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戦後処理

 魔大帝ラズールは,玉座の間で屍となっていたと伝えられた。原因はいろいろと取りざたされたが,そのどれもが明確な根拠に乏しいために,結局は邪神の力に取り込まれて身を滅ぼしたのだろう,という事になった。

 大魔道ルマールはそれによって帝国の終焉を悟り,最後の矜持として自国の民を全て避難させた上で,妖魔と巨像兵士を道連れに最後の戦いを仕掛けたのだろう,と噂された。

 従って大筋では,対帝国戦役は伝説の龍戦士である紅き流星が大魔道を倒したところで決着し,アリシアの予言は成就したとされた。

 漆黒将軍は,紆余曲折を経て連合に,そしてアリシアに受け入れられた。

 裏の事情を知らない第三者の視点から見れば,対帝国戦勝利の立役者がアリシアとなることは明白だった。遂行困難な様々の作戦を成功させた”風”の傍らにはいつも伝説の龍戦士が居た。帰還者との戦いを終わらせる発端となったのは,アリシア女王がほぼ単身で敵地へ乗り込むという献身的な行動だ。もちろんこれはもともと四王家の名代が代表団を派遣するという図式だったのだが,その目論見はエリティアの名代である大尉クーラが実は伝説の龍戦士であった事で脆くも崩れ去ってしまったのだ。

 結局アリシアは,こちらも伝説の龍戦士が帰還者の領袖ミリアを倒すことによってこれを降らせ,戦力としてその一部を組み込み,大魔道も倒してこの戦いそのものにも終止符を打った。

 これは連合の盟主を僭称するヒュームにとって実に望ましくない図式だった。

 もともとヒュームは,ルトリアの王族を名乗るには血が薄すぎ,またやり方が強引すぎでもあった。いや,そもそもは本業である商売を有利に進めるため王侯貴族に取り入り,没落しかけた家の娘を多額の援助と引き換えに娶ってきただけに過ぎない。

 だから,今回の大義名分である四王家総決起がなければ到底それを公言する事さえおこがましいということになるのだ。

 ところがその総決起は,表向きアリシア女王ユーリエの合流を契機としている。第三者視点で見た場合に,何がどう転んでもアリシアが中心的役割を担っているように見えてしまうのだ。

 これはヒュームにとっては大きな誤算だった。もともと彼の算盤では,苦難の時代を耐え抜いたエリティアがそれなりに大きな位置を占め,総決起以後に関しては自分に付き従った旧ルトリア軍が中心を担って,この戦いに勝利するはずだったのだ。機を見てエリティアを陰ながら援助していたのが自分だと触れ回れば,全ての栄誉が自分の手に転がり込むはずだったのだ。それをもって自分は新ルトリアの王となり,推されて旧サナリア領の併合をするはずだったのだ。

 このままではサナリア領はおろかルトリア王にもなれない。いち地方領主すらおぼつかない。それでは割に合わない。そう考えたヒュームはなりふり構わぬ手段に出た。

 彼はまず,総決起のきっかけとなったアリシア女王は影武者だった,と暴露した。これは後にその影武者の正体が発覚してしまうまで,アリシア将兵を一時的に失望させ,落胆させ,怒らせた。

 アリシア国内外の意識のすり合わせをノーブルから丸投げされていたギルバートはかなり楽になったが,ともかくこれでアリシアの功績は,本物の女王が帰還して後の事だけに限定されたのだ。

 それでも安心できないヒュームはさらに,エリティアのクルム王が崩御している事までばらしてしまった。これは最後の砦という誇りを持って戦い続けてきたエリティアの将兵を大いに傷つける事となったが,その場に居合わせたラルスの機転で隠蔽の責任がヒュームにあった事は動かずに済み,しかるべきタイミングで帳尻を合わせなければならなかったクリミアの心労はきれいに取り除かれた。

 つまりヒュームは全くの利己心でこの戦いの功績を本来の姿へ限りなく近づけた事になり,それが結果として漆黒将軍の消極的な評価に繋がったのだ。

 漆黒将軍はアリシアを攻略するために王城を強襲,制圧に成功したが,アリシア女王ユーリエに説得されて翻意,最後の封印をともに守り切ったと,そういう事になったのだ。

 もちろんこれは帝国の野望を挫く上では大きな功績である。しかし,ことこの戦いの全体として見れば,それは極めて局地的で限定的な功績だ。要は密かに裏切って足を引っ張っていただけなのだ,とヒュームは力説し,表情こそ穏やかだが内心では怒り狂ったユーリエが一撃のもとにこれを葬ろうとするのを,漆黒将軍がたしなめるというひそかな事態をも招いた。

 こんなであったから,皇帝の最後については実は漆黒将軍がこれを打ち倒し,その事実をヒュームが握りつぶしたのだ,との説が後々広く流布していくことになるのだが,ともかくそれで漆黒将軍はこの戦いの功労者の一人と公式に認定される事となった。

 そしてその影響もあって,白廉将軍は処刑を免れた。

 当初,ヒュームは彼を帝国の最後の将軍として処刑台に送ることを主張した。自業自得とはいえ漆黒将軍を功労者の一人としてしまったからには,彼に責任を取らせなければならなかったのだ。

 だがそこで漆黒将軍が,自身の功と引き換えにその助命を願った。漆黒将軍が推されてサナリア領主あたりに収まることをひそかに恐れていたヒュームにとって,この申し出は渡りに船だったのだ。

 かくして,ヒュームは当初の目論見通りルトリア王となり,サナリア領も信託統治領として治めることとなった。

「と,まぁそんな感じですね」

 ふぅと息をついて,ノーブルが言う。

「なるほどのぅ…」

 髭をしごきながら唸るハーディ。アリシアにと当てられたこの部屋にいる者で,戦後処理の会議に参加していないのは彼だけだ。

「しかし,ルトリアどころかサナリアまでもが馬鹿ヒュームの手に収まるのは面白くないのぅ」

「仕方がありませんね。アリシアは領土的野心を捨てていますから,平和維持軍を出すのもご法度です。エリティアは疲弊しきった自国の安定で手一杯でしょうしね」

 肩をすくめるノーブル。

「…たった一人,それに見合う功を挙げた者がいるにはいるのだがな」

 本人は断固として拒否するだろうが,と付け加えてヴァニティは苦笑する。

「そうですね。それでエレーナ様を王妃に迎えて頂ければ私としても万々歳なのですが…」

 にしても,たった一人とはご謙遜を,と笑ってノーブルは言葉を継ぐ。

「未練がないわけではないでしょう?」

「…ないと言えば嘘になるな」

 遠い目をするヴァニティ。

「意地悪ですね,卿」

 ぷうっと頬を膨らますユーリエ。彼がサナリアを選べば,それは当然アリシアを捨てるという事に繋がる。それがアリシアにとってどれだけ損失となるかもよく解っているくせに。アリシアを選ぶ彼にとってその言葉が苦痛にしかならない事もよく解っているくせに。なぜそんな事を言うのか。

「掟破りの策があるのですよ」

 しかしその程度は承知の上とばかり,にやりと笑ってノーブルは言う。

「!?」

「…やめておこう。おおかた,ユーリエとエレーナが入れ替わる策なのだろう?」

「!?!?」

 ひょいと,それこそお互いに挨拶を交わすような勢いで繰り広げられる斜め上の応酬に度肝を抜かれるユーリエ。

「ええ。流星殿が伝説の龍戦士として扱われる限りは,アリシア女王をアリシアに残したまま他所サナリアに妃を囲むのは収まりが悪い。となれば…」

「あ…」

 そこでユーリエはなるほどと納得する。アリシアの民を騙すことの是非はともかく,自分と妹が入れ替われば,少なくとも予言と,彼自身のわだかまりは消える。

「…ユーリエに民を騙して国を捨てさせるのでは,私は一生悔いを残すことになるだろう」

(ですよね…)

 苦笑するユーリエ。彼はいつだって,自分の幸せを最優先に考えてくれていたのだ。

「あるいは婿殿がで…」

「言うな」

 ノーブルをぴしゃりと制するヴァニティ。

「それではいよいよ帝国が浮かばれぬし,民も報われぬよ。この戦いの私の役割はあくまで漆黒将軍,それ以上でもそれ以下でもない」

「あちらを立てればこちらが…ですね。なかなかうまくいかないものです」

 肩をすくめて苦笑するノーブル。

「…エレーナが支配者としての生き方にやりがいでも見出さぬ限り,流星あれは絶対にそれを言い出すことはあるまい。まして自分からエレーナをその道へ引きずり込もうなどともな」

「民の安寧…魅力的ではあると思うのですがね。それに,少なくとも新生サナリアは堅苦しくやる必要はまるでないでしょう」

「…まぁ,な」

 また遠い目をするヴァニティ。もともとは帝国もそれを追い求めていた。だがなるほど,確かに言われてみれば,あの二人ならば民にもっとも近い王が務まるのかも知れない。

「…少なくとも,まずは当人の意思だろう」

 降ってわいたような甘美な誘惑を振り切るかのように首を振って,ヴァニティは言う。

「そうですね…流星殿さえ万全ならば思うさま策を振るえたものを…」 

「…だが,状況は芳しくないようだな」

 その時ヴァニティは,バタバタと駆けてくるエリィの気配を察知した。

 ほどなく,蹴破られるかという勢いで扉が開き,そこに血相を変えた彼女が現れた。

「シャ…シャルルが!シャルルがいなくなっちゃったの!」

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