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大魔道出陣す

「ぐ…う!」

 がっくりと膝をつくシャルル。

 本来ならば起こり得ない所作。痛みにうめくこともなければ,自分の身体を支えられずに崩れ落ちるなどということもない。

 どういう理屈なのかは知らず,今の彼に使える魔力は,ちょうど水道の蛇口を絞られた状態になっているらしい。十二神光雷砲のほうにそのほとんどを振り分けてしまったために,回復の方がまったくのお留守となってしまったのだ。

 しかし彼はそうせざるを得なかったのだ。

 そもそも彼がそれを決意したのは,DWACが警告を発したためだった。あの晩アリシアへ強襲をかけてきた帝国の龍戦士の接近を感じ取ったためだったのだ。

 魔力の供給再開を受けて,DWACは再びその存在を検知する。それはすでに目視できてしかるべき位置にいた。

(く…)

 状況はかなり厳しい。絞られた魔力でしのぎ切れるような生易しい相手ではなく,龍戦士の力を使わなければならないのは間違いあるまい。だが今の自分に,それが使えるのかと言えばそれもかなり怪しいのだ。

 そもそも龍戦士の力らしきものを意識して使ったことのないシャルルは,漠然と,自分の身体能力や魔力の限界を超えた時にそれが発動するものだと思っていた。例えば速度・衝撃吸収・反応速度を積算できる【紅龍】は,今の自分が他の補助魔法を使わずに無理なく使用できるのは三倍であるが,それを大きく超えて使おうとした時に帳尻を合わせるのだろうと思っていたのだ。

 しかし先ほどノーブルに窮地を救われたあの一件から見て,龍戦士の力そのものも絞られた状態にあるのではないか,という不安が彼のなかに頭をもたげてしまったのだ。魔法は先ほど試したように手動で起動させることができた。だがそれはもともとそういう設定で作ったものだ。根本から得体の知れない龍戦士の力にそれが適用できる気はしない。

 おそらく無茶をすれば,強制的に発動することはできるだろう。だがそれは危険を伴う。小さな蛇口に無理やり大きな力をかければ,蛇口そのものが崩壊してしまう可能性がある。崩壊してしまえば今度は止められなくなるかも知れない。

(だが…やるしかないか)

 こうしている間にも敵は近づいてくる。そして自分以外は全くそれに気づいていない。という事はつまり,姿を隠して空から近づいてきているのだ。

 第二波への対応でそれどころではないというところはともかく,せめて警戒をしてもらわなければ突然の不意打ちで全滅してしまうかも知れない。それをこちらで防ごうとするかぎり,いきおいこちらが後手に回ることになってじり貧だ。

 だが,おそらくは向こうもこちらが気づいている事を知っているはずだ。最低限,頭脳派ならばそういうつもりで準備するはずだ。

 自棄になってすべてを道連れに,などとはた迷惑な事を考えていないとすれば,反撃にその力を振り分けているとみるのが普通だろう。どんな悪辣な逆襲が待っているのかと想像してシャルルの肌が粟立つ。

(だが,やるしかない!)

 気力を奮い立たせ,シャルルはちょうど戻ってきた円盤に光雷を放つ。

「う!?」

 だが,円盤に反射された光雷は相手がいると思われる空間で不意に消失した。

「ぐふ!」

 続けて,脇腹に突き抜ける痛み。

(これは…!)

 様子見,というか挨拶代わりの一発だけで良かったと,シャルルは安堵する。

「意外にも慎重派なのだな,伝説の龍戦士は…」

 そこで聞き覚えのある声が聞こえ,何も無かった中空から染み出すようにローブを纏った覆面が現れる。

 周囲では,といってもそれなりに距離は開いているが,第二波と連合の戦いが続いている。しかしそれら諸々の音は遠ざかり,シャルルの耳にははっきりとそれが聞こえていた。

「全力で来てくれれば楽に終われたというものを」

「不意打ちは性に合わなくてね…」

 言いながらシャルルは,密かに使える魔力のほとんどを回復へと振り分けると,新しい魔法を起動する。

(〈紅の章二八〉…)

 おそらく大魔道ルマールは自分の周囲の空間をこちらの周囲と繋いだのだろう。でなければ自分で放った光雷に自分が貫かれるなどという事は起こるまい。

 だが本当にそうなのか,もっと別の何かなのかは判らない。それを解析するのが二八頁の【術式解析】だ。解析に少々時間がかかるのが難点だが,理屈が判ればそれを書き換えて無効化するなり逆手に取るなりすればいい。

「では本気でやりあおうか,伝説よ」

「それはこちらの本意ではない」

「なに…?」

 訝しむ大魔道。

「あぁ,いや…本気は本気だが,本気で対話の道を模索しようということだ」

「!?」

「他は知らず…俺はレヤーネンを帝国の代表だとは思っていない」

 にやり,と笑って見せるシャルル。

「お人よし…なのか?それとも馬鹿なのか…?」

「違うな。言わせてもらえば,初めからレヤーネンは駒,それも捨て駒で,あの戦いそのものが策に過ぎなかったというだけの話だ」

「…」

 あっけにとられた様子で大魔道は絶句する。

「いや…多少齟齬があるな。帝国との対話を諦めていないのはアリシアだ。俺はその意に添おうとしているだけに過ぎない」

「!」

 そこでピン,とシャルルの脳裏に解析完了を告げる音が響く。

(レーザー通信…いや俺が知りたいのはそれじゃない。解析続行だ)

「アリシアの女王は…最後まで和平を諦めたくないと言っている。間違いなくそれは,そちらの漆黒将軍の手柄なのだろうがな」

 ある意味予想通りだったとはいえ肩透かしを食ったシャルルは,しかしそんな様子などおくびにも出さずに言葉を紡ぐ。

「くっ…くくっ…くくく…」

 そこで突然笑い出す大魔道。

「確かにな。よくもまぁ馬鹿正直に,夢を追い求めてくれたものだ。自身が一方の伝説とも知らずにな」

「!」

 ハッとするシャルル。

 それは薄々感じていた仮説に証明が与えられた事を意味する。確かに眼前にいる大魔道は掛け値なしの龍戦士だ。ともなれば,少なくとも今この場で漆黒将軍と自分の力の類似性を感じ取り,その結論を得ておかしくない。

「運命というやつは,つくづく底意地が悪い…」

 吐き捨てるように毒づく大魔道。

「違うな…漆黒将軍はそれと知った上で,運命に抗おうとしているのだ」

「!?」

 大魔道を決して小さくない驚きが襲う。しかしそれは口にしたシャルルも同様だった。

 だから騎士の剣に手を出そうとしなかったのか。敢えて身一つで皇帝のもとへと向かったのか。さまざまな憶測が脳裏を飛び交う。

「くくく…」

 再び笑い出す大魔道。

「確かにな。あの男はそういう男だ。底抜けのお人好しで,底抜けの馬鹿だ。全てを際限なく抱え込もうとする大馬鹿者だ」

「ならば…」

「だが」

 そこで大魔道の語気が変わる。

「すべては遅いのだよ。運命はそんなものすら一笑に付して身勝手に進んでいく…」

「遅い…だと?」

「貴様には関係のない話だ!」

「く…」

 大魔道が行動を起こそうとしたその時,再びシャルルの脳裏に音が響く。

 解析不能。それが答えだった。

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