最後の意地
(不能か…)
面倒な,と思ったシャルルではあるが,それはそれでさまざまな事を示してはいる。
まず考えられるのは,常駐型のものではないということ。自動かどうかはともかく,防御行動をとらねば発動しないものということだ。
となれば今の自分と同様,攻撃とは異なる系統を切り替えて使用していると考えるのが妥当で,限界を超えればどちらかを切り捨てなければならなくなると見ていいだろう。
より深刻なのは相手の力量が自分を上回っている場合で,常駐しているものを解析し損ねた場合だ。解析できない以上は正面からねじ伏せるしかなくなるわけだが,そうできるくらいなら最初から解析に成功しているはずなのだ。
今の万全とは言えない自分だからこそそうなのだと信じたいところではあるが,仮にそうであっても現状の打開には何ら関係ない。今あるもので何とかしなければならないのだ。
どちらかといえば前者であって欲しいが,どの道今やるべきことは変わらない。
大魔道がすい,と右手を上げると,そのさらに上に複数の,黒く光る短槍状の物体が出現する。
「本調子ではなさそうだがこちらにとっては好都合。悪く思うなよ…?」
「…っ」
身構えるシャルル。あれがマジックミサイルだとして,直線的に襲ってくるなら横へ跳んでかわす。そういう意図を相手に見せてやるためのものだ。そうすれば相手は着弾範囲を広げてそれに対応するかも知れない。それはつまり直撃弾が減るという事を意味する。
だが彼の狙いはむしろ別のところにある。そうやって相手を警戒させて攻撃を躊躇わせ,時間を稼いでその隙に解析してしまおうという魂胆だ。
姑息と言われれば返す言葉もないが,今の自分には余裕が無い。得体の知れない攻撃を真っ向から抑え込むだけの余力が無いのだ。
(マジックミサイル…エネルギーはマイナスか。触れたものを消滅させるタイプだな)
あの晩アリシア女王の寝室の壁に開けられた穴。その物理的に破壊されたとは到底思えないほど滑らかな手触りだった断面からの推論の通りだ。
大丈夫だ。そう結論するシャルル。対抗策はすでに施してある。許容範囲内で対応できるだろう。勝負はその先だ。
「食らえッ!」
「!」
大魔道の叫びもろとも,その物体は放射状に飛び散る。着弾範囲を広げるどころか,ばらまいたという表現の方が適当だ。
(〈十二神の盾〉ッ!)
抜け目なく呼び戻していた円盤たちを自身の周囲に展開させるシャルル。
予想通り,飛び散った短槍はその先々でそれぞれ弾け,無数の短針となって彼へと襲い掛かった。
プラスのエネルギー,具体的にはミリアの十二神光雷砲を跳ね返した時のような甲高い音ではなく,啄木鳥が老木を敲いたかのような音が響く。
シャルルはあらかじめ,相殺に充てるものは少数に抑え,大部分は相手へと跳ね返すように目標設定していた。その彼の目論見通り,大部分の短針が大魔道へと襲い掛かる。
(…!)
だがそれらは大魔道に着弾する直前に姿を消す。
再びシャルルの周囲に響く音。彼の周囲に出現した短針が,再び十二神の盾に跳ね返された音だ。
常駐型ではない。そう彼が結論する間にも,短針は二人の間を往復し,徐々に相殺されて数を減らしていく。
相殺しきれない最後の1本を地面へと跳ね返したところで,ピンッと彼の脳裏に解析完了を告げる音が響いた。結果は先ほどと同じ,解析不能。
(なるほど…)
それでシャルルは,その正体をおおむね特定する。
やはりあれは常駐型ではない。常駐型ならば,大魔道がこの状況をただ見ているはずがないのだ。次の行動を起こしてこちらを追い込んでいくのが定石だ。
だから大魔道は,あれに注力してこちらの攻撃を防いでいたと言える。
それなのに,確実にあれを展開している状況にも関わらず解析は失敗した。それはつまり,あれがこちらの能力を上回っているという事を意味する。
つまりあれには,大魔道の力だけでなく他の何かの,状況から見ておそらくは邪神の力が使われているのだろう。
でなければ,他が解析できているにも関わらずあれだけ失敗するわけがない。自分の周囲から短針が襲い掛かってくる瞬間の,つまりはあれが発動している間にだけ感じる得体の知れない不快感にもそれで説明がつく。
「ちぃ…つくづく忌々しい術よな,十二神光雷砲…」
吐き捨てる大魔道。
新訳を知っているのか?と思うシャルルはしかし,大魔道がそれで時間を稼がれてアリシア王城襲撃に失敗したことを知らない。
と,その時だった。
「…?」
大魔道の背後に見える城から,何か小さなものが飛び去って行くのがシャルルの視界に入った。
「!」
そして,まるでそれが合図だとでも言わんばかりに周囲の状況が変わる。
周囲からあり得ない物量で襲い掛かり,連合をそれへの対処で手一杯にさせていた妖魔の群れが,統制を失って崩壊し始めたのだ。あるものは逃げ,あるものは生存競争の根本に立ち返って同士討ちをはじめる。周囲から伝わってきていた友軍の悲壮感が,驚きを経て安堵へと劇的に変化したのだ。
「…ここまでか…」
それは俯瞰で全体を見渡すことのできる大魔道にはよりはっきりと見て取れたらしい。その気配に絶望的とも言える落胆が現れる。
(終わった…のか…?)
何がどうしてそうなったのかは判らないが,どうも雰囲気的にはそうらしい。
できれば投降してくれるとありがたいのだが,とシャルルは思う。しかしやはりそれは大いに甘かった。
「だがせめて貴様だけは…散々我らを苦しめてくれた貴様だけは…ッ!道連れにしてくれる!」
「ま…」
待て,俺は何もやっちゃいない。そう叫びそうになるシャルル。
自分がやったこと,というかやられたことと言えば,トカゲにやられて寝込んだこと,マイシャ奪還戦で漆黒将軍に完敗を喫したこと,そのくらいしか思い浮かばない。幾度かのトルサ侵攻を防いだのは”純白の舞姫”であるし,マイシャ奪還戦で城門を撃ち抜いて戦局を決定づけたのはクマルー卿だ。バラナシオスまで兵を引いたのは帝国側だし,幾たびかの罠は悉く”風”が身代わりとなった。アリシア女王の解放はどちらかといえば帝国側の内部分裂と言って良い。
(待て…本当に何もやってないぞ…)
今更ながらにハッとしてシャルルは自虐する。本当に自分は伝説の龍戦士なのだろうか。およそ活躍などとは程遠い内容だ。
だが当然,それを口に出せるはずもない。
そんなシャルルの葛藤などお構いなしに,大魔道の上空に黒い球体が出現する。
(…?)
はじめ円形の盾程度の直径であったそれは,徐々に大きさを増していく。
(なんだ…?)
違和感。心なしか,大魔道の着衣が風にはためきはじめているように見える。だがそれは,自然の風に吹かれたような動きには到底見えないのだ。
(…まさか!)
すぐに,シャルルはその理由に思い至って戦慄する。
球体が大きくなるにつれて,周囲のものがより強くそれに吸い寄せられていっているのではないか。大魔道の着衣がはためくのは,その周囲の空気が暗黒洞へと吹き込んでいるからではないのか。
「…くっ!」
再び十二神光雷砲を撃つシャルル。相手の全力を真っ向から正々堂々と受け止めてこその伝説なのかも知れないが,残念ながら自分にはそんな余裕は無い。正義の味方の変身なり合体なりを律義に待つ敵のような,悠長な事をしている場合ではないのだ。
「…!」
だが光雷は,ある意味ではやはり予想通り,大魔道の直前で消失する。
つまりあれは,先ほど解析不能と出た魔法と同種のものなのだ。もしかしたらそのものなのかも知れない。だから,あれが発生してからそれなりの時間が経っているにも関わらず解析結果が出ないのだ。
おそらく,基礎部分はあの短槍と同じだ。触れたものを消滅させる,というよりは転移させると言った方がいいのだろう。その転移先に同じ世界を指定してあれば空間を繋いだのと同じことになり,特に指定していなければどこか別の世界へと飛ばされることになるのだろう。そして,それを維持するのに邪神の力を上乗せする必要があるのだろう。
(いや…)
維持どころの話ではない。今や巨像兵士の体躯ほどにも膨れ上がったそれには,邪神の力が際限なくつぎ込まれていると見て間違いないだろう。後の無くなった大魔道が,己のすべてを引き換えにして恨みを晴らそうとしていると考えて良いはずだ。
はっきりと風を,暗黒洞へと引き寄せられている空気の流れを感じる。
「伝説になど,なりたくないのだがな…」
思わず口を衝いて出る自嘲の言葉。大魔道が邪神の力を足して自分の力を上回っているとすれば,それに抗するには騎士の剣をあてにするしかない。
あの日,大尉がすぐに騎士の剣をしまい込んでしまったのにはそういう理由もあったのだ。つまり,騎士の剣に使い手の力をつぎ込む性質が付与されていたのを感じ取ったのだ。その性質が何のためにあるかなど火を見るよりも明らかだ。
邪神などという得体の知れないものを相手にするのにどれだけの力が居るのかは想像もつかないし,まして今の万全ではない自分にそれができるのかは不確かだ。
(だが,やるしかない…)
シャルルは覚悟を決めて騎士の剣を出現させる。推測通り自分の力がそれへと流れ込む,いやむしろ問答無用で吸い取られていると言った方がいいのだろうが,とにかくそれと引き換えに,感じていた不快感がきれいに消える。おそらくは邪心から受ける悪影響を無効化する分だけ力を使っているのだろう。
となれば時間をかけるのは下策だ。暗黒洞が大きくなればなるほど,それに抗するのに要する力も増えるはずだ。そうなる前にこちらから仕掛ける。
だがその決断は少しばかり遅かった。
「くらえっ!そして,消え去れっ!」
叫ぶや,大魔道がその暗黒洞を放ったのだ。しかもそれは,こちらとは別の方向へと放たれたのだ。