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手負いの龍

「わ…ぶっ!」

 少々油断していたエリィは,何が起こったか解らないうちに転ばされた。

 瞬時に受け身を取ったものの,完全に勢いを殺せたわけでもなく,彼女は地面に鼻をぶつける。

 しかしそれを気にしている場合ではないことを,尋常ならざる何かが起こっていることを,彼女は背中越しに感じ取る。風のうなりや激しい激突音,板金鎧プレートメイルのひしゃげる音,多数の骨が同時多発的に折れる音がそれを物語っている。

「…!」

 状況を確認している場合ではない。エリィは低い姿勢のまま即座に身体にためを作り,抜群の脚力で地面を蹴ると同時にそれをすべて解放して前方へと跳ぶ。

 直後,今まで自分の居たあたりに衝撃。

(うそっ…!?)

 ごろりと転がってさらに距離を取りながらちらりとその場所を見ると,案の定地面には剣がめり込んでいる。

「そんな…!」

 体勢を立て直して身構えながら,しかし彼女の思わず口から洩れる驚きの声。

 状況から判断して,背中越しに感じたあれが初撃,今のが第二撃のはずだ。あれだけの質量を持つ巨像のはずなのに,動きが速すぎる。先ほどの一体とは明らかに違う。

〈【神閃の狙撃手】!〉

 そこでノーブルの魔力弾が巨像の肩口を直撃する。充填チャージできたのは一発だけだったが,客観的にみればそれでもじゅうぶんに素早い対応だ。

「な…っ!?」

 しかしノーブルは目を疑う。確かに一発だけではあるが威力は遜色ないはずだ。だというのに巨像は全くの無傷だ。

 考えられることは一つ。この巨像兵士には,なんらかの形で龍戦士の力が使われている。そしてそれは少なくとも第三世代以内のそれだ。でなければ,覚醒を経た今の自分が弱点を衝いて傷一つ与えられないなどという事はあり得ない。

「姫!ここは慎重に…!」

 言いながらノーブルは後退し,また充填を,といっても通常弾では同じことの繰り返しなので,圧縮弾への充填をはじめる。

「…っ!」

 確かに危険だ。エリィは二度三度と跳び退っ(バックステップし)て距離を置きながら,双朧花を出す。先の一体は魔法それで破壊しているのだ。まったくの無傷などおよそ考えられない。

 しかし巨像は,そんな二人にじゅうぶんな時間的余裕を与えることはしなかった。

 石像のどこにそんなものがあるのかは不明だが,大きく一歩を踏み出した巨像兵士は,まるで身体のばねを使うかのような動作でためを作り,めり込んだ剣をそのまま前方へと弾き出してエリィに突きを放ってきたのだ。

(うそっ…!?)

 躱せない。彼女の直感がそう告げる。横に逃げれば薙ぎ,払いに,上に逃げれば斬り上げに変化するつもりだ。

「く…っ!」

 ここは梅花で受け,その力を利用して距離を取るのが上策だ。さすがに伝説の武具なのだから持ちこたえてくれるだろう,とエリィは覚悟を決める。

「っ!?」

 しかし彼女の眼前で信じられないことが起こった。

 巨像兵士の切っ先が,横から割り込んできた光の壁らしきものに遮られて粉々に砕けていく。

「えええ…」

 ぽかんとするエリィ。根元の部分だけを残して剣は砕かれる。そしてその破片は,彼女の鎧が周囲に形成している力場に触れると,乾いた音を残して細かな砂粒にまで粉砕される。

(さすがは流星殿…)

 例によって密かに,魔法を使って動体視力を上げていたノーブルは,エリィよりもかなりはっきり,そのタネまでも推測できるほどには見ることができていた。巨像兵士の剣を砕いたものはシャルルの放った十二神光雷砲で,それは先のミリアが見せた連射形式らしい。理屈上,単発の斉射形式では先端から順次粉砕していくような芸当は不可能だ。

(しかし…)

とはいえ,それ自体がかなりの速度の切っ先にそれをするためには,それこそ尋常ならざる連射速度が必要だ。

 彼の目にも十二色に輝きを変える太い光の線にしか見えておらず,ぱっと見では斉射形式と同じだが,それは実際は十二色の短い針のような光雷を,剣の幅に合わせて上下に高速振動させながら放っているのだろう。

 先の龍戦士どうしの決闘の時でさえ”音速の蹴撃”で弾かれた光雷のひとつひとつを視認できていたノーブルにとって,それはじゅうぶんな脅威に映った。もちろん悪い意味でだ。

「シャル…ル…」

 そちらを見たエリィの笑顔が,しかし即座にひきつる。

「やらせはせん…」

 シャルルは,一見してまだ明らかに重症だと解る痛々しさだ。 

 そしてそれで,また彼女に隙ができる。

 巨像兵士は即座に方針を変更したようだ。不意を打ってアリシア女王を仕留めた後は身体がもつ限り連合を攻撃するつもりだったのだろうが,そんな悠長な事をやっている場合ではないと悟ったのだろう。

 小手先の攻撃では順次阻止されてしまうと判断した巨像は,今度は身体そのものでエリィを圧殺しようとした。

「…っ!」

 避けられない。瞬時にそれを悟るエリィ。だがだからと言って何もせずに押し潰されるのを待つわけにもいかない。彼女は絶望的とも言える回避を試みようとした。

 だがそれを行動に移すより早く,またも光の帯が彼女の視界を遮る。

(流星殿…っ!)

 そちらを見たノーブルは,シャルルの前方に展開する円盤の布陣が,推測通り連射形式から斉射形式へと切り替わっていることを確認する。

(!?)

 だがそこで彼も信じられないものを見た。

(斉射形式の…連射!?)

 エリィを圧殺しようとした巨像兵士の脇腹のあたりを,初撃は吹き飛ばしていた。だがシャルルは続けざまにそれを撃ち,腰と胸を吹き飛ばす。

 なるほど理には適っている。巨像兵士もそうだが,魔法生物には共通する急所というものがない。ものによっては頭を吹き飛ばされようが二つに分断されようが動き続ける。だからその脅威を取り除くには,少なくとも四肢を悉く破壊するか,さもなくばその四肢を駆動させる連結部を破壊して,物理的に攻撃を行えなくしてしまう必要があるのだ。その点,巨像兵士は各々がいちいち圧倒的な質量であり,連射形式では破壊に時間がかかる。したがって一発の攻撃力が高い斉射形式を連射するのが最も効率的な無力化の方法なのだ。

 だが理屈ではそうでも,現実的にはそれはありえない事だ。魔力の充填,反動,それら諸々が本来的には連射を不可能にしているはずだったのだ。だからその,ありえない事が起こるためには常軌を逸した何かが起こる必要がある。

(まずい…!)

 最悪の展開だ。ノーブルの背筋を冷たいものが流れる。

 今のシャルルとエリィは,結果としてお互いがお互いを危地に追い込んでいる。

 それは連合についても同じことが言えるだろう。まだ相当数の巨像兵士が稼働している現状で,連合の兵力をこれ以上減らされればエリィの安全は危ういものとなっていく。となれば,その状況でシャルルが取れる行動など一つしかない。

「大佐!第二波が来ます!対処を!」

 シャルルが叫ぶと同時に,二四枚に分かれた円盤が前後に分かれて飛んでいく。

「あ,な,何…?」

 しかし,すっかり置いてけぼりを食らっているクリミアはその言葉の意味を把握しきれずに間の抜けた声を上げる。

「クリミア殿!伏兵です!周囲に敵兵の反応!」

 叫ぶノーブル。もちろんこんなものはハッタリだ。予想としてはじゅうぶんにあり得るが,こんな混乱した状況で周囲の状況が正確に把握できる者など,一人をおいて他にいるはずもない。

 だがその一人がそう叫んだのだ。間違いなく来る。飛び去った円盤は,おそらくはそれが来る前に残る巨像兵士を無力化してしまおうという目論見なのだろう。

 となればそれはもうどうにもならない。そんな無茶ができるのも一人だけで,それに頼らねば戦況の改善も見込めないのだ。せめて彼の,無茶それ以外の負担を減らすために,こちらはこちらのできることをやるしかない。

「!」

 ハッと我に返るクリミア。

「我々で右翼を抑えます!エリティア軍で左翼を!」

「わ…解った!」

 そこでやっと彼女の目も,どこに潜んでいたのか伏兵の妖魔を捉える。

 偵察部隊の見落としを疑いかけて,即座にそれを打ち消すクリミア。たった今も散々あり得ないものを見せつけられたのだ。自分と同じ,ごく普通の人間である彼らの目を誤魔化す事など帝国にとっては容易いのだろう。となれば自分は現状での最善を尽くすしかない。

「姫っ!」

 ノーブルは続けて,この期に及んで心配そうにシャルルを見ていたエリィへ叫ぶ。

「ここの…流星殿の安全を確保するのが先です!」

 殺し文句をまぜてやるノーブル。それ以外の何を言ってもどのみちそちらへ気が削がれてしまうのだから,むしろそれをそのまま他へと向けてやるほうがはるかに効果的だ。

「!」

 稲妻に打たれたかのような表情となったエリィの顔が,瞬時に武道家のそれへと変わる。

「右翼,敵接き…」

 そちらへ視線を移して状況を伝えようとしたノーブルの視界に,猛烈な勢いで飛び込むエリィ。

「…」

 育てた自負もどこへやら,状況の切迫もどこへやら。コリコリと頬をかくノーブル。

 しかしその胸中が複雑になるのはいかんともしがたい。結局右翼は妹姫エリィ,後方は姉姫ユーリエと,魔法王国の姫君が単独で,しかも肉弾戦で戦線を支える格好になったのだ。

「ドワーフ殿!援護を!」

 しかし黄昏ている場合ではない。即座に潔く割り切ったノーブルは叫ぶ。

「承知!」

 ごく普通の妖魔に今のエリィが後れを取ることなど万が一にもあり得ないが,万万が一の事態に備えるハーディ。

 ノーブルもまた,対空迎撃用に魔力弾への充填を始める。彼女を脅かすものがあるとすればそれはもう上空からの魔獣の攻撃くらいのものだ。だが撃ち落としてしまえばそれはもはや脅威でも何でもない。

 どこか一方だけでも攻勢を防ぎきれば楽になる。それが不安定な龍戦士を自壊から救う手だてなのだ。

(もって下さいよ?流星殿…)

 油断なく上空に気を配りながらノーブルはそう祈った。

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