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運命を分ける一撃

「え…ちょ…」

 まるで自分から逃げ去るようなその行動に,しかしエリィは狼狽える暇すら与えられはしなかった。

「!?」

 シャルルの身体から大量の力のようなものが迸り,それは彼が距離をとったというのに余波だけでエリィの身体を数歩後退させる。

「ぐ…ノ…ノーブルっ…!」

 うめくシャルル。

「解りました,流星殿!」

 間髪入れずにノーブルの返事。

「えっ?」

 まるで予定通りだと言わんばかりのやりとりに,叔父の方を見たエリィは,その周囲に例の円盤が展開している事に気が付いた。

「えっ…」

 その意味を察し,顔からさぁっと血の気が引いていくエリィだが,しかし完全に青ざめるのを待つような叔父ではなかった。

〈十二神光雷砲!〉

 かつてマイシャの城門を跡形もなく消滅させた暴力的な光の帯が放たれる。

「ちょ…ちょっ…」

 しかも,その時とは比べ物にならないほど照射時間が長い。

「く…!」

 叔父の顔が苦悶のそれになる。明らかに限界まで,出し惜しみなしの全魔力をつぎ込んでいることが判る。

「え…え…」

 呆然とそれを見守るエリィ。

「くはっ…!」

 やがて光の帯は途切れ,全精力を使い果たした叔父ががっくりと膝をつく。

「ノ…ノーブル…何よこれ…こんなのを打ち合わせしていたの!?」

「ええ。流星殿からの依頼がありまして」

 アイコンタクトですが,と付け加えるノーブル。

「!」

 ひどい。目の前が暗転していくエリィ。しかしそれが闇に塗りつぶされる暇を,やはり叔父は与えてくれなかった。

「徒労に…終わったようですがね,案の定」

「!」

 振り返ったエリィの目に飛び込むシャルルの姿。しかしむしろ圧はさっきよりも増している。

「ホッとしている場合ではありません,姫…すぐにお逃げ下さい。このままではハイアムの惨劇が…」

「あ,あれは!まずあれでしょう!?」

 炎の魔人を抑え込んだあの結界。確かもともとは龍戦士の力の暴走を抑える目的で作られたものだと,確かに叔父は言ったはずだ。十二神光雷砲で吹っ飛ばしてしまう前にまずそちらを試すべきだろう。

 そうは思ったものの,しかし焦りもあってそれを上手く言葉にできず,結果としてかなり要領を得ない事を口走ってしまうエリィ。

「…既に破られています」

 疲れ切った表情で浮かべる苦笑に悲壮感を漂わせ,ノーブルが答える。

「!?」

 いささか不本意ですがね,と心の中で付け加えるノーブル。

 本来ならその結界は,帝都の外縁を広く包み込むつもりで作ったものだ。必要最小限の犠牲として帝都には目をつぶる代わりに,勢いの弱まったところで抑え込むという心づもりであったのだ。そこでようやく成算が立つだろうと踏んでいたのだ。

 ところが二人の姪はいずれも帝都の中,妹姫に至ってはすぐそばだ。だからどうしても結界の範囲を対象シャルルの周囲に設定して,真っ向から受け止めるという無謀な勝負を挑まねばならなかったのだ。

「いきなり十二神光雷砲は…ないですよ」

 大切な姪が悲しむような事を優先などどうしてできましょうか。そう加えるノーブルだが,すでにエリィの耳には入っていない。

「シャルル…」

「ひ,姫っ!?」

 こともあろうに,彼女はシャルルへ近寄ろうと行動を起こした。

「く…るな…」

 シャルルの顔に焦りが浮かぶ。

 だが次の瞬間,そのすぐ前に割って入る黒い影。

「流星!」

「ヴァニ…ティ」

 それは漆黒将軍だった。今度は安堵の表情を浮かべるシャルル。

「卿!」

「ダメです」

 ノーブルは即座に答える。

「解った,あとは私がやる」

「!?」

 エリィの目が見開かれる。この絶望的な状況で,眼前のこの男は,近いうちにおそらく義兄あにとなるであろうこの男は,何か有効な打開策を持っているというのか。

「頼む…」

「…!」

 きっとそうに違いない。シャルルの言葉でそう結論付けるエリィ。それがさっさと自分を斬れと言っているに過ぎない,などという都合の悪い想像は,完全に排除されていた。

「ね…ねぇ,お願い…」

「…ああ。解っている」

「…!」

 頼もしい。それはあるいは,エリィが漆黒将軍に対して抱く初めての好意的感情だったのかも知れない。

 ところが。

「エリィ…選べたのか?」

 その漆黒将軍から不吉な問いかけ。

「!」

 びくりとするエリィ。

「ならば…やるしかない」

 その気配を感じたはずの漆黒将軍が,すらりと蛟龍を抜き放つ。

「えっえ…ちょ,ちょっと…!?」

「私が奴を斬る」

「!?」

 期待とは全く逆方向の言葉に頭の中が真っ白になりかけ,しかしエリィは必死に意識を繋ぎ止める。

「何言ってるのよ!そんな事をお願いしたんじゃ…!」

「落ち着いて聞けエリィ」

 鋭く言い放つ漆黒将軍。

「私は奴のこの状況を見越して,アリシアの書庫にはそれに抗する技が遺されていることを卿に聞き,それを見出してきたのだ」

「!?で,でも…」

 なんでそんな都合の良いものが都合よくアリシアにあって,都合よくノーブルが知っているのよ。そんな疑問がエリィの口を衝く。

「時間が無いから手短に言うぞ。この技は,極めて不安定なものだ」

 しかし漆黒将軍の口から出た言葉が,そのもっともご都合主義的な部分,しかし実のところ最も期待を寄せてしまう部分だけをきれいに取り払ってしまう。

「ちょ…っ!?」

「いいか,まず…これからも一つの肉体に二つの人格が併存していくのは無理押しだ」

「!」

 ぐっと言葉に詰まるエリィ。確かに今の,人格交代が頻繁に行われている状態ですら不自然であることは彼女も解っている。ましてそれが同時に存在するなど,それが普通になってしまうなど,およそ想像の範疇を超えている。

「そして,この技は基本,どちらかを消し去ってどちらかを残す技だ。双方を足して二で割るなどという器用な真似は難しい。むしろもろともに消えてしまう可能性すらある」

 だが漆黒将軍の口から出た次の言葉は,悪い方向へ斜め上だった。

「な…何よその絶望的な前提は!?」

「文句は後で,思うさま実家アリシアに言ってやるのだな」

 まるで溜息でもついているかのような漆黒将軍の気配。

「むぐ…」

「だから…,私がお前の想いを代行する」

 ところが突如,彼は得体の知れない事を言い出した。

「え…っ?」

 抜き放たれた二刀のうち,短い方は逆手に握られている。漆黒将軍は両腕を体の前で別個に回転させると,正面で拳を重ね合わせた。その背中を壁にして横から覗く格好のエリィの前に,ちょうど二本の柄が並ぶ。

「エリィ,蛟龍の柄を握れ。そして,今のお前の想いを全て蛟龍に乗せろ」

「!?」

 この技にせよ蛟龍にせよ,人の意志が大きく影響するものであるらしいのだ,と言って彼は言葉を繋ぐ。

「アリシア王家の血の中には,歴代の蛟龍所有者の血も幾重にも織り込まれている。だからきっと,蛟龍はお前の想いに応えてくれる。結果はやってみなければ判らないが,ともかくお前の想いを全て乗せるんだ」

「う…うん…」

 突拍子もない話ではあるが,他にどんな代案もない。エリィはおずおずと蛟龍の柄に両手をかぶせてぎゅっと握り,祈るようにぎゅっと目をつぶる。

 正直頭の中はぐちゃぐちゃだ。明確な見通しなどない。ともかくただひたすら蛟龍にお願いしよう。そんな気持ちでエリィは念じる。

「…終わったか」

「うん…」

「よし,ならば離れていろ。お前の想い,必ず奴に届かせる」

 そんな優しいことをここで言ってくれるのか。この人はやはり義兄あにになる人なのだ。追い詰められたエリィの頭の中で,今までの漆黒将軍のイメージが次々と塗り替わっていく。

「お願い…」

「…ああ」

 一瞬だけ優しい笑みを浮かべた漆黒将軍は,すぐにそれを引き締めてシャルルの方へ視線を戻す。

「覚悟は良いな,流星!」

 そんなものは今更確かめられるまでもない。そんな笑みを浮かべて頷くシャルル。

「いくぞ!」

 それに向かって瞬時に間合いを詰めた漆黒将軍は,おそらくはこの戦いの最後となるであろう一撃を放った。

「吼えろ,蛟龍ッ!」

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