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もうひとりの舞姫

 実に不謹慎な事であるが,ユーリエはその幸せをかみしめていた。

 およそ二年ほど前の自分には想像すらできなかった現実が,確かに今ここにある。

 夢想はしていた。なぜなら自分には,もう一人の自分が居たからだ。その安否を確認するという名目もあって,彼女をずっと見守っていた自分は,その天真爛漫な姿に自分を重ね合わせて随分と満たされぬ思いを発散してもいたのだ。

 魔法の才が無い。アリシアの女王としては致命的とも言える欠点を生まれながらにして負った自分たち。妹は市井に降りていたがゆえに,そして後見たる叔父の深謀遠慮もあって,武道家としての道を無理なく選び取っていた。だが自分は魔法王国の総帥の位置に留まらなければならなかったのだ。

 慕ってくれる民のために,穏やかな時を刻み続ける国のために。それ自体が苦痛であったことなどなかったが,それゆえに,資質に欠ける己の在り様には随分と苦しみもした。

 だがそんな環境を,漆黒将軍が全て打ち砕いてくれたのだ。

 今の自分には妹にも比肩しうる業が,力がある。そして,それを思うさま振るえる環境がある。

 目の前には,ざっと十体以上の巨像兵士が見て取れた。しかし後ろをついてきていた大尉が引き返したことを背中越しに感じ取り,ユーリエはそれを確信したのだ。

「はっ!」

 最初の一体と全く同じ展開で,二体目を無力化するユーリエ。

(さて,次は…)

 叔父にもらっていた解呪投擲弾は今ので使い切った。ここから先は自力でやるしかない。

「エリィ殿!我々も…!」

 後詰を務める,といってもほとんど追従していただけだが,帰還者の一人が叫ぶ。

「ふふ…」

 思わずユーリエの表情に笑みが浮かぶ。

 彼らは自分と妹とを勘違いしている。単独で突撃した自分が影武者の”純白の舞姫”で,叔父を伴って,いや,見張られてと言った方が正しいか,ともかくおそらくは慎重に対処しているであろう妹を女王だと思い込んだのだろう。こっそりと入れ替わっているという情報を知っているがゆえの誤認だ。

「残った手足を無力化して,障害物にして下さい!」

 状況的にみて,その誤解を解くことの優先順位は低い。三体目に向かって走りながら叫ぶユーリエ。それで残る巨像たちの動きを制限できれば随分と楽になるはずだ。

 二度ほど同じ手で仲間をやられた巨像兵士は,攻撃方法を変えてきた。横へ跳んで躱されるリスクを犯してでも,振り下ろしに切り替えてきたのだ。

 しかし,横へ跳ぶなどという無駄な動きをしている余裕は無い。ユーリエはうなりを上げて落ちてくる剣をぎりぎりまで見極める。あまり早くに挙動を起こせば変化される可能性があるからだ。

 右脚を引き,するり,という表現がぴったりの身のこなしで半身となってユーリエはそれを躱す。鼻先を剣が落ちていき,遅れた髪の毛先がぷちぷちと千切れる僅かな感触と,石畳を砕いて剣が半分ほどめり込む鈍い衝撃が伝わってくる。

「はっ!」

 そのまま勢いを殺さずにくるりと回転したユーリエは,ちょうど固定された格好の剣へと渾身の肘を叩き込む。巨像兵士の重量と地面とに固定されてしまえば,瞬間的に加えられる暴力的な力を逃がす術はない。乾いてはいるが決して軽くはない音とともに,剣は砕ける。

 彼女はそのまま巨像兵士へと走り出した。右手を腰へと添えて居合の構えをとる。漆黒将軍に叩き込まれた剣技もまた,ほぼ皆伝の域に達しているのだ。ここで試さなければその機会はもう永久に来ないかもしれない。選択肢の一つとして役割の交代があるとは言っても,自分が傭兵なり冒険者に生き方を変えることは考えにくい。

 もちろん,圧倒的質量を誇る石の塊にただの刃物は無謀だ。だが彼女のものは話が別だ。鎧だけではなく得物にも,技術担当と時間をかけて練りに練ってきた仕掛けが施されている。

 簡単に言うと彼女の得物は魔法剣で,通常は刀身を覆うように魔力がかよって耐久力と切れ味とを大幅に高めるだけだが,極端な話刀身が折れてしまっても魔力だけで刀として使う事ができるのだ。だから霊や魔法生物の類も全く無差別に斬り捨てることができる。

 昔の自分ならうまく使いこなせなかったかもしれないが,そこはそれ,今は覚醒が起こって魔法の力も随分と上がっている。加えてシステムの力場もそれに通すことができるように造ってあるので,ただの石くれに後れは取らない。

 刀を折られた巨像兵士はそれを諦め,くるりと腰を回転させて逆の腕で殴りにいこうとした。しかし腕を引っ込めるより早く,刀を一閃させてその肘から先を斬り落とすユーリエ。

 彼女は不意にぴたりと立ち止まる。目算が外れた巨像兵士の攻撃は空を切り,腕は彼女の前をうなりを上げて通過する格好となる。

「っ!」

 切り上げたまま上空に待機させていた刀をくるりと返して,ユーリエはその腕も肘で切断。また走り出して巨像兵士の脚の間を走り抜けると,くるりと振り返りざまこんどは両膝を一刀で切断する。

 支えを失って倒れる巨像兵士。ぽんっと後ろへ跳んでそこから退避し,ユーリエは次の獲物へ注意を向ける。

(さすがにちょっと数が多い…)

 単体相手には負ける気がしないし,彼我のサイズ差から考えれば,こちらが近距離戦をしている限りは向こうが寄ってたかって攻撃してくる心配もない。だが逆を言えば相手の力を利用して効率的に戦う事もできないから,一体一体倒していかなければならないのだ。

 時間をかけて良いのなら望むところだが,ここは戦場,しかも最終決戦の場だ。なるべく早期に片をつけておく必要がある。

「あ…」

 その時。彼女の視界にいくつかの円盤が飛び込んできた。

 それが何であるかは言うまでもない。十二神光雷砲の発射装置だ。

「…!」

 様子を窺う暇もなく,円盤たちはあり得ない動きで転々と位置を変えながら光雷を反射し,次々と巨像兵士の四肢を付け根から分断していく。

(はやい…いえ,はやすぎる…)

 言い知れぬ不安に襲われるユーリエ。

 おそらくは自分が,無理のない範囲ではもっとも早く巨像兵士を無力化していたはずだ。

 前衛はおそらく従兄ギルバート率いる第三軍が中心となって対処しているだろう。しかしその従兄にしても,魔法の実力はあくまで常人としては抜きんでているという程度のものだ。龍の力を幾度も取り込み,繋いできたアリシア王家の者として見た場合には,ほぼ無能と言って差し支えない自分や妹を除けば,あくまで平凡の部類に入る。

 単独での速やかな駆逐はまったくあり得ない。数を頼みに少しずつ削っていく方法を選択するしかないはずだ。

 単独ないし少数での駆逐が可能なのは妹と叔父だが,妹が危険を顧みずに突貫するのは龍戦士の余裕を削る愚策で,それが破滅への引き金を引くことを,ユーリエは叔父から聞かされて知っていた。だからほぼ間違いなく,二人は慎重に事を運んでいるはずなのだ。

 だというのに,おそらく大尉と交代した龍戦士シャルルはそれすらも待とうとしなかった。こちらを飛び回っている円盤の数が少ないことからみて,すべてを同時に片付けようとしているはずだ。

 となれば,それに見合う何かが起こったか,これから起ころうとしているのだ。それは龍戦士に焦りを感じさせる程度の何かなのだ。

 第二波の襲来はお約束だ。後の無い帝国は総力をつぎ込んでくる。だがこのような巨像ものに頼るという時点で純然たる帝国兵というものはほぼ枯渇しているはずだし,それについては漆黒将軍の見立てもそうだったのだから,少なくとも最初は捨て石にできる妖魔や魔獣の類が来るはずだ。

(なるほど,そういう事…)

 それだけなら連合は,混乱していなければ対処できる。龍戦士はその先,例えば友軍もろともすべてを灰燼に帰す何かへの対処に専心するつもりだ。それが直接か間接かはともかく,帝国に残された龍戦士,おそらくあの晩現れた大魔道ルマールに関わる何かであることは間違いあるまい。

 となれば,自分はまずここで妖魔を退け,彼が自分の戦いに専念できる環境を整えることに注力すべきだろう。エリィだけでなく自分までもがその場に居合わせれば,敵は無理なく全体攻撃を仕掛けることができ,彼の負担だけが増えてしまう。逆に離れていれば,敵もこちらに力を割く格好となり,それは五分,状況によっては隙を衝く好機となるかもしれない。

「第二波,来ます!」

「巨像兵士の身体を盾にして,守勢に徹してください。決して無理はしないで!」

 指示を出しながら,ユーリエはまたしても不謹慎な幸せをかみしめる。これまでの自分は,魔法の才もなく武芸もなく,いつも胸を痛めながら戦況を見守る傍観者に過ぎなかった。それが今は轡を並べてともに戦う事ができる。

 ひょいひょいと,巨像兵士を階段にして家の屋根へと飛びあがるユーリエ。

「対空迎撃は私が引き受けます。落ちてきた敵の止めはお任せします!」

 彼女はそう叫んで,先頭の魔獣に狙いを定めた。 

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