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エピローグ

 帝都ア=オバク。帝国の夢の跡とも言える王城,そして最後の戦いが行われた広場を望む丘の上に,一人の男が居た。

「…」

 夕焼けが赤く染めるそれらを無言でじっと眺め続ける男。

 と,不意に男はひょいと首をかしげ,今まで頭があったところを小石が通過する。

「来たか…」

「…ほぅ,私を待っていたというのか」

 男の後ろ,何もない空間から染み出すように姿を現す,黒い甲冑の剣士。元漆黒将軍のヴァニティだ。

「…ということは,やはり記憶を失ってはいなかったのだな,流星」

「あなたを騙せるとは思っていないよ」

 流星と呼ばれた男,シャルルは背中を向けたまま肩をすくめる。

「…買いかぶられたものだな」

 苦笑するヴァニティ。

「…だが,だとすればお前は,私があの場では黙っていると踏んでいたことになるな」

「ああ。だからこうして,あなたを待っていたのだ。どうせ居場所も筒抜けだったのだろう?」

「…確かにな」

「おそらく,俺が何を言いたいかもあなたは解っているのだろう?」

 シャルルは相変わらず背を向けたまま,淡々と言葉を繋ぐ。

「…私に汚れ役を押し付けようというのか」

「そうじゃない」

 ハハ,と笑うシャルル。

「あなたは,アリシア女王と共に歩んでいくのだろう?エリィの義兄あにになるのだろう?」

「…義兄として,義妹いもうとの幸せも考えてやりたいのだがな」

 溜息をつくヴァニティ。

「だからだよ」

「…ここが最後の分岐点,そう言いたいのだな?」

「そうだ」

 即座にシャルルは答える。

「…しかし,それではエリィが悲しむのではないか?」

「エリィを愛したシャルルとクーラは,漆黒将軍に斬られて消滅した」

「…戻ることはない,ただの記憶喪失とはわけが違うと,そういう事にしろというわけか」

「そうだ」

「…それが彼女の…」

 言いかけて,しかしヴァニティは言葉に詰まる。

「あなたならば,俺がなぜそうしたいのかも解るはずだ」

「…確かにな。龍戦士われわれには根源的な弱点がつきまとう。相手がそれを飲み込んだからとて,それで万事問題なしとはいかぬものな」

「あなたは…強いと思う」

 シャルルは言う。

「状況がそれ以外を許さなくなったという事も確かにあるが,それでもあなたは,女王と共に歩むことを決めた」

「…耳が痛いな」

 自嘲の笑みを浮かべるヴァニティ。何をどう飾り立てたところで,結局は龍戦士じぶんのエゴなのではないか。そういう思いは消えない。

「だが,俺はあなたとは違う」

「…本来ならば終わっていたと,そう言いたいのか」

 しかしシャルルの次の言葉で,彼は即座にその笑みを消す。

「そうだ。俺は…,いや,俺たちは,エリィを守れなかった」

「…なるほど,それが共通の結論ということか」

 ヴァニティは溜息をつく。

「…だがそれならば,残りの全てをかけて償うという生き方もあって良いのではないか?」

「そうするつもりだよ」

 ハハ,とまたシャルルは笑う。

「…どういう事だ?」

「それこそ,龍戦士おれたちにとっては当たり前の事だろう?他に何も無いのだから」

「…エリィには新しい幸せを見つけさせておきながら,自分はそれを見守り続けるつもりか」

「そうだ」

 シャルルの言葉に力がこもる。

「一度越えてしまった一線が,もう二度と来ないと考える方が無責任だろう。ほんの些細なことでまた起こってしまうかもしれない。だから…俺はエリィの傍に居ない方が良い。だが,俺のこの生のすべては彼女のためにある。それは変わらない」

「…それを知ったら,エリィが悲しむだろうに」

「だからだよ。あなたにだけは隠し通せないと解っていた。口止めしなければならないから,こうして待っていたのさ」

「…やはり汚れ役ではないか」

「あなたも一度は,そうしようとしたのだろう?しかもあなたは,女王の記憶の方を消そうとした」

「…痛いところを衝く…」

「いや…むしろ俺は,あなたの覚悟を尊敬している」

 空に向かってふぅっと息を吐くシャルル。

「何のかんのと言って俺は,ああ,いや…その意味では結局汚れ役を押し付けてしまうことになるのかもしれないが…ともかく,なし崩しで済まそうとしている卑怯者でもある。あなたは自分がただ一人汚名を着る事すら厭わなかった」

「…今度は褒め殺しか。買いかぶるなと言った筈だが」

「身の丈だよ。女王を守り,アリシアを支え…アレも,背負っているのだろう?」

「…ひとりで背負っているわけではないよ」

「姫が二人ってのが,絶妙な落とし穴だったな」

 肩をすくめるシャルル。

「…ふ,確かに運命は意地が悪い…」

「そんなあなただから,頼むのだ」

 しばし,静寂が流れる。しかしシャルルが次の行動を起こす前に,ヴァニティがそれを破る。

「…流星…ひとつ,最終確認をして良いか?」

「なんだ?」

「…お前の言い分,確かに解る。解るが…体のいい厄介払いにも思えるな」

「厄介払い,だって?」

 シャルルは目を丸くしてヴァニティのほうへと向き直る。

「…おそらく義妹あれは,知ってしまえば世界の果てまでお前を追いかけるだろう。だからこその口止めなのだろうが,仮にそんな事情を知らなくとも追いかける可能性は高い。だからお前の言い分は,私に『面倒事が起こらないようにうまく義妹を丸め込んで欲しい』と依頼しているようにも聞こえる」

「ははは」

 シャルルは笑う。

「確かに,傍から見たら面倒かもな。物理的な距離や環境の過酷さで彼女を止めることはできないし,それでどんな危地に突貫するかと思うと気の休まる暇もない」

姉姫ユーリエと違って,ひとつところに留まる必要も無いからな…」

「姉姫殿が留まるのはあなたの傍だろう?だからあなたがアリシアへ残ることにした」

「…藪蛇だったか」

「脱線を戻そう。あなたも薄々感づいているとは思うが,エリィの鎧には仕掛けが施してある」

「…だろうな」

 ふ,と笑みを浮かべるヴァニティ。あんな不自然な二重人格が起こるほどの事態が,エリィの危機以外を引き金(トリガー)にするわけがないのは明らかだ。それを彼らが微塵も後悔していないのだから,やめるわけがない。

「まぁ…限界を越えてしまった俺がどれだけ支えられるかは判らないがな」

「…重圧プレッシャーをかけてくれる」

 彼に浮かんでいた笑みが苦笑に変わる。つまり,支えられなくなった時の心配があるから自分は傍に居ない方が良いし,エリィの事を心配するならどんな手を使ってでも追いかけさせるなとシャルルは言っているのだ。

「だが…傍から見てどんなに面倒でも,俺はそれが嬉しい。それだけ俺の事を想ってくれているんだからな。さっきも言ったし,何度でも,自信を持って言えるさ。俺のこの生のすべては彼女のためにあるんだ」

「…だから身を引く,か…なるほど,お前の言い分は解った」

「そういう訳だから,すまないが後はよろしく頼む」

 何とか上手く話をまとめることができた。そんな思いがシャルルの顔に浮かぶ。

 だがヴァニティは,こちらは肩をすくめて口を開いた。

「…だ,そうだぞ?どうする,エリィ?」

「!?」

 シャルルの目が点になる。空間から染み出すように,神妙な面持ちでうつむくエリィが現れたのだ。

「…悪いが,そんな真似をすれば今度こそ蹴り飛ばされるからな」

「は…謀ったなヴァニティ!」

「…大尉クーラ以上の慎重さで,龍戦士の力から探知魔法から全てをカットしていたお前がいけないのだよ」

「ぐ…」

 赤面するシャルル。今にして思えば,あの最終確認は明らかな罠だ。

「…後は当人同士で良く話し合うのだな。それと,暗くなる前には戻ってこい」

 そう言って姿を消すヴァニティ。話し合うも何も,あの罠に嵌った時点で選択肢は一つしかないではないか。

「シャルル」

「は,はいっ!」

 びくり,と身を震わすシャルル。今の彼は最悪の事態を想定して,全ての力を幾重にも抑え込んでいる。実力的にはクーラの状態未満と言って差し支えないのだから,覚醒を繰り返した今のエリィに本気で蹴られたらひとたまりもない。

「もう,いいから…わがまま,言わないから」

「…は?」

「フレイアも,ノエルも…アラウドももういない」

「!」

「ノーブルだって,これからは私の後見をやめるのよね。フレイアをなくしたハーディは,もう引退するかも知れない。”風”は解散になる」

「う…」

「あなたまでいなくなったら,私は独りぼっち」

 言いながら,静かに距離を詰めるエリィ。

「おとなしくするから。無茶しないから。あなたの傍に居させてよ…」

「…」

 ふぅ,と一つ溜息をついて,肩をすくめて。シャルルは苦笑する。

「逆だな」

「え?」

「君が俺の,じゃない。俺が君の傍に居ていいかどうかだけの話だ」

「シャルル…」

「今の俺は,もういつ爆発してもおかしくない爆弾だ。だから…さっきヴァニティも言った通り,何重にも縛りをかけて力を封じ込めている。実力的には君に初めて逢った頃のクーラか,それ以下だ。そんな俺が,今の君を縛っていいのか…それが問題なんだ」

「問題でも何でもない。私はそれでいい」

「そうか。じゃぁ…おとなしくしないでくれよ。無茶もわがままもやめないでくれよ」

「ええ!?」

 ぽかんとするエリィ。

「それは俺が君を縛っている事になるからな。君は君のままでいい。君がそれでいいというなら,俺は全力で君についていくだけだ」

「う…なんかそれって,私がイタい子だって言われてるみたいで…」

 ふくれるエリィを見て,シャルルは笑いながら言う。

「イタいかどうかはともかく,俺が大好きなエリィはそういう奴だからな」

「!シャルル…」

 エリィの顔がくしゃくしゃになる。

「俺は生きている限り,この命を君のためだけに使う。それはこれまでもそうだったし,これからも変わらない」

「シャルル…っ!」

 最後の距離を一気に詰めてシャルルの胸へと飛び込むと,エリィはその身体を抱きしめた。

「エリィ…」

 そんな彼女を優しく抱擁するシャルル。

「…!」

 しかし突然身体を離し,目を丸くしてシャルルを見るエリィ。

「…どうした?」

「う…ううん,何でもない。何でもないのよ…」

 今度はそっと,彼を抱き寄せるエリィ。

「…?そうか?まぁいいが…」

 再びシャルルもそれを抱擁する。

 宵闇が,あたりを包み始めていた。

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