪さ。いや,不測の事態だったはずのものまでがいつの間にかこの魔法使いの掌の上に載ってしまっているかのような居心地の悪さと言った方が良いだろう。逸らしたはずの話題もそのまま放免とならないよう釘を刺されてしまった。

「ギルバート殿!中央を開けて下さい。呪文スペルで城門を吹っ飛ばします」

「!?」

 しかし次のノーブルの言葉に,さしものクーラも耳を疑う。

 アリシア軍はすでに妖魔の殲滅を完了していた。戦場の喧騒が収まっていたのだから,朗々としたそのノーブルの声はギルバートどころか周りにいた第三軍にも聞こえただろう。

「…は,はい!」

 こちらを振り返ったギルバートの表情にも,当然驚きの色が現れていた。だがここで自分が敬愛するクマルー卿の言葉に従わなければ,不信を持たれてしまう。

 ならばここはノーブルの自信に期待するしかない。そんな判断を瞬時に行ってギルバートは指示を出す。

「さ,参りましょう,皆さん」

 涼やかに言うノーブル。

「…」

 こちらも半信半疑だが,クリミアはともかく後続のエリティア軍へ前進を指示する。

 ゆっくりと前後にできていた隙間が閉じていき,やがてそれは完全に塞がった。一方でその前半分は左右に分かれ,ちょうど凹形陣のような格好になる。

「大丈夫なんかのぅ…」

「しっ」

 思わずつぶやいてしまうハーディを制するフレイア。

 だがそんな周囲の心配などどこふく風で,ノーブルは悠々と歩を進め,左右に割れたアリシア軍の見守るなか城門に正対すると,声を張った。

<開け,異界の門!閃け,太古の光輝!…>

「な…!?」

(…?)

 クーラは二人の演技の巧拙を,ギルバートの反応で判断していた。もし彼の反応が思わしくないようなら,釈然としない個人の思いは棚上げして,その正体が発覚しないよう自分へ注意を向けさせる必要があると考えていたのだ。だからギルバートが,この局面で平静を装ってはいてもその実かなり狼狽している事にも気づいていた。

 だからこそクーラは,この局面がすでに自分にはどうしようもない事はともかくとして,その決して大きくは無い驚きの声を聞き逃しはしなかった。それは,今の余裕のない彼をしてまったく別方向へ驚かせるだけの何かがそこにあるという事を意味する。

<…仇なす闇を切り払え!>

 おおっ,という声が上がる。詠唱を終えたらしいノーブルがかざした杖の先端を中心として,一二枚の光輝く円盤が出現する。

 いや,正確には二四枚と言った方が良いか。僅かの距離を置いて,それぞれ二枚の円盤が対を為している。

<十二神光雷砲トウェルウルラーザ!>

 ノーブルの凛とした声を合図に,それぞれの円盤から十二色の光の帯が,絡み合い回転して一本の大きな光の束となってマイシャの城門を撃ち抜いた。

「!!」

 その光が消えると,城門は跡形も無く消し飛んだ。破壊はそれにとどまらず,内部もすっかり整地されその周囲の城壁も大きくえぐれている。

「今です,アリシアの勇敢な将兵たち!今こそマイシャを取り戻し,再びアリシアの旗を立てるのです!」

 すかさずノーブルが声を張る。それで呆気に取られていたアリシア軍は我に返った。

「と,突撃だ!全軍,マイシャへ!」

 ギルバートが慌てて号令を出し,鬨の声を上げながらアリシア軍はそちらへ突撃を開始する。

 その様子を確認して,ノーブルは小さく息を吐いた。

「ふぅ…調子に乗ってちょっとやりすぎちゃいましたね。復旧が大変そうです…」

 ちょっと,で片付くのだろうか。エリィはそんな思いを苦労して押さえつける。女王の真似事をしていなければ真っ先に問い詰めたいところだ。ちらりと視線を走らせれば,”風”の面々も一様に同じ表情をしている。

「クリミア殿」

 ノーブルは素知らぬふうを装って口を開く。

「勝手に指示を出してすみません。後はお任せいたします」

「え,あ…」

 そこでやっと我に返るクリミア。

「よし!我々も行くぞ!マイシャから帝国を叩き出すのだ!」

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